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ハーレム100 作者:松宮星

冒険世界

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イザベルのひとりごと

 赤黒い空。

 血のごとく鮮やかな太陽。

 赤らかに燃える松明(たいまつ)

 おびただしい血……

 思い出の中の故国は、いつも赤く染まっている。

 誰が果て、誰が逃げおおせ、誰が裏切ったのかすら、定かではない戦の末。

 王である私は、故国を捨てた。



「気がつかれましたか?」
 私の顔を覗きこんでいる女は、誰だ?
 私を上から見るなど、不遜な……
 命がいらぬのか。

「……あまりお加減がよろしくないようですね」
 女が私から離れる。
 閉じかけていた目に、女の無様な踊りが見える。動きこそ複雑だが、所作に魂がこめられていない。ただ動いているだけだ。

「……  様と子と聖霊の御力によりて、奇跡を与え給え。治癒の法!」

 私の体を光が包む。
 私よりも強大な力の神、その恵みだ。

 頭の中の霧が少し晴れた。
 そばにいるのは、髪をひっつめたメガネの女性。胸元に白いスカーフをつけた濃紺のアカデミックドレスに、正方形の角帽。色気の無い姿。
 誰か、思いだした。

「セリアさん……」

 見なれた天井を見て思い出す。
 占いの館奥の私室。ベッドの上に寝ているのだ。

 胸が苦しい。
 呼吸すら辛い。
 体はまるで鉛のよう。指一本動かすのすら困難だ。

「どうして、ここに……?」

「占いの館には、シャルルが監視をつけていました」
 澄ました顔で学者が答える。
「建物内で大きな物音がしたので中を伺ったところ重傷のあなたが倒れていたと、報告がありました。移動魔法で戻られたと察し、すぐに駆けつけ……それで、その」
 コホンと女が咳払いをする。
「ご安心ください。怪我の手当をしたのも、着替えさせたのも、女性ですから」
 笑ってしまった。そんなどうでもいいことを、一大事のように。潔癖な乙女らしい反応だ。

「気を失っていたのね、私……」
 意識が朦朧とし、夢を見て……
 昔に戻っていたようだ。
 遥か昔……人ではなかった頃の自分に。

「その傷、技法がかかりづらいです。傷口を塞ぐぐらいしかできませんでした」

「ええ、まあ……ちょっと理由(わけ)ありで……」
「理由は教えていただけないのですか?」
「ごめんなさい。内緒なの」
 うふふと笑ってみせた。
「そうですか……了解しました」
 学者はジロッと私を睨んだ。
「仕方ありませんね、ご不自由な転移神の身の上では。何処で何をしていたかも、怪我を負った理由も、回復が遅い理由も人間に話せないわけですね」

 勇者達は、本当の私を知っている。
 輪廻世界のアスラ神族であった事も、デーヴァとの戦に敗れた事も、名も力も奪われただの人間となって転生を繰り返している事も知っている。
 けれども、私は多くのことを秘して生きねばならない。
 私の正体を知っている勇者達にも語れぬ事は、多い。
 この世界の女神の要望に応えずば、怒りに触れてしまう。

「セリアさん、お忙しいでしょうに……ごめんなさいね、私の為にご足労いただいて……」

「ええ。今、たいへん多忙です」
 学者が、勇者の現状を語る。
 賢者が石化され、手元に四冊しか『勇者の書』が無い。その内の三冊は使用済みのもの。三つの裏世界へ行かねば、『十二の世界で仲間を探す』託宣が叶えられなくなるというのだ。

 勇者の星が、遠くない未来に陰る事は知っていた。
 そうとはわかっていたが、助言はしなかった。逃れられぬ運命であり、逃れようとすれば更に悪い未来へと繋がり、破滅すらもありえたからだ。

「じゃ、今、裏世界の研究中なのね?」
「はい。一流の学者、魔術師、僧侶、尼僧と共に各書に裏世界は存在するかを調べています。今のところ、英雄世界の裏しかつきとめられていませんが……勇者様がお戻りになるまでに他の裏世界への転移手段を得たいと思っています」

 勇者を愛しているこの女だ、寝る間も惜しみ、心血を注いで異世界に渡る手立てを探っているのだろう。
 そんな状況にありながら、わざわざ私に会いに来た?
 何故?

 私は、この女が嫌いぬいている『占い師』だ。
 占い師の相手など、召使いにさせれば良いものを。

「私の旅は終わったわ。怪我の治りは遅いけれども、治らないわけではないの。魔王戦までには、ちゃんと体調を整えておくわ。私は大丈夫だから、どうぞもうお帰りになって。私ごときの為にお時間をとらせてしまって、本当にごめんなさい」
「お体が癒えるまでオランジュ邸で静養なさってはいかがです? 八体も精霊を抱えておいでですから、日常生活にご不自由はないのでしょう。しかし、休まらないでしょう? 具合がよろしくない時ぐらい、何もかも忘れゆっくりなさるべきかと存じます」
「お心づかいありがとう。でも、ごめんなさい、あそこは性に合わないのよ。ここで、一人でのんびりしたいわ」

 学者が、ため息をつく。
「わかりました。では、ニーナにここに通ってもらいます。ニーナに心霊治療をさせますから、さびしがりやの幽霊の話相手を務めてください」
「お気持ちだけいただくわ。怪我の治療だったら、精霊に頼めるもの。わざわざニーナちゃんに来てもらわなくても大丈夫」

「いいえ、通わせます。ニーナの力は人の善性から生まれたもの。あなたの苦痛を癒せるはずです」
「セリアさん?」
 メガネの女が、不快そうに眉をしかめる。

「私を誰だと思っているのです? 宗教考古学者なのですよ。神が定めた決まりごとについての知識は有しています。あなたが失踪した理由も、その癒えぬ傷が何なのかも、わかっています」

 不機嫌な顔で、女が私を見る。
「推測を口にします。返事はなさらなくて結構です。独り言ですので」
 学者がメガネのフレームを押し上げる。
「天界であなたは昔の力の一部を取り戻した。人の身に過ぎる力を……神の力を手にしてしまった。この世界に住む以上、その力の所持の許可は必要……『人』として居候しているのに、人を越えてしまったのですから……この世界で暮らす許可の再取得の為に、神の試練を受けねばならなかった」

「神に対し何を望むかによって、試練の数も過酷さも変わります。灼熱、極寒、雷、闇、時、無……。試練を乗り越えられねば、『死』が待っています。神の赦しを得るか、消滅するか……」

「転移神であるあなたには、神の試練を受ける義務があり、試練を秘する義務もあった。だから、旅行に行くなどと言って姿を消したのでしょう? あなたの事情も察する事はできます。しかし、」

「非常に不愉快です。あなたは、勇者様の伴侶……魔王戦で戦ってもらわねばなりません。あなたが欠けたら、100人の伴侶と共に魔王を倒すという託宣が叶えられなくなります。死なれては困るのです」

「死の危険すらある旅に出るというのなら、せめて語れるところまで語ってから居なくなって欲しかった。私は宗教考古学者です。神の試練についての知識もあります。先人がどのような方法で乗り越えたのか、試練にあたってどのような心構えをすればいいのか、知っているのです。その知識を私が独り言としてつぶやく側に、あなたが居ても何の問題もなかったはずです」

「セリアさん……」
「二度と勝手はしないでください。あなたから見れば矮小な存在でしょうが、それでも私達はあなたの仲間なのです。いざという時には支え合うべきです。窮地にある仲間を助ける機会ぐらい与えてください」

「ごめんなさい……」
 ずいぶん変わったものだ、この女も……
 己の価値観を絶対と信じ、他人を見下していたというのに。
 人間は瞬く間に成長する。せわしなく生きて死ぬ間に、まったく違うものに変わることがある。ほんとうに、面白い存在だ。

「あなたが身勝手な方だという事は、よく存じています」
 学者がキッ! と、私を睨む。
「売り込んで仲間となったのも、自分の為。勇者様は純粋な方なのであなたを恩人だと思いこまれておられますが、真実は違います。あなたは、勇者様を利用しただけ。精霊を手に入れ、現ドゥルガー神にまみえ……期待通りか、期待以上の成果かは存じませんが……今のあなたがあるのは、勇者様のおかげです」
「……その通りね」

「魔王が目覚めるのは、二十五日後です。その後、あなたが得た力を用い、どう生きようとも構いません。まったく関心がありません。ですが、魔王戦までは『勇者様の仲間』として生きて欲しいです。あなたを心から信頼している方を、裏切らないでください」
 言いたい事はそれだけですと、学者が背を向ける。

「神から刻まれた傷は、世界の(ことわり)に則った速度でしか癒えない。いかな技法も魔法も効かない。けれども、仲間を慕うニーナの思いが、傷の痛みを緩和するでしょう。今は無理せず体を休めてください」



 子犬のようにわめいていた女がいなくなり、部屋に静寂が訪れる。

 常に側に置いている風の精霊ヴァンに、倒れてから後のことを聞いた。

 あの女は召使いと共にすぐに駆けつけ、魔法医を呼び、私が目覚めるまで半日近く付き添っていたのだ。むろん、眠る私の傍らで、異世界へ渡る法を研究しながらではあるが。
 何ともかわいらしい……思わず、笑みが漏れた。


 白い幽霊が現れたら起こすよう精霊に命じ、瞼を閉ざした。

 脳裏に幻が見える。

 赤黒い空。
 血のごとく鮮やかな太陽。
 赤らかに燃える松明。
 おびただしい血……
 見えるのは、赤く染まった故郷の姿。

 あの日……
 デーヴァの女を道連れに、果てるつもりだった。
 奴等にしか通じぬ正義をふりかざし、誇り高きアスラを恥ずかしめたデーヴァ。
 王として、許せなかった。

 天界で『ドゥルガー』は、私とこの世界の女神に謀られたと怒っていた。
 愚かな女だ。謀られたのではない。この世界の女神に救われたというのに。
 生き延びていた我が神族の保護を約束し、代償として人としての生を重ねろと女神が求めねば……散華していた。

 命と引き換えに最後の術を用い、私は輪廻世界を滅ぼしていた。


 長い年月、ただ一つの事だけを願ってきた。

 人間のまま、己の正体を明かさず、闇の力も借りず、『ドゥルガー』に再びまみえる事があれば……私は、望みのままに己の力を取り戻せる。
 この世界の女神の立ち合いの下、『ドゥルガー』は約束した。ただの人間となり異世界に行く私が輪廻世界の女神に出逢う機会などありえない……そうたかをくくって約束したのだ。

 私は、人間として転生を繰り返した。
 約束が心のよりどころだった。
 全ての力を取り戻し、『アスラの王』として恥知らずのデーヴァに鉄槌を下す。

 その日が訪れることを願い、その為に生き続けた。

 輪廻世界に、同族はもはや居ない。滅ぼす事にためらいはなかった。
……なかったはずだった。

 しかし、転生を繰り返し只人(ただびと)として市井に生きるうちに、その願いは揺らいだ。
 数えきれぬほどの人間を見てきた。
 知識の積み重ねで占いの技術を得てからは特に……人間のさまざまな面を見た。
 心の美しい者も居れば強欲な者も居り、強き者も居れば弱い者も居る。
 産まれ、育ち、語らい、愛を育み、家族を抱え、助け合い、老い、そして死ぬ。
 神を信じる者も信じぬ者も等しく、定められた時間の中で死に抗い生き続けている。

 アスラの王であった時は気にも止めなかった者どもに、情を感じてしまったのだ。

 この世界の人間も、輪廻世界の者も、同じだ。
 神とは比ぶべくもない、卑小な存在。けれども、生を謳歌し短い生を懸命に生きる……憐れで愛しい存在だ。

 アスラとデーヴァの争いに巻き込み、滅ぼしたくない……
 転生を繰り返すうちに、その思いは強くなっていった。

 けれども、王たる矜持を捨てる事もできなかった。


 迷ったまま、異世界に赴く勇者の仲間となった。
 勇者を誘いこみ、無理やり仲間に加わったのだ。

 勇者は単純な男だった。
 賢者の館に閉じ込められて育ったせいだろう、世間知らずで精神的に幼かった。
 おひとよしで、鈍感で、騙されやすくって、浅慮で、いきあたりばったりで、その上スケベ。
 魔法力はなく、戦士としての技量もさほど高くなかった。無能な男だった。

 しかし、託宣をかなえる為に必死となっている姿も、師匠を深く慕う姿も、仲間を愛し信頼する姿も、見ていて微笑ましかった。
 勇者は私を善人と思い込み、心から私を信じた……

『幻想世界で人魚ちゃんに喰われずにすんだのも、八大精霊達を仲間にできたのも、イザベルさんのおかげだ。あなたのおっしゃる通りにイザベルさんが自分の為に動いていたのだとしても、ぜんぜん構いません。ついでに助けてくれたんでもいい。イザベルさんへの感謝の気持ちに変わりはありません』


 天界での判断に悔いが無いと言えば、嘘になる。
 全ての力を取り戻し、人としての器を捨てれば、宿願は叶った。
 輪廻世界を無に帰す事もできたのだ。

 だが、私が散華をすれば、勇者の未来は閉ざされた。
 伴侶の一人である私が死ねば、『100人の伴侶と共に魔王を倒す』託宣は叶わなくなる。
 勇者は敗れ、この世界は消滅する事になるのだ。


『あなたが得た力を用い、どう生きようとも構いません。まったく関心がありません。ですが、魔王戦までは『勇者様の仲間』として生きて欲しいです。あなたを心から信頼している方を、裏切らないでください』
 学者の声が蘇る。

 宿願を捨てた私に、もはや望みなどない。
 子をなせる年齢のうちに子をなし、その子供の誕生と共に古い体を捨て……一子相伝で過去からの記憶を代々受け継いできた。
 だが、もはやその必要もなくなった。
 子をなさず、この肉体のまま年老い、土に還ってもよいかもしれない。

 人間の肉体を捨てずに取り戻せたのは、ほんの些少の力。人としては大きすぎる力だが、神を名乗れるほどには強くない。
 人として生き、人として死ねるだろう。

 転生をやめると知ったら、ギデオンは何と言うだろうか。
 好きな男ができて妖力を失った、とでも言っておこうか。だらしがない魔女だと腹を抱えて笑い、それでも私の新たな生を喜んでくれそうだが。
 ギデオンは、私の秘密の一端を知っている数少ない人間……魔女イザベルと契約した男、占いの館の出資者、今の肉体の父親でもある。

 魔女をやめ、リーズの義姉として生きようか。
 リーズは私の事を、父親の愛人と勘違いしていた。義姉と知ったら、さぞ嫌な顔をするだろう。

 吹き出したせいで、傷が痛んだ。
 だが、笑いが止まらない。

 統べるべき同胞のいない世界で破壊神となるよりも、生にあがく人間達と共にある方がいい。ずっと面白い。

 魔王が目覚めるのは、二十五日後だ。
 あまり時はないが、期待には可能な限り応えよう。

 最低最悪の運気の勇者。
 あの男の未来には暗雲が垂れこめている。未来の多くが、二十五日後に閉ざされる。その先の未来へと繋がる道は、ほぼ無い。けれども、まったく道がないわけではないのだ。
 とても細いまがりくねった道だけれども、その道を教え、より良い運命へと導いてやろう。

『勇者様の仲間』の占い師として。
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