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ハーレム100 作者:松宮星

あなただけを……

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死が二人を分かつまで【自由選択】

 ダーツの矢は、【自由選択】に当たりました!

※この章の各話は、それぞれ独立した話です。共通の設定もありますが、ストーリーに繋がりはありません。
 少しづつ……

 少しづつ……

 世界がきらめき始めた……そんな気がする。

 始まりは、ローブからだった。
 胸の下あたり。
 ひびわれもなければ、欠けている箇所もない。けれども、そこは刃で貫かれた場所だ。
 そこが、まず、変化した。

 硬く冷たい石だったところが、やわらかな白銀の布に変わる。
 月の光のような淡い輝きが、そこからゆっくりとにじむように広がってゆき……

 やがて、露出した肌へと達した。
 細い首から顎、そして頬へと、命の輝きが戻ってゆく。
 なめらかで、しっとりとした、白い肌。
 やわらかそうな唇。
 そして、すみれ色の瞳……

 胸がいっぱいになった……

「お師匠様……」
 呼びかけても、答えはない。
 お師匠様の瞳は、まだ何も見ていない。開いたままの瞳は、澄んだ宝石のようだ。

 まだ時が動いていないのだ。
 感情の浮かんでいない綺麗な顔。
 けれども、微かに眉をしかめたその顔からは、真剣な思いが伝わってくる。
 両手を広げた姿、乱れた髪、前方を見すえるその瞳も……
 背後のオレを庇おうとしている瞬間が切り取られたもので……

 さらりと髪が流れる。
 オレの前に飛び出した時になびいた白銀の髪が、なびくのをやめたのだ。毛先が床へと向かう。

 お師匠様の瞳がゆっくりと動く。目の前に居る者が誰か見極めようとして。

 その唇が動く。
 声は出ない。
 けれども、オレにはわかった。
 何と言おうとしたのか、オレにはわかったのだ……

 お師匠様の体から力が抜ける。
 慌てて腕に抱き、その体を支えた。

暁ヲ統ベル(エターナル・)女王(マリー・)ノ聖慈掌(セインツ)参式(ゼロスリー)!」
 石化魔法が解けきる瞬間を待っていたのだろう、マリーちゃんがナニな呪文を唱える。
 治癒魔法の光が、お師匠様を優しく包み込む。

 お師匠様が、苦しそうに胸をおさえる。

『止まっていた時間が、一気に、動き出します〜 なので、最初、体が、びっくりして、しまうかも〜 でも、一時的なことです〜 すぐに、治りますから、落ち着いて、見守って、ください〜』
 と、マリーちゃんに言われてなきゃ、パニックになってるところだ。

 咳き込むお師匠様の背をさすった。

 苦しい息の中、お師匠様がオレの名前を呼ぶ。

 まだ呼吸が整わないうちに、お師匠様は顔をあげ、オレを見つめた。

「……怪我は……?」
「大丈夫です。お師匠様の傷は塞がってます」

「それは……どうでもいい……」
 うっすらと開いたすみれの色の瞳が、オレを映す。
 オレだけを見つめる……

「……無事……なのだな?」

 胸が痛んだ。

「はい。オレは無事です。お師匠様が庇ってくれたので、怪我ひとつありませんでした」

 お師匠様の口元が微かにほころぶ。
 まるで微笑むかのように。

 荒かった息はどんどん小さくなってゆき、お師匠様は静かに瞼を閉ざした。
 腕にかかる重さが増す。
 お師匠様の体には、まったく力が入っていない……

 ドキッとした。

「お師匠様?」

 だが、顔を近づけてみれば、弱々しいけれども呼吸音が聞こえる。
 眠っただけのようだ……

 ホッとして、その体を抱きしめた。
 やわらかい……
 マリーちゃんの治癒魔法のおかげで、冷えきっていた体もあったまってきている。

「本当に……良かったですね、お兄さま……」
 ジョゼの、小さな声が聞こえた。

「おめでとう、ジャン」
 サラの声も小さい。
 お師匠様が眠ったから、声を潜めたのだ。

 オレとお師匠様を囲み、仲間達が囁き声で祝福してくれる。
 嬉し涙のパメラさんを、カトリーヌとドラちゃんが抱きしめている姿も見える。

 今日という日を迎えられたのは、みんなのおかげだ。

 みなに礼を言い、大事な女性(ヒト)をベッドへと運んだ。

 寝息を漏らすお師匠様を見ているだけで、心が満たされる……

 ずっと見ていたかった。が、退出しろとこずかれた。
「邪魔」
 サラはにべもない。こっから先の治療とか着替えとか清拭とかに、野郎のオレは居るべきじゃない。

 立ち去ろうとはした。が、後ろ髪ひかれる思いってヤツを体験した。気になって、気になってしょうがない。
「大丈夫です……お兄さま……」
 オレの横に来て、ジョゼがほわっと微笑む。
「これからは、ずっと賢者さまとごいっしょなのですから……又、すぐに会えますよ」
 そうオレを慰めてから、義妹はハッとして口元をおさえた。
「うっかりしました。もう賢者さまではなかったのでしたよね。シルヴィさまとお呼びすれば、よろしいのでしょうか?」
「そうだな……」
「……お兄さまはズルイです」
 ん?
 ジョゼが可愛らしく笑う。
「シルヴィさまが、賢者でもそうでなくても『お師匠様』ってお呼びできるなんてうらやましい。混乱しないなんて、ズルイです」
 悪戯っぽく笑う義妹が、とても愛らしい。

 ジョゼと並んで、部屋を後にした。
 お師匠様の事は、マリーちゃんとサラに頼んで。





 お師匠様が目覚めたのは、夕方になってからだった。

 サラの精霊アナムからオレのティーナに知らせが届くや、すぐに移動魔法で跳んだ。

「ジャン……」
 迎えてくれたのは、懐かしい声だった。

 体を起こそうとするお師匠様を、サラが制する。
「駄目です。今日一日は安静にしてくださいって、マリーさんが言ってたでしょう? もう不死の賢者じゃないんですから、無理は禁物です」
「そうだったな……すまん」
 幼馴染が、オレを睨むように見つめる。
「話をするだけだからね。シルヴィ様のお加減が悪くなったら、ティーナを通じてすぐに知らせてちょうだい」
「わかった。サラは?」
 サラは、ブスっとした顔をしている。
「アタシは、みんなにシルヴィ様がお目ざめになった事を知らせてくるわ。とうぶん、戻らないわ。付き添い、よろしく」
 オレに手を振る幼馴染。その鼻の頭は、ちょっぴり赤くなっていた。
「積もる話もあるでしょ? ……誰も邪魔しないから、二人でゆっくり話して」


「サラから聞いた……昨日が魔王戦だったそうだな。大事な時に石化していたとは、情けない……すまなかった、ジャン。私が石化した後の話を、おまえの口から聞きたい……」

 ベッドの脇に座って、オレは順に話した。
 お師匠様がニノンに刺された時、カッとなって暴れたことはもちろん……
 アシュリン様と勇者の剣のこと。
 みなの助けを得て、四つの異世界に渡り、二十八人の伴侶を得たこと。
 最後の一人をなかなか仲間にできず、あせったこと。
 女神様に不信を抱いたこと。
 魔王戦のこと。
 何でも答えちゃおうコーナーと、何でも叶えちゃおうコーナーのこと。
 運命のルーレットダーツのこと。
 ニーナの昇天、王宮へ行ったこと、今朝から始めた勇者システム改革のこと。
 全部だ。

 賢者の書というか、お師匠様の日記を読んでしまったこともきちんと話して、謝罪した。

 要点だけまとめて簡潔に……なんて話術はオレには無い。
 要領を得ない話をだらだらとしてしまった。


「誰一人殺さぬ無血の勝利……神様からのご褒美で魔王すら救うとは……」
 お師匠様は、静かにオレを見つめている。まだ顔色が悪い。
「素晴らしいな……今まで誰一人成し遂げられなかった事を、おまえは果たした……私など、魔王を滅ぼす事しか考えなかった……勇者であった時も、賢者だった時も……」

「出現した魔王を倒す……勇者の役目はそれだけですものね。どんな魔王だろうが倒さなきゃいけない、倒せなきゃオレたちの世界は滅んでしまう……女神様はそう教えてくれたし、歴代勇者の書にもそう書かれていた。だけど、オレは、カネコの知り合いやヴェラさんの妹に会ってしまった……」
 頭を掻いた。
「魔王を心から救いたがっていたのは、英雄世界のシオリさん達、それからニノンです。オレは彼女達の心に感じいっただけです」

「いつから魔王を救おうと思ったのだ?」
 オレは首をかしげた。
「魔王戦の途中から……だと思います」
 その前から、カネコには同情していた。
 姉を救おうとするあまり狂気に走ったニノンには、怒りと憐憫……複雑な思いを抱いていた。
 魔王となる前のカネコやヴェラを知ってしまったんで、ただの『倒すべき敵』とは思えなかったものの……
 魔王化したものを救えるとも思っていなかった。
 何度も『マッハな方』の浄化を見た。邪悪に堕ちた魂は綺麗さっぱり消し去られていた。堕落したものに『神の慈悲はない』事はよく知っていたのだ。

 魔王を倒せなきゃまずいし、倒す為にチュド〜ンもしたくない。
 戦いの間、魔王の残りHPがやたらと気になった。死にたくないと、自分の事ばかり考えていた。
 だが、それでも……
 炎で焼かれ、刻まれ、潰され、凍らされ、浄化され……何度も死に等しい状態となりながらも復活する魔王を気の毒に思う気持ちもあった。

 たぶん、ヴェラを百人目にしようと決めた時だろう。
 はっきりと、魔王『カネコ アキノリ』を救いたいと思ったのは。

 ニーナの事を願う必要が無くなったんで、ご褒美が余ってたってのもあったし……

 死者の復活を願うのは、不信心の表れ。
 あんまり信仰心が高くないから、神様相手に禁忌の願いを口に出来たわけで……

 素晴らしい、と誉めてもらえるような事はしてないと思う。


「二つ目の願いも、素晴らしい。『次代勇者の選択に(もと)勇者も参加させて欲しい。ふさわしい人物を推薦したい』と望むとは……」
 え?
「だって、そうでしょ? 何だって、嫌々やるより、積極的にやる方がいい。当人は幸せですし、良い結果も出やすい」
「……そうだな」
「勇者や賢者は、やりたい奴がやるべきです。もちろん、相応の実力は必要ですけど。なので、シャルルを推薦しときました」
「……あの御仁ならば、勇者の役は務まる。おまえの見立ては正しい」
「あいつも、勇者システム改革に乗り気なんです。勇者は、世俗と交わるべきです。護衛付きで賢者の館の外に出しますし、外の世界の者とも接触させる。この世界を守りたいって心から思えるように、勇者は世界を知らなきゃ」
「世界を知る……」
「勇者も賢者も己の義務を果たします。でも、それだけじゃ、むなしい。外でやりたい事があったら、やる。やれるよう、周囲の理解を求め環境を整える……それが、オレ達の改革なんです。勇者の教育に外部の人間にも参加してもらいたいとも考えています」


「ジャン……」
「はい」
「すまなかった。おまえの光の道が理解できず、私はおまえの歩みを妨げてばかりいた。私はおまえにとって、あまり良い師ではなかった……ずっと、つたなかった指導を謝りたかった……」
 な?
「なに、言ってるんですか、お師匠様!」

「おまえは、私が考えもつかなかった正しい道を歩んでいる。多くの者を救い、光へと誘える……立派な勇者となった。正義感が強く、仲間思いで、慈悲の心にあふれている……無血で魔王を倒すなど、おまえにしかできなかったろう」

「買い被りです。お師匠様が石化してから、オレ、むちゃくちゃみっともなかったんですから。魔王を倒せたのは、みんなが助けてくれたからです」
「それも、おまえゆえだ。おまえが仲間を心から信頼し命を預けたからこそ、仲間達も応えてくれたのだ」

 お師匠様のすみれ色の瞳は、真っ直ぐにオレを見つめている。

「私の助力など、おまえにはまったく必要なかった……おまえならば、立派な賢者となれる……何もしてやれなかったことは心苦しいが……今のおまえに会えた事は嬉しい……賢者ジャンの活躍を祈る……」

「馬鹿なことを言わないでくださいよ、お師匠様!」
 オレは拳を握りしめた。
「これからなんですよ、勇者システムの改革は! 協力してくれないんですか?」
「協力? 私が?」
「そうです! 百年近く賢者だったお師匠様には、賢者の知識の蓄積(ノウハウ)があるでしょ? 改めるべきところは改めるけれど、良いところは受け継がなきゃ。もと賢者として、いろいろ教えてください」
「わかった……」
 そう言ってから、お師匠様は瞳を細めた。
「おまえの言う通りだ。私が教えた方が、引き継ぎも円滑だ……私も参加した方がいいな」

「あたりまえです」
 身を乗り出した。
「昔、約束したじゃないですか。オレが賢者になった後も、側に居てくれるって」
 お師匠様が微かに首を傾げる。
 忘れてるのか……? 日記に書いてたくせに。
「約束しました。オレがガキの時に。次の勇者をちゃんと教育できるかわかんないから、お師匠様にそばにいてくれってお願いしたいんです」
「……そんな事があったかもしれんな」
「ありました。『私の助けが不要となる日まで側にいよう』って言ってくれたじゃないですか」


「側に居てください……」

「ずっと……ずっと、一緒に……」

「二度と離れたくない……。お師匠様が石化した時、気が狂いそうだった……何もかもがむなしくって、生きる気力すらなくなった……オレにはお師匠様が、必要なんです……」

「お師匠様と共に生きたい……」

「お師匠様が、オレの一番大切な女性(ヒト)です。どうか……オレの真の伴侶になってください」


 言えた……

 てか、言ってしまった……

 心臓がドキドキしている。

 お師匠様の顔には、何の表情も浮かんでいない。ただオレを見つめているだけだ。
 すみれ色の瞳は穏やかで、引き結ばれた唇からも何の感情も読み取れない。

 もしかして、ちゃんと伝わらなかったんじゃないか?
 不安になって、違う言葉で思いを伝えてみた。
「好きです、お師匠様……愛しています」

 そのまま、お師匠様と見つめ合っていたが……

「ジャン……」
 お師匠様は軽く息を吐き、瞼を閉ざした。
「おまえは勘違いをしている……」
 淡々と、お師匠様が言う。

「私への思慕は、勇者と勇者であった者の宿命にすぎぬ。ユナに会った時、ときめいただろう? 『何十年も離れていた家族と再会したような喜び』を感じ、ひどく懐かしかったはずだ。私に対し抱いている気持ちも、同じものだ」

「ユナ先輩は好きだけど、お師匠様への思いとは違います。いっしょにいたい女性は、お師匠様だけです」

 お師匠様が、静かにかぶりを振る。
「それと、刷り込みだ」
 は?
「十年もの間、賢者の館に閉じ込められていたおまえには、私しか居なかった。私に嫌われまい、注目されたいと、努力したゆえに、勘違いをした……それだけだ」
 刷り込みって……
 たしか、アレだよな……
 卵から産まれたヒナ鳥が、最初に見たものを親と思い込んでずっとついてっちゃうってヤツ……

 カーッと顔が熱くなった。
 どんだけ、子供扱いなんだよ。
 お師匠様の頭の中のオレは、いまだにガキなのか? 
『家に帰りたい』って一晩中泣きわめいたり……服にソースやスープのシミを残したり……座学の授業で居眠りしちゃったりするような。

 唇を噛みしめた。

「たしかに……刷り込みもあるかもしれません」

 十年……二人っきりで過ごした。

「賢者の館の生活は、お師匠様を中心に回ってました。お師匠様がオレの全てでした」

 引き取られた時には、お師匠様は見上げるほど大きかった。
 けれども、今は……顔を合わせれば、視線がぴったりと重なるのだ。
 もう、オレはガキじゃない。

「師であり、母であり、姉だった。だけど、それだけじゃない。お師匠様が、お師匠様だったから、オレは好きになったんです」

「ジャン……」

「フォーサイスや、カンタン先輩、ヴァスコ先輩、セルジュ先輩の分も、オレ、頑張りますから。守らせてください。お師匠様を幸せにしたいんです」

 お師匠様の顔に、感情は浮かばない。ほんの少し眉を寄せ、すみれ色の瞳でオレを見ているだけだ。

「お師匠様に笑ってもらいたい……フォーサイスの前でみせていたって笑みを、もう一度……。だから……」
 頭の中がめちゃくちゃだ。
 自分でも何を言ってるんだかわかんない……

「結婚してください、お師匠様」
 目を閉じ、オレは頭を下げた。
「お師匠様が側にいてくれれば、オレ、どんな事だって出来る。立派な賢者に……いや、お師匠様に誇りに思ってもらえるような人間になれます。きっと……。どうか……お願いします……」


「愚かな選択だな……」

 溜息が聞こえた

「私を選ぶなど、どうかしている。賛同できない。おまえに相応しい相手は、他に幾らでも居よう。結婚相手は、もっと熟慮すべきだ」
 お師匠様が淡々と言う。

「だが、側に付き添うのは構わん。九十年以上賢者として生きた私には、もはや外界に縁者はいない。私を必要とする人間はおまえぐらいだ。それに……」

 少し間をおいてから、お師匠様が言葉を続ける。

「私にとって、おまえこそがこの世で一番大切な存在。出逢ったあの日から、ずっと……。今も、その気持ちに変わりはない。おまえの望みは、可能な限り叶えよう。おまえが私を必要としなくなる日まで、共に生きよう」

「じゃあ、一生だ」
 胸が熱い……

「言ったでしょ? オレにとって、お師匠様がこの世で一番大切な存在なんです。今までも、そして、これからもずっと……」

 目を開くと、お師匠様はいつもと同じ無表情だった。
 けれども、微かに寄った眉ややや開いた口元からわかった。お師匠様は照れている……。絶対、そうだ。オレにはわかる……十年間、一緒に暮らしてきたから微妙な表情の違いがほぼ読み取れる。

「一生、離しませんよ」

 そのまま見つめ合った……

 やがて、すみれ色の瞳がわずかに揺らぐ。

「ジャン……すまない……」
 そう言って、お師匠様は目をそらした。

「おそらく私は……おまえを満足させられない」

 へ?

「どういう事……です?」

 お師匠様の視線が、宙を泳ぐ。

「昔も今も大差がないのだ……」

 さんざん視線を彷徨わせたあげく、瞼を閉じてしまう。

「私は真面目だけが取り柄の女だ。幼い頃から感情を表に出すのが苦手で……。フォーサイスは心の広い男だったゆえ、私のひきつった笑顔を『かわいい』などと言ってくれ、私を笑わせようと悪戯をしかけてきたが……他の者の目には奇怪な顔に映っていたはず」

 お師匠様の頬の辺りに、朱が差す。

「私が笑っても、おまえを失望させるだけだと思う……すまない……」

 そして、顔を横に向けてしまう。

 その恥じらう姿が、何というか……

 可愛くって……

 幼く見えて……

 たよりなげで……


 オレのハートはキュンキュンと鳴った……


「お師匠様!」
 お師匠様をそっと抱きしめた。ベッドの上でなきゃ、ギュ〜と抱きしめたいところだ。

「ひきつった笑みっての、ぜひ見せてください! 絶対、可愛いです!」
「……悪趣味な奴め」

「それに、お師匠様は普通にも笑えますよ。う〜んと小さい頃は、ニコニコ笑ってましたもの」
「なに?」
「女神様が見せてくれた賢者と勇者の出逢いのシーンで、お師匠様はすっごく愛らしく笑ってましたよ。二才だったんですよね、賢者に引き取られた時。フワフワなレースのドレスを着て、おリボンをつけて、お人形を抱っこしてました。可愛かった〜」

「師との出逢いは、記憶にない……」
 二才じゃ、覚えてなくともしょうがない。
 お師匠様が感情を外に出せなくなったのは、たぶん……お師匠様の師の八十八代目ピエリックのせいだ。過去の再現映像で、ピエリックは泣き叫ぶお師匠様を放置していた。生きる事にも賢者である事にも疲れきって心の病にかかっていたのだと、女神様は言っていたけれども。

「お師匠様に笑顔をあげたい……フォーサイスやセルジュ先輩たちの代わりに、オレが頑張ります。ずっと側に居ます……絶対に寂しい思いはさせません。死が二人を分かつまで、お師匠様と共にいます……」

 お師匠様の右手が、オレの左頬にそっと触れる。
 綺麗な顔がすぐ近くにあった。

「馬鹿が……」
 お師匠様が静かに瞳を閉じる。

 オレは……

 吸い寄せられるように、お師匠様の柔らかな唇に自分のものを重ねた。

 欠けていたものが満ちてゆくような、喜びを感じながら……








【死が二人を分かつまで 完】

+ + + + + + + +

 次回は、後日談。9月30日(月)更新予定です。
「ハーレム100」は、次回で完結します。
+注意+
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