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ハーレム100 作者:松宮星

裏 冒険世界

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パメラのひとりごと

 賢者さまは、大好き。
 とてもいい匂いだから。

 むせかえるほど濃い生き物の匂い……
 全てが輝く夏の始まりのような……
 強くて、優しい、とても大きいもの……

 あの仔の匂いに、いつも賢者さまは包まれていた。


 石になってしまった賢者さま。
 あの仔の匂いは、もうしない。いっしょに石になってしまったのかも。

 賢者さまの背から、そっと抱きつく。

 匂いがしなくても、いい。
 石でもいい。
 くっつきたい。

 賢者さまは、中と外がいっしょ。
 心の中と言葉になって出てくるものが、いつもいっしょ……

 だから、こわくない……

 賢者さまは、とても穏やかで優しい。
 そばにいると、落ち着く……

 このまえ、勇者から、賢者さまのあの仔の匂いがした……
 アシュリンさまの残り香だったのかも……

 勇者は、賢者さまの持ちもの。尊敬する賢者さまの、大切なもの。だから、あたしにも大切なもの。

 こわい時もあるけど、ガマンできる。
 勇者は、あたしに嘘をつかない。ゆっくりしゃべってくれる。
 一流の獣使いになりたいあたしを、応援してくれている。いい子。
 ちょっとだけ賢者さまに似ている……


 ノック音がした。

 誰かが来た。

 心臓がドキドキする。
 こわいけれど、見ないのはもっとこわい。
 おびえながら、扉が開くのを待っていた。

「やっぱり、ここだったのね。パメラ」
 キツネのカトリーヌだ。私に、にっこりと笑う。
「キツネちゃん……」
「そうよ。あなたのキツネちゃんよ、パメラ」
 キツネ耳とキツネ尻尾をつけたカトリーヌが近づいて来る。もこもこの尻尾に触らせてもらった。気持ちいい……

 今のカトリーヌは、あまりこわくない。

 このまえまで、とてもこわかったけれど。

「もっとナデナデして。ドラゴンちゃん」
 尻尾をなでる私を、カトリーヌは幸せそうに見守っている。
 カトリーヌはあたしを『ドラゴンちゃん』と呼ぶ。『子猫ちゃん』はやめてくれた。
 子猫はあたしも大好き。
 でも、あたしは、獣使い。
 子猫じゃダメなの。
 いつまでも、みんなに守られていたくない……産まれたばっかの子供みたいに扱われたくない……主人としてみんなを支配してあげなきゃ。
 そう思って、ドラゴンのきぐるみを着た。
 やっと、カトリーヌもわかってくれた。きぐるみを脱がそうともしなくなった。
 ドラゴンだと認めてくれた。
 うれしい。


 ちっちゃなころは、カトリーヌが大好きだった。

 こわくなかったから。


 あたしは……

 はげしくさえずる小鳥達の声も……
 元気に鳴く子犬たちの声も……
 声を出せない仔の思いも……
 みんな、聞き取れる。

 すんなり心にしみてくる。

 みんなの心に応えられる。


 けれども、人間だけはダメ。

 人間は、言葉を使う。

 私も、言葉を使える。

 でも、理解できない。

 何を求められているのか、わからない。

 人間は、とても急いでいる。
 次から次へと言葉を使う。
 言葉の意味を私が考えている間に、どんどん会話は流れ、次々と言葉が襲ってくる。

 そして、言葉ばかり使うくせに、言葉と心がいっしょじゃない。
 口にする言葉と彼等から伝わる思いがまったく違ったりする。

 あたしを『バカ』と嫌う人や気持ち悪い思いを抱いている人が……どうして、優しい言葉を口にするの……?
 わからない……

 言葉を聞けば聞くほど、人間がこわくてたまらなくなる。


 カトリーヌがこわくなかったのは……
 待ってくれたから。
 あたしが言えない事を察して、『こういうこと?』と、聞いてくれたから。

 カトリーヌの心には、いつもあたたかな感情があった。
 あたしのことが『好き』なのだと伝わった。

 何をするのも遅いあたしを、カトリーヌはせかさずに待ってくれた。
 学校の授業についていけないあたしの為に、家で先生をしてくれた。
 あたしが誰かからからかわれると、相手が泣いて謝るまで戦ってくれた。

『大好きよ、パメラ。私の子猫ちゃん』

 あたしも、カトリーヌが大好きだった。
 獣でも獣使いでもなかったけれど。

 カトリーヌといっしょにいるのは、楽しかった。
 カトリーヌと手をつなぐのが好きだった。

 けれども……
 何時の間にか、あたしとカトリーヌの『好き』はズレてしまった。

 カトリーヌは、あたしに触れたがる。
 キスをしてくる。

 子供の時には、普通にできた。
 挨拶だった。

 なのに、カトリーヌは、その行為に興奮するようになってしまったのだ。

 あたしもカトリーヌも女。
 交尾などありえないのに。

 理解できない。

 だんだん……カトリーヌが、こわくなった。
 他の人間と同じに思えた。
 寄せられる感情に、恐怖しか感じられなくなった。



 何年も、そんな時を過ごしたのに……

 又、話ができるようになった。
 不思議だ。

 カトリーヌの思いが消えたわけじゃない。
 時々、熱い炎のような感情が伝わってくる。
 でも、表に出そうとしない。
 距離もとってくれる。
 あたしに触れる時も、断ってから触れてくる。嫌だと言えば、やめてくれる。

 昔の優しいカトリーヌに戻ったみたいだ……



「ふーん。じゃ、タマちゃんは、起きてはいるのね。『ずっと夢を見たいみたい』って言ってたから、寝てるのかと思ったわ」
 賢者さまのそばのテーブル。その上の小さなクッションの上に、小さな小さな丸い卵を置いてある。
 あたしの大切な卵……卵のタマちゃん。
 掌にのってしまうほど小さい、あたしのかわいい仔。

 一人前となった獣使いには、相棒ができる。
 あたしの相棒は、この仔。
 獣使いの村。そこの仔ぜんぶが『あたしのものになりたい』と言ってくれたけれど、あたしと一番心が通い合ったのはタマちゃんだった。

 何百年も村にいたタマちゃんは、あたしのものになってくれた。

 でも、タマちゃんは卵のまま。
 殻を割ってくれない。
 この世に産まれ出る為に、モンスターは何かを食べる。生き物を食べる仔もいれば、魔力や感情を食べる仔もいるし、大気を食べる仔も居る。
 タマちゃんは何かをすごく欲しがっている……
 でも、それが何なのかタマちゃんもわかっていない。
 おなかをすかせたまま、歌を歌っているだけ。

「歌? タマちゃんは歌を歌ってるの?」
 そう言って、カトリーヌは口を閉ざす。
 私の返事を待ってくれる。

「……声が綺麗なの……」
 どうにかそれだけ伝える。カトリーヌはわかってくれる。
「素敵ね。モンスターの卵には勝手に歩いたり、おしゃべりしたりする仔もいるけど、歌を歌う卵は私も初めて。ロマンチックだわ」
 頷いた。
「たまに歌うの?」
 かぶりを振った。
「じゃ、ず〜っと歌ってるの?」
 頷いた。
「ず〜っと歌ってる仔がそばに居て、うるさくない?」
 かぶりを振った。
「そう。じゃあ、うっとりと聞きほれちゃうほど良い声なのね?」
 頷いた。

 体をかがめ、カトリーヌがタマちゃんに顔を近づける。そのまましばらくタマちゃんを見つめ続ける。
「ん〜 駄目ね。残念だわ。私には聞こえないわ。獣使いの耳にしか届かないのかもね。パメラがうっとりするような声なら聞いてみたいのに」

 カトリーヌががっかりしていたので……
 歌ってあげた。
 卵の歌を。
 タマちゃんから教えてもらった通りに。

 カトリーヌが息をのむ。

「パメラ、あなた、オペラ歌手になれるわよ! よく澄んだ綺麗な高音! 地を揺るがすような低音! 凄い声量だったわ! ああん、もう! お顔や体だけじゃなくって、ほんと、あなたって何もかも素敵! 神秘的な存在だわ!」
 そう言って、拍手をしてくれる。
 凄いのは、私じゃない。タマちゃんなのに。
「タマちゃんの歌を……なぞっただけ」

「ああ、そうね。タマちゃんの歌が素晴らしいから、あなたも歌えたんですものね。あなたも素敵、タマちゃんも素敵ね!」
 誉められるとうれしい。
 カトリーヌは、心からそう思っているから。
 言葉通りに、卵に好感を抱いているのが伝わってくる。

「ねえ、その歌、翻訳してくれる?」
 翻訳?
「獣語から翻訳して欲しいの」
「……どうして?」
「鳴き声やうなり声、全てに意味があるんでしょ?」
 頷いた。
「タマちゃんが語りかけてくる言葉、私も知りたいのよ。お願い、パメラ。あなたが感動したものを、私も知りたい」

 カトリーヌは、タマちゃんが好きなのだ。
 アタシの相棒になったから。すごく綺麗で、すごく強い、すごく優しい仔が産まれてくると信じている。

 タマちゃんの歌を、人間の言葉にしてみた。

 ペンを持つのは、ひさしぶり。
 下手くそな字。子供のころより、もっともっと字が下手になってしまった。
 でも、カトリーヌはバカにしない。優しい笑みのまま。心の中も。

 書き上がったものを、カトリーヌに渡した。
 タマちゃんの歌とはちょっと違うけど……だいたい合ってるはず。

「あら?」
 タマちゃんの歌を見てから、カトリーヌが首をかしげる。
「う〜ん? これ、どっかで……」
 カトリーヌがあたしの字を何度も見直す。

「どっかで似たような歌詞を聞いたような……」

 え?

 どういうこと。

「何か聞いたことあるのよ。よく似た歌……どこでだったかしら……?」

 タマちゃんの歌を誰かが歌っていたの?

 何処で?

 誰が?

「パメラ……」
 カトリーヌがあたしを見る。
 せつなそうに、困ったように、あたしを見る。

「そんないきなりくっついてこないで……」
 カトリーヌがあたしの肩を押す。
 待って。
 教えて。
 誰が歌ってたの?

「パメラ……もう、困った子ね」
 抱きつくわよ、と断ってカトリーヌがあたしに触れる。
 あたしの背に手を回す。
 カトリーヌの中で炎が赤く燃える。
 あたしをぐっと抱きしめる。

 ゾッとした。

「がんばって禁欲してるのよ……誘惑しないでちょうだい」
 カトリーヌがあたしから離れる。
 さっきまでのカトリーヌ。昔、大好きだったころによく似た……
 でも、カトリーヌの中にはこわいぐらいの炎が燃えている。

 足が勝手に後ずさる。
 賢者さまの方へと。

 苦笑を浮かべ、カトリーヌがあたしを見る。
「なにもしないわよ……あなたが嫌がる事は何も……。そう決めたの」


「失礼します!」
 ノックとほぼ同時に扉が開き、大きな塊が入って来る。
 少し遅れて、犬耳の子も入って来る。

「あら、発明家ちゃん。それにセリアさん」
「ご注文の品が出来上がりましたので、お届けにあがりました!」
「私は、ルネさんの新発明の見学です」

 ルネと学者さんが部屋に入って来る。どんどん近づいて来る。

 賢者さまに抱きついた。
 ルネはこわい。
 どこもかしこも機械。
 目も口も鼻も耳も……毛皮も肉もない、爪も牙もない。
 生き物と思えない。
 ピンクのロバ帽子をかぶっていても、ダメ。こわい。

 学者さんも……苦手……
 急に大きな声を出すから。

「忙しいのに、わざわざ持って来てくれたの? ありがと」
「いえいえー セリアさんに用事がありましたので、そのついででーす。お気になさらず」
 ルネが、テーブルの上に小さな機械の箱を置く。

 ルネがポンポン言葉を投げかける。学者さんとカトリーヌもポンポン返す。他の人が相手だと、カトリーヌも早口。
 三人でどんな話をしているのか……わからない。

「パメラ」
 カトリーヌが呼んだ。
「ルネさんにタマちゃんのお家をつくってもらったの。タマちゃんはお家に入って、異世界を旅した方がいいと思うの」

「タマちゃんのお家……?」

「はい! ただの保護ケースと思っては嫌ですよ! 嵐の海やマグマに落っこちても大丈夫! ドラゴンにふみつけられてもへっちゃらな強度! 迷子になった時用の発信機や、泥棒除けのレーザービームもしっかり完備! 私の自信作のひとつ、『たまご パック君』! 異世界へのお供ににどうぞ!」

「向こうでバトルになるかもしれないし、崖から落ちるかもしれないわ。タマちゃんは、安全なお家の中にいてもらいましょう」
 カトリーヌに頷いた。

 タマちゃんのお家を手にとっていろんな角度から見ていて学者さんが、ふと視線を落とす。タマちゃんのそばの紙に。
「それは……?」

 あたしがカトリーヌに渡した紙……

 あたしの字が書いてある……

 カーッと顔が熱くなった。

『ダメ。見ないで』……言葉が喉までのぼりかける。でも、声が出ない。

 ルネまで紙を覗きこむ。
 あたしが書いたものを見てる……
 三人とも、あたしの字を見てる……
 何かを言っている……

 笑われる……?

 苦しい。


 カトリーヌのいない教室を思い出した。
 クラスの子たちは、あたしを指さして笑った。
 ×(バツ)しかない、あたしの答案をヒラヒラとなびかせて。
 次から次に、何か言葉を投げてきた。
 でも……
 何て言っているか……わからなかった。
 言葉はますますはげしく、ますますこわい調子になって……

 教室を飛び出したあたしを……
 みんながなぐさめてくれた。
 小鳥も犬も猫もみんな、そばに寄って来てくれた。
 みんなの声ならわかるのに……
 あたしは……


 学者さんが近寄って来る。何かを早口でしゃべりながら。

 賢者さまに抱きつき、肩に顔を埋めた。

「パメラさん!」
 学者さんが大きな声をあげる。

 ゆっくりと、はっきりと、学者さんは言った。

「ありがとうございます!」

 ありがとう……?

 ちょっとだけ顔をあげた。

 笑顔の学者さんが、すぐ側に居た。

「おそらく間違いありません。ジパング界転移呪文に似て非なるこれは……ジパング界の裏世界を歌っています。この呪言葉と魔法陣を合わせて研究すれば、きっと……」
 本当にありがとうございます……そう言って、学者さんがあたしの手を握る。
「これで、ようやく……」
 握ったままうつむき、肩をふるわせる。

 魔王が目覚めるのは十八日後……
 だから、賢者さまの石化が解けるのは、十九日後……

 その後、転移呪文の参考にしたいって、お願いされ……
 タマちゃんの歌を歌った。

 学者さんもルネも、誉めてくれた。
 綺麗な歌だって。
 二人の言葉は早すぎて、ほとんど聞き取れなかったけれど……
 あたたかな気持ちだけは伝わってきた。

 少しだけ、微笑む事ができた……
+注意+
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