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ハーレム100 作者:松宮星

魔王戦まで

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ニーナとマリー (※※)

 エスエフ界で、ニーナは死にたくないと泣いた。

 超能力ジャマーを浴びたニーナは、消滅しかけたのだ。霊体としてこの世にとどまってるニーナのバランスが、崩れかけたのだと思う。
 消えかけてニーナは『死』を意識した。
 魔王戦の後、昇天する事を思い出し、地上から居なくなる事が恐くなったのだ。

《消えたとき、なんにもなかった……まっくらでなにも見えなかった……おにーちゃんもおねーちゃんも、だれもいなかった……だれの声も聞こえなかった……あたし、一人だった》

《おにーちゃんが魔王をたおしたら……あたし、消えるんだよね? ほんとーに死ぬんでしょ? おにーちゃんたちの世界にいる理由がなくなるから……消えてなくなっちゃうんだ……》

《やっとアンヌに会えたのに……おにーちゃんやおねえちゃんたち、ソワちゃんともおともだちになれたのに……やだよ……あたし、消えたくない……》

《まだ、あたし、なにもしてない……いろんな所にいって、いろんなことがしたい。みんなといっしょにいたい。大きくなりたい……消えたくないよ……》

 ニーナがそう言ったのは、そんなに前の事じゃない。
 三十日と少し前の事だ。

 ニーナは、五十年以上も前に死んでいる。マリーちゃんは、多分、眠ったまま急所を一突きされて殺されたのだろうと言っていた。
 死んでいることも知らないまま、ニーナは遊ぶ約束をした友人を待っていた。
 いい子にして待っていれば、きっといい事があると信じて……

 五十年以上も、訪れる事のない友人を待っていたのだ。

 その孤独が、簡単に癒されるはずがない。
 心残りは、いっぱいあるはずだ。

 だから、オレは……
 神様から貰えるご褒美の内の一つを、ニーナの為に使おうと思った。
 ニーナの昇天を待ってもらうつもりだった。本当は、ニーナを生き返らせたいんだが、それは多分、駄目だ。フォーサイスの蘇りを願ったお師匠様の希望は退けられたし……聖教会の教えに反する事は駄目なのだろう。
 ニーナを生き返らせてもらえないのなら、幽霊のままとどまれる時間を延長してもらう。それでも駄目なら、オレの体に宿ってもらう。ニーナが来たって、精霊が一体増えるようなもんだ、どって事ない。
 オレが人生を終えるまでの間に、ニーナはやりたかった事をオレの体でかなえりゃいい。その後に神様のもとへ行けばいいんだ。
 そう思っていた。

『オレは死んでも生き延びても、ニーナちゃんと一緒だ。一人にしない』
 魔王戦で生き延びたらこの世界で共に生きて、死んだら一緒に神様のもとへいこう……
 そう約束したんだ。

 なのに……

 ニーナは、逝くと言う。
 穏やかに微笑みながら。

「なんで……?」
 何故、逝くなんて言うんだ?
 死にたくないって泣いてたのに……

《亡くなった人は、神さまのもとへいくの。それが正しいことでしょ?》
「だけど」
《ポチちゃんといっしょにエスエフ界からかえってからね、アンヌといっしょに馬車でいろんな所へ行ったの。ポチちゃんにこの世界を見せるために》
 楽しかったと、ニーナが笑う。
《カトリーヌおねーちゃんのおともだちのケーキ屋さんや武器屋さんにもいったよ。お城のそばまでいったし、病院にも聖教会にもお墓にもいったんだ》
 郊外にも行ったと、ニーナは言う。原っぱで遊ぶ子供たちを、長い間、見つめていたのだそうだ。
《あたしがずーっと見てたら、アンヌが『ごめんなさいね。私、おばあちゃんだから、もう走れないの。生まれかわったら、お外でも遊びましょうね。それほど長くは待たせないから』って、とっても優しい声で言ったの》

《アンヌはアンヌ。だから、ぜんぜん気にしてなかったけど……アンヌはカミがまっ白で、もうおばあちゃんなんだよね。あたしとアンヌは同い年だったのに、あたしだけ子供のまま。大きくなってないの。アンヌがおばあちゃんになるぐらい、時は流れたのに》

《神父さまに、死ぬのがとってもこわいんですってコクハクしたの。そしたら、神父さまがおっしゃったの。みんなもそうなんだって。死ぬのがこわいから生きている今を大事にする、せいいっぱい生きて神さまのもとへ旅立つんだって。あたし、アンヌと同い年だもん。長いあいだ、とどまっていたのに、わがまま言っちゃいけないと思うんだ》
挿絵(By みてみん)
「だから……逝くの?」
 ニーナが頷く。
《そう決めてから、なにもかもが楽しかったよ。ニーナ、しあわせだよ。アンヌもソワちゃんもおにーちゃんもおねーちゃんも、みーんな大すき。みんなとあえてよかった。いっしょにいられて、しあわせだった。だから、ゆくの》
 白い幽霊が、にっこりと微笑む。
 自分の死を受け入れて。



《今夜は、アンヌといっしょにねるの。朝までアンヌといっしょなんだ》
 眠る事のできない白い幽霊が、嬉しそうに言う。アンヌばあさんの寝室にお泊まりだと、はしゃいで。
《むかしね、アンヌとお約束したの。こんど、ベッドでおしゃべりしましょうって。だけど、あたし、そのお約束、破っちゃったの。死んじゃったから……。だから、今日、果たすの。アンヌがそうしましょうって言ってくれたんだ》
 またあしたね、とニーナがオレに手を振る。
 大事なピンクのクマのぬいぐるみを抱っこし、お友だちのポチ2号の培養カプセルを持って。

《あのね……あたしもね、お友だちだから一緒にどうぞって、アンヌさんが言ってくれてるんだって》
 困ったような顔で、ソワがオレを見る。
《ニーナちゃんといっしょにいたい。でも、あたし……ジャンとも……》

 黒髪、黒い肌、黒い服。真っ黒な闇の精霊ソワに、オレはかぶりを振った。
「ニーナと一緒にいるべき」
《ジャン……》
「オレとソワは、明日も明後日も明々後日も……これからもずーっと一緒だろ? ニーナの時間が明日まで楽しいものになるように……側にいてやってくれ」

《本当の、本当? 明日も明後日も明々後日も……あたしとジャンは、これからもずーっと一緒?》
「ああ」
《明日でお別れなんて、いやだよ》
 オレは頷いた。
《あたし、ジャンの精霊になれて良かった……ジャン、大好き。ほんとうに好きだよ》
「知ってるよ」
 オレは笑った。
「ニーナの次に好きなんだよな?」
《うん……そう。ごめんね、一番じゃなくて……》
「いいよ」
 オレは、ソワの頭を撫で撫でした。
「ニーナが大好きなソワを、オレが好きだから」
挿絵(By みてみん)
 ソワの髪の毛の触感は、ねちゃっというかねばって感じ。だけど、嫌な感じはしない。泥遊びしてるみたいで、オレはソワの頭を撫で撫でするのが好きだ。
「オレは、アンヌばあさんと同じベッドには入れないだろ? オレの分も、今夜、ニーナを楽しませてやってくれ。頼んだぜ、ソワ」



「私が、ニーナちゃんの、決意を、うかがったのは、勇者さまが、裏ジパング界に、お出かけになっている、時でした〜」
 オレは、そうとう情けない顔をしていたんだと思う。
 ニーナとソワが出て行った後、ぼんやりとしていたオレにマリーちゃんが気遣わしげに声をかけてくれた。

「ニーナちゃんが、一番、気にかけて、いたのは、勇者さまの、ことでした〜」
「オレ?」
 聖女様が頷く。
「勇者さまが、罰を、受けないかと……。死者の、昇天を、妨げるのは、罪ですから」
「罪……ですか?」
「はい。逝くべきものの道を、塞いでは、いけないのです〜 運命に、逆らい、地上に留まれば、魂はよどみ、穢れ、邪霊へと堕ちます。神様の、御許へ、旅立て、なくなるの、です〜」
「逝かせるのが……ニーナちゃんの為だと?」
「そうです。優しさからでも、昇天を、妨げては、いけないのです〜」

「けど、ニーナは殺されたんだ。まだ七つ? 八つ? そのぐらいだったのに……賊に殺され、五十年以上もたった一人で……このまま逝かせるなんて、あまりにも……」
「勇者さま」
 黒の頭巾に、尼僧のドレス。
 清楚な僧衣に包まれた聖女様が、少し寂しそうに微笑む。
「不慮の死を遂げる方は、毎日、たくさん、いらっしゃいます。病、事故、殺人……。思いがけぬ死に、みまわれた方々は、心残りが、あっても、天へと、旅立たれる、のですよ。その全ての方々を、気の毒だから、幽霊として、地上に、留めるべきと、お考えに、なられますか?」
 そんな事はできない。
 ニーナだけを特別扱いするのは、おかしい。
 わかっている。
 わかっているが……

「ニーナちゃんの、ご両親は、とても、信仰心に、篤い方達、だったようです〜 ニーナちゃんも、聖教会の、教えを、よく学び、自然と、身につけて、いたのです〜」
 マリーちゃんは笑みを絶やさぬ、かわいらしい顔をしている。
 けれども今は、その笑みが厳かに見える。迷える男を諭し、正しい道へと導こうと心を砕く聖女様の顔だ。
「なので……ニーナちゃんは、知っていたのです〜 亡くなった方の、復活を望むことや、昇天を、妨げることが、たいへん、罪深いことだと……。ニーナちゃんは、大好きな勇者さまに、過ちを犯させたくない……そう考えた末、死を受け入れたの、です〜」

「ニーナの昇天を邪魔するのは、オレのわがままだっておっしゃるんですね?」

「勇者さま」
 マリーちゃんの澄み切った青い瞳が、まっすぐにオレを見つめる。
「愛ゆえに、愛する方の、死を受け入れたくない……そう嘆く気持ちは、罪では、ありません。優しい心を、神さまは、愛しこそすれ、罰など、お与えになりません」
 オレはかぶりを振った。
 オレのことなんか、どうでもいい。
 ニーナが、このまま逝ってしまうのは嫌だ。
 まだ何もしていない。ニーナは皆と一緒に生きたいって泣いていたのに……

「勇者さまは、ニーナちゃんに、地上に留まってほしいと、思っただけ。思うだけなら、罰せられることはない、そうお話した時、ニーナちゃんは、とても、喜びました。勇者さまが、幸せになれるのなら、自分も幸せ、安心して、逝けると」

「オレが幸せなら……ニーナも幸せ?」
 聖女様が大きく頷く。
「勇者さまが、ニーナちゃんの、幸せを、願って、地上に、留まらせたく思ったように、ニーナちゃんも、勇者さまの、幸せを、願って、いるのです〜 どうか、お幸せに、なって、ください。勇者さまが、満ち足りた、日々を、送ることが、ニーナちゃんの、救いと、なるのです〜」

「オレは……」
「生きましょう、勇者さま〜 この地上に、残る、者達の、幸福が、逝くニーナちゃんの、支えと、なるのです〜 神の御許へ、旅立つ、ニーナちゃんを、元気づけて、送って、あげましょう〜」


 唇を噛みしめ、うつむいた。

 穏やかな気持ちで逝くと決めたニーナ。
 その覚悟を喜ぶべきなのに……たまらなく、やるせない。

 ニーナの為なんかじゃない。
 オレが……
 ニーナの昇天を受け入れられないんだ……
 勝手に悲しんでいるだけだ……

「勇者さま」
 目元をそっとぬぐわれる。
 白いハンカチを持ったマリーちゃんが、優しく微笑んでいる。

「大丈夫です〜 勇者さまの、やさしさは、ニーナちゃんに、伝わって、いますから〜」
「オレは……優しくなんか、ありません」
「ニーナちゃんが、運命を、受け入れられたのは、勇者さまが、まごころを、もって、接して、あげたからです〜 勇者さまに、ニーナちゃんは、救われたの、です〜」

 オレは何もしていないのに……

 目から熱いものがこぼれる。
 それが頬を伝わりゆく前に、聖女さまが静かにぬぐってくださる。
 清らかな顔で微笑みながら。


 ニーナから話を聞いたのなら、魔王戦で死ぬかもしれないとオレが言っていたこともマリーちゃんは伝え聞いたはずだ。
 だが、その事にはまったく触れなかった。
 ニーナが逝く事に動揺しているオレを慰め、力づけるだけだった。


 だいぶ落ち着いてから、新しいハンカチを手渡された。
「どうぞ〜」
 マリーちゃんが、ほんわかした笑みを浮かべる。
「勇者さまを、見習って、ハンカチを、いっぱい、持つように、したのです〜 聖女の、嗜み、なのです〜」
 マリーちゃんの明るい笑顔を見て、ほんの少しだけ楽しい気持ちになった。

 マリーちゃんに感謝した。
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