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ハーレム100 作者:松宮星

勇者の一番長い日

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シルヴィの日記 後編

○月×日
 ジャンには、危機感がなさすぎる。
 萌えた瞬間、相手は仲間枠に入る。できるだけ強い相手を仲間にしようと注意するのが普通。

 なのに、なぜ魔法が全く使えない魔術師を仲間にしてしまう? 気心のしれた幼馴染とはいえ……
 魔王戦までにサラに教育をほどこし、少しでも実力を伸ばさねば。

 ジャンに任せていては、究極魔法への道を一直線に進みかねん。攻撃力の低い女性とは出会わぬ状況を、つくりあげるしかあるまい。
 オランジュ伯爵に頼み、我々の接待係は全て男性にしていただいた。
 外出時にも、ジャンに目隠しをさせる事にした。

 今日はマリーを仲間にできた。

 あの雪の日に神様の導きでマリーと出逢ったのは……十五年前のこととなるか。
 死にかけていた痩せた子供は、聖修道院で育ち、聖女と呼ばれるほどの清らかな尼僧となった。強力な浄化魔法が使えるマリーならば、ジャンの助けとなるだろう。
 これからも、優秀な女性を探してやらねば。


○月×日
 私には現実しか見えない。
 だが、幻視者の存在は知っている。

 まとう雰囲気、語る言葉、人の背後にあるものを見つめる瞳。
 おそらく、イザベルは本物だ。
 でなければ、稀代の詐欺師だ。

 イザベルは、幾層にもファントムが重なったファントムクリスタル付きペンダントを私に贈った。
「ファントムクリスタルは、過去の思い出と未来への道標を示します。生まれ変わる力を導くとも言われています」

 生まれ変わり……
 この旅で私は賢者の任を終えるのだろうか?


○月×日
 私は常に冷静であらねばならない。
 なりゆきまかせのジャンを、正しい道へ導く為にも。

 しかし、今日は愚かにも、己の責務を忘れてしまった。

 初対面で、私は子供や小動物に必ず嫌われる。
 顔は無表情、声は平坦、楽しげな雰囲気をつくる才覚もない。小さきものに不気味な存在と厭われるのも、無理からぬと思ってきた。

 それ故、今日は……感動した。
 この私が差し出したタンポポをシロ殿が食べてくれ、しかも抱っこまでさせてくれたのだ。
 ウサギを腕に抱くなど初めて……
 夢のようだった。
 ぴくぴくと動く鼻、モグモグと動く口、柔らかで小さな愛らしい体……ふわふわのもこもこ……

 気分が浮ついて落ちつかない。明日からは冷静にならねば。

 ピア殿も抱っこしたかった……それだけが心残りだ。


○月×日
 狼王キーラーに捕まっていた私を救おうと、ジャンは『勇者の馬鹿力』を発動させた。
 愚かにもほどがある。
『勇者の馬鹿力』は強い意志の力で勇者が起こす奇跡とも、神様からの祝福とも言われている。勇者にとって一生に一度あるかないかの、フィーバー状態なのだ。

 その貴重な奇跡を、なぜ私の為に使ったのだ。
 傷ついた私の姿に心を痛めたのか?
 どのような怪我を負おうが、不老不死の私は死なぬのに。
 魔王戦で使い、己を救えば良いものを……優しすぎて、本当に愚かな子供だ。


○月×日
 久方ぶりに、アシュリン様にお会いした。

 アシュリン様は小さきものを慈しむ、慈悲深きドラゴンの女王だ。
 幻想世界の者達に優しい言葉をかけられ、ジャンに祝福を与えてくださった。

「しかし、縁とは奇なものであるな。のぅ、シルヴィ」
 アシュリン様は楽しそうに微笑まれた。
「勇者殿のおかげで、妾はおまえの世界の魔王と戦えるわ。決戦の日を楽しみにしておるぞ」

 フォーサイスが亡くなった世界で、アシュリン様が魔王と対峙なさる。魔王を倒したところでフォーサイスが蘇るわけではないが……

 アシュリン様のお心が安らかであらんことを。


○月×日
 この二日と半日、生きた心地がしなかった。

 精霊界の水界で、ジャンは消えた。

 不安で押しつぶされそうなジョゼをサラに託し、マリーやイザベルと共に探索の手立てを探した。

 精霊界は異世界人を手厚く迎える世界だ。誘拐や殺人など、本来ありえないのだが……

 ジャンを取り戻せねば、私達の世界は終わりだ。魔王に滅ぼされる。
 何としても勇者を救わねばならぬ。
 賢者としての使命感から、私はジャンを探した。

 しかし、仮眠をとって見る夢は、幼い日のジャンばかりだった。
 ジャンは勇者修行に励んでいた。『見ててね、お師匠様。オレ、ぜったい、すっごい勇者になるから』。
 ジャンが私に笑顔を向ける。私を喜ばそうと、剣の修行に明け暮れる。
 賢者の館に閉じ込められたジャンには、私しか居ない。豊かな感情を捧げる相手は、他に居ないのだ。
 夢の中で、憐れな子供を抱きしめた。

 ジャンを失いたくなかった。
 賢者としてはむろん、十年の時を共に過ごした者としても。

 帰還したジャンは、自分を誘拐した水の精霊を伴侶にしていた。
 しかも、萌えたのはイザベル達に救われた後だ。その精霊を罰する事もできるようになってから、全てを許し、仲間に加えたのだという。

 愚かとしか思えない。
 ジャンが理解できない。
 人の情を解さぬ私では、ジャンの心を測りきれぬ。

 だが、愛情を人に捧げられる生き方は好ましい。ジャンのご両親を思い出させた。

 ジャンの無事を喜ぶジョゼやサラ。優しく見守るマリーやイザベル。
 仲間達の愛がジャンを包む。
 ジャンは、ジャンなりの勇者道を進んでいる。
 私には思いもつかぬ道だが、間違いなく光の道だ。

 もしかすると、私は見当違いの助力をしているのかもしれない……そう思った。


○月×日
 ユナに会った。
 私の最初の弟子。九十二年前に自分の世界に還ったユナは、さほど変わっていなかった。
 英雄世界は時の流れが異なるのだと実感した。

 英雄世界の勇者の場合、勇者の転移と魔王の出現は何故か決まって同時だ。
 賢者となったばかりの私は、フォーサイスの死の痛みから立ち直れぬままユナを導き、かろうじて賢者の役目を果たした。
 非常に未熟な師であった。
 けれども、ユナは魔王戦で生き延びた。頼りない指導の下で成長し、己の強運で生を勝ち取ったのだ。

 カンタンやヴァスコやセルジュに対しては、ユナの時よりも時間をかけさまざまな指導ができた。
 カンタンとは約五十年、ヴァスコとは十年、セルジュとは十九年共に暮らした。
 だが、私はセルジュを精神的に追いつめてしまった。
 五十六歳という年齢に達したカンタンに、年相応の戦法を指導しきれていなかった。
 成人体で私達の世界に来たヴァスコは私の事を『天然だ』と言ってよく笑った。『あんた利口そうに見えて、すげー馬鹿だ。馬鹿すぎてほっとけねーや。おれ、勇者世界に残って賢者になってもいいよ。あんたがずーっと側に居てくれるんならさ』。そうまで言ってくれた異世界人のヴァスコも、魔王戦で究極魔法を唱えた。唱えねば勝てなかったのだ。私の指導が足りなかったせいだ。

 私では、最善の指導などできないのだ。

「必ずおまえを正しい道に導いてやる」
 ジャンを奮い立たせる為に、そう言った。

 しかし、答えはもう出かかっていた。
 霊能者のヤチヨは言っていた。『言葉の呪で勇者様を縛ってはいけません、未来は本人に委ねるべきですわ』と。

 私は、私に依存するようにジャンを育ててしまった。
 私を頼り、私を喜ばせることに心を砕く、そんな子供にしてしまった。

 ジャンは、私の為に勇者となり、私の為に賢者になろうとしている。
 自分の為ではなく……

 魔王と戦うのは私ではない。
 ジャンだ。
 ジャンが己の勇者道をもって自ら強運をひき寄せねば、魔王には勝てまい。


○月×日
 イザベルに助言され、すっきりした。
『賢者さまの星が勇者さまの星をも支配しようとしています。賢者さまの星に呑みこまれ、勇者さまの星は輝きを失うかもしれません』。
 私にはジャンの勇者道は理解できない。助力をしようとしても道を妨げるだけだ。
 先導をせず、一歩ひいて見守った方が良いと言うことだ。

 幸い、賢者の館を出てからジャンは少しづつ独立心を持ち始めた。
 自ら考え、行動したいと言い出したのだ。自分の事だから、と。
 セリアの失態を許した時の態度も立派だった。
 ジャンは勇者として成長している。
 ジャンの力及ばぬ事だけを手伝えばいい。見守ることこそが、最大の助力なのだ。

 イザベルはもう一つ私に言葉をくれた。
『賢者さまの星を、四つの光が守護しています……輝きを失った星の思い……思慕……。皆、あなた様の未来を憂いています。あなた様が幸福となることが光の望みです』

 フォーサイス、カンタン、ヴァスコ、セルジュ……

 側に居るのなら、どうかジャンを……
 ジャンだけは死の運命に囚われぬよう、助けてやってくれ。


○月×日
 重苦しい一夜だった。

 ジャンがヨリミツの寝所に誘われた。
 そうと知って、ジョゼは動揺した。サラも蒼白な顔をしていた。
 ジャンは流されやすく、女性にだらしがない。誘惑されれば、そのままフラフラと同衾してしまうだろう。
 誰もがそう思っていた。

 ジャンに、一夜限りの情事などできまい。一度、体を合わせたら深く思い入れ、その者を恋人とし、いずれは真の伴侶にしてしまうだろう。
 精神的には幼いが、ジャンとて十八なのだ。思い人ができてもおかしくない。
 魔王戦前のこの時期に恋にうつつをぬかしていいものか……だが、女を知らずに逝くことになっては憐れかもしれん。師として、いさめるべきか祝福すべきか……思考は堂々巡りをした。

 しかし、意外にもジャンは誘いを断っていた。
 ヤチヨの助言に従ったのだと言う。
 魔王戦前に最愛の女性を選んではいけない、究極魔法を使わざるをえなくなる……そんな助言だった。

 マリーが「良かった、ですね〜 賢者さま」と、にこやかに微笑んだ。
「そうだな、ようやくサラとジョゼが落ち着きを取り戻す」と答えると、マリーは「賢者さまも、です〜」と笑った。
 マリーによると、昨晩の私はおかしかったのだそうだ。ちぐはぐな発言ばかりをし、食事もろくに食べず、宙ばかりを見ていた、と。

 私は惚けていたのか……疲れが出ていたのかもしれん。以後、気をつけよう。


○月×日
 シュテン戦での戦いは見事だった。
 ジャンは確実に成長していた。

 だが、今、ジャンの心は十才の子供に退行している。
 魔界に来てすぐのあの戦闘のせいか? 誰かに術をかけられたのか?
 それとも……私のせいだろうか?
 私が庇護をやめたから? 私に甘えられる自分を再現してしまったのか?

 ジャンは子供のような澄んだ目で、幼い時のように私に抱きついてくる。

『オレ、もうガキじゃないんです! お師匠様にベタベタしません!』
 そう宣言し、私に抱きつかなくなったのは……十三? 十四だったか?
 抱きつかれ、ずいぶん大きくなったものだと実感した。
 もう子供ではないのだ。

 ジャンに究極魔法のことを聞かれた時には、胸が苦しくなった。
 自爆魔法の存在など、子供に戻ったジャンに教えたくなかった。セルジュのように心を病むのではないかと恐れたのだが……

 十才のジャンは、究極魔法はヒーローっぽくて格好いいなどと言ったのだ。
 使用すれば自分が死ぬというのに。

「それ使えば、どんなひどいことになってても、ジョゼたちは助けられるんでしょ? きゅーきょく魔法があれば、オレは勇者として世界を守れる。持ってるだけで安心だ」

 ジャンは愚かだ。
 しかし、正義感が強く、仲間思いで、慈悲の心にあふれている。仲間を信頼し命を預けるジャンに、仲間達も応えてくれている。
 己の運命を受け入れ、自分らしく生きられる……立派な勇者だ。

 旅立ちの日まで究極魔法の事を伝えられずにいたが、くだらぬ悩みだったようだ。

 私に一番欠けていたのは、勇者への信頼だったのだ。


○月×日
《気まぐれで利己主義で残酷なのは、神もご同様。生き物の運命を弄ぶのは、神の方がエゲツなかったりするよね……不死のおねえさん?》
 死霊王ベティが私を嘲笑した。
《そっちの坊やがガキの頃から面倒をみてるんだろ? 自分の愉しみは一切無しで、勇者に奉仕かい? 世界の為に? そういうのを何っていうか知ってる? 神の奴隷って言うのさ》

 指摘されずとも、心得ていた。
 私はいびつな存在だ。
 勇者を育てる為だけに生きている。

 フォーサイスが身代わりとなって守ってくれたものであり、カンタン・ヴァスコ・セルジュが死してまで守ったものを……
 魔王ごときに壊されたくない。
 世界を失いたくない、その思いで私は勇者を育ててきた。

 五人の勇者はみな愛しい。
 けなげな彼等を愛してきた。
 けれども、私は指導者として未熟だ。ユナしか生き延びさせていない。

 今の私の願いは、魔王戦でジャンが生き延びる事だ。

 しかし、もしも百人の伴侶達の攻撃力が期待よりも低かったら……
 ジャンの通常攻撃の一撃では葬りきれぬほど魔王のHPが残っていたら……

 賢者として、ジャンの死を望むだろう。

 だが、私は究極魔法は唱えない。唱えよとジャンに促す事もしない。
 勇者ジャンを信じる。
 勇者の選択こそが、正しい未来なのだ。

 世界が滅びるのであれば、それが運命だったのだ。
 言葉の呪で勇者を縛るまい。支配はしない。
 私の役目は見届けることだ。


○月×日
 セルジュの死の後、私は賢者である事が苦しくなった。
 師匠ピエリックと同じ病にかかったのだ。
 生きる事を倦んだのだ。

 いや、違う……
 最初からだ。
 フォーサイスを失い賢者となった時から、ずっと……
 私は賢者でなくなる日を待っていた。
 死ぬことができる体を夢見ていた。

 でありながら、世界の存続に執着し、勇者を育てていたのだ。

 昨日は一日で四人もジャンは仲間を増やした。
 エスエフ界での伴侶には首を傾げたくなる相手も居るが……口には出すまい。
 ジャンを信じる。
 ジャンは必ず魔王に勝つ。

 つたなかった指導を謝りたいが、伴侶探しの最中に私ごときの事情で煩わせても悪い。
 全ての決着がついてからで構わぬことだが、その機会は訪れるだろうか。
 魔王戦の後の選択もジャンに委ねている。賢者にならず、異世界に転移するかもしれない。そうとなったら二度と会えぬかもしれぬ。
 何処であれ、ジャンならば正しい光の道を進めるだろうが。


* * * * * *


「お師匠様、バカだ……」

 書を閉じ、渡されたハンカチで顔をぬぐった。
 っくそ……涙腺ゆるみまくり。

「買い被り過ぎだ……いきあたりばったりで、考えなしで……お師匠様に誉められたくって……みんなから馬鹿にされたくなくって……それで、あれこれやろうとしてただけのガキを……立派な勇者とか言って……」

 何とかキリッと顔をひきしめ、アシュリン様と向き直った。

「一つだけ……良かったと思うことがあります」
 アシュリン様の金の瞳が、静かにオレを見つめる。

「オレが自爆する事になっても、その場にお師匠様は居ない。オレの死を望ませなくてすむんだ……」
 せっかく拭いたのに、又、熱いものが流れてきた。
「オレを愛してくれ……オレが生き延びることだけを望んでるお師匠様を……苦しませずにすむ……それだけは本当に……良かった」

 オレは右袖で涙をぬぐった。
「魔王に勝ちます」

「この世界を、そして、何よりも大切な(ヒト)を、オレは守ってみせます」

 アシュリン様が鷹揚に頷く。
「そなたが勇者として、真の務めを果たすことを祈る……シルヴィの為にも、真の男となってくれ」


 アシュリン様の帰還を見送った。

 廊下で待ってたビキニ戦士が部屋に入って来る。
「おなかすいたでしょ、勇者さま。お昼にしよー」
 明るい笑み。オレを力づけようとしてくれる優しさが伝わってきた。

「ありがと、アナベラ。食おう」
 体力をつけなきゃな。

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