私は拳銃を手にすると、カウンター越しにその男を見た。
今日の、一番客だった。
私の店は路地裏でほそぼそとやっているような小さな店だ。客を選べるほど繁盛しているわけでもないが、客に困っているわけでもない。
太陽が沈みかけるころに私は作業を始める。人は雇っておらず私のほかに音を立てるものといえば、時間にルーズな柱時計がひとつ。懐中時計で確認してみるとまた時間がズレている。そろそろお払い箱だ。
いつものようにのんびり準備をしていた時、その男は現れた。初めて見る顔。私ひとりでいるところを狙ったかのように、そいつは現れた。
男は長身で、太っているとまではいかないが痩せているでもない。服はそこそこ良い物を着ているものの髪にまで気は回っていないようだ。良く見ればふけが浮いている。目の下には大きな傷があり、端正とは言い難い顔立ちに凄みを加えている。傷はなくとも、浅黒い肌に深く彫りこまれたシワがその客の歩んできた人生を見せつけていた。
明らかに普通の客ではない。
口では準備中であることを伝えながらも手は隠してある拳銃に。治安がそう良くないからと準備はしておいたが、まさかこんな形で使うハメになるとは。
まぁ、こういう商売をやっていると様々な客に会う。所詮この客もそのひとりにすぎない。
男は声を詰まらせながら水を注文した。準備中の飲み屋に来て水を一杯。ほかの客ならどうしたかは知れないが、快く承っておいた。
もっとも、水を準備する必要はない。コレで事足りる。
男は席に着くでもなく、店内の様子を見渡している。声が漏れないようにするためか口に手を当て、ときおり肩を上下させていた。
早く終わらせてやるか。お前さんにとっても、それが一番楽だろう。
お客さん。
客は素直に振り向く。
注文の水など用意はしていない。
振り向いた直後の無防備な体に、私は銃口を突き付けた。
ひくっ
静かな時が流れる。
さきほどまでうるさかった客、すっかりおとなしくなった。自分へと突きつけられた銃口を大きく見開いた眼でとらえたまま動かない。静かに銃を下ろす。
客はそっと胸に手を当てると、ニヤリと口元をゆがませた。
「いやぁ助かった。止まらなくて困っていたのですよ」
「お力になれてなによりです」
「しゃっくりというのは実にやっかいなものですな。驚くと止まるといいますが、本当に」
男は鼻の横を掻きながら真正面の席に着く。
「おっと。準備中でしたな、確か」
答えようとすると、見計らったかのように間延びした音が店内に響いた。せっかちな時計だ。開店時間にはまだ早い。静かに息を吐く。
「いえ、営業中です。ご注文は、お水でよろしかったですか」
「いやせっかくだ、まぁ飲むには早いが……おすすめのを頼むよ」
そして今宵も静かに更けていく。
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