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ハーレム100 作者:松宮星

勇者の一番長い日

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究極魔法

『もうやだ! こんな所、やだ! 家に帰る!』
 オレは手足をふりまわし、めちゃくちゃに目の前の女性(ヒト)を殴った。
『はなせよ、くそババア! もうやなんだよ! 勇者になんか、なりたくない!』
 殴られても蹴られても、その女性は表情を変えず、オレを抱きしめていた。
『見るなよ! あんたの顔、ぞっとする! 気持ち悪い!』
『すまない、ジャン……許してくれ……』
 暴れるオレをその女性は、包み込むように抱きしめた。
『おまえから何もかもを奪ってしまった』
『家に帰せ!』
『それはできぬ……真の勇者となるその日まで、おまえを賢者の館から出すわけにはいかぬのだ』

『私にできる事は……おまえを勇者に導くこと、家族を失った寂しさを紛らわしてやることぐらいだ。おまえの望みは、できうる限り叶えよう。おまえが少しでも心安らかに過ごせるように……』





 昔の夢を見た。
 ガキだったオレは、家に帰りたいと一晩中暴れて泣きわめいたんだ。
 お師匠様は、オレを抱きしめてくれた。オレがどんなにひどいことをしようが、ずっと優しく……

 夢から覚めると、ベッドの上に居た。

 ぶるぶると振動するものが目に映る。
 ポチ2号だ。ベッドを包みこむように半透明な障壁を張っている。
 バイオロイドのボディを通して見る天井は薄緑色。
 オランジュ邸のオレ用の部屋に居るようだが、見知らぬ天井に思えた。

 ぼんやりと天井を見ていたはずが、何時の間にか眠っていた。
 だが、気づくとまた天井を見ている。
 寝ては覚め、覚めては寝てを繰り返している。

 でも、わめいて暴れた覚えがある。
 ポチに殴りかかってはじかれ、かんしゃくを起こして枕やらシーツにあたりちらした。
 ポチに動きを封じられた事もあった。
 ぶよぶよの生き物が滝か津波のように迫ってきて、体内にオレを飲み込んだんだ。
 水の中にいるみたいだった。重い手足を動かしても何も手ごたえがない。
 ぐにゅぐにゅ蠢くバイオロイドが、オレの動きを全てスローモーにしてしまった。
 勢いが殺された拳では、何も殴れなかった。
 バカなオレ自身を傷つけることすら、させてもらえなかった。

 夢と現実の境界がはっきりしない。

 何処までが現実で、何処からが夢なのかがわからない。


 あの女の人……
 何っていったっけか……
 北のシャーマン戦士……

 あの人がオレを殺そうとした。

 右手首の金属の腕輪。
 そこから刃が飛び出した。装飾品に見せかけた武器だったわけだ。

 だが、マヌケな事にオレは……
 命を狙われているなんて気づきもしなかった。
 あの人と握手しようとしていた。


『ジャン!』


 オレの前にお師匠様が飛び出し……

 血が飛び散り、ファントムクリスタルが転がった。お師匠様のペンダントについていた奴だ……

 そこから先は、断片的な記憶しかない。

 お師匠様の名を叫び、その体を抱いた。
 けれども、返事は返らず……

 剣を抜いた覚えがある。

 あの女に斬りかかって……

 止められたんだ。

 離せと怒鳴り、誰かを突き飛ばした。
 抱きついてオレを止めようとした誰かを吹き飛ばし、あの人に剣を向けた。

 女の人は、逃げようともしなかった。
 血に染まった右手をだらりと垂らし、床にへたりと座り込んで、刃が振り下ろされるのをただジッと見ていた。

 だが、殺せなかった。
 あの女の周囲に、目に見えない障壁が張られていた。
 多分、マリーちゃんが張ったんだろう。

 殺そうとしている相手が目の前にいるのに、刃は届かない。
 目に見えない障壁に邪魔されるんだ。

 半狂乱になって叫び、めちゃくちゃに剣を振った。

 みんなも、なんか叫んでた。
 泣き声も聞こえた。
 耳には入っていたけど、理解できなかった。

 怒りで視界が真っ赤になっていた。

 オレを止めようとした者を全て振りほどいた。三人をいっぺんにはじきとばしたりもした。
 魔法をかけられたのも感じた。麻痺とか眠り、動きを奪う類のものだと思う。けど、それもはねのけた。
『勇者の馬鹿力』状態になってたんだろうな。
 強い意志の力で勇者が起こす奇跡。一生に一度あるかないかのフィーバー状態って言われてるのに……なったのはもうこれで三度目。

 しかし、いくら身体能力が高まろうが意味ない。

 仇を討てなかったんだから。

 剣が折れたら拳で、ポチに捕まって拘束されたら精霊を呼び出して、と最後まで抵抗したんだが……

 何もできないまま、オレは意識を失った。


 お師匠様の背中、乱れた白銀の髪。
 オレをかばった後ろ姿が、何度も心に蘇る。

 お師匠様は無茶ばかりする。
 幻想世界ではパメラさんをかばって狼達の群れに捕まり、ジパング界ではサラを狙うヨリミツの白刃の前に躍り出た。

 どんなに大怪我を負っても、賢者は死なない。
 木端微塵になっても、生前の姿のまま生き返る。
 不老不死だからお師匠様は、自分がどうなろうと気にしない。オレや仲間達を守ろうとばかりする。

 だけど、傷を負えば賢者だって痛いし苦しい。普通の人間と感覚は一緒だ。

 仲間達もお師匠様も、誰も傷つけたくなかったのに……

 オレは……
 何もできなかったんだ……


「ジャン」
 近くからサラの声がした。

「……そっちに行ってもいい?」
 声がした方に目だけを向けた。

 部屋の中に、魔術師姿の幼馴染が居た。杖を持つ代わりにワゴンを押している。水差しやらボウルやらタオルやら、いろいろ載せてるようだ。
 ずっとオレの部屋に居たのか?
 それとも、いましがた入室して来たのだろうか?
 わからない。

 口を開くのも起き上るのも、面倒だった。

 しばらくたってから、サラは動いた。
 無言を了承の意味に受け取ったんだろう。
 薄緑色の障壁を抜け、ベッドの側に近づいて来る。
 オレがベッドから離れようとすると全身に絡まりついてきやがるくせに、ポチはサラを簡単に通した。ジェル状の体も、サラの動きを妨げようともしなかった。

 サラが微笑む。
 病人を気遣う看護婦さんみたいな顔だ。

「半日以上寝てたのよ……喉が乾いたでしょ? お水のむ?」

「お腹は? 果物かサンドイッチ食べない?」

「ちょっとだけ触ってもいい? 後でマリーさんに治癒をお願いするけど、両手、痛いでしょ? 血が固まってるし、爪も……消毒させて」

 聞こえてはいるんだが、返事をする気にならなかった。
 サラは『触るわよ』と何度も断ってから、オレの左の掌をそっと支え持った。血の汚れをぬぐい、丹念に消毒してくれる。
「痛かったら、言ってね」

 サラの声がひどく遠いものに思えた。
 体に痛みなどない。
 何も感じない。
 オレは空っぽだった。

「……お師匠様は?」
 喉から漏れた声は、ジイさんの声みたいだった。すごくかすれていた。

「……あのままよ」
 表情を変えずにサラが答える。
「でも、マリーさんやシャルルさんが頑張ってるんですもの。きっと大丈夫よ。どうにかしてくれるわ」

「……会いたい」
「じゃ、食事をして、身なりを整えなきゃね」
 サラが明るい声をつくる。
 消毒してから、サラが回復魔法を唱える。初級魔法なんで、傷口を塞ぐくらいの効果しかないが。
「はい、左手終わり。右手も貸して」
 求められてることはわかった。が、動く気にならなかった。
 しょうがないわねえと、サラが笑う。オレに聞かせる為にわざとおどけて文句を言って、注意深く右手に触れてくる。

「……あの女は死んだのか?」
 サラがかすかに眉をしかめる。
「殺せって精霊達に命じた……。今、精霊達は居ない……命令を果たして還ったんだろ……?」

「ええ……死んだわ。エクレールがとどめをさした」

 死んだのか……

「やめてよ、笑うのは」
 サラの顔から、つくり笑いが消えている。
 オレは声をあげて笑っていたらしい。
 気づかなかった。

「なんで、あんなひどいことをしたの?」

「ひどい……? あの女に?」
「精霊達にもよ」
 サラがオレを睨みつける。
「彼女達は、あんたの命令には逆らえないのよ。やりたくない事でもやらなきゃいけない。精霊に殺人を命じるなんて……あんた、主人失格よ」

「……いいよ、失格で」
 笑いの衝動を止める気にもならない。
 オレはかすれた声でゲラゲラと笑い続けた。
「契約は解除するから」

「ジャン!」

「馬鹿な主人に仕えずにすむんだ。みんな、大喜びだよな?」
 ああ、だけど……
 契約を解除するのも、面倒くさい……
 もう何もやりたくない……
 したくない……
 息をするのも面倒だ……

「そんなことできるわけないじゃない」
 サラがジロリとオレを睨む。
「四つの世界に行って、二十九人も仲間を探すのよ。精霊達の助けは必要だわ。あんた、ろくな力もない勇者なんだから」
 事実だけど、ひどい事をはっきり言いやがる……

「ねえ、ジャン……しっかりして。自棄になっちゃ駄目。ここまで、賢者様とみんなと頑張ってきたじゃない。あと二十九人なのよ……あともうちょっとで託宣通りでしょ? 投げ出しちゃいけないわ……賢者様の為にも」

 賢者様の為……
 その言葉は、ただ、むなしいだけだった。

「……なら、女を連れてきてくれよ」

「女を連れて来る?」
「どっかの四つの世界から、誰でもいいから女を呼び出しゃいい」
「え?」
「セリアさんなら召喚魔法の知識があるだろう? あと二十九人……もう誰でもいい……適当に連れてこいよ、萌えてやるから」
「ジャン!」
「顔で駄目なら、脱いでくれればイケル。裸の女にならオレだって興奮するさ……二十九人なんてすぐだ」

「バカッ!」
 左頬を叩かれた。
「裸で萌えればいいですって? ふざけんじゃないわよ!」
 おっかない顔でサラがオレを睨んでいる。鼻の頭が赤い。
「あんた、言ったわよね、自分が探してるのは伴侶だって! 大切なパートナーだって! モノじゃないのよ、仲間なのよ! みんなで力を合わせて魔王を倒すのよ!」

「強い女性をナンパして、百人で1億ダメを出さなきゃ! 世界平和の為! アタシ達を魔王から守る為! 男のあんたが皆殺しの目にあわない為! その為にがんばってきたんじゃない!」

「もういいよ……」
「いいって何が!」
「七十一人も居れば充分だ……勝てるよ……」
 いったんひっこみかけていた笑いが、又、戻ってきた。おかしくてたまらない。
 サラが、けげんそうにオレを見る。

「七十一人で5000万ちょいぐらいなら出せるだろ?」
 それじゃ足りないって顔のサラに、オレは言った。

 絶対、秘密にしなきゃと思っていた事を……
 仲間の誰にも言うまいと決めていた真実を伝えたんだ。

「オレが死ねばいい。勇者には自爆魔法がある。4999万9999の固定ダメだ。オレが死ねば魔王に勝てるんだよ」

「ジャン……」
 サラが緑の瞳を大きく見開く。

「もともとそのつもりだった……百人の仲間に攻撃してもらって、総ダメが1億に届きそうになかったら死のうって……ずっと思ってた」

「そんな……そんなことって……アタシ、知らなくて……」
「お師匠様とオレだけの秘密だった……ジョゼは薄々気づいてるみたいだけど……誰にも話す気は無かった……」
 同情されたくなかったし、その事でみんなの心を煩わせたくなかった。
「けど、もう……どうでもいい……」

 何もかもどうでもいい……

 早く消えたかった……

 ふわっと柔らかなものがオレに触れる。
「ジャン……」
 サラがオレに抱きついてきたんだ。
 長いストロベリーブロンドの髪が、オレの頬や体に散らばる。

「死なせないわよ、絶対……死なせるもんですか……」
 オレをぎゅっと抱きしめてから、サラは顔をあげた。
 サラの鼻の頭は真っ赤だった。
 そして……緑の瞳からは涙が流れていた。

 泣きながらサラは、オレを睨んでいた。

「残り二十九人に強力な仲間を探しましょう。必ずあんたを正しい道に導いてやるわ」


『必ずおまえを正しい道に導いてやる』
 お師匠様の声が蘇った……

 そう言ったくせに、お師匠様は……


「……嘘だ」
「嘘じゃない!」
 サラが言いきる。
「アタシがあんたを守るもの! 変な方にフラフラ行こうとしたら、ひっぱたいて連れ戻してあげる! 魔王戦もアタシに任せて! アタシ、大魔術師級になったのよ! あんたよりず〜っと強いんだから! 大ダメージで魔王を葬ってやる! あんたに出番なんか回してやらないわッ!」
 サラの頬をポロポロと涙がつたう。
「自爆魔法なんか使わせない……」
 うつむいたサラから、きらめく滴りが落ちる。

「絶対、アタシが守るから……」

 ポトリと涙が落ちてきた。

 あたたかかった。
 痛みも熱も何も感じなかったのに……
 それだけ、あたたかな気がした。

 おかしくなってきた。
 サラを見てたら、頬が少しゆるんできた。

「勇ましすぎだ……」
 鼻を赤く染めて、唇を噛みしめ、サラは嗚咽している。きつい眼差しで、ふがいないオレを睨みながら。

「勇者を守るとか……どんだけ逞しいんだよ、おまえ」

「……あんたが勇者見習いになった日から、ずっと決めてたのよ」
 サラは肩を震わせている。
「バカでおひとよしでどーしようもないお調子者……ダメダメなあんたが、勇者なんかやれるわけないもの……アタシが守ってあげなきゃって思ってたのよ……」
 サラがソッとオレの頬に触れる。叩かれて熱を持った頬に、やわらかな掌が気持ち良かった。

「あんたが魔王を倒すまで側に居る……絶対、一人にしない。だから……」
 サラが顔をくしゃっと歪める。
「そんな……世の終わりが来たみたいな顔しないで……」

「アタシだけじゃないわ。ジョゼもマリーさんもセリアさん達も一緒なのよ……」

「あんただけが必死になんなくていいの。もっと頼って、甘えてよ……支えてあげるから……」


 サラの優しさを有り難く思いながらも……
 駄目だった。
 心は冷めたままだった。

 涙をぬぐってやろうという気力すらわかない。

 我ながら……最低だと思う。

 サラの励ましを、他人事のようにオレは聞いていた。

「お師匠様に……会いたい」
 望みはそれしかなかった。

「もう暴れない……ポチに監視されたまんまでいいから……会わせてくれ」

 サラは自分で涙をぬぐい、笑みをつくった。
 さっきの告白をなかったものとして、何気ない顔をつくる。
 けど、鼻の頭だけはごまかしようがなかった。昂った感情のまま、赤く染まっている。
「会いたいんなら、ちゃんとして。半病人には会わせられないわ」

 仕方ないんで、体を起こした。

「喰いたくない……」
 水だけもらった。
 カラカラに乾いた喉に水は心地よかった。が、二杯目を貰う気にはならなかった。

 後はサラに任せた。怪我を治療し、汚れを拭き、髪を梳いてくれる。かいがいしく世話をしてくれる幼馴染を、オレはただぼんやりと見つめていた。

 ポチは縮小し、オレの服の表面にくっついた。
 オレが暴れ出したら、拘束帯へと変化するんだ。
 ふと、ニーナはどうしてるのだろうと思った。ポチ2号はニーナのバイオロイドだ。ニーナはどこからか命令しているんだろうか?

「あんたが暴れてたから、ニーナちゃんがポチに命じたのよ。あんたが正気に戻るまで、おさえててって」
「ニーナは……」
「アンヌ様の部屋。ジョゼが慰めてるわ。ずっと泣いてるのよ」
 オレのせいか……
 心の奥の奥がチクッと痛んだ。ほんの微かな事だったが。


 隣室に入室した。
 お師匠様につきそっていたマリーちゃん、魔法書を読んでいたシャルル、二人の視線を感じる。

「勇者さま……すみません、まだ……」
 マリーちゃんが悲しそうに表情を曇らせた。

 オレはかぶりを振り、歩いた。
 お師匠様のもとへと。

 オレとお師匠様は、ほぼ同じ背丈だ。

 顔を合わせれば、視線がぴったりと重なる。
 絹糸のような白銀の髪、賢者専用の輝く白銀のローブ。
 白い肌、綺麗な顔、すみれ色の美しい瞳……

 全てをオレは見てきた。
 異世界への移動の時は、額を合わせて接吻ができそうなほど近くにまで接して。

 けれども、今……
 その全てが色あせていた。

 オレはお師匠様と向かい合った。
 両手を広げ背後の者をかばおうとしている姿、乱れた髪。
 お師匠様は別れた時と同じ姿のままたたずんでいる。
 その体を抱きしめ、左肩に顔を埋めた。

「お師匠様……」

 冷たく、硬かった。

 ぬくもりのない、生なき者の体だ……

 北のシャーマン戦士は刃に呪をかけていた。
 貫いたモノを石とする石化の魔法……

 オレをかばって左胸を刺されたお師匠様は、かばった時の姿のまま、部屋にたたずんでいる。
 美しい石像のように。
 時を止めて。
+注意+
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