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ハーレム100 作者:松宮星

勇者の一番長い日

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シルヴィの日記 前編

○月×日
 百代目勇者セルジュの死より二年。
 私は熱心な探索者ではなかった。が、ついに見つけてしまった。
 民家の庭で遊ぶ男児が視界に入った時、あの感覚を覚えたのだ。
 勇者を見出した時の感覚を、師匠ピエリックは『何十年も離れていた家族と再会したような喜び』に感じたとおっしゃっていた。
 しかし、二つで勇者見習いとなった私に家族の記憶はない。
 ユナ、カンタン、ヴァスコ、セルジュと出逢った時と同じ感覚を男児に抱いただけだ。

 百一代目勇者ジャンは八才。
 この世界出身の勇者を指導するのは初めてだ。


○月×日
 ジャンのご両親は、ジャンが百一代目勇者である事に納得がいかぬようだった。
 二年前が魔王戦だったのだ。魔王戦の後に産まれた者か、以後に異世界から来た者が、現勇者ではないか?
 そのように考えられるのも当然であったので、ご説明した。
 この世界には常に勇者が居る。勇者が勇者ではなくなった時点で、次の勇者が現れる。その時、異世界から人が転移してこなければ、その日に産まれた赤子か、もっともふさわしい人間が『勇者』に変身(クラスチェンジ)するのだ、と。

 勇者は使命の時を迎えるまで、世俗と交わらず、山の中の賢者の館で暮らさねばならない。そこから出る事はできず、外の世界の誰とも接触してはいけない。手紙を交わす事すらできないのだ。
 暗殺防止の為という名目だが、勇者を逃がさぬ為の措置なのだ。賢者の館に閉じ込め、世俗を知らぬ無垢な勇者に育てあげ、使命を全うさせる……使命以外に興味のない人物に育てあげる事こそ、賢者の仕事なのだ。

 ご両親は愛情深い方々だった。跡取り息子を失う事よりも世捨て人となるジャンの行く末を案じ、涙を流していた。
 しかし、ジャンの前では明るくふるまわれていた。『勇者』となるのは栄誉であると説き、避けられぬ運命にある子供を力づけておられた。
 ジャンの義妹は泣き通しだった。
『おにいさま、はやく、かえってきてね』と、しゃくりあげる義妹を、ジャンは必死に慰めていた。義妹を元気づけることばかりに熱心で、これから自分が檻に囚われる事に考えも及ばない……そんな子供だった。


○月×日
 賢者の館に着いて二週間で、ジャンの不満は爆発した。

 最初は子供らしい探究心から賢者の館に興味を抱いたものの、二日で飽きた。大好きな家族や友人と離れた寂しさを隠し、外に出たいのを必死に我慢し、自分は『勇者』なのだと自らを励まし続け……
 子供なりに頑張ったのだろう。
 しかし、一歩も外に出られず賢者の館で私と二人っきりでは、耐えられるはずがない。

 家に帰りたいと泣くジャンを抱きしめた。
 抱きしめることしか、私にはできなかった。
 家族を失った痛みは、私には理解できない。人の情を解さぬ上、表情がないのだ。子供の目に、さぞ不気味に映っている事だろう。

 セルジュの二の舞にはさせたくない。
 魔王戦まで絶望の日々を送らせ、最後に究極魔法を使わせるなど……もう二度と……


○月×日
 ジャンが眠っている時や課題をさせている間に、移動魔法でジャンの義理の母親ベルナに会うようになった。
 ジャンの好みが知りたかったのだ。
 好きな料理、好きな遊び、趣味、読書傾向等々。
 私が料理をすると知ると、ベルナは驚いた。賢者は包丁をふるわぬものと思っていたらしい。
 だが、カンタンは六つから、セルジュは四つから私が育てたのだ。家事には慣れている。異世界から子供の姿で迷い込んだ二人は、家に帰る(すべ)もなく諦めて賢者の館で私と暮らした。

 時々、ジャンの義妹がベルナに格闘修行をつけられている姿を見た。
 別れに大泣きしていた義妹は、勇者ジャンの力となるべく一流の格闘家を目指し始めたのだそうだ。
 私はベルナに助言した。
 魔王は、勇者が十五歳となってから老衰で亡くなるまでの間に出現する。九十八代目勇者カンタンは五十六歳で魔王戦を迎えた。それ以上の高齢で魔王戦に臨んだ勇者とて居らっしゃる。最悪の場合、義妹の生存中に魔王戦とならぬかもしれないのだ。
 また、勇者は神様からの託宣に従って魔王を倒す。歴代勇者の中には、仲間を持つことを禁じられた方も、同性しか仲間にできぬ方もおられた。苦労して格闘の技を身につけたところで、仲間になる資格を得られぬかもしれぬのだ。
 娘御の苦労はむくわれぬかもしれぬ、そう言うとベルナは笑った。
「いいんですよ、無駄になっても。いざって時にそれまでサボってたせいで家族の力になれない方が、悔しいですもの」
 ベルナ自身も体を鍛え、ジャンの父親は息子の為に財を残そうと商売に身をいれているとのこと。

 家族の絆というものは、私の想像以上に固いものに思えた。


○月×日
 久しぶりにジャンの笑顔を見た。

 好物の料理を出してやり、勧善懲悪なヒーローものの娯楽本を贈った。
 ただそれだけの誕生日なのに、ジャンは私に抱きついて喜んだ。

「ごめんなさい。お師匠様……オレ、お師匠様にきらわれてると思ってた……ありがとう」

「嫌ってなどいない、おまえをこの世で一番大切に思っている」と答えると、ジャンは満面の笑顔となった。

 私が選んだわけではない。ベルナから教わった通りの料理と贈り物だ。だが、それだけで幸福な気持ちとなってくれるのなら、幾らでも贈ってやろうと思った。この不幸な子供に。


○月×日
《やっほー キミがジャン君だね? はじめまして〜 こんごともよろしく〜》
 女神様が私に降りていらっしゃった。新たな勇者ジャンに祝福を与える為に。
 おそらく私とジャンの仲が好転するまで待っていたのだろう。
 誕生日以降、ジャンは勇者となるべく勉学と修行に励んでいる。

 女神様は、にこやかで陽気な方だ。
 ジャンは私の変化に戸惑いながらも、すぐに女神様にも懐いた。人見知りしも物怖じもしない子だ。
《真の勇者への道は困難だけど、キミはラッキーだぞ。美人でかわいいお師匠様と、ラヴラヴうっはうは〜な修行なんだから〜 シルヴィちゃんのためにも、がんばって立派な勇者になるんだぞ》

 女神様が天に戻られると、ジャンは寂しそうだった。
 女神様がいらっしゃった時には明るく笑い、年相応の子供の顔をしていたのに。
 私ではジャンを楽しませる事などできない。


○月×日
 ようやくジャンの熱が下がった。
 医学書を読んでの薬草治療が効いて良かった。
 賢者の館には魔法医すら呼べない。私に癒しの力があれば良かったのだが……

 食欲の出てきたジャンのために、消化のいい好物をつくってやる。
 しかし、何故こうも服を汚すのだ? ジャンは食事に夢中になるとソースが飛び散っても気づかないし、よそみしてこぼしてばかりいる。注意力が散漫すぎる。
 だが、まあ……賢者の館に来てすぐの頃に比べればずっといい。よそゆきの顔で身構えてばかりいたジャンが、今ではすっかりだらしなくなった。


○月×日
 ジャンの両親が馬車の事故で亡くなり、義妹は本当の父親の実家に引き取られた。

 その事実を、私はジャンに告げない。
 俗世の事を勇者に伝えることはできない。

 ご両親はおまえを深く愛していた、義妹は尚もおまえを慕い格闘の修行を続けている。

 ジャンに伝えられる日がくるのだろうか?


○月×日
 魔法誘導の授業を終了した。
 ジャンには魔法の才がなく、後天的に魔力を目覚めさせる事もできなかった。それだけの事だ。

 しかし、ジャンはひどく落胆した。
「へっぽこな勇者でごめんなさい……」
 私の期待に応えられなくて申し訳ない……そんな意味のことばかりを言った。

「おまえには剣の才がある。剣で戦う勇者となればいい」
 そう助言すると、ジャンは暇さえみつけては剣修行に打ち込むようになった。

 私の言葉に一喜一憂し、誉めてやると顔を輝かせて喜ぶ。

 素直で努力家だ。良い勇者となるだろう。

 だが、何かがおかしい。
 何がどうおかしいのかわからないが、ジャンを見ていると心がざわめく。
 私の教育方法が間違っているのかもしれない。


○月×日
 ジャンは座学が苦手だ。
 午後の授業では、たまにいねむりをする。
 目が覚めると、何度も私に謝り、書を開く。だが、しばらくすると、また眠っているのだ。

 興味のある話には熱心に耳を傾ける。が、それ以外の話は耳が受け付けぬらしい。知略で戦う勇者にはなれなさそうだ。

「魔王を倒したら、オレ、どうなるんです?」
『勇者の書』を読みながら、ジャンが尋ねてきた。

 家に帰れるのか聞きたいのだろう。

「魔王を倒した勇者には、神様がご褒美をくださる。どんな望みでもかなえていただけるのだ」
 ご褒美という単語に、ジャンは素直に反応した。わくわくした顔で私を見る。
「聖教会の教えに反する邪悪な願いは退けられるがな」
 釘は刺しておいた。フォーサイスの蘇りを望んだ私の願いは、聞き届けられなかった。何でもかなうわけではない。

「それから、よその世界に転移するか、不老不死の賢者となってこの世界に留まるかを決めるのだ」
「よその世界に転移? なんで?」
「そういう決まりなのだ。賢者になるか、この世界から消えるかの二択だ」
 家族のもとへ帰れぬという事だ。

「よその世界になんか行きたくないけど」
 ジャンは泣きそうな顔となった。
「オレじゃ賢者になれないよな……」
「望めばなれるぞ」
 ジャンは目を丸めた。
「バカなのに?」
「おまえは馬鹿ではない。興味が無い事を理解できぬだけだ」
 バカだって言ってるじゃんと、ジャンは口をとがらせた。表情がコロコロ変わる。子供はみなそうだが、ジャンは特に感情の揺れが表情に出やすい。
「賢者は、勇者の教育係だ。賢者になれば、勇者を助ける為の魔法の力を得て、あらゆるジョブの指導者になれる知識を神様より与えられる。何も案ずる事はない」
「魔法って移動魔法と物質転送でしょ? あと心話! オレ、魔法が使えるようになるんだ! 神様も降ろせるようになるんですよね?」
「賢者になりたいのか?」
 ジャンは大きくうなずいた。
「オレが賢者になったら、お師匠様、うれしいでしょ? 優秀な弟子を持ったってことだもん!」
 生き延びてくれさえすればいい……
 私の希望はそれだけだ。
 未熟な指導者の私は、カンタンもヴァスコもセルジュも死の運命から救えなかった。せめてジャンだけは、魔王戦の後も生き続けて欲しい。
「賢者は唯一無二のジョブ。おまえが賢者を継いだら、私は引退だ。ただの人間に戻る」
 そう言うと、何故かジャンは不満の声をあげた。
「お師匠様、引退しちゃうの? いっしょに賢者をやれると思ったのに……」
 落胆し、それからジャンは上目づかいに私を見た。
「けど……オレ、バカだから次の勇者をちゃんと教育できるかわかんないし……オレが立派な賢者になれるまでそばにいてくれるよね?」
「私の助けが不要となる日まで側にいよう」

 ジャンは私に甘え、抱きついてきた。

 私は賢者の館で育ち、九十年近く賢者であった。外界に縁者などいない。
 賢者を引退した後も、ジャンが私の手を必要とするのなら応えよう。
 私を必要とする者など、他にいないのだから。


○月×日
 我が師ピエリックは口癖のように『おまえは、私の跡を継いで賢者となるのだ』とおっしゃっていた。

 私はこの世界の生まれ。異世界勇者のように、使命を全うした後に還る世界はない。
 魔王を倒した後、師の跡を継ぐのは当然だと思っていた。

 フォーサイスは、魔王戦の後に幻想世界で共に暮らそうと誘ってくれた。が、断った。
 師は、生きる事に倦んでおられた。
 あまりにも長いあいだ賢者であり続け、あまりにも多くの死を目にし、あまりにも多くの虚しさを噛みしめておられたからだ。
 この世界の者が勇者となるのは、五人に一人の割合だ。私が賢者とならねば、師の引退は百年も二百年も先になりかねない。
『死ねぬ』賢者の運命から解き放ってさしあげたかったのだ。

『なら、付き合う』と、フォーサイスは笑った。
『ドラゴンの寿命は人間の百倍もある。賢者の後継者が現れるまでは不老不死のおまえと甘い時を過ごし、引退後に仔づくりをしよう。俺はおまえの子供が欲しい』
 賢者である間は、老化せぬ。肉体的変化は訪れない。つまり、子を宿せないのだ。
 何故、フォーサイスが私に執着するのかわからなかった。勇者としての技量は低く、真面目だけが取り柄。面白味のない女であるのに。
『笑えよ、シルヴィ。俺はおまえの笑顔が好きだ。共に生きよう。賢者の使命を終えた後、おまえが人としての短い生を終えるまで側に居る』

 ジャンが一人前の賢者となった後、子を産むのも良いかもしれない。
 フォーサイスは大らかな男だった。誰との子であれ、私の子なら喜んでくれるだろう。
 誰と子づくりをすればいいのかは、さっぱりわからぬが。


○月×日
 ジャンはもう十四だ。
 あと一年で勇者として旅立つ事になるやもしれぬ。

 しかし、未だに究極魔法のことを伝えていない。

 カンタンもヴァスコもセルジュも、あの魔法で魔王と相討ちとなって死亡した。

 人の情のわからぬ私は、修行中の三人に究極魔法のことを伝えた。
 豪胆だったカンタン、成人でこの世界へ来たヴァスコは、勇者の運命を受け入れた。
 けれども、神経の細いセルジュは駄目だった。未来に恐怖しか感じなかったのだ。賢者も究極魔法を唱えられると知ってから後、徐々に心の病にかかっていき……私に殺されるという妄想に憑かれたのだ。
 魔王戦まで、あの子に絶望の日々を送らせてしまったのは私だ。

 賢者の館で私と二人っきりで暮らす苦痛……ジャンにまでセルジュの苦しみを味あわせたくない。

 だが、いずれは伝えねばならぬのだ。先送りにしたとて、いずれ……

 時々、セルジュの夢を見る。
 究極魔法を恐れ、死に怯えていたあの子は……
 何故、魔王戦で自ら呪文を唱え、最後に私に笑みを見せてくれたのだろう。

 未だに理解できない……


○月×日
 魔王が現れた。
 百一代目魔王は『カネコ アキノリ』。異世界人だそうだ。
 異世界から転移してきた魔王は八十五人目。生まれ育った世界で不幸だった者が、心の闇に囚われ、この世界に落ちて来たのだ。

《彼女いない歴(イコール)年齢な奴なの〜 一方的にリアカノ認定してた子からガチ無理されて、魔王パワーに目覚めちゃったのねぇ 男を皆殺しにして、奴隷ハーレムをつくりたいみたい〜》

 ジャンは神様から魔王が魔王となった理由を聞き、呆れていた。
 しかし、どのような理由であれ魔王となったものの攻撃力は凄まじい。

《汝の愛が、魔王を滅ぼすであろう。愛しき伴侶を百人、十二の世界を巡り集めよ。各々が振るえる剣は一度。異なる生き方の者のみを求めるべし》

 ジャンの託宣は実現が困難なものであった。
 だが、ジャンが一人きりで戦わずに済んだ事に、正直、安堵した。

 ジャンの戦闘力はあまり高くない。
 専用武器を得れば多少は向上するであろうが、魔王戦で主戦力となれるだけの実力は無い。

 ジャンは向上心にあふれた素直な弟子であった。
 であるのに、魔王戦までに育てきれなかったのだ。
 私の指導が不充分だったせいだ。

 せめて仲間探しにおいては、できうる限り力となろう。
 ジャンを死の運命から遠ざけられるように。

 まずはこの世界での仲間探し。私と共にジャンの支えとなれるであろう女性達を探す。義妹のジョゼとも再会させてやろう。

 それから幻想世界だ。ドワーフの鍛冶師にジャンの武器を造ってもらおう。
 その後は……何処へ行こう。ジャンの戦闘力不足は何としても補いたい。強力な力を授けられる世界に連れて行ってやりたい。
+注意+
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