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ハーレム100 作者:松宮星

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恋の呪文      【英雄世界】

 ダーツの矢は、英雄世界に当たりました!

※この章の各話は、それぞれ独立した話です。共通の設定がある場合もありますが、ストーリーには繋がりはありません。
「勇者はいるか―ッ?」の叫び声。

「ん?」
「おや?」
「あたし?」
「いるぞ」
「この声、あいつじゃん……」

 ドタバタと廊下を走る音に続き、リビングの扉が勢いよく開く。
 入って来たのは、痩せた男。

「フッ、ハハハハハ! 聞け、そして、とくと見よ、勇者と愚民どもよ! 蟻のごとく地べたを這いずりまわる貴様らでは、華麗なる天才をとどめおくことはできんのだ!」
 やって来るなりの無礼な発言。
 右手をあげた決めポーズをとっているのは、カネコ アキノリ。オレの宿敵だった高校生だ。

 リビングに居る者はみんな、カネコがアレな性格だってよくわかってるから、怒ってはいない。面白い子が遊びに来たぞとニコニコしてるか、また来たのかよとうんざり顔かのどちらかだ。
 いや、違うか。タチバナ シオリさんは口元に手をあてて、困った顔だ。幼馴染なんでカネコの度が過ぎると止めてくれるものの、今のところ許容範囲らしい。『もう、アキノリ君ったら!』と責めたそうだが。

「見よ! 高認合格だっ! しかし、当然当然当然! この俺様にかかれば、高認など児戯にも等しいのだからな!」
 右手に握りしめているのは、何かの合格通知のようだ。

「おお、おめでとう」
 リビングにいる者達が拍手をする。カネコは更に鼻高々だ。
「おめでとう、アキノリ君。とても嬉しいのはわかるの。でも、あの、もう少し、みなさんに失礼のないように」
「そこに居たか、マイ・スイートハートよ。喜べ、詩織・・春になったら、俺の隣にはべらせてやる・・セレブリティな世界を約束する。寂しかろうが、その日を楽しみに待っていろ・・」
 幼馴染の言葉を遮り、カネコは自分の言葉に酔いしれる。
 たぶん、前からこんな調子だったんだろう。シオリさんがカネコの告白を冗談かと勘違いしたのもわかる。このしゃべりじゃなあ……

 今日は、勇者OB会の会合日。
 OB会リーダーの持ち家――アジトには、そうそうたるメンバーが集まっている。
 リビングには、(もと)勇者がオレを含め四人、勇者の仲間だった者が三人も居る。すぐにも魔王討伐に行けそうだ。

 あと二階に、もう一人勇者が居る。四十九代目ナクラ サトシ先輩。絵に描いたものを実体化する能力者。ネコ耳っ娘や巫女やメイドが大好きな方だ。
 アジトの二階に住んでるんだが、ほとんど下に降りて来ない。ルナさんがメイド喫茶の仕事で来ないから、たぶん今日の会合は欠席。先輩は自室にひきこもったままだろう。

「高認っていうのは、高等学校卒業程度認定試験のことだ。資格試験の一種だよ。昔は大検って言ったんだ」
 異世界人のオレに、七代目ヤマダ ホーリナイト先輩が説明してくれる。
 マサタ=カーンことサクライ マサタカさんだ。カーンさん(イコール)七代目だと、英雄世界に流されて初めて知った。びっくりだ。高校生勇者としてオレの世界で活躍した方も、今では三十代のおっさんだ。

「金子くん、魔王をやってたじゃない? 一学期まるまる欠席だもん、出席日数ヤバイもんねー 留年するのが嫌だから、高認をとったのね」
 三十三代目フリフリ先輩の説明はいまいちわかりづらかったが、
「大学に進学したり特定の職業(ジョブ)に就く為には、高校卒業資格が必要なんだ」
 二十九代目キンニク バカ先輩の説明で、なんとなくわかった。カネコは高校をやめて、上の学校に行くか、就職する気なのだろう。
 フリフリ先輩は、伝説のフリルエプロン装着勇者だ。ママチャリごと転移した若奥様勇者。さっきまで台所で夕飯を準備してくれてたんで、今は伝説の装備をつけたままだ。二十×歳には見えない……フリルが似合っている……かわいい。
 キンニク バカ先輩は、オレが大好きだった兄弟勇者の弟の方。ほんと〜にムキムキな人だ。警察のキドー隊に勤めているとかで、ハラ ミサキさんと仲がいい。

 高認合格ってのは、めでたい事らしい。
 おめでとうと言ってやったんだが、カネコにビシッ! と指をさされてしまった。
「馬鹿め馬鹿め馬鹿め! 祝福が百年早いぞ! 高認など序の口! 目指すはT大現役合格! だが、それすらも、俺様の栄光への道の第一歩にすぎんのだ!」
 む?
「その程度のこともわからぬとは、実に愚昧! 貴様が俺のライバルとはな! まったくもって恥ずかしい!」
 むぅ?
「フフフ・・貴様のアホ(ヅラ)を見ていると、アホが移る。俺様は忙しいのだ。十五時間が勉強時間。貴様なぞの相手をしている暇はないのだ!」
 なら、わざわざ来るなよ……
「さらばだ、勇者よ! やがてはこの世界のトップに立つ俺様の活躍を、そこで指をくわえて見ているがいい!」
 帰る気みたいなんで、その背中に声をかけた。
「寝不足で体を壊すなよ〜 無茶しすぎると、本番で倒れるぞ〜」

 カネコがくるっと振り返り、再びオレを指さす。
「馬鹿め馬鹿め馬鹿め!」
 そして、ニヤッと笑う。
「余計なお世話だ、まぬけ勇者! この俺様がそんな初歩的ミスをすると思ったか! 愚者が、俺様の心配するなぞ百年早いわ!」
 わはははと笑ってカネコが帰ってゆく。

「金子くん、まったね〜」
 フリフリ先輩が手を振る。
 ヤマダ ホーリナイト先輩もキンニク バカ先輩も、ニコニコしている。大先輩達は、カネコに寛容なんだが……

「ウザ! もう来んな!」
 ユナ先輩は、カネコの消えたドアに向かって中指を立てている。
「ったく、あんな男だって知ってたら、助けなかったのにぃ……」

「すみません。アキノリ君は、悪気はないんです。でも、言葉使いが……」
 オレや勇者の方々に平謝りのシオリさん。
 友人のコズエさんは、苦々しい表情だ。
「だから、詩織が気にする事じゃないんだってば。あいつ、ガキじゃないんだよ? いっこーにアレが治らないのは、本人の問題。やめろって周りがアドバイスしても、聞かないんだもん。ほんと、もー バカ」

 カネコが大嫌いなコズエさんが、オレへと視線を移す。
「しっかし、キミ、心ひろいよねー あのキモ男にあそこまで言われて怒んないなんてさ」

「今ぐらいの暴言なら、聞き流せる。カネコをグレードアップさせた感じに、偉そうで、はちゃめちゃで、強引な方と、よく冒険したし、」
 内に十二の世界を持つ使徒様のことだが。
「好きな子に『モン・アムール』って呼びかける、カネコに輪をかけてナルシストなキモ男が仲間に居たんだ」
 義妹の婚約者だった、お貴族様のことだが。
「うわぁ〜」
 コズエさんが、何とも言えぬ目でオレを見る。同情されているっぽい……

「ありがとう、勇者さん」
 シオリさんが微笑みかけてくる。清楚という言葉がぴったりな、透き通るように美しい少女だ。ヴェラやニノンによく似ている。
「還ってから、アキノリ君、すごく変わったんです」
……あれで?
「明るくなりました。私以外の人とも話すようになったし……勇者さんと会うと、とても楽しそう。生き生きしている……」
「ま。アレな性格だもんねー 幼馴染の詩織を除けば、初めての友達だろーし、舞い上がってるんだよ」
 コズエさんが、オレの肩をポンポンと叩く。
「キミが我慢強い性格でよかったよ」
 いや……それほど我慢強いわけでも。

 オレの横で携帯をいじっている人が、何かブツブツつぶやいている
「『もとの世界に還るなんて言うなよ・・頼む、そばに居てくれ・・俺にはおまえだけなんだ』……う〜ん、くどい。『いつまで過去に囚われているんだ、馬鹿め・・俺を見ろよ』……悪くはないけど、ここはやはりベタに『あいつのことは、忘れさせてやる。おまえは俺のものだ・・今夜は眠らせないぜ』でいくか」
 女子大生のアオイさんは、素人小説家だ。萌えてスイッチが入ると、どこでも創作活動を始めてしまう。
 今も何かに萌えて、自分の世界に入り込んでいる。美人で頭が良くって、その上、芸術家だなんて……アオイさんは本当に完璧だなあ。

「遅れまして、申し訳ございません」
 扉が開き、和服美女が現れる。
 優美な所作でオレ達へと頭を下げた女性は、凛としているのにそれでいてしっとりとした美しさがある……霊能者のカンザキ ヤチヨさんだ。
 そして……
「こんにちはー ももせ さつき でーす」
 ヤチヨさんと手をつないでいるサッちゃんが、もう片っぽの手を振って元気にご挨拶。
 リビングの全員が笑顔となり、さくら組の園児を迎えた。

 サッちゃんは、ヤチヨさんの弟子になった。月に数日、お茶の習いごとの形でヤチヨさん()に通い、巫女修行を積んでいる。当人にとっては、親戚のおばさん家に遊びに行くような感覚らしいが。
 ご両親は娘が幽霊と話せる事に薄々気がついていたようで、ヤチヨさんの助言に従ったのだそうだ。
 まあ、他人の心の中まで視える霊能者から『このままでは娘さんは邪霊に、あの世へ連れて行かれてしまいますわ』などと言われたら、素直に言う事を聞くよな。

 オレやカネコも、ヤチヨさんに救われた口だ。
 女神様の力で、カネコは英雄世界に送り返され、ついでにオレも同じ場所に転移させられた。
 異世界人は、もといた場所に送り返されるのが基本。
 だが、しかし……カネコは高校の教室に居たわけで……
 ヤチヨさんが事前に学校側に話して人払いをしてくれてなきゃ、恐ろしい事になっていた。
 カネコは、プライドがむちゃくちゃ高い。授業中の教室に送り返されてたら、また心の闇に囚われたかもしれない……魔王化が解けて全裸だったもんなあ。素っ裸で教室に出現とか、アウトだろう。

 今、オレは勇者OB会の保護を受けて暮らしている。
 OB会に入り、アジトの二階に部屋を貰ったのだ。

 アジトには、家政婦ってことで、二日おきぐらいに三十三代目のフリフリ先輩か十六代目のアリス先輩が来てくれる。主婦のお二人がアジトに通いやすくなるよう、カーンさんは実際に給金を払っているのだとか。
 食事も掃除も洗濯も何もかも、大先輩達に頼りっぱなし。
 申し訳ないんで、なるべく自分でやるようにしている。特に、洗濯。美人の大先輩達にやってもらうのは、恥ずかしすぎるんで……
『今のところ住んでるのは名倉くんだけだが、他のみんなも別宅代わりに利用してるよ。シェアハウスみたいなものだ。勇者OBは兄弟も同然。この家でくつろいでもらいたい』
 程度の差はあるものの、先輩方にはそれぞれ勇者だった弊害があるのだそうだ。こちらの世界に違和感を覚える、勇者として得た能力のせいで社会に馴染めない、あちらが恋しくて切なくなる……その気持ちが理解できるのは、あちらを知っている者のみ。勇者OBが心おきなく話せる場として、アジトは用意されたようだ。
 ユナ先輩やキンニク バカ先輩もよく顔を出すし、オレの伴侶となった十三人+カネコも出入りOKとなった。会合日じゃなくてもアジトには誰かしらがいて、賑やかだ。


 今日は月に一回の定期会合日。
 今回は緊急議題なしの報告会。来られる人だけ来ればいいの、どっちかというと親睦会的な集まりだ。
 出席勇者は、七代目、二十九代目、三十三代目、九十七代目、そして百一代目のオレ。
 オレの伴侶の出席者は、シオリさん、コズエさん、アオイさん、ヤチヨさん、サッちゃんだ。

 休みは、十六代目、四十九代目、七十四代目、九十一代目。
 伴侶達で来てないのは、マドカさん、カガリさん、メイドのルナさん、婦警のミサキさん、漫画家のランランさん、看護婦のタマキさん、サカキバラ先生だ。
 仕事で来られない人はともかく……マドカさんとカガリさんがまったく顔を見せないことは気になっている。
『篝さんは、勇者も魔王も関係ない平凡な生活を送りたいんだそうだ。まどかも、まあ……多分そうなんだろうね』
 と、カーンさんは苦笑していたけれども……


* * * * * *


 ちらちらと花びらのような白いものが舞っている……

 初雪……

「うっそぉ。早すぎ」
 まだ十二月。てか、初旬も、初旬。先週まで十一月だったのに!

 これは、アレよね。地球寒冷化。
 異常気象は、太陽のせいなのよ。テレビで言ってたわ。地球は氷河期に向かっているのよ。

 ぶるるっと身震いしてから、マンションへ急いだ。
 未来の氷河期よりも、問題なのは今よ。
 傘もないのに両手いっぱいの荷物なのよ、アタシ。

 出る前、ちょっと曇ってるかなあとは思ったのよ。
 でも、買い物に行くって言ったんだもん。出かけてなきゃ、正孝さんが変に思っちゃう。

『ちょっと頭が痛いの』から始まって、その次は腹痛、仮病ばっかじゃアレだから友人の結婚式やお母さんの病気と何だかんだ理由をつくって勇者OB会は欠席してきた。
 今回はとっさに、スーパーの特売なの! と言ってしまった。
 理由として、おかしすぎ。だけど、ダーリンはつっこんでこなかった。アタシが行きたがっていないのを、察してくれたのだ。

 ありがとう、正孝さん。

 でも、無理なの。
 ごめんなさい……
 魔王戦に参加したって言っても、それだけよ。
 アタシなんか、平凡な主婦だもの。
 リアル・ファイトの経験ゼロ、高校の成績は低空飛行だったし、特殊技能も無い。
 選ばれしものとか定まりし運命だった勇者達の間に入ったって、何の役にも立たない。立つわけないわ……

 アジトには行きたくない……

 霊能者さん達は、いいと思うの。すごい能力があるから。
 頭がいい葵ちゃんや、そこに居るだけで男の人を癒しちゃうメイドコスプレの人も働きどころはありそう。
 金子君の関係者が、あの世界に興味を持つのもわかるわ。

 だけど、アタシは……行ったところで何の役にも立たないし……
 平凡に生きたいのよ。
 ダーリンの愛に包まれて、ダーリンだけを見て、ダーリンの為だけに生きていきたい……
 アタシの心も体もダーリンのものだもの。

 もうフラフラと惑いたくない……

 アジトに行って……会いたくないのよ……

 雪が、ちょっと強くなってきた。
 急いで角を曲がると、そこには……

 もう二度と会いたくないと思っていた人が居た。
 服装こそ、ジャンバーにセーターにズボン。そこらに居る大学生みたいな格好だけど……
 子供っぽいかわいい顔は、他の誰にも似ていなかった。
 優しく微笑みかけてくれる顔……二度と見たくなかったはずなのに……ずっと見たかった笑顔で……

 胸がキュンキュンした。

「こんにちは。マドカさん」
 挨拶とほぼ同時に、持ってた傘をアタシの頭上へ。自分が雪に濡れるのを気にせず、アタシをカバーしてくれる。
 でもって、『持ちますよ』と買い物袋を持ってくれようとする。
 慌ててかぶりを振った。

「どうして、ここに……?」
 今日は、アジトで勇者の集まりがある日。会合中でしょ? なのに、なんでアタシのマンションの側をうろついているわけ?

「ヤチヨさんが行けって言ったから」
 は?
「何か視えたみたいです。オレが今日ここに来ないとマズイ事が起きるって助言されたんで、会合を抜けてきました。アウラさんの風魔法で送ってもらって来ました」
 霊能者に助言されたから、『はい、わかりました!』って来たわけ?

 それだけ……?

 勇者が、空を見上げる。顔に雪がかかる。
「マドカさんが遭難しちゃ大変だ。早く帰りましょう」

「この辺じゃ、そんなに積もりません」
 と言ったら、そうなんですかと勇者はのどかに笑った。
「賢者の館は山のてっぺんにあったから、雪が凄かったんですよ。屋敷に魔法がかかってたから、雪かきの必要はなかったんですけどね。まあ、オレは外に出られなかったから、雪が降ってもあんま関係なかったんですが」
 アタシの手からひょいっと右手の荷物を奪い、勇者が傘の柄をアタシに近づけてくる。
「どうぞ」
 て!
「ダメよ! 傘は一本だけなんでしょ! 借りたら、勇者さまが濡れちゃうわ!」

 ちょ、ちょ、ちょ!
 だからって、相合傘(あいあいがさ)したかったわけじゃないのよ! いや、ダメ! 近寄らないで、アタシには愛する正孝さんが!

「安心しました。マドカさんが、元気そうで」
 並ぶとよくわかるわ。正孝さんと同じくらいの身長。見上げると見える横顔の角度も一緒で……
「一度もアジトにいらっしゃらないから、何かあったのかと」
 う。
「別に何も……。アタシ、何の能力もないし。勇者様達の集まりに参加してもしょうがないから、行かなかっただけで……」

「勇者OB会ったって、荒事をやってるわけないですよ。何回かヤチヨさんに頼まれて除霊の手伝いをしましたが、基本、のんびりしてるだけだし。転移して亡くなった勇者の事を調査したり、遺族とどう対応するか話したり、そんな感じです」
「遺族?」
「英雄世界の勇者は十五人で、そのうちの八人がOB会に所属。残りの七人はあっちで亡くなっているんですよ」
「七人も?」
「六人が究極魔法で死亡し、一人は残留してあっちで病死しました。二十八代目のことは弟のキンニク バカ先輩に伝えられたんですが、他の方は本名すらわかんない人もいて……こちらでどんな人生を送っていたのか、遺族はいるのか、いるんならどういう形で最期をお伝えするか、みんなで調べて話し合っているんです」

 究極魔法って聞いて、胸がズキンとした。
 魔王戦の後、ダーリンから教えてもらった。勇者には、4999万9999の固定ダメを魔王に与えられる自爆魔法があるんだって。
 伴侶のダメージがあまりにもあまりにもだったら、勇者はその呪文を唱えなきゃいけなかったのだ。

 死んでいたのだ……

 一人あたりのノルマは100万だった。
 なのに、アタシは3万しか出せなかった……
 正孝さんの精霊カードを借りて……たったの3万……

 他の人が凄かったから、魔王は倒せたみたい。
 でも、運が悪かったらこの人は……アタシのせいで死んでいたのだ。アタシが役立たずだったから……。

「……ごめんなさい」
 ずっと喉でつっかえていた言葉を、ようやく口にできた。

 勇者は、キョトンと目を丸めた。
「いいんですよ。OB会は来られる人が来る、亡くなった勇者の調査もできる人だけがやるって形なんです。気にしなくていいですよ」
 違うの、謝ったのはそっちじゃないの。
「よかったら、これからは顔を見せてください。マドカさんは勇者の仲間ですから、あそこを利用していいんです。会合以外の日でも、遊びに来てください」
 それから、勇者は微笑んだのだ。あのとびっきりの、優しい笑顔で。

「マドカさんが会いに来てくれたら、オレ、すっごく嬉しいですから」

「………」

 顔が、カーッと熱くなった。

 何ってこと言うのよ、あんた!
 アタシ、人妻なのよ! 最愛のダーリンが居るのよ! 足が長くてカッコ良くって、大人で優しい、包容力にあふれるダーリンが!

 なのに!
 ときめいちゃうのよ、あんたに!
 何でも言う事を聞いてあげたい気分!

 わかった!
 まだ呪縛されてるのよ!
 頭の中に『勇者に従え』ってコマンドが残ってるのよ!
 きっと、そう!
 ナニモノカノ意志ニ、アタシハ操ラレテイルノヨ。
 ああああ、アタシってば不幸!

 あんたが、正孝さんより素敵に見えちゃうなんて……

 あんたの言葉にドキドキしちゃうなんて……

 ありえないから、そんなこと……

「こっちに来て、もうすぐ四ヶ月半です」
 勇者は微笑んでいる。でも、何処か寂しそうな……
「あっちでどれだけ時が流れたか……百二代目勇者がこの世界の人間なら、百日の間は時間が同期します。けど、もう百日は過ぎたし……たぶん、ジョゼ達はもう……」
 その後の言葉を飲み込み、勇者は空を見上げた。

 しばらくしてから、ポツンとつぶやきが聞こえた。
「こっちで、頑張ってかなきゃなあ」って。

 その切なそうな声に、胸がキュンキュンした……

「たまにオレ、マドカさんに話を聞いてもらいたくなるんです。マドカさんは、お師匠様やサラ達を知っているから。ご迷惑でなければ、たまにでいいです。会ってください」

 アタシは頷いた。
 会いたくないけど……そういう理由ならしょうがないもの。もとの世界に二度と戻れないなんて、アタシだったら耐えられない。力になってあげたい……


「え? 今、働いているんですか?」
「はい。社会勉強です。マサタカさんの会社の倉庫で、アルバイトをしてます。荷物の仕分けをしたり、運んだり」
「えぇぇ! 勇者なのに? 悪人退治とかしてないんですか?」
「たま〜にしますけど、ほんとにたま〜に、です。この世界は平和ですから」
 そう言って笑う勇者の顔は爽やかで……男らしくって……
 アタシの胸は、キュンキュンしどうしだった。
【恋の呪文 完】

+ + + + + + + + 

「私、視えますのよ。いろいろと……。愛の形は人それぞれ。どんな形であろうとも、当人同士がお幸せならば構わないと思いますわ」
「僕もそう思います」
「でも、あなたは、猫かわいがりするだけで、相手の人格を認めていらっしゃらない。手中の者が喜んで受け入れない限り、束縛愛は悲しい結末になりますのよ。お心なさいませ」
「いや、だから、助言は聞き入れましたよ。まどかが他の男によろめいているって聞いても、怒りませんでした。ジャン君への援助もしている……僕は大人ですからね」
「……間もなく、あなたの愛は激しく交差する……あなたを深く愛する方が、異世界から、この地へ……」
「へ? それって、もしかして……」
「お一人ではありませんわね……。二人、いえ、三人かしら? あなたをめぐる戦いが起きた時、最愛の方のお心があなたから離れるかどうかは……これからのあなた次第ですのよ」
「ちょっ! 神崎先生、そこんとこ、もうちょっと詳しく! ぜひ、視てください!」

 ジャンとまどかと正孝の未来には、波乱がありそうです。

+ + + + + + + + 

 次回は、精霊界に流されての話。精霊達の世界は、ただの人間が生きていくにはあまりにも過酷すぎて……
 8月23日(金)更新予定です。
+注意+
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