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銀月の狼 人獣の王たち  作者: 不某逸馬
最終部 最終章「銀月の狼と人獣の王たち」
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最終部 最終章 第一〇話(1)『歴代』

 ヘル=カンヘルの体内に吸収されたイーリオ、ディザイロウを奪還する――。


 だがそれには、必ず誰かが命を捨てなければならない。


 最悪の場合、ここにいるレレケを除く獣王十騎士全員が命を落とす事になるかもしれないが、上手くいったとしても、最初の一人は間違いなく死ぬ。



 その最初の一人を誰に頼むか。



 言うまでもなく、誰一人、犠牲になっていい命ではない。

 九人の内誰であっても偉大な指導者、または未来の賢王になるかもしれない人物なのだ。レレケにとってもかけがえのない人達である。

 そんな彼らに死を命じるなど考えたくもないし、ましてや死が確実な一人目を誰にするかなど――。


「俺が行こう」


 レレケも、この策を提案したブランドも懊悩する中、間を空けずに割って入った声。

 ちなみにレレケとブランドの会話は、話を円滑にするため、術によってこの場の全員にも聞こえるようにしていた。だからその声の主が、名乗りをあげたのだ。


「イーリオを助けるために自分の命を使う。親友(ダチ)のためなら当然じゃねえか。その最初の一人、俺が行かせて貰うぜ」


 名乗りを上げたのは――



「ジョルトさん……!」



 ジェジェン首長国・大首長(ジュラ)の御曹司にして、次期大首長(ジュラ)

 ジョルト・ジャルマトだった。


「いや、最初の一人じゃねえな。俺以外の誰にもさせねえ。俺が最初で最後の一人だ。俺だけで、絶対にイーリオとディザイロウを助け出してみせるぜ」

「そんな――ジョルトさん、貴方はジェジェンを背負って立つ方。確実に命を落とすこの策に、貴方が犠牲になるなんて、そんな事――」

「レオポルト陛下だってハーラルやセリム陛下、クリスティオにしてもヤン殿下にしろ誰にしろ、全員これからの大陸を背負う大事な人間だぜ。この中で、取り返しのつかねえ命なんて誰一人いねえよ」

「だったら――」

「だから俺なんだよ」

「え――」

「あんたには昨日言ったろ。俺は大首長(ジュラ)になるつもりはねえ。俺は俺の好きなように生きるつもりだって。生き残ってもそのつもりなんだ。この中で一番背負う荷物が軽いのは、俺だよ」

「でも、貴方は」


 昨日の事を言うのなら、昨日レレケに言った話は何だったのか。


 ――あんたとずっと、二人で旅をしたい。


 ジョルトはレレケに、そう言ったはずだ。あの約束は。

 そう言いたかったが、レレケは言葉に出来ない。


「待て、それなら余こそがその役に最も相応しい」


 そこへハーラルの声が、割って入った。


「我が帝国の帝位は、本来イーリオが継ぐべきだったのだ。つまり余が命を落としても、イーリオを助け出しさえすれば何も問題はない。それにだ、お前がジェジェンを継ごうが継ぐまいがそれはどうでもいいが、それよりもお前にはそのレレケ殿との約束があるんだろう。約束を口にしたお前が自らそれを破るなど、騎士としても男としても許される事ではない」

「ちょっ、待て。何でお前が、その事を知ってんだ。まさか、やっぱあん時……!」

「ああ、聞いていたぞ」

「おいてめえ、やっぱ盗み聞きしてたのかよ?! 昨夜ゆうべの、その、こ、告……」

「告白な。全部聞いていたぞ。何だったかな? 確か……あんたとずっと一緒にいたいとか何とか」

「こ、この……! クソ白髪ガキジジイ! 一国の皇帝のくせに、盗み聞きなんてしやがって……!」

「ああもう、うるさい。分かったなら余と代われ。最初の一人には、余がなる」


 元々、レレケとブランドの会話が聞こえてきた時から、ハーラルは自分がその任務をすると真っ先に告げるつもりだった。だが、まるで自分のほんの僅かな躊躇いを見透かしたように、ジョルトがハーラルよりも先んじて、名乗りを上げてしまったのである。

 耳にした瞬間、ハーラルは悔しさも覚えたが、同時に何とも言えない思いにも囚われてしまった。


 死ぬのは自分ではない――。


 そんな風に思ってしまったのか。

 仮にそうなら、尚の事、ハーラルは許せなかった。

 自分自身が、許せなかったのだ。


 だから強い口調で、ジョルトではなく自分が犠牲になるべきと遮ろうとしているのである。

 それに元々ハーラルは、己の生に未練はないと自分で思っていた。

 四年前、彼はイーリオに命を救われている。つまり一度は死んだも同じ。だから兄のために、あの時救われた己の命を使うのなら、何も惜しむ事などないはず――だと。


「盗み聞きした事はともかく――いや、それはそれで後できっちりゴメンナサイさせてやるとして――てめえが死んでも帝国は大丈夫だぁ? 何言ってんだ、このオタンコ白髪は」

「ああ?」

「イーリオは、てめえんとこの皇帝にならねえって言ったんだろうが。その事をもう忘れたのか? 万が一てめえが死んでみろ。イーリオは、てめえの意思を尊重するなら余計にだっつって、自分の代わりになる誰かを皇帝にしてくれって言うに決まってんだろ。あいつが皇帝を引き受けるワケがねえ。ンな柄じゃねえ事は、大陸中の人間が知ってるわ、ボケ」

「な……! だが、この中で代えの効く人間となれば、余以外におるまい!」

「だから、代えの効く人間なんざ、誰もいねえっつうの。いいか、レレケもおめえも勘違いしてるがな、俺は最初の一人になるって言ったが、死ぬなんて言ってねえ」

「……何だと?」

「俺が最初の一人になる。そんで、誰も犠牲になんてさせねえ。その中に、自分の命も含まれてるのは当たり前だろ」


 聞こえていた全員が、呆気に取られて声も出ない。


「ブランドさん、あんたの考えだと、最初の一人は確実に死ぬんだよな?」

「ああ」

「で、あんたは今まで一度だって、自分の予測を外した事はねえのかよ?」

「言いたい事は分かるし、俺も希望を持たせてやりたいが、今回のこれは犬の鳴き声はバウバウだと言うように確かなものだ。一人目が生き残るとは、犬が猫のようにミャーミャーと鳴くより有り得ない。残念だが」

「今回ばかりは外さねえってか。だったらあんたの予測を、俺が裏切ってやるよ」

「……」

「それにな、ジェジェンだと、犬の鳴き声はヘヴヘヴってんだ。あんたがそう思っていても、人が見りゃあ違う事もあるんだぜ」


 ジョルトの屁理屈めいた説得と勢いに、耳にした誰もが何も言い出せなくなる。

 人獣の顔で表情は隠れているが、レレケも顔を青ざめさせていた。彼女も必死で何かを口にして言わなかればと思っているのに、何も言えないまま。


「レレケ」


 思念通話のジョルトの声。


「俺は必ず生きて戻る。生きて、あんたに昨日の返事の続きを聞かせて貰う。そのためだったら、死んだって死なねえよ」

「ジョルトさん――」

「ミハイロ、お前も聞こえているな」


 今度は、血の繋がらない弟に向けて言い放つ。


「さっきも言ったが、俺はジェジェンを継ぐ気はねえ。ジェジェンを継ぐのはお前だ、ミハイロ」

「え……っ――! そ、そんな」

「おめえっていう頼もしい弟がいるから、俺はその決断を出来たんだ」

「そんな……そんな事いきなり……」


 生きて戻ると口にはしているものの、他の者が聞いてる限りでは全部丸投げにして死地に向かう、と言っているようにしか聞こえない。

 だが。


「俺はよ、何も無責任に言ってんじゃねえ。お前の兄として過ごした時間はそんな長くねえけど、俺なりにお前の事は分かってるつもりだ。ジェジェン人はクセの強い人間ばかりだけど、お前はみんなに慕われてる。氏族の誰もが、お前のためになら何とかしようって力を貸してくれる」

「慕われてるのなら、兄上の方が私なんかよりずっと――」

「俺は駄目だ。着いてきてくれる奴もいるのは否定しねえけど、人を選ぶ。俺に合わねえ人間だってまあ少なくない。とはいえそれが普通なのかもしれねえけどよ。だがお前は違う。人間性ってやつなんだろうな。でもな、これからの時代は俺や親父のように前に立って引っ張っていくような人間じゃ駄目なんだよ。みんなの声を聞いて、みんなと一緒に酒を飲めるような――おめえみたいな人間こそ、これからのジェジェンの上に立つべきなんだ。だからミハイロ、何かあったら親父の事、イムレや国の事、お前になら――いや、お前だから任せられるんだ、俺は」


 決して別れの言葉ではないはずなのに、どうして皆の心が掻き毟られるのか。

 分かっているのに、誰もそれを口には出来ない。


 それを言ってしまう事は、絶対に許されないから――。


「話はまとまったか。悪いが、もう時間はないぞ」


 掻き乱された全員の心にはまだ踏ん切りがついてなかったが、それでもアルタートゥムのロッテは、皆の間に漂ってる重い空気を無視して急かした。

 レレケには分かっている。

 皆の反感を買ったとしてもそうするしかないと、ロッテが自ら嫌な役を引き受けた事くらい。

 それでも――。


「ロッテ様……」

「今のボク様は機械だ。非難したいなら好きなだけ言えばいい。だがよく覚えておけ。お前やブランドのような人間こそ、時に誰よりも非情にならねばならんという事を。本当は言われずとも分かっているだろうがな」


 はい、とは言えなかった。


 だからこそレレケは気付いた。



 自分がジョルトに対して、どんな感情を抱いているのかを。



 今ここでそれを口には――口には出せなかったが。


「では作戦を纏めてくれ、ブランド・ヴァン」


 感情を感じさせない声で告げたロッテの言葉に、ブランドが相槌を打って続ける。

 その説明の後。


「オリヴィア、ニーナ、作戦は決まった。タイミングは任せる」


 ロッテがアルタートゥムの二人に報せた。


「わかった、俺はいつでも構わねえ。〝ドゥーム〟、あんたに合わせるぜ」


 本来の人格が出たままのニーナが答えた。


「分かった」


 オリヴィアも返す。そこに無駄は一切なかった。


 古獣覇王牙団アルタートゥム・ジーク・ファング・団長にして、神の騎士でも最高峰の存在。

 最強のサーベルタイガー・大軍刀牙虎スミロドン・ポプラトルの〝イオルムガンド〟を駆り、特殊な異能により光で出来たサーベルタイガーの骸骨を創り出し、それに跨って戦う彼女。


 このスミロドンの全身骸骨は、ただの騎馬のような役割だけでないのは勿論、多層世界の歪みを操るヘル=カンヘルの力を無効にする、とんでもない性能を秘めていた。

 つまりオリヴィア=イオルムガンドは、黒の女神の力に加えて霊狼と英雄の力をも取り込んだ魔神の人竜と、互角に渡り合える唯一の存在という事。


「そろそろ飽いてきたな」


 だが、それほどの強者と剣を交えながらも、ヘルには何らの動揺もなかった。


 黒の人竜・次元竜神(カンヘル)の周囲には、闇より昏い暗黒の沼が広がり、その水面に同じ闇色をした漆黒の睡蓮が浮かんでいる。黒き花粉が舞い飛ぶそこに一歩でも足を踏み入れたら、即座に多層世界の狭間に呑み込まれるという、魂を裂く結界。



 それが〝黙示録(アポカリプス)黒霊睡蓮(ブラックロータス)〟。



 ディザイロウの霊輝花(ハイリガーブルーメ)を利用して生み出したこの力でも、オリヴィア=イオルムガンドは対応してみせた。

 彼女の口にした〝霊神融合(コーザリア)〟なる力が如何なるものなのか、それはヘルにも分かっていない。しかし特定の霊子を操り、この〝黒霊睡蓮(ブラックロータス)〟を無効にしてしまった事から、状況に応じて多層世界へ働きかける力だろうと、ヘルは推察していた。


「霊子を使い、適応変化するのが貴様の力――かな」

「だったらどうする?」

「花というのは種から芽吹いて蕾となって開花し、やがては枯れ、新たな花となる。花もまた、変化するもの」


 無論、黒霊睡蓮(ブラックロータス)を無効にしたサーベルタイガーの骸骨と霊神融合(コーザリア)は全く無関係の力だという事を、ヘルは知らない。


 だが知っていようがいまいが、ヘルには関係なかった。


 コールタールのような沼にあった黒の睡蓮が、次々と枯れて沈んでいく。花粉も数を減らし、力が消えていったのかと思えたのも束の間――。

 水面から、また新たな花が次から次に顔を出していった。今度は先ほどより、幾分か花弁を大きくさせて。


 そして花が、まるで生物のように上体を傾けさせた。


 花弁を向けた先。

 それはイオルムガンド。


 ――!


 咄嗟に反応出来たのは、オリヴィアだからこそ。それほどの速さだった。


 今度は漆黒の花粉が、無数の矢となって放たれたのだ。


 意思を持っているかのような動きにも驚きを隠せないが、問題はそこではなかった。

 飛来する花粉に対し、発光と共に無効化の力を発動するサーベルタイガーの骸骨、〝亜空霊神(ヴェッティル)〟。

 そして花粉の一欠片が骨の足に触れた瞬間――


 凄まじい勢いで虚空が真っ黒に裂け、まるで空間そのものに喰い千切られるように、骸骨の片足が消失していた。


「チッ――!」


 咄嗟の判断で、イオルムガンドは跨った骸骨から飛び降りたが、それとほぼ同時に骸骨には花粉が次々と直撃。瞬きもせぬ間に、骸骨の全骨格が次元の裂け目へと消えていった。


「ヴァーテロン霊子でこちらの霊子の運動を抑制するのなら、逆の力で活性化させればいいだけの話。対を為すと言われるテトリオンの霊粒子で霊粒子反応を発生させ、貴様のヴァーテロン霊子を打ち消したのよ。ああ、そうだ。我が黒霊睡蓮(ブラックロータス)は、花が生え変わる度に相手への適応を済ませ、より強力な花を咲かせる。貴様の適応能力は、これを上回れるかな?」


 ヘルが勝ち誇った声で言った。


「オレの能力を適応する力と言ったのは貴様だぞ。貴様に可能な事が、オレに不可能なわけがなかろう」

「だろうな。だがそうするとだ、後はイタチごっこになる。どちらにせよ、貴様は俺に対し決定打を出せず、そのまま身動きが取れなくなるだろう。その間に――」


 ヘル=カンヘルを中心に、円形に広がる黒き沼。


 ディザイロウやイオルムガンドが正の霊子を操る力なら、カンヘルは負の霊子の力。

 そこに、ディザイロウの霊輝花(ハイリガーブルーメ)が加わっているのだ。


 大陸中の人間と霊子接続も可能となった負の力は、強大且つ広大無辺。

 霊子に刻まれた記憶をも読み解き、簡易的な宇宙開闢からの記録(アカシックレコード)ともなり得る。つまり、世界を裏返す事も可能な力。


 黒の水面から、今までにはなかった大きなな何かが浮かびあがってきた。


 それは、人型の巨躯だった。


「今度は何だ?」



 それは、熊頭人身の巨体。


 それは、豹頭人身の巨体。


 それは、狗頭人身の巨体。


 それは、牛頭人身の巨体。


 そして、象頭人身の巨体。



 全身隅から隅まで真っ黒に染まった、五体の鎧獣騎士(ガルーリッター)



 暗黒沼の結界から出現した、新たな異形。


 特に、最後の象頭人身を目にした時、アルタートゥム達以外全員の背筋が凍りついた。


 象――というにはあまりに巨大。湾曲し、長大すぎるほどに聳り立つ牙。

 漆黒だといえ、目にすれば分かる。

 あれは間違いない。あれは象ではない。



 あれは、古代巨大象(マンモス)



「〝獣帝〟……ドゥルガ……?!」



 目にした者にとって、忘れようはずもなかった。

 かつてメルヴィグ王国を侵略せんとした、アンカラ帝国皇帝にして三獣王だった皇帝騎士。

 征服帝ジャラールの駆った帝王古代巨象インペリアル・マンモス鎧獣騎士(ガルーリッター)


「待て……あの巨大な豹の鎧獣騎士(ガルーリッター)は、〝神豹騎〟ジャガーノート……?! それにあのバイソンの鎧獣騎士(ガルーリッター)も、ボクは知っているぞ。あれは確か〝魔牛将〟バロール……!」


 レオポルトが慄然としながら呟いた。


 それにハーラルも続けた。


「あの熊は、ヴォルグ六騎士ウルリクの〝怪神騎(ファントム)〟ジェイロン……!」


 その一言で、レレケがはたと気付く。


「まさかこれは……歴代の三獣王……?! で、ではあの狼のような……いえ、巨犬のような鎧獣騎士(ガルーリッター)は――」



「あれは〝金剛騎士〟ギリフォス」



 レレケの呟きに、ヘルが愉快そうな声で説明をする。


 更に、熊のような鎧獣騎士(ガルーリッター)、ホッキョクグマの鎧獣騎士(ガルーリッター)も加わる。


「そして〝聖剣導師〟ベルーダ、〝泰山英傑〟ヤロヴィトだ」

「まさか……」

「そのまさかだ。我が黒霊睡蓮(ブラックロータス)の苗床であるこの沼――〝異世界霊水(ブラックグー)〟には、過去の騎士の情報も記録されている。それを〝負〟の力で繋ぎ合わせれば、こういう死人を蘇らせるような真似も出来るというわけだ。残念ながら百獣王と獣剣公はデータ不足で複製出来なかったのと、そこなティンガルボーグのように現代も稼働している三獣王騎は顕現出来なかったがな」


 三獣王の銘を冠した歴代の偉大な騎士が、敵として一同に揃うなど――信じられないのを通り越し、悪夢としか言いようがなかった。


「悪趣味だな」


 皆の心が凍りつく中、オリヴィア=イオルムガンドだけは、冷静な態度を崩さなければ動揺もしていなかった。が、それを見てヘル=カンヘルは嘲笑う。


「アルタートゥム団長よ、貴様にとっては三獣王などただの木偶に過ぎぬだろう。ましてや記録の中の復元体で、中に本人そのものがいるわけではないからな。しかし――貴様は俺との戦闘でそっちに手を回せまい? もう一人のアルタートゥムも、まだ俺の黒騎士の軍に手こずっているようだ。つまりこの三獣王の屍人しびとを相手取るのは残りの者。ここまで言えば、もう説明は不要だろう」


 オリヴィアとニーナの動きが封じられている今、復元された三獣王で残りの者を悠々と蹴散らし、望みのもの(シャルロッタ)を手に入れよう。ヘルの言っているのは、つまりそういう事である。



 ここで不意に、この場の全てを嘲笑うように、ヘルが朗々とうたを朗誦する。



 懐郷の夜の日、


 そなたの眠りは終わりを告げた。

 

 目覚めよ、獣たち、


 斃れたる戦士たちよ!


 目覚めよと呪文を唱えて、


 そなたたちを呼び出さん!


 窓の向こうには、


 おお! 虹の幕がかかる!


 祈りては今こそ、


 願いは永遠とわに叶えられん!


 始まりの日よ! 始まりの日よ!


 今こそ懐郷に帰らん!



 かつて黒衣の魔女エッダが詠ったもの。

 その古き詩の通り。忌まわしき予言の通りに、全てが染められていく。


 

 絶望に必死に抗ってきたというのに、ここで更なる絶望をヘルは突きつけようというのか。

 だがこの時、この絶望的な状況にも関わらず、これに確かな手応えを感じる者が数名だけいた――。


 敵であるヘルには気付かれぬよう、その内の二騎が密かに目配せをする。


 ――条件は整った。


 果たしてヘルによって、聖女シャルロッタまでもが奪われてしまうのか。

 それともブランドの策によって、イーリオとディザイロウが奪い返されるのか。


 運命の賽子サイコロは、今まさに転がろうとしていた――。

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