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ハーレム100 作者:松宮星

ジパング界

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鬼を率いし大将   【シュテン】(※)

 シュテン童子の岩屋は、草木が無い剥き出しの崖の中ほどにあった。

 その崖の下の広い岩場に、鬼が居た。
 小山のように大きい。
 わずかばかりの布を胸と腰につけているだけで、ほぼ裸。筋骨隆々たる肉体が晒されている。
 丸太のように太い腕が握るのは、身長ほどもある大きなすりこぎ状の鉄の棒だ。いかにも重そうなその武器は、表面に鉄鋲が打ち付けられている。殴られたら、叩き潰されてぐちゃぐちゃになりそうだ。
 それだけでも充分人離れしているんだが……
 長い赤髪が広がり天に向かって逆立ち、炎のようにゆらゆらと揺れているんだ。火焔のような髪の毛だ。
 そして、その顔……ぎょろりとした赤の眼、太い眉、大きな口、鋭い牙。

 まさに鬼だ。

 ヨリミツが太刀を抜く。
 山伏の変装は、さっき解いた。
 背負っていた(おい)の中から、オニキリの兄弟刀のヒザマルを取り出し、いつもの赤鎧をまとっている。

 こちらの接近を、シュテンは気づいていた。
 この岩場でに待ち構えていて、偵察に行った忍者カエデさんの隠身を見破り、
『侍大将が御自らおいでくだすったんだ、遊んでやるよ』と、勝負を申し入れてきたんだ。

「侍大将、ミナモト ヨリミツ」
「シュテンだ」
「都を騒がす妖鬼シュテン、勅令によりきさまの首をもらう」
 ヨリミツがそう言うと、鬼は突然ゲラゲラと笑いだした。

「聞いたぜ。俺ぁ、都を乱す大悪人なんだってな。火事も台風も疫病も、み〜んな俺の仕業だって?」
「天下一の陰陽師殿が占われ、さようおっしゃられたのだ」
 間違いはあるまいと、ヨリミツは言いきる。
「ンな無駄な力使うかよ。やるんなら、一発で都を灰にしてやるさ」
「では、濡れ衣と申し開きするか?」
「いいや」
 ニヤニヤと笑いながら、赤鬼が鉄の棒を持ちあげ肩にかつぐ。
「お貴族さまのお屋敷から金銀財宝をいただき、美男美女をさらったのは俺だ。朝敵にゃあ、違いねえ」

 シュテン童子の視線がオレへと向く。
「おめえが、赤毛の女の男だな?」
 変装をやめたので、オレもいつもの勇者スタイルに戻っている。腰にあるのは剣じゃなくって、『オニキリ』だが。
「異世界の勇者ジャンだ」
 オレは赤鬼を睨みつけた。
「サラは無事か?」
 赤鬼が下卑た笑いをつくる。
「おうよ。無事も無事。いい女になったぜ。この俺が手とり足とり、毎日、可愛がってやったからな」

 頭にカーッと血が上った。刀の柄にも手が伸びる。だが、
「ジャン」
 お師匠様が鋭い声で、抜くなと制する。
「これから大将同士の戦いとなるのだ。出すぎるな」
 ジパングでは名のある武将は名乗りあってから、一対一で戦う。それが作法だ。『勇者の書』にもあった。

 けれども……
 一太刀あびせてやりたい。
 こいつは、オレの敵でもあるんだ。

「別にいいぜ、俺ぁ、一対一でも、全員いっぺんにでも。楽しくやれりゃどうでもいい」
「お待ちを、シュテン様」
 赤鬼の右横に白髪の男がフッと現れた。サラをさらった、オカマだ。今日は女装してないが。
「あなどりすぎです。異世界の者達の実力は測れておりません。乱戦ともなれば……」
 白髪鬼イバラギは最後まで話せなかった。
 シュテンが金棒を、ぶんと振り回したからだ。
 何とも嫌な音が響き、イバラギの体が宙をふっとぶ。

「っせぇんだよ、イバラギ! 俺の楽しみの邪魔をするなっ!」
 びっくりした。
 大鬼の身長ほどもある、鉄の棒だぞ。表面、鋲つきだぞ。あの金棒でぶん殴られたら、肉も骨も砕ける。死ぬだろ!

 何度かバウンドしてから、イバラギの体が止まる。
 死んだかな? と、思ったら、白髪鬼はむくっと体を起こした。ぐちゃぐちゃで血まみれ……じゃない。怪我一つない。白髪が乱れているだけだ。
「シュテン様、大将と一騎討ちをなさるのではなかったのですか?」
「気が変わった」
 赤鬼は、ぶんぶんと鉄の棒を振り回している。
「アレともやりたい」
 赤鬼がオレへと顎をしゃくる。
 白髪鬼がオレをジロリと見る。あのような小物を……と、実に面白くなさそうに。
「ならば、一の勝負を異世界の勇者、二の勝負を侍大将となさいませ。一対一なれば、私も手出しいたしませぬ」

「悪いな、侍大将。おまえとの勝負、後でいいか?」
 鬼の大将がのんびりと聞く。
「加勢されるのもつまんねえし、切れた馬鹿に移動魔法を使われたら勝負はパーだ」
「待つのは構わんが、貴様、私と刃を交わす間もなく果てるやもしれぬな」
 ヨリミツが刀を鞘に収め、誇らしげな笑みを浮かべる。

「あちらの勇者様は、我が夫となられるお方。きさまごときのかなう相手ではないわ」

 ちょっ!
 戦うからには、負ける気はないけど!
 何、その買い被り!

「へぇぇ。それがミナモトの大将の夫かよ」
 面白そうにオレを見てから、シュテンが杖の頭で岩をついた。
「ますます面白い。そいつに負けたら、大将に負けたも同然だな」
 赤鬼は、にやにやと笑っている。

「イバラギ。俺がやられたら、おめえは手下どもを連れて山から消えろ」
「はッ」
「連れてくのは望んだ奴だけでいい。目覚めてないのは置いてけ。人質もだ」
「承知」
「それから、その勇者から盗んだ精霊は返しとけ」
「は?」
「宝石を返せ。精霊がいりゃ、ちっとは歯ごたえのある敵になる」
「しかし」
「いいから返せ。下手な小細工も無しだ。精霊が居ようが居まいが、同じだ。一対一なら俺が勝つさ」

 オレの目の前の空に、エメラルドのペンダント、イエロージェードの飾りつきベルト、ラピスラズリとアメジストのブレスレット、ホワイトオパールとオニキスのブローチが現れる。
 精霊との契約の証だ。
 見れば、白髪鬼はいまいましそうにオレを睨んでいた。

 急ぎ身につけ、叫んだ。
「アウラさん、サブレ、グラキエス様、エクレール、ルーチェさん、ソワ!」
 空が揺れ、六体の精霊が現れる。
 土、氷、雷、光、闇の精霊だけじゃない! 風の精霊アウラさんも居る! ヨリミツに倒されたのに! 復活できたんだ!
《ごめん、まだ本調子じゃないのよー》
 アウラさんが苦笑いを浮かべる。言われてみれば、何かいつもと違う。ベールの膨らみが小さい。裸体を覆う、薄緑色のベールの数が少ないんだ。
《いつもの十分の一ぐらいの力しかない。あんまアテにしないでね》
 て事は、ベールの数も十分の一かと思ったら、《えっち》と笑われてしまった。

《申し訳ありません、封印されていました》と、七色十二単のルーチェさん。
 いや、契約の証を盗まれたオレが悪いんだし。無事で良かった。
 寂しがり屋の闇の精霊が抱きついてきたんで、頭を撫で撫でしてやった。

 サラは何処かわかるか? と、尋ねると、
《あの岩屋の中ですわね》
 と、グラキエス様が答えた。
 斜面の途中に岩屋への入口はある。
《あそこ、嫌な結界に覆われていますの。近寄ったら、又、封印されてしまいますわ》
 なら、敵の大将を倒して、助けだすだけだ。

 雷の精霊エクレールに、同化してもらった。精霊の知覚を借り、移動・反応速度を高めてもらう為だ。
 土のサブレと風のアウラさんには守護を、氷のグラキエス様と闇のソワには攻撃を、光のルーチェさんにはオレのサポートを頼んだ。

「んじゃ、まあ、やるか」
 鬼が重たそうな金棒をぶんぶんと振り回し、鮮やかな炎の頭髪を揺らす。天に向かって逆立つ赤い髪だ。
「かかってきな、坊主」
 坊主かよ。
「遠慮は無しだ。精霊もバンバン使っていいぜ」

 オレは、『オニキリ』を抜いた。

 敵は巨体だ。背丈と同じくらいの武器を持ち、楽々と振り回す怪力の持ち主。

 対するこっちは、ジパング刀。柄まで含めてもオレの身長の半分ちょっとだ。
 武器の間合いが違いすぎる。
 踏み込まなきゃ斬れないんだが、下手に近寄れない。
 鋲付きの鉄棒で殴られたら終わりだ。中も外もぐちゃぐちゃになってしまう。

 相手が一歩近づいて来たんで、棍棒の届かない間合いまで下がった。

『オニキリ』は実体のない精霊すら斬った。物凄い切れ味の刀だ。
 しかし、ジパング刀は片刃の武器。振り方や角度がなってなければ、何も斬れない。

 あの金棒で側面やら刀背を叩かれたらと思うと、ぞっとする。
 最悪、太刀が砕けるだろう。
 太刀が無事でも、オレの体や腕が棍棒の衝撃に耐えられるはずがない。

 喰らわずに接近するには、精霊の助けを借りるしかない。

「グラキエス様! ソワ!」
 氷の精霊と闇の精霊が赤鬼へと襲いかからせる。
 しかし、鬼の首領の顔には余裕の笑みだ。
 グラキエス様の凍気を喰らっても、ソワの闇の炎を浴びてもケロッとしている。
 全身を覆う闘気で、精霊の攻撃を弾いてしまったのだ。

 赤鬼の鉄の棍棒が、宙を切る。
 エクレールの力を借りても、一気に詰め寄るのは無理だった。
 身を低くして横薙ぎの攻撃を防ぎ、追ってきた棍棒を地を転がるようにして避ける。

 さっきまでオレが居た場所が深くえぐれ、岩礫が舞いあがる。

 精霊達の攻撃をくらっても、相手の動きは鈍らない。
 赤鬼がオレを狙い棍棒を振り回す。

 よけきれん! と、思ったところでルーチェさんに助力を願った。
 光から光へ。短距離の移動魔法を使ってもらって、一気に刀を振るえる間合いへと詰める。

 体重をこめて太刀を振り下ろし、斬りつける。

『オニキリ』の刃を棍棒が受け止める。

 ズシン! と、衝撃が走った。
 つづけざまに二撃、三撃と重ねたが、体を芯から揺さぶるような重い痛みが走るばかりだった。

 刃を当てているのに斬れない。

『オニキリ』が、跳ねのけられている。
 シュテンの武器は、神鉄製の棍って噂だ。たしかに、ただの武器ではなさそうだ。

「おらおらどうした? おめえの実力はそんなもんなのか? もうちょっと本気出せよ」
 赤鬼がオレを嘲る。

 負けるものか! と、鬼を睨んだ。

『オニキリ』は、持ち手の精神力次第で切れ味が伸びる。

 気迫だ。
 何がなんでもサラを取り戻す!
 勇者として鬼を倒す!
 その思いをこめて戦うんだ!

 幼馴染の顔を思い浮かべながら、オレは『オニキリ』を振り下ろした。

 頭の中で火花が散る。

 凄烈な痛みが全身に走った。

 あまりの痛みに気を失いかける。だが、無防備だったのはほんの一瞬のことだ。光の精霊ルーチェさんが治癒してくれたのだ。

「おもしろい事するじゃねえか」
 赤鬼がぶんと振り回してきた棍棒を、刃で受け止める。
 又も、気が遠くなるような痛みが訪れた。

 だが、相手も無傷ってわけじゃない。
 刃が触れた箇所。
 そこの鉄鋲が『オニキリ』に砕かれているんだ。

 赤鬼は武器の表面が傷つくのを気にもせず、『オニキリ』ごとオレをふっとばした。
 背から岩場に叩きつけられ、嫌な痛みが走った。が、それも、すぐさまルーチェさんが癒してくれる。

 オレは急いで体を起こした。

 赤鬼が楽しそうに言う。
「もっともっと本気になれや。女を返してやるからよ」

 赤鬼の体が少し膨らんだ……と思った時には、その全身から紅蓮の炎が噴き出ていた。

 サブレとアウラさんが、オレの周囲を守る。

瓏ナル(ディフ)幽冥ヨリ(ェンス・)疾ク奉(ガード)リシ麗虹鎧・バリア
「我が命に従い、現れ出でよ、水なる存在(もの)ミツハ」
 マリーちゃんの防御結界と、巫女さんの水の精霊が、仲間達の周囲を覆う。

 シュテンの周りから炎が噴き出ている。
 その赤鬼の前に、人が居る……
 移動魔法で運ばれてきたのだ。

 その独特な髪色から、誰かはすぐにわかった。

 まばゆく逆巻く炎の向こうに、サラが居た。
 白い小袖に赤い袴。まるで巫女のような格好をしている。

「サラ!」
「サラさん!」

 オレやジョゼ達の呼びかけに、サラは無反応だ。
 炎をまとわりつかせながら、焦がれる事も無く、サラはたたずんでいる。
 綺麗な緑色の瞳をただ開いた、まるで人形のような顔で。

「どうだ、いい炎だろ?」
 赤鬼は、うっとりとしている。
「ただの炎じゃねえ。こいつが炎界から、呼び寄せてるんだよ。全てを燃やしつくす、永久の業火だ」
 炎は岩場中に濁流のように流れ、遠所で空に飲まれるように消えていた。シュテンが結界を張っているようだ。

「たった六日でここまで育った。俺以上の炎使いになる」
 凄まじい火焔を散らす赤鬼。その太い腕が、サラを背後から包み込む。
 途端、周囲の火勢が強まる。
 火柱が二人を包み、燃え上がる。
「こいつと遊ぶのは楽しかったが、返してやらあ。取りに来な」

「育て損です」
 白髪鬼がシュテンのそばの宙に浮かんでいる。炎に巻かれてるってのに、こいつも平然としている。
「良い駒になると期待し、攫いましたのに」

「無理やりは趣味じゃねえ」
 赤鬼がニヤリとオレに笑みを見せる。
「この女は、おめえの為に強くなりたいんだとさ。良かったな、色男」

 オレは進もうとした。
 だが、少し進むだけで、サブレとアウラさんが苦痛の声を漏らす。結界維持が難しいようだ。
 ただの炎ならば、精霊には空気も同然だろう。
 だが、サラが炎界の炎をひっぱってきてるのなら……この炎は、炎の精霊を生み出す魔法の炎。燃やすものがなくとも、永遠に果てない熱。
 炎界の中に放り込まれたようなものだ、風と土の精霊では対抗しきれいまい。
 グラキエス様が冷気を放ってくれてるのに、結界の内は汗が流れるほどに暑い。
 周囲の炎の気が強すぎて移動魔法が使えないと、ルーチェさんが知らせてくる。

「サラ!」
 呼びかけても、答えは無い。顔に表情がない。
 シュテンの左腕に抱かれた棒立ちの姿は、まるで人形だ。
「サラに何をした?」
「炎を呼んでもらってるだけだ。炎界の夢の中に居るのさ、こいつは」
 術をかけられて、操られているのか。

「ここまで来られねえんなら、返せねえなあ。この女は永遠に俺のもんだ」

 炎のせいで、サラに近づけない。
 ふつふつと怒りがこみあがってくる。
 自分が嫌になる。
 勇者なくせに、オレは弱すぎる。
 情けないほどに。

「そこの赤鬼さん!」
 背後から鋭い声があがる。
「確認するわ。一騎討ちの邪魔はしない。けど、今はその子を返そうとしてくれてるわけよね? 仲間を取り戻す為の戦闘なら、私も参加していいわよね?」

 オレは背後を振りかえった。
 カトリーヌだ。
 マリーちゃんの結界の中で、女狩人は99万9999ダメの伝説の黄金弓を構えていた。まばゆく青く輝く矢をつがえて。

「ああ、こいつは遊びだ。炎の鬼のお披露目さ。束になって来ていいぜ。助けられるもんならな」

「上等!」
 女狩人が、きりりと矢をひきしぼる。

「聖女様、結界にドでかい穴をあけるわ。張り直し、よろしく」
「はい〜」と、マリーちゃん。
「お嬢様、行くわよ」
「はい」と、ジョゼ。

 何をする気だ?

「勇者様、走って!」
 黄金弓から、青い光の矢が放たれる。
 シュテン目指して一直線に矢が走る。

 光と化した矢が近づくだけで、荒ぶる炎が割れる。
 矢を避けて炎が後退するので、道ができている。

 矢と共に飛び出した義妹が、その道を駆ける。まさに、矢のように。雷の精霊レイが同化してるにしても、人間離れしたスピードだ。

 光の矢がオレの横を過ぎる。
 オレも道に飛び出し、駆けた。
 しかし、先を行く義妹に追いつけない。同じ雷の精霊に移動を頼んでるのに、距離は開く一方だ。

 矢がシュテンを貫くと見えた瞬間、奴の前に巨大な赤いものが現れる。
 赤鬼と同じくらいの塊。人の形をしただけの真っ赤なデカい塊に矢が突き刺さる。
 99万9999ダメージ。
 勇者(アイ)がダメージ値を測ってすぐに、それは四散した。シュテンの身代わりの役目を果たして。

 後を追っていたジョゼが、巨体の鬼へと拳を向ける。
 サラを左腕で抱え右手に棍棒を持った赤鬼は、避けもしない。
 ジョゼの攻撃を体で受け止め、平然としている。
 ソワ達の攻撃同様、闘気ではじいているんだ。

「サラさん!」
 シュテンへの攻撃の手を止めず、ジョゼが叫ぶ。
「しっかりして!」
 だが、ジョゼの声にも、サラは無反応だ。
「目をさまして!」

 先導の矢が消えたので、炎の道は徐々に狭まってくる。
 だが、どうにか間に合った。
 オレも、シュテンに一太刀浴びせられる距離まで接近できた。

 力を願う。
 大切な仲間を救える力を。
『仲間を信じて大切にすれば、必ず道は開けますわ』
 イザベルさんの言葉が頭に蘇る。
 絶対、負けない。
 サラは仲間だ、大切な伴侶だ。
 勇者のオレが取り戻す!

 オレのすぐ側の空が揺れる。
 水色の髪に水色の服。黒い仮面。水の精霊マーイさん。
 オレンジ色の頭髪に、発光する裸体。炎の精霊ティーナ。
 散じていた二人が駆けつけてくれたんだ。
 主従の絆が深まれば、離れていても主人の声は届くのだ、とマサタカさんは言った。
 力を求めるオレの声に、二体は応えたくれたんだ。

 ティーナが炎と化し、迫り来る炎界の炎と同化する。荒れる炎を御し、オレらの周囲から炎を後退させる。
 オレは、マーイさんに刀に宿るよう願った。
 炎の弱点は水。水の太刀をもって、オレは赤鬼へと斬りかかった。狙いはサラを抱きしめる左腕だった。

 斬りつけた途端、シュテンから炎をともなう旋風が広がった。

 高温の炎を感じながら……
 オレは意識を失った。


 気持ちいい……
 張りのあるやわらかなモノが、オレを包んでくれている。

 大きな柔らかなクッションに包まれているようだ。両頬が温かく気持ちいい……
「すまねえ、ちょっとやり過ぎちまった」
 頭上から赤鬼の声がした。
 うすぼんやりとしか開かぬ目で、どうにか見上げる。
 オレを見下ろす顔があった。
「おめえとの遊び、まーまー面白かったぜ」
 声はシュテンのものだ。
 だが、その顔は恐ろしげな鬼ではなかった。
 赤い髪、赤い目の女性だ。
 三十代ぐらいだろうか?輪郭が少し角ばっているが、なかなかの美人だ。年を重ねた落ち着きが漂っているのに、楽しそうに笑う口元は愛嬌があって子供っぽい。
「サラって娘っ子を大切にな」
 ぎゅっと抱きしめられる。
 息が苦しい。
 オレは盛り上がったグラマラスな胸の間に、顔をおしつけられているんだ。
 豊かな胸のふくらみが両頬を圧迫し、顔面は谷間に沈んでいた。
 気持ちいいんだが、苦しい!
 ムンムンする女の色香に、オレは包まれていた……


 オレのハートは、キュンキュンと鳴った……


 心の中でリンゴ〜ンと鐘が鳴る。
 欠けていたものが、ほんの少し埋まっていく、あの感覚がした。

《あと五十一〜 おっけぇ?》
 と、内側から神様の声がした。





 唐突に夢は終わった。

暁ヲ統ベル(エターナル・)女王(マリー・)ノ聖慈掌(セインツ)玖式(ゼロナイン)!」
 九式だ……初めて聞いた。

「我が命に従い、爛れしものを癒せ。ミツハ」
 巫女さんも回復魔法を使っている……

《勇者ジャン、しっかり》光の精霊ルーチェさんも、
《ご主人様、死んでは嫌です》水の精霊マーイさんも、回復魔法を使ってるっぽい。

 オレはかなりヤバい状態のようだ。

 そして……
 つっかえつっかえ、呪文を唱える声が聞こえた。
 ヒーリングだ。
 死にそうな重傷患者じゃ、そんな初期魔法は効かないだろうに、喉をつまらせながら懸命に唱える。
 使える魔法の中で、一番上位の回復魔法を唱えてくれてるんだ。
 オレを死なせないように……

「サラ……」
 喉から声が漏れ、重たかった瞼がどうにか開いた。

 ストロベリーブロンドの幼馴染は、オレのすぐ側に座っていた。まだ巫女姿だ。鼻の頭を真っ赤に染めて、泣きながらオレを見つめていた。もう操られていない。いつものサラだ。





 魔王が目覚めるのは、五十日後だ。


 お師匠様が『異次元倉庫』から服を出してくれた。精霊との契約アイテムと魔法剣は無事だったけど、それ以外は燃えちまったんだそうだ。
 まだ思うように動けないんで、マントを体にかけてもらった。
 マリーちゃんが疲労回復魔法を唱えてくれる。ありがたい。 

「お見事でした、勇者様。妖鬼シュテンめの首、しかと受け取りました」
 赤侍ヨリミツの前には、鬼の首があった。血走った眼、人を丸のみできそうな大口と牙。斬りとられた首だけで、ヨリミツの胸ぐらいまである。
 デカすぎる。
 実物の三倍以上デカい。
 しかも、ヨリミツはオレが鬼の首をとったと断言した。

 オレが斬りつけたのは、シュテンの左腕だ。
 首じゃない。

「首領を失い、イバラギめは逃げ出しました。鬼ケ城に残っておる小物の掃除もせねばなりませぬが、大将を討ったのです。妖鬼討伐の命は果たせました」

 一体、何がどうなってるんだ……?


* * * * *


『勇者の書 101――ジャン』 覚え書き

●女性プロフィール(№049)

名前 シュテン
所属世界   ジパング界
種族     鬼
職業     鬼の大将
特徴     鬼達を束ねる豪傑。
       都から金銀財宝を奪い、
       美男美女をさらった。
       暴風雨や火事や疫病は自分の
       仕業ではないと、本人は主張。
       修行をつけ、サラの力を引き出した。
戦闘方法   金砕棒
年齢     三十代?
容姿     燃えるような赤髪
       筋肉隆々で巨体。
       それはいいとして……
       いかめしい鬼の姿と、
       夢の中で会った大柄な美女。
       どっちが本当の姿なんだ?
口癖    『楽しめそうだな』
好きなもの  暴れること。
嫌いなもの  邪魔をされること。
勇者に一言 『おめえとの遊び、
       まーまー面白かったぜ』
挿絵(By みてみん)
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