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ハーレム100 作者:松宮星

魔王戦まで

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ジョゼ (※)

「ご就寝の時間に大きな音をたててしまい、たいへん申し訳ない」
 ジョゼの部屋の前に集まったオレ達に、キザ男がキザったらしく頭を下げる。
「私の配慮が足りなかった為に、ちょっとした齟齬が生じてね……それだけの事なのだが」

「……ご、ごめんなさい」
 つづいて、ジョゼが深々と頭を下げる。腰を覆うほどのまっすぐの黒髪がさらさらと流れる。
 ジョゼは令嬢らしい白いドレス姿で、その左肩に紫の小鳥をとまらせている。
「私のレイちゃんが……私の為に……。それで、あの……本当にごめんなさい」
 ジョゼの部屋から衝撃が走り、屋敷が揺れたのだ。
 オレや仲間達、それにオランジュ邸の召使い達がびっくりして駆けつけるのも当然だ。

 しゅんとしているジョゼに対し、左肩の小鳥は全然わるびれた様子がない。顎をそらせた尊大な態度を崩さない。

 何があったのかは、だいたいわかるが……

 乱暴に髪を掻き、リーズがシャルルを睨む。
「格闘家のねーちゃんの寝込みでも襲ったのかよ?」

 なにぃ?

 寝込みを襲ったぁ?

 おまえ、オレのジョゼを!

 金髪巻き毛野郎が、ハハハと笑う。
「そんな不埒な真似はしないよ。ジョゼフィーヌ様は、慎み深く清らかな女性だ。婚礼の日まで、私とてその純潔をお守りする」

「では、何をなさっていらしたの? 淑女のお部屋を訪問するには、非常識なお時間ではありませんこと?」
 口元に手を当てて、シャルロットちゃんが兄に尋ねる。とっても眠そう。まぶたが半ばまで閉じている。
「それは……」
 と言いかけたジョゼに、シャルルが言葉を被せる。
「戦場に赴く婚約者にご挨拶に伺ったのだよ……しかし、有事とはいえ、礼を失していた。ジョゼフィーヌ様の精霊が怒るのも当然だ。その点は反省している」
 シャルルが『いらぬ騒ぎを起こして申し訳ない』と気障ったらしく頭を下げる。お上品すぎて謝ってるように見えん。

「被害は?」
 ガウン姿のセリアが、再従弟(またいとこ)に聞く。角帽を脱ぎ、ひっつめた髪を解いたセリアは、年齢よりも若く見える。
「防御結界を張ったので、部屋の中も綺麗なものだ。衝撃音こそ大きかったが、私もジョゼフィーヌ様も怪我一つない。問題ない」

《もう大きな音を出さないでね、アンヌ、びっくりしたんだから》
 白い幽霊のニーナが、シャルルとレイを『めっ!』と怒る。
《アンヌのおうちをこわしちゃ、ダメだからね》
「お言葉はお心に刻みます」とキザ男が答え、紫の小鳥はニーナをチラリと見る。
《吾輩は雷の精霊である。標的だけを精確に狙う事も、消音も可能である。次回は、無音で標的だけを破壊しよう》
 口調こそジジイなんだが、声はかわいい。レイは、幼い子供のような、舌ったらずの、キンキンな女の子声だ。
《おおさわぎしないでね》
 と、言ってニーナは姿を消した。空間を渡って、バアさんのもとへ戻ったんだろう。
 ニーナ的にはいいのか……レイがシャルルを襲っても、静かなら……

「ま、何もなかったみたいだし……いいけど」
 カトリーヌが、シャルルとジョゼをジロジロと見る。

「ジャン」
 サラがオレの背中を叩く。
 振り返ると、顎でジョゼを指された。

 線が細くって、かよわそうで……儚げって言うのがぴったりくる、可憐なオレの義妹。
 みんなに迷惑をかけてしまっていたたまれないって感じに、小さくなっている。顔色も良くない。

 行ってあげて、と小声で幼馴染が言う。
 レイが暴れたせいで、サラに大事なことを伝え損ねてしまったが……
 あの場では雰囲気に流されたというか……
「………」
 今更、言えない。
 何つーか……恥ずかしい。
 オレは、自分の胸ポケットに手をあてた。
 あの話は、サラと二人っきりの時に……機会があったらまた今度ってことで!

「ジョゼ」
 進み出ると、義妹はオレを見上げた。
 ダークブラウンの瞳を、うるうるとうるませて。
 その子犬みたいな表情が、とても愛らしい。

「ちょっと話そう」

 思いつめてたジョゼの顔が、一瞬だけほわっとなる。ホッとしたように、嬉しそうに、オレを見る。
 だが、そのかわいらいしい表情はあっという間に消えてしまって、ジョゼはオレから目をそらした。
「はい……お兄さま……」

 鋭い視線を感じた。
 スケベで馬鹿で軽いお貴族様が……らしくない目でオレを見ている。

「間もなく日付が変わる。兄とはいえ、義理の関係だ。オランジュ伯爵家令嬢に対し、礼を失せぬよう心したまえ」
 む。
「もっとも、君がくだらぬ振る舞いをしようとも不可能だがね。ジョゼフィーヌ様には鉄壁の守護がついている」
 むむ?

「……その鉄壁の守護を怒らせたんだろ? どんな、くだらぬ振る舞いをしたわけ?」

「この私が?」
 シャルルが、フッと鼻で笑う。
下種(げす)な想像は慎みたまえ。ジョゼフィーヌ様とポワエルデュー侯爵家に対する侮辱となる」

 いかにも貴族ってな目で、シャルルがオレを見下す。
 こいつ……
 本気で怒ってやがる。
 ここ最近の親しさは、どっかへ吹っ飛んだようだ。

「失礼いたします、ジョゼフィーヌ様」
 ジョゼにだけ挨拶をし、集まって来た者にもう一度謝罪をしてからシャルルは立ち去って行った。



 ジョゼの部屋で、二人っきり……じゃねーや、レイも居るか……まあ、他の奴が居ない部屋で、ジョゼと向かい合ってテーブルについた。
 ジョゼの表情は硬い。顔から血の気も引いている。
 レイを肩に止まらせたまま、ジョゼはしょんぼりとしている。

「シャルルとケンカでもしたのか?」
 オレの問いに、義妹が静かにかぶりを振る。
「シャルル様は……何も悪くありません……」
 そのままジョゼは、うつむいてしまう。オレの目を避けるかのように。

主人(あるじ)よ、吾輩が勇者に説明いたしましょうか?》
 ジョゼが小さくかぶりを振る。
「それは駄目……私が言わなきゃ……」

 おもむろにジョゼが顔をあげる。
「あの……お兄さま……私……」
 口元に手をあて、涙をたたえた瞳で義妹がオレを見る。
「シャルル様に、ひどいことを……」

「何をしちゃったんだ?」

「……もっと早くお伝えするべきだったのに……いくじがなくて……ずっと言いだせずにいて……でも、明日は魔王戦だから……その前にと思って……お手紙をお渡しして……」
「手紙?」
「それをご覧になって……シャルル様が驚かれて私の部屋に……」
 ジョゼの頬を涙が伝う。
「私のせいで……シャルル様を、傷つけてしまって……」

「……婚約解消のことか?」
 ジョゼがハッと瞳を見開き、オレを見る。
 小さく頷く義妹。
 その頬の涙を、オレはハンカチで拭いてあげた。

 それから、ジョゼはつっかえつっかえ、何度も口ごもりながら、何があったのかをオレに説明した。

 もともとジョゼは……
 シャルルとの婚約を嫌がっていた。
 アンヌばあさんが勝手に決めた相手と結婚しなきゃいけないのが、嫌で嫌でしょうがなかったのだ。
『私、シャルル様ではなく……好きな方と一緒になりたいんです……』
 そう聞いた時は、シャルルがキモいから嫌なのかと思ったんだが……そうじゃなかった。ジョゼはう〜んと小さい頃からオレが好きで、オレと結婚したがっていたのだ。

「貴族の婚姻は……家同士の絆を深める為だけのものです。シャルル様は侯爵家嫡男の義務で……私と婚約したのだと……そう思っていました」
 ジョゼの瞳から涙がこぼれる。
「シャルル様は……ずっとお優しかった。私の話など退屈でしょうに……いつも笑顔で聞いてくださって……愛の言葉も贈り物もたくさんいただきました……」
 恥ずかしげもなくジョゼを『モン・アムール』と呼べちゃう神経はナニだが、根はいい奴だ。
 少なくとも、女性に対しては。
 ニーナのぬいぐるみの世話役を引き受けたりしてたし。
 おとなしすぎるジョゼをせかすことなく、楽しそうに話を聞いていたのだろう。
「でも、その真心のすべてを……私、素直に受け止めていませんでした……オランジュ伯爵家の娘だから大切にされてるのだろうと……思っていて……」
 ジョゼの頬を伝わる涙を、拭いてあげた。

「魔王討伐後に、勇者は国王陛下からご褒美を賜れます……お兄さまが私の婚約解消を願ってくだされば、シャルル様とのお話は破談となります……自由になれる……私、自分のことばかり考えていました」
 けれども……と、ジョゼが唇を震わせる。
「……婚約者の身内からそんな話があがったら……シャルルさまの社交界でのお立場が悪くなってしまう……。私の我がままで婚約解消をするのに……いけないと思って……。だから、」
 シャルルから婚約を解消して欲しいって内容の手紙を、ジョゼは渡したのだそうだ。

「私の部屋にいらしたシャルル様はとても悲しそうなお顔をなさっていて……婚約を解消するのなら、私からにして欲しいって……」

『男の私から婚約解消などできません。あなたの素行に問題があるのだと、つまらぬ噂がたちかねませんから。婚約者の浮気癖に愛想をつかしたとでもおっしゃればいい』
 てな事を言って、シャルルはジョゼをかばったようだ。
 カトリーヌまで口説くような奴だしなあ……その理由で周囲は納得するだろう。

「私が悪いのに……私の心配までしてくださって……」
 ポロポロと涙をこぼし、静かに泣く義妹。
 ジョゼの側まで行き、その体を抱きしめた。
 オレの腕の中で、義妹が泣く。声を殺して、ひっそりと……

「……シャルル様が……できる事ならもう一度機会(チャンス)をいただけないかと……。私を愛しているから……。私の為ならば、自分を変える、お気に召さないところを直しましょう……って、そこまでおっしゃってくださったのに……。私、ひどい事を……」

《お気に病まれることはない。あの男は答えを知っておきながら、主人(あるじ)にわざと問いかけただけである》
 ジョゼの肩の上の紫の小鳥が、しれっと言う。
《勇者と比べ、どこが劣るのか教えて欲しいなどと……自虐としか思えぬのである》

「レイちゃん、やめて」
 ジョゼが叫ぶ。
「今は何も言わないで」

 紫の小鳥の姿はゆらぎ、空に飲み込まれるように消えた。移動魔法を使ったのか、単に姿を消しただけなのかはわからないが。

「何て言っちまったんだ?」
 オレの問いに、義妹はひたすら頭を横に振る。ひどい事はもう口にできない、と言うように。

「言いたくないならいいよ」
 オレは、ジョゼの背をさすった。高まった気持ちが落ち着くように。

「貴族の結婚のことは、オレにはわからない。けど、オレはジョゼには幸せになって欲しい……本当に好きな奴と結婚してもらいたい」
 オレは、ジョゼをぎゅっと抱きしめた。

 ジョゼが可愛い……
 正直、シャルルにもレイにもやりたくない。

 だけど、オレは……
 自分の気持ちがわからない。
 義妹だから好きなのか、たった一人の大切な女の子として好きなのか……何十日も考えたのに、答えがでなかった。

 ヨリミツやドロテアやアンジェリーヌ姫達からのお誘いを、『魔王戦が終わるまで、大切な(ヒト)は選べません! 今は魔王を倒す事だけを考えたいんです!』って断ったけど、事実になっちまった。
 魔王を倒すことだけを考えたい……てか、考えられない。魔王戦の後、やりたい事はいっぱいあるが……現実味がない。地に足がついてない感じ。
 馬鹿のオレは、魔王戦を乗り越えなきゃ自分の気持ちにすら向き合えないようだ。

「シャルルが嫌いなら振っちまえばいいし」
「私にはもったいない、良い方だと思っています……」
「なら、もう少し真剣に考えてみたらどうだ?……あいつ、本気でおまえの事を好きみたいだし」

「え?」

 言いたかないが、言う事にした。
 誰にもジョゼはやりたくない! それに、シャルルが義弟なんざ絶対に嫌だ!
 嫌だけど……オレは魔王戦で死ぬかもしれない。
 あいつはかなりナニな性格をしているが、悪い奴じゃない。オレの死にうちひしがれるジョゼを、支えてくれるだろう。
「シャルルは、おまえのハンカチを、お守りにしてるんだよ」
「私のハンカチ……?」
「あの馬鹿がバラの刺で指を傷つけた時、ハンカチを渡して手当してやったんだろ? あいつ、裏英雄世界にもおまえのハンカチを持ってったんだぜ。ずっと身につけているみたいだ」

「お兄さまは……」
 震える声でジョゼが問う。
「私とシャルル様との婚姻を……お望みなのですか?」
「いや……そういうわけじゃないが……選択肢の一つとして」
「他の選択などありません……」

 ジョゼの体をほんの少しだけ離した。
 互いの顔が見えるように。
 ジョゼは涙ぐんだ目で、傷ついた顔でオレを見ている……
挿絵(By みてみん)

「愛しています、お兄さま……」
 儚げな笑みが、その顔に浮かぶ。
「ずっとお慕いしていました……お兄さまが私の全てです……他の方と結ばれたく……ありません」

「ジョゼ……」

「お兄さまが手をさしのべてくださらなかったら……私は死んでいました……生きることができませんでした……」
 父さんとベルナ母さんが再婚し、オレとジョゼは兄妹となった。出逢った時、ジョゼは心を閉ざしていた。誰ともまともに口がきけず、何もかもに怯えていた。
 本当のお父さんが亡くなってからいろんな事があったせいだ、って聞いている。怖い目にもあったのだとも。
 そんなジョゼが少しづつ心を開き、オレやサラに笑顔を見せるようになってくれ……嬉しかった。

「お兄さまのお心が他の方のものでも……構いません。お兄さまがお幸せなら、私は……」
 うつむきかけた顔をしっかりとあげ、ジョゼは笑みを浮かべ続けた。
「それで幸せです……同じ世界で……義妹として……生きていけるだけで……」
「ジョゼ……」
「でも、……」

 唇を震わせ、それからジョゼはすがるようにオレを見た。

「お願いです……お兄さま……教えてください」
 オレの目を見つめる瞳には、暗い影があった。

「魔王戦で何をなさるのです……?」
 体も小刻みに震えている……

「誰にも言いません……だから、教えてください……危険な事をなさるおつもりなのでしょう?」 
 ジョゼの瞳から大粒の涙がこぼれる。

「何も知らないまま……明日を迎えるのは嫌です……お願いです……お兄さま……教えて、ください……」

 いつか聞かれるのではないか、と思ってはいた。

 英雄世界でユナ先輩の話を聞いてからずっと、ジョゼは不安だったはずだ。
『今、キミ、そうとうやばい。崖っぷち。ぶっちゃけ、1300万ダメージとりそこねたから。1300万の借金、どっかで取り返さないと、チュド〜ンだぞ』
 だが、その話を聞いた時もその後も、ジョゼは何も言わなかった。
 せつなそうな顔で淡く微笑み、オレに寄り添うだけだった。
 お師匠様が石化してからは、特にそうだ。まるでベルナ母さんみたいに優しくオレを包み込もうとしてくれた。

 胸の内を隠して……。

 オレは何も言わなかった。
 言いたくなかった。
 究極魔法の事は誰にも話したくなかった。サラにぶちまけちまったのも、間違いだったと思っている。

 だが、不安に押しつぶされそうになっている義妹に何もしなかった事も……間違いだった。

「ごめん。ジョゼ。おまえが知りたがっていたことを内緒にしてて。もっと早くにちゃんと話すべきだった」

「オレは魔王戦で全力で戦う。この世界を……愛しいもの達を守る為に、勇者としてありったけの力をこめる。その時、無茶をしなきゃいけなくなるかもしれない。だけど、」

「死のうなんて思ってはいない。最後まで、生き抜く為に頑張る。生きることだけを考える」

「……詳しい事は言えない。でも、最後までオレはあきらめない。それだけはわかってくれ」

 結局、曖昧な事しか言えなかった。

 こんな説明で、ジョゼの不安がぬぐえるはずもない。
 だが、嘘は言いたくないし、究極魔法の事も言いたくない。

 ジョゼはオレを見つめ……
 ほわっと微笑んだ。
 優しく、可愛らしく……
「わかりました……お兄さま……」

 へ?
 わかってくれたの?
 今の説明で?

「勝ちましょうね、お兄さま……」
 ジョゼがそっと体を寄せて、遠慮がちにオレの背に手をそえる。
 さっきよりもずっと体が密着する……

「勝って、いっしょに賢者さまのお目覚めを迎えましょう……」
 ジョゼの胸の鼓動が伝わってくる……

「ジョゼは……お兄さまをお守りします……」
 大人びた声でジョゼが言う……

 何というか……
 本当に……
 立派になったよな、ジョゼ……
 精神的にも、肉体的にも。
 華奢なサラとは違って、しっかりしたというか……豊かというか……

 かなりドキドキした。





《助平が》
 扉を閉めて廊下に出ると、目の前に紫の小鳥が現れた。

「ジョゼの側を離れていいのかよ?」
《愚か者。この身は分身だ。我が本体は主人のもとへ向かった》
「あ、そ」

 羽ばたく小鳥に聞いてみた。
「何か用?」

《用などない》
 じゃ、何しに来たんだよ、おまえ。
《貴様、魔王戦で死した後の事など思い煩うでない。主人がその死から立ち直れる日まで吾輩が側でお慰めする……そう言ったであろう?》
 紫の小鳥が変化する。どんどんデカくなって人型になる。又、オレに化けるのか? と、思ったら、レイの奴、シャルルになりやがった。

《吾輩の望みは愛する方の幸福だ》
 シャルルと同じ外見の奴が、尊大に笑う。本物より偉そうだ。非常にムカつく。
《この男……少なくとも、貴様よりは我が主人を愛しておる》

「ジョゼの結婚相手として合格?」
《微妙だ。虫唾が走るほどに不快な男である。吾輩は好かぬ》
 まあ、そうだろうけど。
《しかし、結婚相手としては上々のランク。見目は良く財があり文武に優れ、何事もソツなくこなす。搾取階級でありながら、情がある。愛想もいい》
 え〜
 愛想がいいのは、女にだけだろ? オレへの扱いはひどいもんだぞ。

《当然である》
 オレの心を読んだ雷の精霊が、シャルルの顔でオレに冷たい眼差しを向ける。
《貴様は主人の思い人で『勇者』だ。あの男の望むものを全て持っておるのだ》
 へ?
《嫉妬されておるのだ。気づかぬとは、実に貴様らしい。嫌になるほど、鈍い男である》

 嫉妬?
 矜持の塊のようなお貴族様がオレに?
 そんなにジョゼが好きだったのか……
 てか、勇者おたく2号かと思ってたけど、『勇者』そのものに成りたがってたのか……
 気づかなかった……

《無能の貴様が『勇者』で、有能な自分がただ人である……その状況が、我慢ならぬようだ》
 む。
 無能とまで言い切るなよ。オレだって、戦えるぞ。弱いけど。

《しかし、その有能さがあだとなった。我が主人に言わせれば、この男、『心が見えない』のだそうだ》
「は?」
 腕を組み、シャルル姿のレイが顎をつきだす。
《本心がわからないという事だ。全てが虚飾……何もかもが演技に見える……『愛』すらも。主人は、そのような事をおっしゃっておられた》
 ありゃ。
 愛する女性からそう言われちゃショックだよな、シャルルでも……

《あの男の怒りに吾輩の守護の力が反応し、先程の騒ぎとなった。だが、今思えば余計な守護をした。激しく怒ってはおったが、あの男、主人に狼藉を働きはせなんだろう。矜持が許さぬゆえ》
 振られた直後だったんで超不機嫌だったのか、シャルル……
 かなり同情。

《貴様、この男の思いを主人に伝えておったが、》
 レイがジロリとオレを睨む。
《いいのか? 恋仇を助けるなど、愚かしいぞ》

「構わないさ」
 オレは肩をすくめた。
「オレの望みは、おまえと一緒……ジョゼの幸福だ。ジョゼが幸せになれるんなら、シャルルと結ばれるんでもいいよ。それに……」
 オレは、シャルルそっくりに化けた精霊に拳を向けた。
「ジョゼの相手がおまえでも、我慢する。ものすごくムカつくけど、義兄として祝福してやるよ」

 レイは、顔をしかめてしばらくオレを見つめていた。

 たいへん、不愉快そうに。

《吾輩の崇高なる思いと貴様の稚拙な愛は、等しくなどない。貴様の発言は不快である》
 シャルルの姿のレイがパッと消える。
 分身を消したのか? と思いきやそうではなかった。何処からともなくレイの声がする。

《魔王戦の後、貴様の誠を見せるがいい。低俗で低能で無能な貴様が、主人の思いをどう受け止めるのか実に見物(みもの)である》
 嫌味ったらしい言葉を残し、ジョゼの雷の精霊はいなくなった。
+注意+
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