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ハーレム100 作者:松宮星

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死霊王の道化    【魔界】

 ダーツの矢は、魔界に当たりました!

※この章の各話は、それぞれ独立した話です。共通の設定がある場合もありますが、ストーリーには繋がりはありません。
「魔界に堕ちた醜きクズよ。生き恥をさらす愚か者よ。堕落したきさまに、もはや神の慈悲は無い。内なる俺の霊魂が、マッハで、きさまの罪を言い渡す」
 たいへん馴染みのあるお方が、オレをビシッと指さす。
「有罪! 既に存在自体が、きさまの罪だ!」

 そう言われましても……
 オレだって、魔界に堕ちたくはなかったんです。





 神様達が争ったせいで、オレは自分の未来をルーレットダーツで決めなきゃいけなくなった。
 半分は故郷に留まれる目、半分が異世界行き。
 異世界には行きたくなかった。が、流されるんなら、オレに対し友好的な世界がいいと思った。

 しかし……ダーツは、よりにもよって『魔界』に命中してしまったのだった。

 ご褒美の二つ目で魔界行きを無しにしたかったんだが、駄目だった。どうあってもダーツの結果は覆らないんだそうで……。
 ならば、魔界で生きていく為のスペシャルな技を! そう思いチート技を希望した。
 チート技一覧を見せてもらって、何を貰うか考えた。
 悩んだ末、攻撃系の技はやめた。チートはチートだが、非常に地味な技をもらって、オレは魔界に転移した。


 堕ちた先は、やたら広くって、何もない場所。キラキラと輝く白い霧がたちこめたそこは、魔界の王と以前戦った場所……魔界の王の自室に違いなかった。
 しかし、王のお姿はなく、現れたのは超S級ボンキュッボンの秘書だった。
《王からのお言葉です。勇者を獲得でき、満足した。魔界で好きに生きることを許す。以上よ》
 大きな胸を揺らし、サキュバスは尊大に笑った。
《良かったわねえ、公開処刑にされずにすんで。奴隷に堕とされず、氷結地獄に閉じ込められもせずに、放逐だなんて……。偉大なる王に感謝なさい》
 いや、あの……
 偉大なる王が争奪戦に参加なさらなきゃ、そもそもオレ、魔界に流されてないんですが。てか、オレのこと欲しがったくせに、手に入れたらソッコーでポイ捨てですか……
《せいぜい長生きなさい》
 サキュバスの投げキス。
 みとれているうち、頭がボーッとして……

 気づいたら、荒野でオークに囲まれていた。

 勇者には、光の加護がついている。 
 神聖なそれは、魔族にとっちゃ忌々しい印なわけで……オレを殺そうと魔は群がってきたのだ。

 精霊達を呼び出し、勇者の剣で戦った。
 勇者世界に留まったマーイさん、光界に戻ったルーチェさんこそいないが、オレには炎風土氷雷闇の精霊が居る。
 オークなど、敵ではない。

 けれども、数が多すぎた。倒しても、倒しても、後から後からわいてくる。
 そのうち、オーク以外のものが混じってきた。不気味な鳥、虫、蛇、トカゲ……

 このまま、休みなしで戦っていたら、いずれは負ける。魔に引き裂かれ、むごたらしい死を迎えるだろう。

 自決する方が楽だ。魂の清らかさを保って、死ねる。

 だが、嫌だった。
 誰一人犠牲にしない無血勝利を成し遂げたってのに……
 魔界で犬死にとかあんまりだ。

 そう思い、オレは……
 禁断のアイテムを使用した。

 神の御名を呼ぶ代わりに、魔の名前を口にしたのだ。

 何処からともなく、イヒヒヒと笑い声が響き……

 戦況は一変した。
 そこらに転がっていた死体が起き上り、地中より骨が這い出て……オーク達を襲い始めたのだ。
 生きている死体だ。
 不死者達に殺されたものも、不死者の仲間入りをする。どんどん数が増えてゆく。

 移動魔法で、魔界貴族が現れる。
 所々、赤や緑や青に染まった金髪と派手な化粧顔。宙に浮かんでいるのは、それだけだ。首から下がない。
《命が惜しくない奴は、かかっておいで。死霊王ベティ様が、永遠に愛してあげるよ》

 ひぃぃぃっと周囲から悲鳴があがった。改造マニアだ! 腕と足をすげかえられる! 尻から頭を生やされる! 逃げろー! と。
 ベティさん……すげぇ評判だな。

 あたふたと逃げて行く魔物達を、不死者達がのろのろと追っかけてゆく。
 逃げ惑う奴等を、死霊王はグヒヒと笑い転げながら見送った。

 ありがとうと礼を伝えた。
 生首が目線を移し、面白そうにオレを見る。
《神の御許に行かないのかい、ゆーちゃちゃま?》
「行かねえよ。オレはまだ死にたくないんだ」
《いじ汚く生きる道を選ぶか》
 死霊王がフヒヒと笑う。
《それが、正解さ。あんたが清らかなままくたばったって、神ちゃまは『あ、死んじゃったの。しょーがないなあ、拾ってやるか』ぐらいなもん。神聖さなんか、命をかけて守る価値も無い》
「そうだな」

《けどねえ、あんた、このままじゃ死ぬよ。あんたの強さは精霊こみでも、A級ってとこだ。群がる魔を倒しきれず、いずれは昇天さ》

「ベティさんと契約したい」
 左手で握ったものを見せた。
 オレの首にベティさんがわざと残していった髪の毛だ。これを使って、ベティさんを呼び出したのだ。
「オレを庇護してくれないか?」

 濃い化粧に彩られた顔が楽しそうに笑う。真っ赤な口を、残忍そうに広げながら。
《生き延びて何をする? 女神ちゃまに復讐しに行きたいのかい?》
「ンなことはしない」
 ジョゼ、サラ、お師匠様……みんなが生きている世界を脅かすような真似はしたくない。
「てか、どうでもいい。このまま死ぬのが嫌なだけ。オレは生きたいんだ」

《なにをもって、死霊王と契約する?》
「オレが死んだら、脳みそをやるよ。欲しがってたろ? 好きに改造してくれ」

 お化粧顔の生首が大爆笑をし、宙をポンポン飛びはねる。

 魔族にすがれば、悲惨な末路を迎える。
 知ってはいる。
 だが、流された末の犬死によりは、自分の意志で決めた未来の方がマシ。
 死後、オレはベティさんの玩具になる。覚悟はできた。

《いいよ。契約成立だ。あたしのものにしてあげる》
 派手な生首が近づいてくる。目のまわりのシャドーが濃いし、マユがつりあがっている。青い目も高い鼻も、威圧的。
《印をあげるよ、あたしのもんだって印を……。雑魚除けさ。印にすがりゃ、いつでもあたしを呼び出せるしね》
 ベティさんがニタリと笑う。
 白粉で肌は真っ白、口は真っ赤。
 顔は魔そのもの。邪悪だ。でも、どことなく愛嬌がある。それに、美人だ。

 額に、むちゅ〜っと濃い一発。
 オレの額に、ベティさんのキスマークが刻まれた。

《嬉しいよ、おにーちゃん。あんたは永遠にあたしのものだ。死霊王ベティ様の道化……可愛がってあげるよ》





 転移後一週間で、オレは家持ちとなった。
 ベティさんからプレゼントされたのだ。

 ベティさんの北の領地……何もない荒野のまん真ん中に、立派な門の屋敷があった。
 明らかに、人間用の家。
 庭つき、二階建て。貴族の小別荘か豪商の別宅って感じの、なかなか洒落た屋敷だった。
《ちょっとしたツテで手に入れて、ね》
 ベティさんはヒヒヒと笑った。

 正直、助かった。
 ベティさんの城は召使いどころか建物までもが腐っていて……つまり、猛烈に臭かったんで。
 城に近づけず野宿生活をするオレを、憐れと思ってくれたのかも。

《あんたを、北面将軍に任命する。この家に住んで、あたしの領地を守っとくれ》
 そうは言ったが……
 ベティさんが警戒してる隣人は、東の好戦的な吸血鬼王、南の悪食の蛇身王、西の百万の軍勢を持つ獣王。
 北方に住んでいる死神王は、お人形遊びが大好きな、ひきこもり堕天使だ。めったに城の外に出ないから、侵攻してくるなどほぼありえない。
 北面将軍なんか、本当は必要ないんだ。

 ゾンビやガイコツがうろつく荒野だが、北はベティさんの領地の中じゃ、のどかな地。
 贈り物の家をありがたく受け取った。


 庭の草木は全て、三日ともたずに枯れた。瘴気と変てこな天候のせいだ。
 魔界には太陽がない。だが、闇ばかりというわけでもなく、たいてい薄ぼんやりと明るい。空は、血の色、ピンク、緑、紫、青、等々気ままに色を変える。

 そして、広がるのは草木一本ない荒涼たる大地……死霊王の土地だからだ。

 魔界にも緑はある。エドナの領地は沼地で、ノーラは銀狼の森を所有していた。だが、エドナの沼地は人喰い蟲の巣、ノーラの森の木々は幹も葉も紫色で奇怪な形にねじれ曲がっていた。

 しみじみ思う、呪われた異世界なのだと。

 魔界貴族の庇護と、精霊達の協力、でもってチート能力で、何とかオレは暮らしていた。

 しもべの精霊は、更に減っている。
 堕ちた勇者のオレを《見損ないましたわ》とグラキエス様が見捨て、《ごめん。ついてけない》とティーナも契約を破棄した。
 しかし、ありがたいことに残りの精霊は留まってくれた。
《ま、好きで堕ちたわけじゃなし。人間やめない限りは、しもべでいてあげるわよぉ〜ん》とアウラさん。
《ジャンは、ジャンだもの》と、ソワ。
《私はご主人様の奴隷ですから……いかなる時もお側に……》と、サブレ。
《ここで別れたら、キミの行く末が気になってやきもきしちゃうもん。ね、ね、ね、どーせなら、う〜んと悪どくなっちゃえば?》と、エクレール。

 アウラさんの風結界、ソワの癒し、サブレの物理強化、エクレールの雷ならではの攻撃と素早さ上昇……
 魔界で暮らす上では、たいへん役に立つものだったし……



 たった今も、たいへん役に立っている。

『マッハな方』は、邪悪掃討に特化した僧侶だ。
 死霊王の配下とはいえ、オレはまだ人間。『終焉ノ(グッバイ・)滅ビヲ(イービル・)迎エシ神覇ノ(ブレイク・)贖焔(バーン)」じゃ祓えないわけで。
 どうにか戦えるんじゃないかと思ったんだが……

 甘かった。

 精霊達の助けがなきゃ、ボロ負けで死んでいるところだ。


『マッハな方』は、何処かの世界の勇者に憑依して魔界にやって来た。そこそこ二枚目の、剣士風の男。
 てか、勇者の祈りがその世界の神様の神意にかない、オレのもとまで飛ばされてきたようだ。

『マッハな方』に責められて、初めて知った。
 オレが住んでいる屋敷は、その勇者のものらしい。
 勇者が旅に出ている間に、ベティさんが敷地ごと盗んじまったようで……
 帰ってみたら、自宅があった場所に大穴が開いていたんだ。そりゃ、怒るよな……

 全面的にこっちが悪いんで、謝罪した。もとあった場所に返すよう、ベティさんに頼むと。
 しかし、魔界に堕ちて穢れたものなどいらん! と『マッハな方』に怒鳴られた。確かに、庭の木々に関しては取り返しがつかない。全て枯れている。勇者の先祖が植えた、聖なる木々や花々だったらしい。
 掠奪者を倒し、先祖の無念を晴らす……その勇者は、自分の世界の神にそう誓いをたてていたのだ。

 んで、戦闘となった。

 格好からして、相手は剣士だ。
 けれども、現在、体を動かしているのは『マッハな方』。剣は素人だ。雷の精霊を憑依させたオレに比べ、動きも遅い。

 だが、むちゃくちゃ強い。

 持っているのが、反射の魔法剣だからだ。
 物理だろうが魔法だろうが、剣で受けた攻撃はそっくりそのまま相手に返す。
 鋭い刃で向こうから攻撃も仕掛けてくる。

「とっとと滅びろ、(もと)勇者よ。邪悪の味方になった男など、生きる価値なし。俺の内なる霊魂が、粛清せよと叫んでいる」

 剣をかわしていると、魔法をうたれる。魔術師系の攻撃やら弱体魔法。さほど強いものではないが、魔力が豊富なので連射してくる。防ぎきるのは難しい。
 ソワは、ほぼ休みなしにオレを治癒している。

「死ね、元勇者。人であるうちに殺してやる」

 アウラさんに背後から攻撃してもらおうとしても、
瓏ナル(ディフ)幽冥ヨリ(ェンス・)疾ク奉(ガード)リシ麗虹鎧・バリア!」
 光の防御壁で、完璧に防がれてしまう。

「朝な夕な、マリーはきさまの為に祈っている」
 ハッとして見ると……凶悪なお方は、らしくないほど辛そうな顔をしていた。
「きさまの魂が清らかであると信じ、無事を祈っているのだ。悪しき魔に堕ちたきさまなぞ、絶対に見せられん。きさまがマリーと出逢う前に、綺麗さっぱり、まったく、完璧に、完膚なきまでに殺してやる」
 マッハな方の体から、神々しいばかりの光が広がる。

聖気(オーラ)10%解放!」
 うぉ! かなり本気!

「遊びは終わりだ! くらえッ! 儚キ夢幻(ミラージュ・)ヨリ舞イ堕リシ(レクイエム・)天獄陣(ジェイル)!」

 へ? と、思った。
『マッハな方』が使ったのは、足止め魔法だ。
 上空から無数の光の矢がシャワーとなって降り注ぎ、標的を足止めするのだが……有効なのは邪悪に対してだけ。
 現実の矢じゃないから、人間にはまったく効果がないのだ。

 そう思ったのに……矢が刺さった瞬間、オレは動けなくなった。
 光の矢が数本、オレの額に刺さっている。額から地面まで、体を貫き通している。
 額には、死霊王から与えられた証があった。ベティさんのキスマークだ。
 額だけには、神聖魔法は有効だったのだ……

「その死をもって、己が罪業を償え・・」
 魔法剣を構え、『マッハな方』が歩み寄って来る。アウラさんが風魔法で邪魔しようと頑張ってくれてるが、光の防御壁の内の方にはノー・ダメージだ。

「・・あばよ」
 神の使徒は、穏やかな顔をしていた。憐れむようにオレを見て、ゆっくりと剣を振りあげる。

 ここまでか……
 オレは、死を覚悟した。

 しかし……
《動け》
 頭の中に思念が飛び込んでくると同時に、キ――ン! と、耳をつんざく不快音が響き渡った。
 ゾゾッとするような生理的嫌悪感を誘う音だ。

 光の矢が消える。
『マッハな方』の周囲の光の防御壁も消える。

 オレは身を引いて『マッハな方』の剣を避けた。アウラさんの竜巻をくらうまいと、『マッハな方』も距離をとる。

《水くさいぞ、勇者。我等は戦友なのであろう?》
 何時の間にか、オレの左には背の高い美形が立っていた。襟の高い黒マントを体に巻きつけている。
《あの男との戦いに、何ゆえ美しいこの私を呼ばぬ?》

《そーそー ピンチのときには、よんで。おともだちでしょー》
 オレの右に浮かんでいるのは、チビッコ堕天使だ。右手に恐ろしげな黒い鎌を持っている。

「おまえたち、どうして……」
《愚問だな、勇者よ》
 くつくつと、吸血鬼王ノーラが笑う。裸マントのヒトだ。
《魔界貴族は、互いに監視し合っている。殊に隣人の動向には目を配っているのだ。戦となれば、介入もする。隣人に加勢するか、攻め手側につくかは、その時の気分次第だがな》

《ん〜 あたしは、いつもは、よそのモメゴトには、カイニューしないんだけどー》
 右眼にハートの眼帯をつけたお子様が、ニパッと笑う。死神王サリーだ。
《マッハくんとなら、あそびたーい》
 そう言って、三日月のような鎌の切っ先を『マッハな方』に向ける。
《ショーブだ、マッハくん!》

 ノーラとサリーの額には、もう靴の跡はない。聖痕による支配は解けているのだ。

 チッと舌打ちを漏らし、『マッハな方』が再び儚キ夢幻(ミラージュ・)ヨリ舞イ堕リシ(レクイエム・)天獄陣(ジェイル)を放つ。
 しかし、ノーラがカッ! と口を開いた途端、キーンと嫌な音が響き、魔法は散ってしまった。
「すごいなあ。強化魔法だけじゃなくって、補助魔法も消せるのか」
《美しいこの私に、不可能はないのだ》
 吸血鬼王が、フフンと笑う。
《僧侶の霊力の性質はよく知っている……さほど霊力のこもっていない魔法ならば、何であれ、たやすく消せるのだ》
 ほうほう。

《マッハくんのことをネッシンにケンキューしたセイカだよねー》
 愛の力だと、脳天気に笑う堕天使。
『ふざけるな、殺すぞ!』とサリーに牙をむいてから、ノーラは赤い目を爛々と輝かせ『マッハな方』を指さした。
《いずれ、きさまは殺す。美しいこの私に、下僕の辛酸を嘗めさせてくれたのだ。楽には死なせてやらぬぞ……。だが、まあ、今は、その憑依体だ。貴様が宿ったその器、華麗に切り裂いてくれる》

「やってみせろ」
 と、『マッハな方』は挑発に応じた。
 しかし、戦闘(バトル)マニアの吸血鬼王と死神王の二人がかり。ノーラの爪と、サリーの鎌を、神がかり的な勘で避けるだけだった。
 反撃しようにも、軽く霊力をためた程度の魔法では吸血鬼王が消してしまう、精神集中をして霊力をためる時間はない、神聖攻撃は死神王にほとんど通じないでは……
 勝ち目などあるはずがない。反射の魔法剣があったって、剣技は素人だし。

 神の使徒の敗色が濃厚となった時……もこもこっと大地が盛り上がった。
《おなかちゅいたー!》
 大地に擬態していた巨大なものが立ち上がり、『マッハな方』をその下半身で絡め取る。
 蛇身王エドナだ。
「く・・」
 ラミアに体をしめつられ、『マッハな方』は魔法剣を落とした。
 呪文を唱えようとするその口は、ラミアの右手にふさがれる。

 獲物を横取りされ、吸血鬼王と死神王は面白くなさそうだった。が、邪魔をする気もないようで、なりゆきを見守っている。
 憑依体の命など、どうでもいいようだ。器が死ねば、『マッハな方』は自分の体に還る。時や場所を改めての、再戦は可能なのだ。

《……はちめて、あった時から、ちゅきらったんら……そのからられもいいや……おなかのなかに、いれてあげる〜》
 ラミアの金の目が、『マッハな方』を見つめてキラキラと輝く。
《おいちちょー……》
 ヨダレをたらしていた口が、大きく開く。顎が外れ、めきめきと音をたてて口の端が裂けてゆく。人間を丸呑みできるように。

 鰐のように尖った牙を光らせながら、ラミアの巨大な口が、『マッハな方』へと迫る。

 これは、さすがにまずい!

 急いで呪文を唱え、チート技を使った。

《! ? ♪》
 エドナが満面の笑顔となる。

 当然だ。
 エドナの口から喉、そして胃袋にまで、たっぷりと送ってやったのだ。
 大食いのラミアも、これなら満足だろう。

 オレのチート技は、食事召喚。
 頭の中でイメージした食事を、欲しい分だけ、出したい場所に出せる。イメージすりゃ、フルコースだって出せる。
 朝、昼、晩、一日三回使用可能。

 魔界にゃ、人間が飲み食いできるもんなんかない……そう思って貰ったチート技。
 魔界で暮らせるのは、この技があってこそ。

 今晩の食事分は、今、エドナにやっちまったんで、明日の朝までは絶食だが。

 生肉を頬ばり、エドナは恍惚とした表情だ。

 蛇身で捕らえていたものをポイと捨て、エドナは鼻歌まじりに立ち去って行った。
 腹がくちたんで、『マッハな方』への関心がなくなったんだ。
 食料を備蓄しとくって知恵は、ないようだ……。

 地面に転がった勇者は、ぴくりとも動かない。気絶しているのか?

 吸血鬼王と死神王が、倒れた男を見下ろす。
《居ないな。僧侶は還ったか……》
《エドナちゃん、おしょくじまえに、えもののホネをくだくもの。そのウツワ、死んじゃったみたいだねー》
 つまんないなーと、死神王が頬をふくらませる。

 死んだのか……?
 ゾッとした。
 オレのせいで、異世界の勇者が魔界で殺されたのか?

《いや……まだ生きている。命の火は灯っている》
 にぃっと薄く笑い、吸血鬼王は右手を振った。
 それだけで、瀕死の男の姿は荒野から消え失せた。魔法で別所に運ばれたようだ。

「喰うのか?」
 オレの問いに、吸血鬼王は片眉をつりあげた。
《所属世界に返しただけだ》
「え?」
《あの男を帰還させようとする力が働いていた。おそらく神の力。その流れを妨げていたものを払い、望み通りにしてやったのだ》
 助けたのか……? 魔族が勇者を?

 男とも女ともつかぬ美貌を歪ませ、ノーラが酷薄に笑う。
《貴様を殺すまで、僧侶は何度でも来よう。ここに来られる器は、一つでも多い方がいい。あれとの戦いを楽しめる……》

《マッハくんがきたら、またあそぼーねー》
 サリーは無邪気な子供のように笑い、オレに手を振って帰って行った。





『既に存在自体が、きさまの罪だ』

『マッハな方』の言葉が、頭の中に何度も蘇った。

 オレが魔界で生きている限り、『マッハな方』はオレを殺そうとする。その憑依体或いは本人が、死の危機に晒されるわけだ。

《んじゃ、死んでみるかい?》
 イヒヒとベティさんが笑う。
 ベティさんと会うのは、半月ぶりだ。このところずっと所属世界に戻っていたのに、今日、ひょっこりオレの家に顔を見せたのだ。
《死んだって、死霊になるだけだ。生きようが死のうが、おんなじさ。あんたは、ずーっと、魔界に居るんだよ》
「自決したところで、もう手遅れか……」

《死にたいのかい、おにーちゃん?》
 オレはかぶりを振った。
「死にたいとは思わない。生きる目的もなく、ただブラブラとしてるだけだがな」

《世の為人の為に死を選ぶなんざ、おめでたいバカだ。生まれたからには、命は自分のものさ。恥じることはない。堂々と生きていいんだよ。堕落した生であってもさ》
 グヒヒと生首が笑う。
《あんたを殺して、不死者にするのは簡単だけど……もうちょいと、人の身であがくさまを見たい。不死者になるのは、めちゃくちゃ気持ちよくって愉快なんだけどね……人間ならではのものを失っちまうのさ》

 ベティさんの笑みが少し寂しそうな……そんな気がした。

 が、気がしただけだった。

 ベティさんは、オレの頭の上にのっかり髪の毛でギューギュー首を絞め始めた。
『マッハな方』に殺されかけた時、呼ばなかった事を怒っているのだ。
 額の印を通して、ベティさんを呼び出せるのは知っていた。
 けれども、助けを求めるのには抵抗があったのだ。
《道化の分際で、聖なるものへの忠義立てかい? 昔の仲間を、あたしに殺されたくなかったんだろ?……このあたしよりも大事だから……》

 確かに、『マッハな方』を殺されるのは嫌だ。
 けど、ベティさんが殺されるのも嫌だ。死霊王のベティさんは、神の使徒のあの方とは相性がよくない。首から下をあの方の魔法で、吹き飛ばされているし……
 ベティさんを危険な目に合わせたくなかったのだ。

 そう説明したら、ベティさんはオレの頭の上で大爆笑を始めた。
《かわいいこと言うじゃないか。やっぱ、おにーちゃん、最高!》
 ゲヒヒヒと派手に笑い転げる。

《……決めたよ、おにーちゃん。近いうちに、女の死体を手に入れる。あんた好みのボンキュッボンなヤツをくっつけるから、あたしとイイコトしようよ》
 え〜
《生きた女をぶっ殺して、死体にするんじゃない。ちゃんと死んでるのを探すよ、腐ってないヤツでね。なら、いいだろ?》

「でも、死体だろ?」

《馬鹿だねえ、おにーちゃん》
 ベティさんは、イヒヒと楽しそうに笑った。

《あたしは、死霊王だ。首から上だって、死んでるんだ。下だけを気にするなんて、本当にあんたは馬鹿だよ》
【死霊王の道化 完】

+ + + + + + + + 

 魔王戦の後、スライムはベティの領地でのんびり生活、ゾンビちゃんは『マッハな方』がかけていたタイマーつき浄化魔法が発動して昇天しています。

 消滅させられない限り、永久に生き続ける魔族。
 面白い存在や自分達と対等に戦える人間はめったに居ないので、出逢った場合はとことん愛でます。
 魔族なりの愛し方なので、愛される方はいい迷惑な場合も多いのですが。
『殺す』と公言しているものの、ノーラは『マッハな方』との命のやり取りを楽しんでいます。『マッハな方』が強大なうちは遊び、精神や肉体に老いの陰りが見え始めたら殺そうとするのではないかと。
 魔界のジャンは、いずれ不死者になってしまいます。が、死霊王の寵愛を受け、ご近所さんともそれなりに仲良くやっていくのです、不幸ということもないような。

+ + + + + + + + 

 次回は、天界に流されての話。天界神もやっぱり、ジャンはどうでもいいようです。
 8月13日(火)更新予定です。
+注意+
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