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ハーレム100 作者:松宮星

勇者の一番長い日

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宿敵

「その少年には言葉が通じなかったそうです」
 セリアが、シャーマン戦士から聞き出したことをオレ達に教えてくれる。
 勇者と違って自動翻訳機能が無いから、『カネコ アキノリ』にはオレらの言葉が通じなかったんだな。

「怪我は治癒の技法では癒せず、薬草治癒でも治りが悪く、二十七日間、ベッドで暮らしたようなものでした。半ば魔王化していたせいではないか、と私は思います」

「半ば魔王化?」
 セリアは頷いた。
「生まれ育った世界で不幸だった者が、心の闇に囚われ、この世界に転移し魔王となります。『カネコ アキノリ』は魔王となるべくこの世界に出現した、しかし、その時点ではまだ人としての情が残っていた。肉体の魔王化も中途で止まり、それが治らない傷となったのではないかと」
「なるほど」

「『カネコ アキノリ』と名乗った少年は、双子の姉妹ヴェラとニノンの看護を受けました。二人にしてみれば村長の娘として、北に逃れて来た同胞に助力しただけのことでした」

「けれども、『カネコ アキノリ』にとってはそうではなかった。言葉も通じない異世界で、痛みに苦しみ伏せる毎日。自分の面倒をみてくれる美人姉妹に対し夢を見て、期待を持ってしまったのです」
「期待?」
「……自分に気があるからよくしてくれるのではないか? おそらくそう思ったのでしょう。ろくに動けぬ身で、だんだん不必要な接触をしてくるようになったみたいです」
 セリアが、メガネのフレームを押し上げる。
「双子の姉妹はよく似ているものの、髪の長さは違いました。ニノンは肩までですが、姉ヴェラはもっと長い。癖のない直毛で、前髪をカチューシャで留めていたそうです」
 前髪をカチューシャで……

「『カネコ アキノリ』は、二人に対しとても馴れ馴れしい態度をとりました。心身に傷を負った者が弱さゆえにやることと、姉妹はだいぶ我慢したらしいのですが……『カネコ アキノリ』は特に姉に執心していたそうです。『シオリ』と呼んで何度も抱きついたとか」
 シオリ……?

「『タチバナ シオリ』です」

「『タチバナ シオリ』さん……?」

 セリアが頷く。
「勇者様が四十二番目の伴侶となさった、英雄世界の女性。『いいんちょ』です」

「じゃあ……」
『カネコ アキノリ』は、やはり英雄世界の高校生。
「シオリさんの幼馴染が、オレらの世界の魔王なのか……」

 シオリさんの友人コズエさんが教えてくれた。
 カネコはけっこうアレな性格で……コズエさんに言わせると『プライド高くて屈折してて、ねちっこくって、偉そう』。
 学校中から嫌われていたが、幼馴染のシオリさんだけが普通に接した。
 それを愛と勘違いしたカネコはシオリさんに告白するものの、冗談かと思われ笑われる。
 カネコは、カーッとなってキレた。
 その時、運の悪い事にすぐ側に次元穴があった。
 次元穴は、多次元とランダムに繋がる裂け目。
 強い思念とか特殊な生体エネルギーに反応しやすい次元穴は、カネコの失恋の嘆きに刺激された。穴は広がり、カネコは中に飲み込まれ……オレらの世界に落ちてきたわけだ。

 英雄世界の高校生がオレらの世界の魔王じゃないか? とは思った。
 けど、そうなると、シオリさんはオレの伴侶として幼馴染と対する事になってしまう。
 そうでなけりゃいいと思ってたんだが……

 ついに、はっきりわかっちまった。

「あの……お兄さま……」
 ジョゼが小さな声で話しかけてくる。内気なジョゼが会議の場で発言するなんて珍しい。
「ニノンさんって……似てると思いませんか? なんとなく……雰囲気が……」
 似てる?
「シオリさんに……」

 あ。

 そうか。
 そうだ。
 ニノンに会った時、ちょっと誰かに似ているような気がしたんだ。
 少し物憂げな黒い瞳、微かに笑みをつくる寂しげな口元……薄幸の美女って感じで……

 シオリさんに似ていたのか……

 ニノンの双子の姉はもっと髪が長く、前髪をカチューシャで留めていた。なら、ますますシオリさんに似ていたわけで。

《彼女いない歴(イコール)年齢な奴なの〜 一方的にリアカノ認定してた子からガチ無理されて、魔王パワーに目覚めちゃったのねぇ 男を皆殺しにして、奴隷ハーレムをつくりたいみたい〜》
 神様の言葉を思い出した。

「カネコはニノンの姉に振られたんだな?」
 セリアは頷いた。
「破廉恥な行為に及ぼうとした『カネコ アキノリ』を、ヴェラは手ひどく拒絶したそうです。そして……その失恋の痛みが『カネコ アキノリ』の最後の理性を消し去ったのでしょう」

 魔王化したカネコは、どろどろに溶け始めたそうだ。
 魔王へと体を作り直す為だろう。
 すぐ側に居たニノンの姉は、その時……
 カネコに取り込まれた。

 ニノンは見ていた。
 溶けかかりながらカネコが『シオリ』と叫び、姉に背から抱きつくのを……
 逃れられぬ姉が、カネコの体内に取り込まれてゆくのを……

 ニノンは助けようとしたらしい。
 生まれた時からずっと一緒に生きてきた、双子の姉を。

 けれども、彼女の剣も呪術もまったく効かず……

 魔物化した男はどんどん肥大化し、ニノンの姉は男の胸のあたりに顔や上半身をわずかにのぞかせるぐらいに飲み込まれ……

 デカくなった男は翼をはやし、天井を壊して舞いあがり……

 そして、『呪われた北』に魔王城が出現したのだ。

 ニノンは魔王城へと走った。
 姉を助けたい一心で。

 しかし、魔王城に入口はない。城壁は空に向かってありえない高さにまで聳え、金属とも岩とも骨ともつかぬ壁はどんな攻撃にも決して揺るがない。
 長いこと、ニノンは、姉の名を呼び、城壁にとりすがり続け……
 意識を手放した。

 気づいた時には、自宅のベッドだったそうだ。
 村長の父親も村人も皆、『諦めろ』とニノンを諭した。
 魔王は誕生と共に百日の眠りにつき、百日後に勇者に倒される。それがこの世界の決まり。魔王の一部となってしまったものも、その時、運命を共にするものなのだ、と。

「姉を助けたい……その思いのままに彼女は村を飛び出し、南へと流れました。肉親への愛、目の前にいながら救えなかった罪悪感、強大な魔王への恐怖……さまざまな感情が彼女を蝕み、彼女から理性を奪い……一つの結論へと導いたのです」

「魔王を殺す者さえいなくなれば、姉は死なずに済む……そう考えたのです」

「彼女は精神的に病んでいて、まともな判断ができなくなっています」

「それでも、殺人ではなく石化を選んだ。二十八代目様の子孫なので、『勇者と魔王の定石』を知っていたのですよ」

 魔王は出現と同時に百日の眠りにつく。魔王としての力を溜める為と言われている。眠っている間は完全無敵。
 だから、目覚める日、つまり百日目が、決戦日となる。
 その日を逃すと、世界は魔王のものになってしまう……と、言われている。
 これまでの魔王はぜんぶ百日目に倒されてるから本当の事はわからない。
 けど、『勇者と魔王の定石』は、その日にしか勇者は魔王を倒せないと、はっきりと言いきっているんだ。

「……狂ってても、殺人はふみとどまった。決戦日にオレが戦闘不能になってればいい、そう思ったわけだな」

 セリアは頷いた。
「彼女は狂いながらも、勇者様に対して申し訳なく思っていました。だから、通常の石化ではなく、北に伝わる秘術中の秘術……『守りの石化』をかけたのです。通常の石化では、石化中に石となった体を砕かれれば死にます。勇者様を殺したくなかったから、あの術を使ったのです」

 石化したお師匠様の姿が、心に蘇る。
 両手を広げ背後の者をかばおうとしている姿、乱れた髪。
 今のお師匠様の体は、攻撃も魔法もあらゆるものをはじいてしまう。良きものであれ悪しきものであれ、何も受け付けない。

 お師匠様がああなったのも、ニノンがオレを生かそうとしたからだったのか。

「あの石化は、術師はもちろん、彼女の師である村長でも解呪できないのだそうです。ですが、魔王戦の翌日には必ず解けます。刺された傷も塞がり、賢者様はご無事なお姿でお戻りになられるのです」

「ジャン……」
 テーブルの上のオレの左手が、包み込むように握られる。
 サラの緑の瞳が、心配そうにオレを見ている。

 また、情緒不安定な顔してたのかな、オレ。

「今、ニノンはどうしている?」
「オランジュ邸別館の地下室に居ります」
「地下室?」
「拷問監禁部屋です」

 な?

 さらっと言ったセリア。
 セリアの隣のシャルルが、説明を補う。
「貴族の館には、必ずあるものなのだよ」
 え――っ!
「暗殺者や泥棒を一時的に押し込めておく牢であり、家人への仕置きや見せしめの為の場。貴族の中には、家の恥となる一族の者や、お気に入りの奴隷を閉じ込める者も居られる。家ごとに使用状況は異なるよ」
 うわぁ。
 ちなみに、とシャルルがフフッと笑う。
「私は享楽の為に地下を利用した事はない。おそらくアンヌ様も、ね」
 それ以外の理由でなら利用した事がある……そういうことか。

「勇者様、ニノンには拷問はしていませんよ。自殺衝動を抑える為に、軽い暗示をかけました。が、それだけです。会話での誘導によって話をさせました」
「わかってる。セリアさんだもん。勇者の仲間として非人道的な行いをするはずがない。絶対だ」
「信頼いただき、ありがとうございます」
 セリアが涼しげに微笑む。

「ご相談がございます」
 セリアがきりっとした顔で、メガネをかけ直す。
「魔王との決戦は二十九日後。大きな騒動(パニック)こそ起きてはいませんが、王国の緊張は高まっております。このような状況で、賢者様の石化を公にするのはいかがなものかと思います」
「内緒にするってこと?」
 セリアは頷いた。
「魔王戦を賢者が見守らぬなど前代未聞です。今の賢者様のお姿が知れ渡れば、いたずらに人心を騒がせるだけかと存じます」
「わかった、セリアさんの判断に任せる」
 十年間ひきこもり生活をしてきたオレは、世俗にうとい。セリアがそう思ったんなら、その通りに事を進めてもらえばいい。

「ニノンの処分は魔王戦後に。それまでは、監禁しておこうと思います」
 え?
 セリアの隣の、お貴族様がふぁさっと髪を掻き上げる
「明日にでも、ポワエルデュー侯爵家の西の別館に移送しようと思う。あそこは、監禁・拷問用施設がたいへん充実しているのでね。あああ、誤解はしないでくれたまえよ、ポワエルデュー侯爵家は代々魔法騎士を輩出してきた家柄だ。王家の騎士として、極秘裏に国家に(あだ)なすものを預かり……」
 ンな話はどーでもいい。

「監禁施設に、閉じ込めなきゃ駄目か?」
 セリアに尋ねた。
「そりゃ、これ以上狙われるのはご免だし、暴れられたら困るけど……心の病気なんだろ? そんなおどろおどろしい所に閉じ込めちゃ、病気がよけいひどくなるんじゃないか?」
 セリアやシャルル、部屋中の者がオレを見る。
「その……オレが世話するわけじゃないから、偉そうにあれこれ言うのも何だけど……落ちついた雰囲気の部屋でさ、魔法医に診せて、修道女に来てもらって悩みを聞いてあげるとか……できないだろうか?」

「よろしいのですか、勇者様?」
 セリアが、ジーッとオレを見る。
「賢者様の仇なのですよ?」

「わかってる……。それに、どっかに閉じ込める方が監視役が楽だってのもわかってる。何もしないオレがこんな事を望むのは我がままだって充分承知だ。けど、できるだけでいいからさ、彼女を過ごしやすい所に置いてやってくれないか?」

(あま)!」
 リーズが、チッと舌打ちをする。
「これだから、お坊ちゃんはヤなんだよ。敵にまで情けかけんなよ、バーカ」

「そう? あたし、勇者さまなら、そーいうと思ってたよー」
 リーズの隣に腰かけたアナベラが、えへへと笑う。
「勇者さま、女の子にやさしーもん」

「優しくないよ、オレは」
 怒りが消えたわけじゃない。
 お師匠様を奪ったニノンが許せない。

「けど、オレ……ニノンの気持ちもわかる。愛する姉さんを助けたかったんだろ? それだけしか考えられなくなってバカやっちまったなんて……昨日のオレと一緒じゃん」
『カネコ アキノリ』は、シオリさんとヴェラさんへの愛から魔王になった。
 ニノンは愛する姉を取り戻したいあまり狂気に走り、オレに刃を向けた。
 そして、オレはニノンを何としても殺そうと暴れまくったわけで……

 愛ってのは、人間を幸せにするもんだと思ってた。

 だが、ゾッとするほど気持ち悪いものにもなるようだ。

 むろん、そればっかじゃないけど。

「違うのは、オレにはみんなが居た。バカな事をしそうだったオレを、みんなが全力で止めてくれた。だから、オレはニノンにならずに済んだ。今、こうやってみんなと話せている」
 オレを止めてくれたのは、サラやジョゼやカトリーヌやセリア……みんなだ。
 仲間の愛にオレは救われたわけだ。

 セリアに頭を下げた。
「ニノンをできるだけ助けてやってくれないか? 頼む」

「頼る相手を間違っていますよ、勇者様。魂の救済は、学者の領分ではありません」
 顔をあげると、セリアは穏やかに微笑んでいた。
「マリーさんと相談の上、ニノンの今後の身の振りを決めます。ですが、移送はします。オランジュ邸に置いておいては、勇者様にも彼女にも悪い影響が出そうですので。聖修道院に預けるか、私の実家かシャルルの家に軟禁する事となるでしょう。ニノン次第です。彼女の精神状態を考慮の上、他者に危害を加える危険がないか見極めようと思います」

「ありがとう、セリアさん」
「礼には及びません」
 いつもはツーンとしているセリアが、とても優しそうに見える。 
「私は、百一代目勇者ジャン様の学者ですから。勇者様のご希望を実現する為に働くのも、私にとっては喜びです。皆と力をあわせて難局を乗り越えましょう、勇者様」

『ありがとう』と言っちまって、『ですから、感謝の言葉は不要です』とセリアにたしなめられた。
 でも、他に言葉が浮かばない。

 オレは幸せだ。

 家族に愛されて育ち、お師匠様の弟子となった。
 十年間、賢者の館に閉じ込められ、一歩も外に出る事ができなかったが……
 美人で優しいお師匠様が、オレに愛を注いでくれたんだ。全然、不幸じゃなかった。

 オレは『憐れな子』じゃなかったんです、お師匠様……
 お師匠様がずっと一緒に居てくれたから。

 そして、勇者となったオレを仲間達が支えてくれている。

 左手があたたかい。不安定な精神状態のオレを落ち着かせようと、幼馴染が手を握ってくれている。


 オレは、今まで魔王のことを考えないようにしてきた。

 魔王となる前のカネコを、知りたくなかった。

 出現した魔王は倒す。勇者の役目はそれだけだ。
 相手がどんな魔王であろうが、その行動に変わりはない。
 魔王を倒せなきゃ、オレらの世界は滅んでしまうのだから。

 カネコの生い立ちや人なりを知ったって、未来は変わらない。
 だから、知りたくなかった。

 けど、今日、初めてオレは……
 支えてくれる者が誰一人いなかった『カネコ アキノリ』を気の毒に思った。

『プライド高くて屈折してて、ねちっこくって、偉そう』な奴なら、オレの同情なんか不愉快なだけだろうが……
 オレがカネコの立場なら、きっと耐えられない。
 そう思った。
+注意+
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