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ハーレム100 作者:松宮星

裏 英雄世界

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裏 英雄世界から

 発明家ノリコさんは、風来戦士マサタ=カーンの昔の仲間だ。
 ヒーロー支援用アイテム……マサタ=カラクリを発明し、ワルイーゾと戦うカーンさんを陰ながら支えたのだ。
 携帯できるライターやペン型のような小型なものから、変形バイクや鳥型ロボットのような大型発明品まで作ってくれたのだとか。
 ところが、三年前、ワルイーゾの後継組織NEOワルイーゾが誕生し……発明家ノリコさんは、その組織の女幹部になってしまったのだ。

 何故、彼女が悪に走ってしまったのか、カーンさんはわからないと言っていた。
 洗脳されたのかもしれない。心境の変化があったのかもしれない。
 だが、いずれにしろ、悪となり、悪であり続けることには理由がある。その理由を知りたい、彼女を更生させたい、とカーンさんは言っていた。


 アベンジャー ノリコの左腕の装甲に銃が生える。装甲の一部が変形したようだ。ガガガガと派手な音が響き、弾が連続発射される。

 全弾がカーンさんに命中する。

 だが、しかし……

 ノーダメージ。

 カーンさんは、風の精霊を強化服にしている。周囲に風の結界を張ってるも同然。風精霊によって無力化された弾が、バラバラと地面に落ちてゆく。

 兜に生えた二本の野牛の角から放電。ノリコが、マサタ=カーンさんめがけ雷を放つ。
 けれども、雷は到達前に空に飲み込まれるように消えた。

「時空操作よ」
 むぅ〜っと頬を膨らませている魔法少女が言う。
「あたしの花魔法を消した時と同じ。他時空に攻撃を飛ばして消しちゃうのよ」

《マサタ=カーンには再生能力がある上に、精霊を山のように抱えている。アレは半身が吹っ飛んでも死なないそうだ》
 ムスッとした顔でそう言ってから、ゴールドさんは仲間のもとへと走った。
 少し離れた所で、巫女のユリカさんが倒れている。その側にマリーちゃんが座りこんでいるが……

 目の端に、リーダーのミドリさんをとらえる。駆けつけてくれた他組織の正義の味方達に挨拶回りをしている。
 誰も、カーンさんを助ける気がないようだ。

「のりちゃん、話を聞いてくれ!」
「問答無用!」
 女幹部の肩の左右の装甲がカパッと開き、中に装填されたものが発射される。
 十数発ものミサイルが、一斉にカーンさんに襲いかかる。
 全弾命中……に見えたが、爆煙の中、正義のヒーローは平然とたたずんでいる。
 無傷っぽい。
 女幹部が悔しそうに歯をキリキリと鳴らす。

……確かに、ほっといても大丈夫そうだ。

 オレもマリーちゃん達の元へ向かった。
 アナベラやジョゼ達も駆けつけて来る。
 ゴールドさんがユリカさんを抱きかかえる。ユリカさんは眠っているようだ。瞼を閉じ、静かに息を漏らしている。

「勇者さま……みなさま……」
 座ったまま、マリーちゃんがオレ達を見上げる。
「あの方は……還ってしまわれました」
 邪悪を退治する為に、『マッハな方』は降臨する。電脳世界では還るに還れないから留まっていたが……
 周囲から邪悪が消え去れば、その世界から還らねばならないのだ。

 またしても短すぎる邂逅だ。
 マリーちゃんはずっとあの方に会いたがっていたのに……
 生き別れの兄かもしれない。でも、別れたのは三才の時。その顔も名前すらも思い出せない、とマリーちゃんは嘆いていた。

 マリーちゃんの大きな瞳は、涙に潤んでいた。朝日に涙がきらめいている。

 けれども……その顔は少しも悲しそうじゃなかった。とても愛らしい微笑みが浮かんでいた。

「私……思い出せたんです……」
 涙をぬぐいながら、マリーちゃんが微笑む。
「同じポーズで、真・終焉ノ(グッバイ・)滅ビヲ(イービル・)迎エシ神覇ノ(ファイナル・)贖焔(バーン)をうった時、昔も、こんなことが、あったって……。いっしょに、手をとりあって、正義の、魔法を、うったんです〜 ごっこ遊び、ですけれども〜」

「『俺は還るぞ、マリーよ』と、あの方が、笑いかけて、くださって……ハッと、しました〜 懐かしい、お顔だったの、です……そんな微笑み方を、する方を、私、知っていました……大好きな、大好きな、私の……」

「『魔王戦まで、装備しておけ』と、これを、渡され、ました〜」
 ほんわか微笑むマリーちゃん。その手には、『マッハな方』から渡されたものが……。ポワエルデュー侯爵家の護符じゃん。あの方がシャルルからまきあげた、HP&MP自動回復の魔法装身具だ。
 シャルルは苦笑を浮かべた。が、それは自分の物だなどと無粋なことは言わなかった。

「『聖なる者に、神のご加護があらんことを。・・・あばよ』と、印を切ってから、あの方、左手をあげて、わきわきしてください、ました〜 だから、私も、右手をあげて、わきわきしました〜 あの方が、お還りになるまで、二人で、わきわき、したのです〜 楽しかった〜」
 マリーちゃんの目から、大粒の涙があふれる。
「勇者さま、私、あの方には、何も、聞きません〜 今まで通り、たまに、会いに、来て下されば……それだけで、幸せですから〜 あの方が、自ら、語って、くださる時を、待ちます〜 語るべき、時が、くれば、きっと……。だから……」
 涙が頬を伝わる前に、急いでハンカチを渡した。電脳世界でいっぱい使ったが、これは未使用の奴だ。
「ありがとう、ございます〜」
 マリーちゃんが泣きながら、ほわ〜と微笑む。そのいじらしい微笑みに、オレの胸はキュンキュンした。

 アナベラがマリーちゃんに手を貸し、ジョゼがそっとマリーちゃんの背を撫でる。


「勇者クン達、協力ありがとう。ミライ2号を倒せたのは、みんなのおかげよ」
 ジャスティス戦隊のリーダーが朗らかに言う。
 友人達への挨拶は済んだようだ。他組織のヒーロー達はひきあげている。

「ゴールド。勇者クン達を連れてアジトに戻ってくれる? この場には私だけが残るわ」
《了解》

 ミドリさんのバイザーで半ば隠れた顔が、NEOワルイーゾの女幹部と戦うカーンさんへと向く。
 つられてオレも二人を見た。
 右腕装甲の側面からレーザー・ブレイドを出し、女幹部は風来戦士に斬りかかっていた。
 だが、当たらない。ほんの少し頭や手足、体を動かすだけで、カーンさんは全ての攻撃を避けてしまう。

 実力は雲泥の差。

 攻撃すれば楽勝だろうし、眠らせて捕獲って手もあるはずだ。なのに、カーンさんはまったく手を出さない。
 話を聞いてくれ、と繰り返すばかりだ。

「ちょっと待ってください。いいんですか、オレ達、帰っちゃって?」
 ノリコは、カーンさんの昔の仲間ではある。しかし、ミドリさんの宿敵の幹部だ。
 このまえも小学生を誘拐しようとしていたし、怪人化手術にも関わっていそう。倒すか捕まえるかしなきゃ、これからもどんどん悪事をするだろう。

「いいの、いいの。誰ものりこに手は出せないもの。私達が下手に手を出したら、大惨事よ。彼女にもしものことがあったら、マサタ=カーンがプッツンしちゃうもの」
 ミドリさんがフフフと笑う。
「大事な彼女だから」

 大事な彼女……?

「それは……昔の仲間ってこと……?」
 ミドリさんが、かぶりを振る。
「恋人ってことよ」

 へ?

 恋人……?

 あれ?
 マサタ=カーンことサクライ マサタカさんには、英雄世界に奥さんが居る。
 結婚したのは……数か月前だ。
 この世界に恋人が居るのに、マドカさんと結婚しちゃったの……?

 あれぇ?

 オレの顔を見ながら、ミドリさんがフフフと笑う。どこか冷めた笑い方だ。
「あの莫迦、本当の莫迦なのよ。トリップする度に異世界で恋人をつくって、ただでさえのりこを怒らせてたのに……三年前に自分の世界で本命をつくっちゃったのよ。しかも、結婚を前提につきあってるってバラしちゃって……」
 カーンさんはトリップ体質で、今までに十二の異世界に転移してるって言ってた。
 十二の世界それぞれに彼女をつくったのか?……ほとんどは、一度きりの転移だと言ってたけど……
 マドカさんを含め、十三人の女性とつきあってる?

 てことは……
 十三股?

「怒ったのりこに『僕はこの世界の人間じゃない。結婚はできないって、最初に言っただろう?』とか言っちゃうし……人の心がわからないのよ、莫迦だから」
 カーンさん……知性Eだったよな……

「『浮気なんかしたことはない、常に本気だ。世界ごとに一人の女性としかつきあってこなかった。一世界一女が僕のポリシーだ。世界ごとに時の流れも空間も異なる。君がまどかに会う事はない。出逢う事がない相手なんだ、君にとって居ないも同然だろ? 気にする必要はない』……そんな事言われた女がどう思うかわからないのよ、あいつは」

「じゃ、ノリコさんが悪に走ったのは……」
 ミドリさんが冷たく笑う。
「あの莫迦のせいよ。他の女を捨ててのりこだけを恋人にすれば良かったのに、このまえ結婚しちゃったんでしょ? のりこはもう何があっても、あの莫迦を許さないでしょうよ」
「そりゃ怒りますよね……」
 自分以外に十二人も彼女が居て、そのうちの一人と結婚されたんじゃ。
 一夫多妻制の世界じゃないんだし。

「あら。他人事じゃないわよ、勇者クン」
 ミドリさんが色っぽく笑う。口元のほくろがセクシーだ。
「百人の伴侶を持つ勇者なんでしょ? あなたなんて、百股じゃない」

 う!

「違いますよ!」
 全力で否定した。
「いちおう伴侶ってことで仲間にしてますけど、オレ、みんなと恋愛関係にあるわけじゃありません。魔王戦に勝利したかったら本命を決めちゃいけないって助言されているから、誰とも親しくなってないし」

「今はそうでも……魔王戦が終わったら?」
 ミドリさんが意地悪く聞く。
「百人の女の子をその気にさせといて、誰とも仲良くならないの? それとも、誰かを選ぶ? 九十九人を捨てて一人を選べるの?」
「選ぶだなんて……。だから、オレと仲間達はそんなんじゃなくって……」
「……好きな子いないの?」

 ドキンとした。

 九十九人の彼女達に、オレはときめいてきた。

 見た目が好きな子、心ばえが素敵な子、ギャップがかわいい子、人柄に惚れている子、憧れを抱いている子……さまざまだ。
 九十九人の彼女達の顔が次々に浮かぶ。
 魅力的だが本命にはしたくない子、オレ以外の男が好きな子、何でときめいたのかよくわかんない子、お子様……対象外の子達を省いていって、絞られてゆく。

 心が乱れる。

 本当に好きな子は……

 たぶん……


 オレはかぶりを振った。
 こんな事をいま考えてもしょうがない、と。
 まだ後一人を仲間にしなきゃいけないし、チュド〜ン無しに魔王に勝てるのかどうかすらわからないのだ。

「わかりません。今は魔王戦のことで頭がいっぱいなんです。他の事は考えられません」
 そう答えるとミドリさんは、
「卑怯者」と、揶揄するかのように笑った。

「あなたもマサタ=カーンと一緒ね。異世界の男は莫迦ばかりだわ。でも、頼むから、のりこみたいな被害者をつくらないでね。迷惑だから」
 ミドリさんがクスクス笑う。
 ノリコさんはカーンさんの昔の仲間。
 ワルイーゾと戦っていたミドリさんにとっても仲間だったのかもしれない。少なくとも面識はありそうだ。

『莫迦』とマサタ=カーンさんを呼ぶミドリさん。その背景には複雑な感情があるようだった。

 オレらがそんな会話をしている間も、NEOワルイーゾの女幹部の攻撃と風来戦士の回避は続いていた。





 アジトに戻ってじきに、オレは布団にダウンした。
 電脳世界じゃ眠ってない。
 徹夜で走り回った上、こっちに戻って来てミライ2号との戦闘。クタクタだった。シャルルも、オレ同様、沈没したようだ。

 目覚めたら夕方になっており、アジトにはミドリさんもカーンさんも戻っていた。
 アベンジャー ノリコに迎えが来て、痴話喧嘩は決着がつかないまま終わったのだそうだ。

「のりちゃんを仲間にしたから、あと一人だろ? 萌えられるといいけど……」
 カーンさんはツテを頼って、アジトに五人の正義の味方の美女を連れて来てくれていた。
 知り合いの知り合いの知り合い……な人達らしい。
 残念ながら、誰も仲間にできなかったけど。

 カーンさんは、基本的にはいい人だと思う。帰還ぎりぎりまで、仲間探しを手伝おうと申し出てくれたし。
 何故かオレに好意的だし。
 だけど、何事も自分基準で考えてしまうせいか、他人の心が理解できないようだ。
『よその世界に奥さんが居る事をノリコさんは怒っているのだろう』と教えても、心外そうに首を傾げるばかりなのだ。
「確かに僕にはまどかが居るが……この世界じゃ、のりちゃん一筋だったんだよ? モテモテでも、のりちゃんの為にぜ〜んぶお断りしてきたんだし……。僕ほど誠実な男は居ないと思うのだが」
 とか言うし。

「ね? のりこの更生の道はありえなさそうでしょ? のりこ以外のNEOワルイーゾを倒すしか、平和を取り戻す道はなさそうなのよ」
 ミドリさんが色っぽい顔でカーンさんを睨み、その頬をつねる。
 痛いなあと文句を言いながらも、ミドリさんに笑みを見せるカーンさん。

 二人の間に漂う雰囲気は、長年共に戦い続けた仲間のものというか、それ以上な気がした。もっと親しげだ。



 その日の晩から翌朝にかけ、オレは自分の精霊とカーンさんの力を借りて仲間探しをした。
 トウキョウ・シティーを飛び回り、よその街へも行った。

 しかし、仲間を増やす事はできなかった。



 魔王戦は明日……
 仲間達と戦術の相談もしたいし、明日に備え体力も残しておきたい。

 最後の一人を仲間にできていないが、オレは帰還を決めた。

 もとの世界には、仲間候補の女の子達が二十人くらいいる。
 魔王に100万ダメは無理な子達ばっかだそうだが……二十人も居りゃ、そのうちの誰かにゃ萌えられるだろう。
 百人の託宣は叶えられる。
 たぶん、おそらく、きっと……



 ジャスティス戦隊のアジト。今は何も置いて居ない戦闘ロボの格納庫から、もとの世界に還る事にした。ジョゼ、マリーちゃん、イザベルさん、アナベラ、シャルル。共に来た仲間達も一緒だ。

「……名残惜しいわ」
 色っぽいミドリさんが、せつなそうに溜息をつく。
「あなたみたいなステキな人、初めて。異世界人でなければ、ずっと側にいて欲しかったわ……」
 ミドリさんが優しく微笑む。
「元気でね。魔王戦、頑張ってね」

 ジャスティス戦隊リーダーが熱っぽい視線を向けているのは……むろん、オレではない。

「うん。ありがとー! ミドリさんも元気でねー!」
 レッドこと、アナベラだ。
 オレがダウンしている間や仲間探ししている間、アナベラ達はジャスティス戦隊の戦いに加わっていた。ミライ教会の隠れ処捜査と闇妖精退治を手伝ったらしい。
 敵の実力を見通せ、敵や味方の気配が読め、両手剣では無双。その上、ぷるんぷるんのぷりんぷりんでギャラリー受けもいい。
 アナベラはどこに行っても超人気。
 正式メンバーに欲しい! とミドリさんもベタ惚れだ。

「ホワイトも元気でね。メカを一撃破壊のあなたも素敵だったわ。勇者チームのみなさん、いつでも還って来てね。ジャスティス戦隊は、あなた方を歓迎するわよ」

《リーダー、明日また会うのに『元気でね』は変だぞ》
 ゴールドさんがクスッと笑う。
《だが、あなた方に会えて良かった。有意義な三日だった》
 ゴールドさんが親しげな視線を送っているのは……当然、オレではない。
「うふふ。あなたの未来には深い茨が広がっているけれども、諦めなければ必ず道は見つかりますわ」
 イザベルさんだ。国一番の占い師は、求められるままにジャスティス戦隊のみんなを占ったらしい。
 その時にもらった助言が、故国を離れ過去に来ているゴールドさん的に心に染みいるものだったようだ。

 オレがいない間に、みんなはジャスティス戦隊と親睦を深めていた。

 例外もあるが。

「お元気で。もろく傷つきやすい……まるで硝子細工のように繊細なお嬢さん。過酷な戦いの中でも、その美が輝き続ける事をお祈ります」
「ぐわぁぁ! 黙れ! キモいわッ! とっとと還れッ!」
 アイリちゃんはおぞけを押さえながら、お貴族様へと怒鳴っていた。

 見送りにはカーンさんも来ている。

 だが、ユリカさんの姿はない。昨日からず〜っと眠りっぱなしなのだ。三十時間ぐらい寝続けている。
 ポワエルデュー侯爵家の護符を多用し過ぎたせいらしい。
 シャルルが苦い顔で言う。
「護符を装備すればHP&MPが通常よりも遥かに速く回復する。しかし、その分、疲労の蓄積が激しくなり、護符を手放した途端に溜まりに溜まった疲労が一気にやってくるのだ。お貸しする時、ユリカさんの中の方に注意はしたのだがね……」
『マッハな方』が魔法を使いすぎたせいで、ユリカさんはダウン?
 明日が魔王戦なのに?
「マリー様が高位の回復魔法をかけてくださったから明日には起き上れるとは思うが……間違いなく本調子ではなかろう」
 明日が魔王戦なのに?

『マッハな方』が大暴れしてくれたから、電脳世界ではボス戦まで行けたんだし、ミライ2号も倒せたわけだが……

 魔王戦に参加する仲間が弱体化したのは痛い……

……魔王戦に来るのはユリカさん……でなきゃ、ユリカさんの体に宿った『マッハな方』。『マッハな方』本人のはずはないと思うが……


「ジャン君。すまないが、ちょっとだけその本を僕に貸してくれないか?」
『勇者の書』を異世界人に見せちゃいけないってルールは無い。
 オレは手に持っていた『勇者の書 7――ヤマダ ホーリーナイト』を風来戦士に渡した。
 カーンさんが笑顔で頁をめくる。この人、自動翻訳能力もあるのかな? 普通は、異世界人の字は読めないはず……
 そう思いかけ、はたと気づく。『勇者の書 7』は英雄世界出身の勇者が記した本だ。同じ世界の人間が記した書だ、読めて当然じゃないか、と。
 カーンさんは七代目勇者が記した最終頁をじっくりと見ていた。下の端がちょっとだけ破けて無くなっている頁だ。

 しごく満足した顔でカーンさんはオレに『勇者の書』を返し、
「ありがとう、ジャン君。これは僕からの餞別だ」
 掌サイズの赤いお守りをくれた。

『必勝祈願』と書いてある。

「僕の念をこめた。多少は君の助けになると思う」
 ヒーロースプレーをくれた上に、餞別までくれるとは……
 いい人だ、カーンさん。
 知性Eで、オレより馬鹿だけど。

「ありがとうございます」
 礼を言って受け取った。

 別れるとなると、何か寂しい。
 この人と一緒に居ると、何故だかほっこりする。家族と一緒に居るかのような安心感がある。以前、オレはこんな感情を誰かに抱いたんだが……
 誰だっけ?

 手の中でカサッと音がする。
 お守りに重ねてメモが渡されていたのだ。

 文面に、ぎょっとした。

『女神を信用するな。退路は確保しておくように』

 読み終わった途端、メモは塵となり跡形もなく消え果てる。
「これは?」
 カーンさんを見た。
「仲間と力を合わせ、真の勝利を得てくれ。僕から伝えられるのは、それだけだ」
 意味ありげに笑うだけだ。それ以上のことを語る気はない、と目が言っている。
「健闘を祈るよ、百一代目勇者くん」


 オレは『勇者の書 7――ヤマダ ホーリーナイト』を地面に逆さまに置き、帰還の呪文を唱え始めた。

 メモが頭から離れない。

『女神を信用するな。退路は確保しておくように』

『女神』ってのは、勇者と魔王の戦いを司るあのきゃぴりん神様のことだろう……
 オレの世界の女神を知っている?
 マサタ=カーンさんは、オレの世界にも転移しているのか?

『信用するな』
『退路は確保しておくように』

 どういう意味だ?

 ご褒美につられるなってことか?
 魔王戦で死ぬなってことか?
 それとも……女神様の言う事なんか聞かずに逃げろってことか?
 魔王戦なんかやめろと?

 わからない……


《ばかは あたまを つかうな》……裏ジパング界の神様のご助言を思い出した。
 考えてもわかんない時は、考えない。フィーリングで理解する。心の赴くままに行動する。それがオレには合っている。
 助言は助言として聞く。
 その上で、世界を救い、仲間と自分が魔王戦で生き残れる道を探し続ければいい。
 そう思った。


 呪文が半ばまで進んだ。

 帰還の呪文を唱えるのも、これが最後……
 魔王が目覚めるのは、明日だ。

 お師匠様、そしてこの場にいない幼馴染の顔が心に浮かぶ。

 長い旅をしてきた。
 幻想世界、精霊界、英雄世界、ジパング界、天界、魔界、エスエフ界、冒険世界、裏冒険世界、裏ジパング界、裏英雄世界……
 お師匠様や仲間達の助けがなきゃ、馬鹿なオレは途中で挫折していた。
 もとの世界と十一の異世界で九十九人の女性達を仲間にできたのは、みんなのおかげだ。

 この世界で百人目を仲間にできなかったのは心残りだが、向こうに還ってから頑張りゃいいだけのこと。今は還ろう。

 書を中心に魔法陣が現れる。
 ジョゼ、マリーちゃん、アナベラ、イザベルさん、シャルル。
 仲間達と共に魔法陣から広がる光に包まれてオレは……
 裏英雄世界に別れを告げ、もとの世界へと還っていった……
+注意+
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