クエスト・鉱山深く潜む者(2)
とうとう月2ペースになってしまった……
子ども達の探索に坑道を潜り続けて、すでに半日ほどは経ったか。
坑道の地下は階層が下へと続いているオーソドックスな地下迷宮型のダンジョンのようだ。
階層ごとの広さは狭くても50メートル四方、広い所だと300メートル四方ってところか。
1階層ごとの広さはそれほどでも無いな。おまけに現在の階層に子ども達が居るかどうかもマップ上で確認できる。
まあ、マップの最大範囲が50メートル四方だから、広い階層だとちと面倒なんだが……それでもいちいち全ての通路を目視で確認することに比べれば圧倒的に効率が良い。
出てくる魔物は洞窟コウモリや青銅蛇、大鬼、おなじみの土竜虫なんかが主だ。
この中では、ちいとオーガが手強いが、苦戦するほどでも無い。
レベルアップと魔法の武器の恩恵だな。
他に目新しい魔物と言えば……醜巨人だな。
これが意外と手こずった。
「ち、また醜巨人かよ!」
緑色の肌をした身長2.5メートルほどの巨人がトロールだ。
オーガよりも大きめだが、その体はぶよぶよとたるんでいてオーガのように筋肉質では無い。
そのせいかオーガよりも動きが緩慢で、その攻撃を躱すのには苦労しないのだが……こいつの厄介な所は『再生能力』を持っている所だ。
矢傷程度なら1分もたたずに完治してしまうほどの強力な『再生能力』は、小剣や弓矢中心の俺の戦闘スタイルと非常に相性が悪い。
「牽制する! ユニとルフはその間に止めだ!」
「はいっ!『炎弾』!」
「わぅっ! 『ダブルトマホーク』!」
俺が『アローレイン』で4体のトロールを牽制している間に、ユニの火魔法とルフの中華包丁が止めをさしていく。
再生能力は火で焼くことでその能力の大半を封じることが出来るからな。
俺とは逆に火魔法の使い手であるユニには相性の良い敵と言える。
まあ、それにしたってトロールの無尽蔵とも思える生命力は驚異で、4体のトロールを仕留めた頃には3人とも少々息が上がっていた。
「ふう……手間を掛けさせやがるな……と?」
ふとルフに目をやると、通路の隅っこに四つん這いになって地面の匂いを嗅いでいるみたいに見える。
……何やってんだ。
「る、ルフちゃん……はしたないですわ」
ユニがたしなめるが、ルフはそこから動こうとしない。
「ん、ここ、おかしな匂いすル。嫌な匂イ」
……嫌な匂い?
通路は地下にも関わらず適度に乾いていて、おかしな匂いは特段しないが……
だが、白狼族であるルフの嗅覚は普通の人間とは比べものにならんしな。
もしかしたら何かあるのかもしれねえ。一応確認してみるか。
「ルフ、ちょっとそこどいてみろ……っておい、こりゃあ……」
そこにはタールのように黒く粘度の高い液体が洗面器一杯分ほども湧きだしていた。
明らかに普通の湧き水じゃねえな。湧き方も……こう、どこか不自然だ。
なんというか……唐突に切り取って置いたような。
「こりゃ、あれだ。『採取ポイント』ってヤツだな」
「採取ポイント、ですか?」
「上の方でもあっただろう。いくら鉱石を採掘しても翌日には元に戻っているって場所が……こういう鉱山型のダンジョンは大概そういう鉱石が取れる『採取ポイント』が主で、こういう液体型の採取ポイントは珍しいんだが」
うーむ、何かに使えるかもな。
ちょっと持って行くか。
確か雑貨屋で買った薬瓶があったはずだが。
……ん、30本あるな。とりあえず10本分汲んでいくか。
『アイテムうぃんど』から瓶を10本取りだし、『採取ポイント』からその黒い液体を汲みだしていく。
『〔カルドミウムα〕を10本入手しました。』
ふと気が付いたら「窓」にはそんな表示がされていた。
「か、かるどみうむなんたらってのか。なんかの役に立てば良いんだがな」
訳の分からない物でもとりあえず拾っちまうのは冒険者の性ってもんだな。
せっかく買った薬瓶をこんな事に使っちまって……薬瓶……薬、ね。
ふむ、もしかしたらスキルが使えるかもしれねえな。
とりあえず今詰めたばかりの1本を手に持って見つめてみる。
……渦を巻いてやたらと禍々しい黒だ。
「上手くいったらお慰みってな……『水薬調合』!」
俺は薬師の基本スキルの一つを薬瓶に向かって発動させる。
調合と言うよりは精製といった方が良いか。
カルドミウムαが元々持っている性質を強化する方向でスキルを調節する。
すると、手の中の瓶からまばゆい光が溢れ出し――
その光が収まった時には瓶の中の液体は異様な変容を遂げていた。
まるで水銀のような金属の光沢を持つ、銀色の液体に変わっていたのだ。
『〔銀の毒(強)〕を入手しました。』
「銀の毒、という物が出来たらしいですよ?」
「窓」の表示を見てユニが訳してくれる。
ほう、やけに毒々しい色だと思ったら、やっぱり毒薬の原料だったか。
こいつは当たりかもな。
残りの9本も同様の処置をして『アイテムうぃんど』の中に放り込んでおく。
1本だけはすぐ使えるよう腰のポーチに入れておき、子ども達の捜索を再開した。
それからは探索の速度が劇的に上がった。
今までの数倍の速度で各階層を攻略していく。
理由としては醜巨人系の魔物の殲滅速度が上がったのが大きい。
先ほど手に入れた銀の毒を矢毒として使ってみた所、毒としてのダメージに加えて醜巨人の回復能力を阻害していることが分かったのだ。
おまけに神経毒なのか、相手の動きも徐々に鈍くしていく追加効果もある。
……こいつぁ使えるな。極めて強力な毒だ。
まあ、破魔矢に毒を塗るってのは罰が当たりそうだが背に腹は代えられねぇ。勘弁して貰おう。
それに、強力すぎて皮や肉を採取する目的には使えねえな。
醜巨人にゃ食える部位なんざねえからかまわねえが……。
まあ、そういう訳で順調に進んでいったんだが、地下30階でうっかりトラップを踏み抜いちまった。 くそ、ここまで丸1日、ほとんど不眠不休で進んでいたからな。
疲労からスキル『罠感知』が上手く働かなかったみてぇだな。
引っかかったトラップは『強制下層移動』。
マップによると、一気に地下40階まで落とされちまったみたいだ。
幸いユニもルフも大きな怪我は無かったみたいだが、このまま進むのは危険と判断して近くにあった安全地帯で3時間ほどの休憩を取ることにした。
一息ついた所で『窓』を確認する。
ここまでで総合レベルが4上がって41になっていた。とうとう40の大台を突破だな。
早速腕力に+2、速度に+2振っておく。
レンジャーも同じく41。薬師に至っては急上昇しレベル16だ。
スキルポイントはレンジャーと薬師の合計らしく、0から一気に19になっていた。
早速スキル一覧から『パーティ自動回復』『回復アイテム強化』『耐毒』『耐麻痺』『耐石化』『疲労回復』を取得。
ここら辺は薬師を取得したおかげでスキル一覧に載った物らしいな。
これでまたスキルポイントもゼロだが、回復役の不足していたウチのパーティには是非とも必要なスキルだからな、他より率先して取る必要があるだろう。
そしてユニだが、レベルは37になりステータスポイント4は本人の希望も加味して頑健に1、賢明に3振った。
スキルポイントは繰り越し分を加えて6。
これは上級術を覚えるためにこのまま貯めておくことにする。
ルフはレベルが2上がって38。修練の指輪が無い分、成長が緩やかだな。
『エクスチェンジ』で修練の指輪が出れば渡してやりたいもんだが。
そろそろユニに追いつかれそうだしな。
とりあえず低めの『器用』に2振っとくか。
スキルポイント2は特段必要なスキルも無いので貯めておく。
うむ、とりあえずはこんなもんか。
後は……
「よし、ユニ、ルフ、ちっとそこに横になれ」
野営用の毛布を床に敷いて二人を呼ぶ。
ルフは怪訝そうに、ユニは顔を赤くしながらも素直にごろん、と毛布に横たわった。
「ジオ、今日はもう寝るのカ?」
「ジオ様ったら……ダンジョンの中でなんてそんな……ル、ルフちゃんも一緒に? 鬼畜ぅ……で、でもどうしてもと言うんでしたら3人でも……」
おい、心が広いなユニ。
いや、そうじゃなくて。
「いや、新しく『疲労回復』のスキルを覚えたからな。施術してやる。このダンジョンは思ったよりも深えからな。さっきの俺じゃねえが疲労から判断を誤ったりすれば命に関わる」
「あっ……あ、はい、そういう……」
さっきとは別の意味で真っ赤になったユニをうつぶせにし、肩甲骨や背骨の脇に沿って指圧をしながら『疲労回復』のスキルを発動する。
その効果はすぐさま、かつ劇的に発揮された。
「あっ……ひっ……い、いいですぅ……体が、溶け、ちゃうぅ……あひっ」
ツボを押すたび、びくびくと体を痙攣させるユニ。
うっすらと汗をかき、上気したその様はやたらと色っぽい。
やがて、ひときわ大きく体を震わせると、ぱた、と気を失うようにして夢の中へ入っていった。
……くそ、こんなダンジョンの中で事に及ぶ訳にも行かねえしな。
どんな拷問だよ。
……ちなみにルフの方は、施術した途端、速効で夢の中にお入りになられた。
このスキルの効果は、施術を受けて仮眠すると1時間で疲労がすっかり抜ける、というもので、本来はルフの方が正しい反応らしいのだが。
「……あ、これ、俺自身には使えねえじゃねえか。しまった……」
しょうがねぇ、毛布かぶって寝ちまうか。
ダンジョンを出たら温泉にマッサージのフルコースを堪能してやる……くそっ
3時間後、完全に元気を取り戻した2人と、そこそこ回復した俺は攻略の速度を更に加速させていた。
下に潜るに従って、出現する魔物の傾向はオーガとかトロールなどの巨人種の割合が増えてきているようで、上位種のオーガソルジャーとかジェネラルトロール等もちらほらと出てきている。
だがこいつらも生物故におしなべて毒には弱く、神経毒の追加効果を付与されたアローレインでほぼ無力化出来た。
そして潜り初めて約2日たった頃。
俺達はとうとう地下50階にまで到達した。
……いやぁ、一階一階がそう広くないとは言え、これほど深いダンジョンなんて聞いたことがねえな。
『アイテムうぃんど』の水や食料が無ければやばかったかもしれん。
……それにしても、そろそろ果てが見えても良い頃だとは思うんだがねぇ。
「ジオ、魔物の気配、たくさん」
ルフの言葉に気を引き締める。
……確かにこの通路の先にざわざわとした猥雑な気配を感じるな。
マップを確認すると細い通路の先に大きな広間があり、赤い●で埋め尽くされている。
ち、『湧き部屋』か。
だがその先には小部屋があり、緑の●が3つ確認出来る。
たぶんこれが子ども達だろう。
どうやら『安全地帯』で救助を待っていたみたいだな。
……となればどうあっても、『湧き部屋』は突破しなくちゃならねえな。
「この先に大量に魔物が群れている部屋がある。子ども達はその先の『安全地帯』にいるようだな」
「良かった……無事だったのですね」
「いくら居ても関係無イ! ルフがぜーんぶヤル!」
頼もしいね。『湧き部屋』ってのは普通の冒険者ならまず避けて通るもんなんだが。
この2日間でルフはともかくユニも相応の自信を身につけたようだな。
……んじゃ、いっちょやりますかね。お仕事を。
※
最悪だ。
クズ石拾いの最中、坑道の地面が崩れたと思ったら……
あたい達は見慣れない大部屋に横たわっていたんだ。
ちょっとした酒場ほどの広さのある、岩壁の広間だ。
3人とも怪我が無いのがせめてもだけど……これは。
「イルルカ! ルーグ! 起きな! 寝ている場合じゃ無いよ!」
あたいは小声で、だけども語気は強く二人に声を掛けた。
ついでに気を失っているんだろう2人を軽く蹴飛ばしてやる。
悪いけど今は優しく起こしてやる余裕が無いんだ。
「ううん、コーラル姉、痛いよ……」
「コーラル姉、どうしたってん……でぇ!?」
「しっ! 大声出すんじゃ無いよ。そっと……魔物を刺激しないように下がるんだ」
魔物。そう、魔物だ。
この部屋には出入り口は一つしか無い。
その出入り口に魔物がぎっしりと張り付いているのだ。
「ま、マジかよ……洞窟コウモリや青銅蛇はともかく……あれ、あの巨人、大鬼だよな……?」
「……知らないよ、実物なんて見たこと無いもん。でも……多分そうだろうね」
他にもオークっぽいのや、人の背丈ほどもあるカマキリや、緑色の肌をしたオーガーより大きい巨人や……
とにかく、出入り口には……あたし達を一瞬で肉塊に出来る魔物が、うじゃうじゃと蠢いていたのだ。
「いやぁ……コーラル姉……し、死ぬのいやぁ……」
ほわり、とイルルカの股間から湯気が立ち上った。
無理もないよね。イルルカはまだ11歳の女の子なんだ。
正直あたいだってちびりそうだよ。
「落ち着きな、二人とも。よく見なよ、あいつらはこの部屋には入って来られないみたいだよ? ……聞いたことがある。きっとここはダンジョンの『安全地帯』なんだ」
「あ、安全地帯……?」
「そうさ、おっきなダンジョンには何階層か毎に安全に休むことの出来る部屋が出現する事があるんだって……酒場で冒険者のおっちゃんが言ってたのを聞いたことがある。それを『安全地帯』って言うんだって」
「じゃ、じゃあここに居れば安全なんだ……」
「……まあ、とりあえずはね」
問題はずっとここに居る訳には行かないって事だよな。
水も食べ物もないし……雑炊を食べたばっかりだから多少は持つかもだけど。
あたい達みたいな浮浪児をわざわざ助けに来てくれる人が居る訳もないし……何とかして脱出しなきゃ。
・
・
・
・
・
あれから2日たった。
おなかも空いたけどとにかくノドが渇く。
初めの頃はそれこそ隠し通路でも無いかと部屋の中をかけずり回って調べたけど、たった一つの出入り口以外、ただの岩壁だと言うことが分かっただけだった。
無駄に体力と水分を浪費しただけで、疲れ果てた私達は部屋の角で三人寄り集まって眠った。
それもほんの少しウトウトしただけだ。
目を入り口の方にやれば、いまだに魔物の群れがこちらに入ってこようとうろついているのだ。
まともに休める訳が無い。
そして1日半を過ぎた頃から喉の渇きが耐えがたくなって、今では3人とも動く気力すら無い。
あれほど怖かった魔物すら意識の外で……ただ、水のことばかり考えている。
「コーラル姉、ノド、かわいたよう……」
「みず……のみてぇ……」
「ばか……しゃべんじゃないよ……口が渇いちまうだろ……」
イルルカもルーグももう口と目位しか動いてねぇ。肌もカサカサで限界が近いように見える。
ちくしょう、このまま死んじまうのかな。
なんか幻覚みたいなのまで見えてきたもんな。
魔法を使う美女、巨人の首を狩る少女、雨のように矢を次々と放つ中年のオッサン。
たった3人で外の魔物の群れをなぎ倒してやってくるって……
どこの英雄物語だよ。はは……
おまけに白馬の王子様はひげ面のオッサンかよ。さえねえなぁ。
あたいってオッサン趣味だったんか……?
「おい、よく頑張ったな。大丈夫か? ほら、水だ。少しずつ飲め。ヒールポーションをほんの少し割り混ぜてあるからすぐ元気になるぞ」
最近の幻覚は水までくれるんだな。
水……水!?
あたいの意識は唇をしめらす水分に一気に覚醒し、幻覚? が差し出してくれていた水筒を奪い取ってむしゃぶりついた。
「ごっごっごっ……ごぶっ! げへっ!」
「あー……むせたか。だから少しずつと言っただろうが……ま、無理ねえか」
幻覚……じゃない、のか……
あたいの目の前には、しっかりと実体を持ったオッサンが苦笑いをしながら立っていたのだった。
人が一滴の水分も取らずに生きていける限界は3日位だそうですね。