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閑話「黒狼の憂鬱」

遅くなりましたが、ルーヴァルのお話です。

今回のお話は三人称となっています。

馴れない形式ですので、不自然な所があれば申し訳ありません。

「さて、旨い依頼があればいいがな」


 そうつぶやきながらギルドの扉を押し開いて入ってきたのは、1人の男だった。

 みっしりとした筋肉を革の胴着の内に押し込めた黒髪のその男の名は『ルーヴァル・ヴァレッツ』という。

 このウッドランドの街を拠点として活動する冒険者の1人だ。

 ウッドランドは近年、『森林迷宮』が街の近くに発見されたことによって、迷宮特需とでも言うべき好景気に沸いている。

 しかしながらこの森林迷宮、広いだけでなく生息する魔物もかなり強く、生中な腕ではこの街で冒険者としてはやっていけない。

 そんな街でルーヴァルは「ブラックハウンド」というパーティを率いて、『森林迷宮』に挑戦し続け、多大な富を得ることに成功している。

 つまりは『超一流』と言っていい冒険者だ。

 そんな彼がギルドの扉を開いたのは、実に1ヶ月ぶりであった。

 前回の依頼にて多少の怪我と引き替えに少なくない報酬を得た彼は『ブラックハウンド』メンバーに長期の休養を提案したのである。

 そして今日はその休みも終わり、久方ぶりにギルドへと顔を出したという訳だった。


「……うん? なんだ、やけに騒がしいな」


 ギルドは言わば荒くれ者達のたまり場とも言える。

 普段から静かさとは縁の無い場所ではあるのだが、その日は一段と騒がしかった。

 特にざわついているのは素材受付窓口の辺りらしいが、人だかりのせいでなにを騒いでいるのかさっぱりだった。


「……おい、こりゃあ、何の騒ぎだ」


 ルーヴァルはとりあえず近くに居た探索者サーチャーらしき小男の肩を、むんずと掴んで()()問いかけた。


「い、いてぇ! てめえ、なにしやが……あ、こりゃ、ヴァルの旦那。何のご用で」

「この騒ぎはなんだ、と聞いている」


 ルーヴァルが肩を離してやると、小男はこの騒ぎについてぺらぺらと話し始める。


「ああ……いえ、実はね、他の街(ルスタール)から来た新参者が、いきなり風魔鳥を8羽も持ち込んできたんでさ。ランクはまだ3級ってんですがね、それで大騒ぎになっているんでさ」


 風魔鳥とは森林迷宮の浅層にて時折見かける魔物である。

 脅威度としては森林迷宮でも低い方であるが、そのスピードとすぐに逃げ去る習性から滅多に素材として流通することが無く、その羽毛は布系魔法防具の素材として高値で取引される。


「……ほう、腕利きの新人か」

「いえ、それがね、さえねえ中年でやしてね。よくもまあ、あんなんで3級までこれたってもんですわ。ま、素材が高えだけで所詮は風魔鳥は雑魚でやすからね、運が良かったんでやしょう。1級冒険者のルーヴァルの旦那が気にする程じゃありやせんよ」


 ぺしっと自分の額を叩きながら調子の良いことを言う小男。


(運か。運だけで風魔鳥が8羽も取れるものかな)


 興味を引かれたルーヴァルはその新人の顔を見てみることにした。

 狼系獣人であるルーヴァルは、強者に対して本能レベルで興味を引かれるのである。

 ぐい、と人をかき分け素材受付窓口(カウンター)の方へと歩を進めるとその中心には4人の男女が素材の提出をしている所であった。

 リーダーらしき男は短めの茶髪の……言ってみればさえない中年、と言った風貌の男だ。

 その男の後ろに長い黒髪の女、銀髪の狼族の少女、金髪のグラマラスな女の三人が控えている。


「くそう、なんであんなおっさんが、あんないい女ばっかり3人も侍らしてんだ」

「そりゃおめえ、金だよ、金。3級ともなれば下手な貴族様より実入りが良いはずだぜ」

「金か~夜ともなれば金貨を振りまいてあの美人達とずっこんばっこん……くぅ~許せねえな!」

「爆発しろ」

「もげろ」

「禿げろ」

「しかしよ、全く強そうに見えねえな? 本当にアレで3級かよ」

「もういい年じゃねえか。あれだろ、格下ばっかり狩ってちまちまとランクを上げたんだろ」


 周りの喧噪を聞き流しながら、ルーヴァルはその話題の中年男に軽く殺気を放ってみる。

 だが、相手は全く殺気それに気付いた様子が無い。

 代わりに狼族の少女が殺気に気付き、こちらをぎらり、と睨み返してきた。


(ふん、周りの言う通り大した男じゃ無いな。これだけあからさまな殺気に気付かないとは……むしろあの少女の方が強そうだが)


 ルーヴァルは狼族の男の常として、強者には一定の敬意を払っている。

 だが、今回の相手はそのお眼鏡にかなわなかったようで、すぐに興味を無くして依頼掲示板の確認へと立ち去ってしまった。

 なので、彼は見逃してしまっていた。

 彼の男が苦笑いで「若いねぇ……怖い怖い」と肩を竦めていたことを。



          ※



『森林迷宮』は地下型や塔型の迷宮と違い、ひたすら横へと広がる迷宮である。

 そのため、地下何階、地上何階、と言った数え方はせず、「第○区画」と言った数え方をされている。

 その面積は優に森林迷宮の入り口がある『緑魔の森』の総面積を上回り、魔物の質も緑魔の森より2段階はいきなり上がってしまう。

 このことが緑魔の森の中にありながらも『森林迷宮』が独立した一つの迷宮ダンジョンと考えられている所以なのである。

 その第13区画を黒狼族の戦士ルーヴァルは己のパーティ「ブラックハウンド」を率いて探索……いや、逃走・・していた。


「なんだ!? なぜ風魔鳥がこれほど群れを成している!」


 ルーヴァル達「ブラックハウンド」を追っているのは数百羽はいるかと思われる風魔鳥の群れ。

 森林迷宮の浅い層では、せいぜい数羽の群れでしか現れないはずの魔物であった。

「そ、それどころじゃねえ! リーダー、こいつら風魔法まで使いやがる!!」

滅風ヴォルテックスウィンドだと!? 上級魔法を風魔鳥が!?」

「そんな話、聞いたこと無いわよ!」


 滅風ヴォルテックスウィンドとは風系統の強力な単体攻撃魔法だ。

 本来であれば風魔鳥のような脅威度の低い魔物が放てるような魔法では無いのであるが……。


(くそっ……今日は厄日かっ……まさか区画が一つ進んだだけでこんな事になるとは)

「ぎゃあっ!」「ひぃっ!」

「く、ドワーズ! レム! シュトラーム!……やられたか。残るは俺だけって訳か」


 木の間を駆け抜けながら肩越しに後ろを振り返ると、倒れた仲間に数十羽の風魔鳥が群がっているのが見えた。

 その分ルーヴァルを追ってくる風魔鳥は減ったはずだが、元の数が多すぎて全く減ったようには見えない。


「ギャアギャァ……」「ギャッギャッ」「「「ギィィィィィィィッ!」」」

「ぐあっ!!」


 風魔鳥の鳴き声が一段と大きくなったかと思うと、ルーヴァルの肩が大きく切り裂かれ、血がしぶく。


(く、今度は下級魔法の風の刃(ウィンドカッター)か。)


 そして続いて右足、左手も切り裂かれ、とうとうルーヴァルはどう、と大地に倒れ伏した。


「ちくしょう、嬲ってやがる……いっそ一気にとどめを刺しやがれ」


 半ばやけになって大の字に仰向けになり、風魔鳥にその体を晒すルーヴァル。

 「ブラックハウンド」最後の1人、ルーヴァルの命運も尽きたかと思われたその時。


「若いの、そう簡単に命を投げ出すもんじゃねえとおっさんは思うぞ~」


 そう、気の抜けた声と共に100本近い光の矢が風魔鳥の群れを貫き、吹き飛ばしていた。


「『アローレイン・ホーリー』……うん、中々使い勝手が良いじゃねえか。ノーマルのアローレインより破壊力も増しているみてぇだな」

「ジオ、まだ鳥イるぞ。狩って良いか?」

「おう、ルフもやったれやったれ。ま、そこの兄さんもこの状況じゃ獲物を盗られたつって文句付けやしねえだろ」

「では、ジオ様。私も……」

「おう、ユニは火系統以外でな。せっかく高く売れる羽毛が焦げっちまう」

「承知いたしました」


 ルーヴァルの危機に現れたその者達は中年男1人と女性が3人のパーティであった。

 それはまさしく先日ギルドで風魔鳥を納品していた者達だ。


(――彼らは確かランク3級だったはず。

 ……だと言うのに今の光景はなんだ?

 夢か? 何かのトリックか?)


 自らより格下のはずの者達が見せた圧倒的な殲滅力にルーヴァルは混乱していた。


(だが、どちらにせよ奴らのような軽装では数の暴力に削り殺される……奴らはこの風魔鳥が普通じゃねえと分かってないんだ)


「逃げろ……こいつら……この風魔鳥は普通じゃねえ……逃げねえし、魔法も使うんだ。ランク3級のてめぇらじゃ」

「あ? いや、普通に風魔鳥は魔法を使うだろうがよ?」


 ジオ、と呼ばれた男はルーヴァルの言葉に応えながら、再び『アローレインホーリー』で100本近い矢を同時に射る。

 アローレインは弓術の中でもメジャーな広域攻撃スキルだが、一流と呼ばれる者でも同時発射数はせいぜい20本前後だ。


(では、その軽く5倍の矢を射るこの男は本当に3級なのか……いや、人間なのか?)

「鳥、いっぱいの時、逃げなイぞっ……と、『双斧乱舞』」

「ジオ様、おそらくその方は浅層でしか風魔鳥と戦っていないのだと……『戦乙女の投げ槍ヴァルキリーズジャベリン』!」


 男に続いて白狼族の少女の双斧が宙を舞い、黒髪の女が不可視の魔法の槍を連続で撃ち出す。

 そしてその度に数十羽という単位で風魔鳥が駆逐されていく。


(て、おい、こいつらもかよ。まともじゃねえのは)

「あー……経験()()は豊富なおっさんからの忠告だがな。魔物は見掛けが一緒でも居住環境や状況で性質を大きく変えることがあるんだ。こいつ――風魔鳥の例で言えば……浅い層に居る奴らとは違い、ただ逃げるだけじゃ無くて、逃げながら仲間を呼ぶ。そしてある程度大きな集団になってから反撃を開始するんだ……っと」


 ジオがルーヴァルに説明を続けながらも雷鳴の包丁ライトニング・キッチンナイフを振るうと、数羽の風魔鳥が両翼を切り取られてルーヴァルの目の前にぼとぼとと落ちてくる。


(いくら風魔鳥とはいえ……こんな虫でもたたき落とすように倒せるものなのか)


 もはやルーヴァルはそれを呆気にとられて見ているしか出来なかった。


「……で、こいつらは少数では魔法は使えないんだが、仲間と協力することによって風系統の魔法を行使出来るようになるんだ。それも仲間が多ければ多いほど高度なやつをな……ま、だから雑魚とは言っても魔物を相手にする時は気を抜かないこった。良い勉強になっただろ?」

「ああ……勉強になったよ。世の中にはとんでもねえ化け物がいるんだってな。あんたみたいな……な」


 それだけ最後に言い残すとルーヴァルの意識は闇に包まれた。

 多量の出血により意識を失ったのだった。


「……最後までそれだけ強がれりゃ大したもんだ。流石さすがは一級ってことかね。あー……エリエス、その坊主、傷塞いどいてやってくれ」


          ※


 ルーヴァル達「ブラックハウンド」が風魔鳥の群れに襲われてから一週間後。

 ギルドに併設された休憩所レストスペースで、彼は自らより二階級も低い中年男に土下座をして頼み込んでいた。


「ジオの兄貴! あんたのおかげで俺だけじゃ無く「ブラックハウンド」のメンバーも何とか命を拾うことが出来た。この恩は生中な事じゃ返しきれるもんじゃねえ。」

「……あー……別に恩とかいいんだが。ま、とりあえず「兄貴」はやめようか「兄貴」はな」


――後ろの方で妙にキラキラした目で見ている婦女子が居るからよ、とは言えずジオはガリガリと頭を掻く。


 具体的に言えばエリエスティア・エル・ダリア――ジオのパーティの治癒術士のことである。

 彼女は現王アストリッド陛下の妹の子――歴とした王族であるのだが、最近やんごとなきお方の婦女子の間ではYAOI……とか言う物が流行っているらしい。

 筋骨隆々とした見目の良いルーヴァルがジオに土下座している様が、エリエスティアの……なにやら琴線に触れてしまったようだった。


「あ、兄貴はダメか……なら、ジオ殿! 是非俺をパーティに入れてくれ! 俺はこれでも一線で盾役をやっていたんだ。見たところジオ殿のパーティには盾役が居ないようだし、役に立てるはずだ」

「ま、盾役が居ないのは確かだが……元のパーティはどうするんだ。せっかくギリギリの所でエリエスの回復魔法が間に合っただろうが」

「あ、ああ……それなんだが……だいぶ今回の事が堪えたらしくてなぁ……俺以外の奴らは今回の事を機に引退するって言い出してな……」

「ああ……なるほどな。ありゃあひどい有様だったからな。無数の風魔鳥にたかられて……」

「ええ……正直あれでまだ生きていたとは思いませんでしたわ。あのような体験をしたら冒険者をやめようと思っても不思議ではありませんわね」


 直接彼らを癒したエリエスティアが顔をしかめながら同意する。

 王族である彼女には、その様を直視しながら回復魔法を使うのは辛いものがあったのだろう。


「まあ、そういう訳でな。兄貴……いや、ジオ殿には他のパーティメンバーの分まで恩を返させて欲しいんだ。肉の盾でも何でもやる! どうか! どうか……」


 再び土下座を始めたルーヴァルにどうしたもんかと眉をしかめるジオ。

 と、ジオの視線が不意に空中のある一点に向けられ固定された。

 そこには何も無い。少なくともルーヴァルには視認する事は出来ない。


「……はあ。リミットブレイク(・・・・・・・・)しちまったか。しょうがねぇ。まあ、盾役が欲しかったのも本当だしな……ま、よろしく頼むわ」


 だが、ジオにはそれが何かしらの意味があったらしく、一転してルーヴァルのパーティ入りを認めたのであった。


「ほ、本当か、ジオ殿! 感謝する!! きっと役に立ってみせるぞ!!」


 土下座状態からガバッと立ち上がりジオに正面からハグするルーヴァル。

 狼族の証である立派な尻尾がこれでもかと振られている。


「ぐべっ……お、おい苦し……てか、顔を舐めるんじゃねえ! ルフも便乗するな! って、むくれるなユニ、俺にはそんな趣味はねえ! てか助けろください」


 そうした混沌の中、後に世界を救う事になるパーティは結成されたのであった。





 ……ちなみにその後、貴族の女性の間に「シブ中年×マッチョ獣人。禁断の密室」というイラスト入り小説が闇のベストセラーとして出回り、大変なブームとなったという。

 著者はエリエス&トルシェとされているが、その正体は今なお謎のままである。




王族&男爵妹が暗躍してますw

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[良い点] 時々読み返すが、凄まじいポテンシャルを秘めた作品
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