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ハーレム100 作者:松宮星

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おとぎのくにで   【裏 ジパング界】

 ダーツの矢は、裏ジパング界に当たりました!

※この章の各話は、それぞれ独立した話です。共通の設定がある場合もありますが、ストーリーには繋がりはありません。
 木々が妙にざわめきおる……

 空気が熱をはらみ、ゆらめいてもいる。

 大きなものが現れたようだ。

 床を離れ、数珠を手にした。

 月明かりに照らされた境内に、それは居た。
 淡く光っている。
 位の高い神じゃ。寺におった小さきもの達は、神に場を譲っている。境内の端でひれ伏し、神に恭順しているものも少なくない。

 赤いべべを着た、童女の姿をしている。
 汚れを知らぬ顔だ。

 善神……に見える。
 放つ光は清い。
 だが、童女の周囲は淀んでいる。怨嗟の声やら、血の穢れすらも漂っておる。
 堕ちた神やもしれん。
 両の袖口から、紙垂(しで)が垂れている。
 手首にしめ縄……
 手を封じられた神……人に悪さをし、調伏されたか……他の神との争いに負けたか……

 童女に数珠を向けた。小さきものならば、それだけで恐れをなして逃げる。だが、さすがは神、毛ほども同ぜぬ。
 大きな目が、わしを見上げる。

《おまえ おれが みえるのか?》
 どこからともなく聞こえた声に、答えてやった。
「見える」
《そうか。 うわさ どおり とくの たかい ぼうず なのだな》
 童女の顔に、子供らしからぬ笑みが浮かぶ。
《おれが みえる おとなは しゅぎょうを つんだやつ。 でなければ、ばかだ。 こころが こどものやつ だけだ》
 揶揄ではない。年長者が幼子に対して見せる笑みといったところか。わしを見つめ、童女が鷹揚に笑う。
《おまえは ばかには みえん》

「何の用じゃ?」
《ようが あるのは おれではない》

 子供が己の左を見上げる。

 空が揺れ、もののけと若い男が現れる。
 姿隠しの妖術で隠れておったのか。

 子供の放つ光に包まれておるゆえ、よく見える。
 男一人に、もののけが二体。
 若い男の左右には、三つ目の大入道と遊女のもののけがいる。
 目を向けただけで、大入道はびくびくと身を縮めた。わしがこわいか、小さきものめ。こけおどしの異相なぞに、わしが驚くと思うたか。
 遊女姿の妖怪は、美しい顔にあからさまな敵意を浮かべてわしを見ておる。血と怨嗟をまとっているのは、こやつだ。幾多の命を奪い悪行を重ねてきたゆえの穢れが、全身にこびりついている。嫌な匂いがする……

 数珠を向けると、遊女はまなじりをつりあげた。美しい姿を捨て、本性を現しかけた。
 が……
「カグラさん、落ち着いて。まずは、ちゃんと話そう。話せばきっとわかってくださる」
 男に声をかけられた途端、遊女の放つ悪気がわずかながら弱まった。
大主人(おおあるじ)様……坊主なんぞと、口をきくだけ無駄にありんす。大事なのは信仰と人間だけ。醜きものも光の下にあれぬものも、悪と決めつけ、調伏する事こそ正しき道と信じきっておりますハ》
「わかりあえないと決めつけるなよ。一方的に決めつけられて、カグラさん、つらかったんだろう? 大嫌いな男どもと同じことを、他人にしちゃいけないよ」
 遊女が、ぐっと喉をつまらせた。
「オレのことを守ろうとしてくれて、ありがとう。でも、大丈夫だ。見ていてくれ」
 妖怪から禍々しかった気は消えた。男を、せつなそうに見つめる。愛しい男の無事を祈る、ただのおなごのように。

 男が一歩進み出る。
 珍奇な服装じゃ。男のくせに髪にも体にも飾りをつけ、背から風呂敷をたらしている。
「はじめまして、お坊様。異世界から来ました、勇者ジャンです」
 黒髪、黒目。しかし、異形だ。異人の顔をしておる。
「勇者とな……?」
「世界を救う人間を、勇者と言います。といっても、よその世界の話。裏ジパング界では、ただの居候です」
 物腰も声も温和。
 悪しきものを従えておるわりに、この男からは邪気は感じられぬ。
 だが、気は人のものと違う。すだまを憑かせているのか? まとわりつく気が多い。大入道や遊女の他にも眷族を持っておるな。
「何用じゃ、勇者とやら」

「お願いがあって、参りました」
 男が深々と頭を下げる。

「昨年秋に書かれた掛け軸を焼いてくださいませんか?」

「なにゆえ?」

「もう充分なはずです。もう一年になるんです」
 男が更に頭を深く下げる。
「どうか許してやってください」

 男を、その家来を、側に居る童女神を見つめ、それから問うた。
「あれを、放てと言うか?」
「はい」

「あれの悪行を承知しておるのか、勇者とやら?」
「はい。知っています」
「若い男に次々ととり憑き、淫らな技をしかけ、その精を吸うたのだ。あれに魅入られた者は、ひどく飢える。心は荒み、破壊を喜び、血を求めるようになるのじゃ。あれのせいで牢に入った者、未だに床についておる者も居る。わしの目が黒いうちは、あれは封じ続ける。決して、逃さん」
「堕ちたのは、その人間が望んだからです。もともと暴れたいって願望を抱いていたから、背中を押されたらあっさりと堕ちたんです」
「憑かれた者が悪いと?」
「そうとは言いません。妖怪に憑かれなきゃ、踏みとどまれていたかもしれない。垣根を越えさせた罪はある。だけど、もののけってのは、そこに居るだけのもの。力ずくで、善人を悪人に変えることはできないんです」
 男が顔をあげる。
「そういうものだって、教えてもらいました。憑かれても、たいして変わらなかった人もいたんじゃないんですか? 何もかも妖怪が悪かったわけじゃない。オレはそう思います」

 一歩もひかぬという気迫で、男がわしを見る。
「放っていただけるのでしたら、責任はオレが持ちます。騒ぎは二度と起こさせません。約束します」
 そう言いきってから、男は表情を曇らせた。
「えっと……まったく人間の精を吸わせないってのは無理なんですけど……もののけも食事をしないと生きていけないんで。オレ一人じゃ、多分、いや絶対、足りない。どうしても人の気が必要になった時は、注意してやらせます。その人に悪心を起こさせたり、病気にさせたりはしません。それなら、いいでしょ? ……お目こぼしいただけませんか?」
 叱られた小僧のようじゃ。自信のなさそうな顔をしておる。

「人に封じられたせいで、取り返しのつかない事になった……絵の中のものはそう思っています。時が流れれば流れるほど、怨みはつのる。お坊様どころか人間全員を憎み、憎悪の塊となってしまう。掛け軸は紙です。あの封印は、紙の劣化と共にいずれは解ける。未来に人にあだなすものを放っちゃいけない。人間の敵を生み出さぬ為にも、今、解放して欲しいんです。お願いします」

 未来に悪鬼を残すのは、わしとて望まぬ。
 だが、この男の言うがままに、掛け軸の中のものを放てるものか。
 この男は凡庸だ。善神の加護を受けてはいても、たいした力がない。
 腰に剣を差しておるものの、剣客としての品もない。
 絶対の力をもって、妖怪を支配するなどできぬだろう。

「オレは異世界人です。この国のことはよく知りません」
 平凡な男が言う。 
「だけど、偉い国なんだってわかってます。人間の子供をさらって食べていた悪い鬼を許して、奉って、神様にしちゃったって聞きました。凄く寛容だ。オレの国だったら、間違いなく退治されてる。なのに、この国は神様にする。退治されるはずのもの救い、多くのものを救う神様にしちゃう」
 そして、笑う。子供ほどには純粋ではない。が、大人にしては世なれておらぬ顔で。
「『くらい みちに まよいこんでも かならず ひかりの もとへ ゆける』。この国の神様が教えてくれました。堕ちかけた時、心に染みいったのは優しい言葉だった。仲間達の情だった……」
 男がもう一度頭を下げた。

「信じてあげてください。信頼には、信頼で応える。もののけも、人間と一緒です。バーンと気前よく解放してやってください。お願いします」
 男の横の大入道も、深々と頭を下げる。
 男に倣い、遊女も仕方なさそうに頭を下げる。わしへの敵意や警戒を隠そうともしておらんが。
 子供の姿の神は、ただ、わしを見ている。穢れのない目で、わしがどう動くか見届けようとしている。

 この男は、清くもなく穢れてもおらん。
 善神の加護を受けながら、悪行に染まった妖怪を側に侍らせ、とるに足りぬ小物も軽んじず愛する。
 全てを許し、全てを受け入れる。あらゆるものを、己の色には染めず、あるがままの姿で受け入れる。
 穢れたものとて、許せるのだ。

 わしとはまったく生き方が異なるが……仏の道におる人間と思えた。





 掛け軸を庭に置き、火をつけた。

 紙はまたたくまに、ゆらゆらと燃える炎に包まれ……
 白き煙をのぼらせ、あえなく消え果てた。

 たちこめた煙が、流れ、形をなす。
 牙をのぞかせる口、しなやかな体、鋭い爪を持つ四肢、毛の豊かな長い九尾……
 白面金毛の九尾の狐。
 わしが絵に封じた、化け狐。数多くの男を破滅に追いやった、性の悪い狐じゃ。
 あやかし狐が、身をくねらせ弧を描く。
 窮屈な絵の中から解放された事を喜んでおるのだ。
 巨大じゃ。人間の数倍も大きい。
 赤き目が、わしを見る。
 けーんと鳴き、それが嬉しそうに笑う。
 復讐すべき者との再会を喜んでおるのだ。
 殺戮を好む残虐なもののけは、己を封じた憎々しき僧侶だけを眼に映した。

 しかし……

《かかさま!》

 男の後ろから声があがった途端、それはわしへの関心を失った。

 まろび出たのは、子狐。赤っぽい金の毛の、小さきものだ。勇者とやらが、姿隠しの妖術でわしからかくまっておったのか。
《かかさま! かかさま! かかさま!》

 それが抱きつくまで、九尾はまったく動かなかった。
 茫然と、子狐を見つめていた。
《おあいしとうございましたですゥ》
 滝のような涙を流し、子狐がわんわん泣く。かかさま、と何度も呼びかけて。

 しかし、それでも、九尾は動かない。自分に甘えてくるものを、いぶかしそうに見つめるばかりだ。幻術とでも思っているのか。ありえぬと言いたそうに、匂いを嗅ぎ、目を凝らし子狐の正体を見極めようとしておる。
《ニビィ……のはずがない。ニビィは死んだ……あの仔が一人で冬を越し、生き続けられるわけがない……食料とて、とうに……ニビィは、もう……》
《ちがうのですゥ、かかさま、わたいハ、ニビィでハ、ないのですゥ》
 ジョボジョボと涙を垂らしながら、子狐が尻尾をピンと立てる。ふさふさのやわらかな尻尾が三本、ゆらゆらと揺れる。
《このとおりにございますゥ。みなみなさまのおかげデ、サンビィとなりましテ、ございますゥ。わたいハ、おおきくなれたのデ、ございますゥ》

 あどけない子狐を見つめる九尾から、恐ろしげな気が消える。
 九尾の赤き目が潤む。まるで人のように、涙を浮かべて。
《ほんに……ほんに、ニビィかえ? 誰も訪れぬあの洞窟で、寂しく逝ったとばかり……ニビィや、よう無事で……》
 子狐が、かぶりを振る。『ニビィではございませン、サンビィですゥ』と言い張りながらも、次第に言葉は支離滅裂となる。しまいには、『かかさま』としか言えなくなった。母親に抱きつき、ただ、ただ、甘えることしかできなくなった。
 九尾も同じじゃ。我が子の名を呼び、抱きしめるしかできなくなった。

 母子は泣きながら、抱き合っていた。


《ばけぎつねは ひゃくねんかけて しっぽを いっぽん ふやす。 だが ようりょくが たりんと、だめなのだ》
 親子を見つめながら、子供の姿の神が淡々と言う。
《ようりょくを ふやすために ばけぎつねは ひとを かる。 よいも わるいも ない。 ばけぎつねとは そうするもの なのだ。 おさきは たらふく せいを すって にびの むすめに わけてやりたかったのだ》
 娘に妖力を分け与えたいが為、九尾は都で暴れておったのか……
《きつねは じょうが ふかいからな》
 童女神がニッと笑う。
《しかし ひとの せいを くわずとも むすめは おおきくなった。 ひとの じょうに すくわれたのだ。 ひゃくねんごは おさきも おとこをかるまい。 ほかの やりかたで むすめの せいちょうを うながす だろう》

《わらし様……ほんに、ありがとうございました》
 泣きながら頭を下げる九尾に、神はそっけなく言った。
《おれは なにも していない。 おまえのむすめをすくったのは にんげんと この おんなの けんぞくだ》
 童女神が、顎で遊女をさす。
《るすを かわり うえた こぎつねを かりに いかせていた。 さびしがりやの こぎつねの はなしあいてにも なっていたようだぞ》
《すべては、大主人様のお優しさからのこと。わっちは、大主人様の命令に従っただけにありんす》
 自分に礼などいらぬと、遊女は母狐に頭をあげさせた。白粉顔が赤く染まっている。照れているようだ。

「かか様に会えて、良かったなあ、サンビィ」
 もらい泣きをしておった男に、子狐が大きく頷く。
 男は九尾へと微笑みかけた。大妖怪であるそれを、まったく恐れておらぬようだ。
「はじめまして、オサキさん。サンビィの友達の、異世界から来たジャンです。これからの食事は、できるだけオレで我慢してください。足りない時は、人から怨みを買わずに食事をする方法を一緒に考えましょう。サンビィの為に、オサキさんには長生きしてもらいたんです、オレ」
 九尾が赤い目を丸め、男を見る。

《そのおとこ ほんき だぞ。 おまえを じぶんの せいで やしなう きだ》
 馬鹿な……
 大妖怪の力を損なわぬ為には、どれほどの人間を喰わずばなるまいか。人間一人では足りぬのは明らかじゃ。
《それが できると しんじている。 それは なりは おおきいが こどもだ。 ばかなのだ》
 童女神が楽しそうに笑う。

 馬鹿と言われた男が、不満そうに唇をとがらせる。
「やってみなきゃ、わかりませんよ。獣の肉とか人間のご飯とかでも、飢えは紛らわせられるかもしれないし……神様用の食事ってのもいっぱいあるんでしょ? いろいろ試してみれば、うまいくかも。人も神も妖怪も仲良く暮らせるやり方が、きっとあるはずです」

 不思議なものを見るように、九尾は男を見ていた。
 充分な食事ができずば、仔の成長を促せぬだけではない、妖かしとしての九尾の力は衰えゆく。生命を維持する為に、妖力を食いつぶしてゆき……やがては、小さきものに落ちるであろう。
 けれども、狐は情が深い。
 情には情をもって返すはず。
 勇者を喰い殺す事も勇者の願いを聞きいれずに人間を狩りに行く事も、もはやできぬのではないか……
 そんな気がした。

 これ以上の調伏はあるまい……

「勇者殿」
 わしの顔には笑みが浮かんでいた。久方ぶりに、明るい気分となれた。
「すまぬ。拙僧にもう一度、お名前をお教えいただけまいか? 勇者殿と是非親交を結びたい」

「おおお! ありがとうございます! 偉いお坊様と仲良くなれるなんて、オレの方こそ嬉しいです!」
 子供のような男が、右手をさしだしてきた。
「勇者ジャンです。どうぞよろしく」

 勇者に教えられ、『あくしゅ』というものをした。右手と右手をつなぐのが親睦の証だそうな。
 勇者の手を握り返した。


* * * * * *


 サンビィ親子をアウラさんの移動魔法で住処(すみか)まで運んだ後、カグラ達と別れ、アネコ様の屋敷に帰った。

《ぉかぁ〜》
 オトメさんは、定位置に居た。
 囲炉裏の側で寝っ転がり、塩センベイをパクついている。女神通信をパラパラとめくっているが、読んではいない。ただ見てるだけだ。
 生きている道具の九十九(つくも)衆が、せっせと働いている。ホウキやチリトリがオトメさんのちらけたものを片づけ、鍋やハシや器が勝手に動いて朝ご飯の準備をしている。
 オトメさんは、奉仕されるだけだ。ゴロゴロしている。実にだらけている。
 しかし、オトメさんは好きでだらけているわけではない。その両の足首には、封じ込めのしめなわが巻かれている。足を動かす事はできるのだが、アンクレットのようなそれが『歩行』の力をオトメさんから奪っているのだ。


 アネコ様とオトメさんは、二神一体の神。アネコ様が福を与えた相手に、オトメさんが禍を与える。それが決まりだったのに……
 オトメ神は、魔王戦で神の(ことわり)を破った。オレにもたらすはずの禍を、魔王カネコに押しつけ、オレを守ってくれたのだ。

 裏ジパング界に還ったオトメさんは、罰を受けた。
 共に罰を受けるとアネコ様が申し出たので、かなりの温情ですんだらしいが……

 一定期間、二神は能力を封じられる事となった。

 今、アネコ様もオトメさんも、人にたいした力をもたらせない。
『小銭を拾えた。ラッキー』とか『やたら転ぶなあ。今日はツイてない』とか、その程度の禍福しか与えられぬ存在(もの)となってしまったのだ。
 その上、アネコ様は両手を、オトメさんは両足を封じられている。
 アネコ様は大好きな毬つきができず、奔放なオトメさんは気ままに歩き回ることができなくなった。

 罰は、オトメ神を惑わせた存在……つまり、オレが生きている間、ずっと続く。
 オレが亡くならない限り、お二人は自由になれないのだ。

《おまえなど いきても せいぜい ひゃくねん。 おれは かみだ。 せんねんも まんねんも いきる。 ひゃくねん ぐらい またたくまに すぎる》
《にんげんが かみに ドージョーとか ふつーに ぁりぇなくナイ?! マジバッドはいっちゃぅ〜》

 オレの助けなんかいらないと二神はおっしゃったけど、ちょっとづつでもいい、恩を返したかった。
《なら ぁたしの ァッシー やるゥ? てか おネエちゃんにハ テッシー?! マジよゆーにウケるーー》

 裏ジパング界に転移したオレは、二神といっしょに暮らす事にした。
 アネコ様の手、オトメさんの足となる為に。

 アネコ様は、食事をしなくても死なないと言った。
 だけど、人と食べるのは好きなのだと思う。
 家の守り人となっている間、家人からお膳を捧げられてたらしいし。
『あーんしてください』と言うと、アネコ様はすっごいぶすくれた顔になる。けど、むっつりとした顔で、口を開けてくれる。
 とってもかわいい。
 一緒のものを食べ、一緒に語らい、同じ時間を毎日過ごしている。

 手毬やおはじきやお手玉のやり方は、教えてもらった。
 手を動かせないアネコ様の代わりに遊んであげようと頑張っているんだが……
 正直、難しい。
 布の毬ってほとんど弾まないし、おはじきはどっか遠くへ飛んでっちまう。二つのお手玉ですらポロポロ落とすってのに三つでやれ四つでやれとかアネコ様は無茶振りするし……
 どんな遊びも、オレは下手くそだ。オレを見て、アネコ様がケラケラと楽しそうに笑う。

 手を使わなくても、できる遊びはある。
 わらべ歌や、言葉遊び、なぞなぞ。にらめっこ。影ふみ。
 時には、精霊達やシヅにも仲間に入ってもらっている。これからは、サンビィも誘おうか。


《ゆーしゃクン ぁたし ぴくにっく したぃ カもぉ?》
 朝食を食べ終えたら、オトメさんが突然、そんな事を言い出した。
 昨晩寝ていないのだ、少しは休ませてやれと、アネコ様が妹を叱る。
 アネコ様に大丈夫だと手を振って、オトメさんを抱きかかえた。
 お姫様抱っこだ。

 オレの腕の中に、むっちんぼよよ〜んな色っぽい貧乏神様がいらっしゃる。
 わくドキものの抱きごこちだし、肩出し着物からたま〜にポロリの特典もある。ごきげんがよろしい時は、オレにチュッチュしてからかってくることもあったりして……
 抱っこするのは、嫌じゃない。
 嫌じゃないんだが……いつも思う。アネコ様とオトメさん……封じられた所が逆なら、もっと楽だったのにと。
 貧乏神様をお姫様抱っこで連れ歩くのは、けっこうな苦行。腕がすぐに、辛くなる。けど、おんぶじゃ嫌だっておっしゃるし……
 ちっちゃなアネコ様なら、抱きかかえて歩いてもさほど苦じゃなかったよな。


 アウラさんに移動魔法で、綺麗な野原まで運んでもらった。
 空は青いが、日差しはさほど強くない。風も、涼しい。動物の尻尾のような草の穂が、風に吹かれ波のように揺れている。

 マントを毛布代わりにして、オレは野原で昼寝をした。

 オレが寝ている間は、足役はアウラさんが代役だ。風にのって、貧乏神様は、あっちに行こうこっちに行こうとわがまま放題。キャハハと楽しそうに笑う声が、何度も聞こえた。かなり遠くまで行っているような……

 眠りが浅くなった時、ふと横を見ると、赤い着物が見えた。
 アネコ様はオレの横にちょこんと座っている。オトメさんと一緒に飛び回った方が愉快だろうに、オレの横にずっといる。
 笑っている。
 何が楽しいんだかわからないけど、アネコ様がオレを見て微笑んでいる……

《いいてんき だな》

 半ば閉じた目に、陽光を感じる……

 そうですね、と返事を返した。半分寝ながらの返事だったんで、ムニャムニャとしか言えなかったけれど。

 アネコ様の笑い声が聞こえたような気がした……
【おとぎのくにで 完】

+ + + + + + + + 

 おさきを救ったことで、ジャンはもののけ界で有名となります。
 小さきものたちが訪ねて来ては、囚われた親族を助けて欲しいだの、山を荒らす人間をこらしめて欲しいだの、頼みごとをします。
 人間と妖怪の仲をとりもとうと、必死に頑張るジャン。
 福の神と貧乏神、おかみの神、天狗、『マッハな方』を降ろせる修験者、絵に妖怪を封じられる徳の高い僧、それに精霊達の力を借りて、どうにかこうにか依頼をこなし……
 クモ、タヌキに加え、化けネコ、カッパ、カワウソなどなど、押しかけ女房をどんどん増やしてゆきます。サンビィの婿にジャンをと、おさきも望んでいたりして。

 アネコ様達を愛し愛され、裏ジパングのジャンは、のんびり幸せに暮らしていきます。

+ + + + + + + + 

 次回は、裏冒険世界に流されての話。光と闇の国。二国と縁のあるジャンは……
 8月3日(土)更新予定です。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
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