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銀月の狼 人獣の王たち  作者: 不某逸馬
最終部 最終章「銀月の狼と人獣の王たち」
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最終部 最終章 第一一話(終)『暗黒竜騎士』

 平たく言えば、衛星軌道からの光線兵器による攻撃。


 威力も桁違いであれば、何もかもが規格外。


 現在のこの世界で対抗可能な力など、あるはずもない。


 重・重力子を光学兵器的に使うこれは、文字通りの惑星破壊兵器とも言える。理論上、あらゆる物質を貫通するそれを防ぐ事は不可能。


 想定していた中で、起こり得る最悪の事態である――。


 そう言ったのは、爆風からレレケ=レンアームとシャルロッタを防御壁(シールド)で守った、飛行装置(フライトユニット)のロッテだった。


「いざという時のための決戦兵器的なものとして造った兵器なんだが……まあだからこそ、星の城(ステルンボルグ)を奪われるのは防がねばならなかったんだ」


 今更そんな事を言っても後の祭りである。


「という事は、今の光の柱を造ったのは、あの衛星砲を造ったのはロッテ様なんですか?」

「衛星砲か。いい表現だ。……まぁボク様も関わった一人だ。というか中心の一人だな」

「でしたら、何か弱点というか阻止する方法はないんでしょうか? いくら何でもあんなもの、今のディザイロウやジルニードルでもどうする事も出来ないんじゃあ……」


 大気圏外からのビーム攻撃など、最早宇宙戦争の領域である。どうにかなるとかそういう段階ではない。

 だがこれに対し、ロッテはすぐに答えなかった。

 何かを待っているのか。それとも考えを巡らせているのか。


 実はこの時彼女は、ある説明をイーリオにしていたのだが、それはこの後すぐに分かる事になる――。


 いずれにしてもレンアームの如何なる術式であっても、今のを直撃して無事である術など想像すら出来ない。想像ができないという事は、神力獣理術(ゴッターシュパイエン)でも防御不能という事。


「弱点は、まあないな」


 間を置いて、絶望的な回答を告げるロッテ。


「そんな」

「だが、だからといって白旗を上げるとは言ってないぞ。そもそも最初にボク様は言ったな。想定していた中で(・・・・・・・・)最悪の事態だと」

「それってつまり――」

「想定の内にある事を、ボク様やオリヴィアが何もしないでおくと思うか?」


 では何か策があるというのかとレレケが問うも、そこからはやはり答えない。

 不安というより恐怖すら募ってくる。

 ふとそこで、イーリオとドグは大丈夫かと視線を送るレレケ。

 二騎は爆風を受けても大して動じていないのか、それとも呆気に取られてしまったのか、佇まいからはあまり感情的な雰囲気は見受けられなかった。


 いや。


 事実、二人は驚きはしたものの、然程恐怖を感じてはいなかったのだ。


「なんつう事しやがんだ。てか、アレはさすがに俺様でも無理だぞ。敵わねえって意味じゃねえぞ。アレを防げ、っつうのが無理って事だ。勘違いすんなよ」


 大剣牙虎(マカイロドゥス)の顔で、ジロリとイーリオ=ディザイロウを睨むドグ=ジルニードル。

 誰もそんな事言ってないですよ……と宥めるイーリオだったが、その後の一言で火に油を注いでしまう。


「まあ、師匠が無理なら、僕が何とかするしかないって事ですよね」

「まあそうだな――って、ああん?! 何だコラ。てめえは俺様より上って言ってんのか?」

「いやそんな事言ってないでしょ……。そもそも師匠が無理って言うから、じゃあ僕がって言っただけですよ」

「んだとコラ? よくそんな生意気な大口を叩けるようになったな……。おお、おお、いいじゃねえか。そんじゃあ見せてもらおうか。あの空からの攻撃を防ぐのをな。やってみろってんだ。だが俺様は助けねえぞ。それでもいいんだな」

「そんな、助けてなんて言ってないですし、師匠が無理ならそのつもりですよ……。え、何でそんな睨むんですか。何なんですか、もう」


 分かる人間には分かるが、イーリオとカイゼルンが共闘する、というか一緒にいるとはこういう事である。この関係はむしろ日常茶飯事で、こうなると大体イーリオの正論にカイゼルンが拗ねるというのがお決まりだった。


 とはいえこれは戦闘中の出来事で、日常の些細な話ではなく、世界を炎で焼く桁違いな力に対しての話なのだ。


 なのに、まるで散らかした部屋の掃除をどうしようかと言っているかのような気の抜けた雰囲気の二人に、会話を聞いていたレレケまでもが呆れてしまう。それは敵であるヘルも同じというか、それ以上に不快さと怒気を露わにしていた。


「俺の今の力を、どうにかするだと……?」


 黒き暗黒人竜の声に、人狼が顔を向けた。


「ああ。僕とディザイロウで教えてやる。お前の全てが無駄だって」

「可能性を力にするとかほざいたあんなちっぽけな獣能(フィーツァー)で、大地を焼き払う力を止めるだと? 大言壮語ならやめておけ。あまりに道化がすぎて、最早笑う事も出来ん」

「だったら笑わずにもう一度撃ってみろ。今度はそれを止めてやるから」


 相手への挑発――というなら、あまりに煽りがすぎた。

 いや、イーリオとはこういう口ぶりの青年だったのだろうか?


 もう一人、戦いに参加していないが、彼らを見守っているシャルロッタだけは、彼の気持ちが分かる気がしていた。

 イーリオは大言を吐くような人間ではない。相手を無闇に挑発もしない。

 彼は今、怒っているのだ。そして恐れているのだ。

 誰を? 何を? 言うまでもなく、あの人竜を、だ。


 己に力があろうとも、カンヘルに対抗出来たとしても――それでもやはり怖い。


 何せ相手はあの黒騎士。


 過去に一度たりとも、イーリオは黒騎士に勝つどころか優位に立てた事すらなかった。ただただ玩具のように扱われ、いいように嬲られてきた。その過去しかない。

 その相手を恐れるなという方が無茶だろう。


 でも、だからこそ――彼は戦うのだ。


 恐れで逃げ出したくなっても、目を背けたくなっても、それでも一歩前に出るからこそ、彼は不屈なのだ。


 そして恐怖の感情と同じくらい、彼は怒りを覚えていた。


 どれだけ道理や己の理非の正当性を説こうとも、ただ見せしめのために無辜の命を奪うなど、決して許せるはずもない。

 それにヘルの本質が騎士的だとイーリオは見抜いていたが、だからこそ騎士の道から外れる行いを、彼は何よりも許せなかった。どれだけ相容れぬ存在でも、その強さと戦いへの誇りだけは認めていたのだ。だからこそ尚の事、自身をただの殺戮者や戦闘狂へと堕してしまう事に、彼は怒りを覚えていたのだ。


 それこそが、イーリオ〝カイゼルン〟・ヴェクセルバルグ。


 他ならぬ彼自身が、己をそうだと鼓舞している。

 その思いを、シャルロッタは痛いほど分かっていた。

 だから思わず、彼女は叫ぶ。


「イーリオ! 負けないで!」


 その声に、人狼が長い口吻で微笑み、軽く片手を上げる。


「良かろう! ならば今度は貴様の大切な仲間どもの頭上に、神の裁きを落としてやろう。そこで悪足掻きをする、有象無象の王どもの上にな」


 標的は、レオポルトやハーラル達。


 防がなければ、軍としては敗北に近い。

 それがどれほどの恐怖か――。


「防いでやるよ」


 けれどもイーリオの勇気は変わらない。


 カンヘルが先ほどと同じく、片腕を上げる。あの構えは、宣言通り。

 イーリオ=ディザイロウもまた、格闘術のような構えを取った。半身にして、僅かに腰を低く取る。


 何をしようというのか。少しばかりヘル=カンヘルの目に、興味の色が差し込む。

 そこへすかさず、イーリオが号令を発する。



最終獣能(エンデ・フィーツァー)――」



 カンヘルが目を剥く。

 ディザイロウの体毛にある幾何学模様が蒼く輝いていた。

 それは蛍光的な光のようで、どこか無機的な冷たさを感じさせる光だった。




「〝銀月の冬(フィンブルヴェトル)〟」




 瞬間、ディザイロウから真っ白な吹雪が発生した。


 いや――吹雪ではない。


 風もなければ雪などあるはずがない。

 それは高密度のエネルギー(エネルゲア)が吹雪のようになって漏れ出たもの――なのだろうか。


 カンヘルの――竜喰らいの王(サウロファガナクス)の瞳で力を解析しようとするが、分からない。原初の三騎に由来したものでないそれは、全くの未知数だった。


 ――いいだろう。


 どのような力であろうと、神の裁きである天からの雷霆に抗う事など不可能。それを身をもって味わわせてやろうと決意する。

 だがそこへ、イーリオの声。


「三つの冬の力。その一つだ」


 吹雪から、四つの光の球体が生じた。

 それは巨大で眩く、けれどもどこか無機的で、目にしているだけで訳の分からない感情を覚えさせた。


 だがそれが何だ――!



「〝煉獄の世界蛇(ヨルムンガンド)〟!」



 天空の雲が渦を巻いた。

 カンヘルにのみ聞こえている。軌道衛星からの発射シークエンスのアナウンス。

 カウント三――。




「いくよ、ディザイロウ。〝銀月の冬(フィンブルヴェトル)――風の冬(カーリヴェトル)〟」




 光球の形が変化する。巨大な円錐状になり、直上に向いた。


 カウントゼロ――カンヘルの腕が振り下ろされる。


 光の柱が落ちたのと同時に――いや、それよりほんの数瞬早く――


 ディザイロウの周囲にあった光球が消えた。



 閃光。



 いや、さながらそれは、超新星の爆発か。

 地上に起きた、星々の炸裂。光で、万物が満たされる。



 衝撃が――天地を揺るがす衝撃が――



 起きなかった。



 何もかもが光に包まれたと思っていたら、そこにあったのは。


 さっきまでと変わらぬ光景。


 光の柱も爆発も。


 あの衝撃も。


 何もなかった。


「何……だ……?」


 眩さに身を縮めていたレオポルトが顔を上げて呟く。ハーラルやセリム、他の十騎士らも同様。

 何が起きたのか、皆目見当がつかなかった。


 次元竜神(カンヘル)の放った天地を貫く光の柱。


 それが再び落ちたと思ったら、ただ眩しい光があっただけ。

 これを完全に理解した者は、たった二人だけ。


 一人は――というより一人というべきかは不明だが――レレケ=レンアームの飛行装置フライトユニットとなっているロッテ。


 そしてもう一人は、神の裁きをものの見事に消滅させられた、ヘル。


 これを為し得たイーリオ当人でさえ、宣言通りに防ぐ確信はあったものの、これが如何なる力でどうやって防いだのかを正しく説明は出来なかったのだ。勿論、ドグカイゼルンもレレケも分かっていない。


「今のはまさか……霊子魚雷スピリトロン・トルピードなのか……?」


 思わず呟くヘルに、ロッテが「そうだ」と返す。


「イーリオ自身も分かってないだろうからボク様が説明してやろう。レレケらにも分かるようにな。カンヘルの放ったのは、あらゆる物質を貫通する重重力子放射線という、現行の異世界人が使うような超々科学の兵器だ。これを防ぐ方法はなく、防御は不可能に近い。だが実は、これと別ベクトルの力で対消滅させるという手段もある。それが今ディザイロウの放った銀月の冬(フィンブルヴェトル)の一つ、風の冬(カーリヴェトル)だ」


 これは理論上、多層世界そのものすら消し飛ばす威力があり、威力制限をしていなければこの世界すら壊しかねない最終兵器とも呼べる力であった。


「ディザイロウの周囲にさっきあった光の球体。あれが風の冬(カーリヴェトル)そのもので、霊子理論的真空からエネルギー(エネルゲア)を吸い出し、多層連続体膜と反応させて爆発を引き起こすというものだ。まあようは霊子理論を応用した霊子的殲滅兵器って事だ」


 聞いたところでまるで分からないが、とにかくとんでもない事だけは充分以上に伝わってきた。


 その説明の後、ヘル=カンヘルが俄かに今まで見せなかった動きをする。


 何かを仕掛けようとしているのか―― 一瞬そう思ったが、どうやら違っているようだ。


 それは一度も――黒騎士時代ですら見せた事があったかどうか分からない、彼の狼狽。人竜の頭部を片手で抑え、竜喰らいの王(サウロファガナクス)の目を血走らせている。


「まさか今ので……星の城(ステルンボルグ)までもが破壊された、だと……?!」

「だろうな。ディザイロウの撃ったのは四発全弾。あの魚雷は、発射するのと命中するのがほぼ同時な上に確実に当たる兵器だから、貴様の放射線を防ぐのが一発ないし二発までで済むなら、残りは軌道リングに命中するだろう。何せ霊子空間を移動する力だ。大気圏などないに等しい」

「どうやら基幹衛星のソロモンは無事のようだが……何を考えている。こんな事をすれば、この世界も終わってしまうかもしれんのだぞ」


 激昂するヘルに、今度はイーリオが冷ややかに告げた。


「僕達の世界じゃない。終わるのはお前の望んだ世界だ。僕達の世界は終わらない。それに、終わらないように力を制御したからな。だが安心しろ。お前がもう軌道衛星砲を撃てなくしたのと引き換えというわけじゃないが、今の風の冬(カーリヴェトル)はもう撃てない。あれは一度きり、四発限りの力だから」


 一瞬、そんな力ならもう一度撃てばカンヘルを倒せるのでは――? と浮かんだレレケだったが、今の言葉に少しばかり残念な思いになる。そんなレレケの考えを読んで、ロッテが背中からこう言った。


「ボク様でも衛星軌道砲がどこからどう撃ってくるのかは分からなかった。だから一度は撃たせた後、そこから軌道計算し風の冬(カーリヴェトル)で確実に破壊するようイーリオに言っておいたんだよ。カンヘルに当てて倒してもいいが、それでは再度の復活を促しかねん。あいつを重合魂魄から完全に消滅させるには、あの方法では駄目だ。だからイーリオは、あそこまで巨大な力なのにそれで倒さず、敵の力を封じるために使ったんだよ」


 世界を消滅させる禁忌の力――神の裁きの光は、たった一度の発砲だけで封じ込めた。


 それも未来永劫。


 まさにイーリオが宣言した通りであり、本来は喜び讃えるものだろうが、相棒のドグカイゼルンは何故だか不貞腐れている。


「おめえよぅ、言っとくがな、今のくれえで調子に乗んじゃねえぞ。あんなのはあれだ、適材適所っつうかおめえが元々その役割だったっつうだけの話なんだぞ。分かったか」

「分かってますよ。別に師匠に何も言ってないじゃないですか……」

「うるへえ。こういうのはちゃんと線引きしとかなきゃってだけだ」


 二人がごちゃごちゃ言ってる間に、カンヘルは既に体勢を整え直している。


 切り札とも言うべき最強の力がこうも簡単に封じられるとは確かに予想外すぎたが、それでもディザイロウとて、もうあの力は使えないのだという。

 ならば片付けるべき問題は。むしろはっきりしたというもの。

 そのように、不敵に笑う。


「確かに恐れ入ったぞ、イーリオよ。だがあれで俺の持ち札が出揃ったと思うなら、大間違いだぞ」


 暗黒の人竜神が、今度は巨大な曲剣を構える。


「力同士で撃ち合うのも我らの戦いらしくていいかもしれん。だが、やはりこうでなくてはな」


 ドグ=ジルニードルが、大剣を担ぐようにした。カイゼルンがヴィングトールでしていたのと同じ仕草である。


「騎士らしく剣で、って事か。それなら俺様の出番だな。今度は俺様が手本を見せてやる」


 しかしその言い様に、カンヘルは不快も露わに恐竜ドラゴンの牙を剥き出した。


「貴様は邪魔だ。退け」

「あ? 前に俺様に負けた分際で何言ってやがる?」


 元々のドグもそれなりに喧嘩っ早い性格だが、カイゼルンと融合した今、それに拍車がかかっているような不遜さであった。


 が、次の瞬間――


 一瞬の間もなく、速さらしい速さなど見せもしないで――気付けば光が疾った後。


 血風が宙を舞う。

 視線に見えたのは、己の腕。

 有り得ない光景。


「なっ?!」


 ドグ=ジルニードルの左腕が、斬り落とされていた。

 反射的に身を傾けてその場から離れると、さっきまでいた場所に再び斬撃が走っていた。


 そこには穿たれた大地。


 一体どれほど深く裂かれてしまったのか。底の底から大地の血潮までもが噴き出しそうな剣閃だった。


「クッ……! 〝創大(アルファ)〟!」


 細胞再生の異能。己の腕を復元すると同時に、これに反応したレレケも術式を使い、ジルニードルの鎧を元に戻す。


「済まねえ」

「いえ――それより」


 あのドグカイゼルンでさえ気付けなかった、速度を超えた速度の剣。

 油断などしていない。するはずがない。

 まるで見えなかった事に、ドグも驚きを隠せなかった。


「今のはまさか、さっきの衛星砲と同じもの……?」


 レレケの背後から、ロッテが呟く。どういう事かとレレケが問うと、


「今のはコンパクトに圧縮されていたが、明らかに先ほどの重重力子放射線と同じ光。まさかカンヘルの持つ剣は、星の城(ステルンボルグ)の兵器と同等の破壊力を持っていると……?」

「その通りだ。俺の剣ロストレジェンド・セカンドは、それ自体が破壊兵器と同質の斬撃を放てる。分かるか? これはレラジェの獣能(フィーツァー)万物両断ヴェルト・シュナイデン〟の上位互換だ。それを通常攻撃として使用出来るのが、このカンヘルのつるぎ。ディザイロウならいざ知らず、たかが人間の騎士だった者が、俺とイーリオの神聖な戦いに割って入るなど勘違いも甚だしい。分かったら貴様はそこで大人しく見ていろ。カイゼルンだった者よ」

「このクソ真っ黒野郎……!」


 とはいえ、もし今の剣で首を狙われていたらどうなっていたか――。


 そう考えるとドグカイゼルン本人も何も言えなくなる。

 しかしイーリオは気付いていた。確かにジルニードルの首を刎ねていたら彼の命はもうなくなっていただろう。そして実際に、そうだった事に。


 そう、カンヘルはジルニードルを一撃で斬殺するつもりだったのだ。


 けれども途轍もない超反応でドグ=ジルニードルは感知し、攻撃を見切って躱したのである。腕が斬られたのは、避けきれなかったというのもあるが、それでも初見で躱す事自体、有り得ない事だったのだ。

 ヘルは挑発というより心理的優位に立とうとして腕を狙ったように言ったが、ドグカイゼルンもイーリオも、そしてヘルもその事には気付いていた。いや、気付かぬはずがなかった。


 再び剣を構えるカンヘル。

 同時に、今度はイーリオが合わせ鏡のように構えをとった。


「ほう。分かってくれたか」


 ヘルの挑発に乗って一騎打ちをしようというのではない。

 だが、ヘルにはそう見えていなかった。


 人竜の持つ曲剣の刀身に、赤い光が宿った。あの斬撃が放たれようとしていた。

 しかもこれだけ〝溜め〟を行っての一撃なら、最早回避すら無意味に思える。




「〝銀月の冬(フィンブルヴェトル)――剣の冬(シュヴェルヴェトル)〟」




 ディザイロウの幾何学模様が発光する。同時に、彼の持つ剣も光を強くした。

 まるでそれを合図にしたように、カンヘルが斬撃を放った。完全に同期した動きで、ディザイロウも剣閃で弧を描く。


 衛星砲を消滅させたのと同じような閃光。


 地上に太陽が降りたよりも遥かに眩しい輝き。


 だが音はない。衝撃もない。にも関わらず、誰もが総身を麻痺させた。


 そして光が去った後に見えたのは――。


 ディザイロウとカンヘル。互いに輝きを失った剣。


「今のは俺の剣と同じもの……?」


 己の剣を見て、驚きに目を見張るヘル=カンヘル。

 万物を斬り裂く力が、失われていたからだ。


「そうだ。お前と同じ剣。それが三つの力の二つ目〝剣の冬(シュヴェルヴェトル)〟」

「まさか、その力もそれっきりだと……?」

「ああ。お前の剣を道連れにしたんだから上出来だよ」


 絶句するヘル。そしてここではじめて、彼は気付いた。

 このディザイロウに備わった新たな力が、何であるかを。その正体と意味を。


「そうか。そういう事か……。天の山(ヒミンビョルグ)と融合した力とは、このカンヘルを封じるためだけの力(・・・・・・)! 俺の力を悉く打ち消すための――そのためだけの力! それが貴様の最終獣能(エンデ・フィーツァー)というわけか!」


 ロッテが呟く。

 「気付いたか」と。


「成る程。これで後に残されたのは元のディザイロウから奪った三つの力とシエルの力。そしてカンヘルに元からあった能力のみというわけだ。まさにこのカンヘルのためだけの対抗兵器(アンチ・ウエポン)というわけだ」


 ディザイロウとジルニードル、両騎が並ぶ。

 それぞれが剣を構える。


「俺に歯向かうお膳立てが整ったというわけだ。……だが分かっているのか? 今の二つの力は確かに世界規模の破壊兵器だが、それがなくともカンヘルにはアルタートゥムの団長ですら勝てなかったという事実を! そしてこうなれば、俺は純粋な騎士に戻るという事も」


 人竜にあった、どこか横柄とも言えそうな部分が薄れていった。

 自身で言った通り、今のヘルは黒騎士に戻りつつあると言っていいのかもしれない。今までは世界の神たる存在として振る舞っていたが、もうここからは違う。


 神としての矜持を捨て、純粋な三獣王に戻ったヘル。


 だが三獣王とは違い、今の彼が纏うのは破滅の竜。

 それでも――。いやそれだからこそ、イーリオとドグは頷き交わしあう。


「分かってんな」

「はい」

「嬢ちゃんが作ってくれた好機だ。奴もまだ気付いてねえ。だからこそ今が最大にして最後の時だと思え」


 イーリオ、ドグカイゼルン。


 二人には見えていた。


 無敵で無双の人竜の神にぽっかりと空いた、明らかな崩壊点が。

 唯一の綻びが。


 だがそれは、ヘルも同じくであった。


 恐るべきディザイロウと、規格外のジルニードル。

 およそ隙などない二騎に見えるが、決定的な弱点がある事に。


 それがある限り、天地が引っ繰り返っても、己が負ける事はないと確信していた。


「ここからは騎士として、最後の戦いだ、黒騎士ヘル!」


 イーリオが声を張りあげる。


「いいだろう。俺も神としてではなく騎士として、黒騎士として、貴様との因縁に幕を下ろしてやろう」


 果たしてどちらが勝利するのか。

 いや、本当にこの戦いに、勝利などあるのだろうか?



 霊狼(スピリットウルフ)大剣牙虎(マカイロドゥス)の騎士。


 竜喰らいの王(サウロファガナクス)の騎士。



 騎士対騎士にして、神と人との最後の瞬間。


 全てが遂に、終わりを迎えようとしていた。




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挿絵(By みてみん)

銀月の冬(フィンブルヴェトル)

 ディザイロウの最後にして究極の〝竜殺し〟の異能。

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