表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

エンドレスリピート

作者: 駄々

原風景はおそらく、こんな形で広がり出した。自分を知りたくて、こころのそこかしこをほじくっている。昭和30年代、写真を見ればまだ戦後の臭いがする。

「家に女はふたりはいらない。」祖母は母にこう言った。私が物心ついた時には 母は働きに出ていて家にはおらず、日中はいつも祖母とふたりで過ごした。たまに縁側越しに「ボロ屋」が来て古着を目方で買っていった。春先には花売りが来た。祖母はサイゼリアやデージーを買った。私はなぜかアザリヤが気に入って、一度だけねだって買ってもらったことがある。

 祖母は日だまりに座っていた。和服を縫っていたこともあったし、布団を打ち直していることもあった。私は、斜めに射し込む光の帯を身に受けた祖母を見ながら、八畳の和室の隅で独り遊びをした。気に入っていたのは、表にひらがな、裏にその文字で始まる物の絵が描いてある、正方形の木のブロックだった。ブロックの中から花の絵だけを選び出し、並べてお花畑や花壇を思い浮かべた。野菜の絵だけを選び出し、畑を作った。動物の絵だけを選び出し、草原やジャングルを想像した。積み重ねるとピラミッドやタワーや家が出来た。

 夏の暑い日には、近所の店でアイスキャンディを買ってくれた。祖母はあずき味で私はミルク味だった。食べている途中て来客があり、咄嗟に祖母は食べかけのアイスキャンディをそのままテーブルの上に置いて立って行ってしまった。直方体の固まりが徐々に丸みを帯びて、やがて真ん中の棒があらわになってゆく。トロトロとけてゆくアイスキャンディを私はじっと見ていた。

 近所に同じくらいの年頃の子どももいたのだが、その子らと遊ぶのはあまり喜ばれなかった。もっとも私は、そのような遊びには没頭できず、遊ぶ自分を少し離れた所から別の自分が見ているような、冷え冷えとした感覚をもてあましてしまうのだった。父か祖父が庭にブランコを作ってくれた。時々はひとりでそれに乗ったりした。

 お昼になると祖母は簡単な食事を作ってくれ、私は祖母とふたりで食べたのだろうが、ほとんど覚えていない。



深い水の底から 上を見たことがある

滅び失せることが

いつでも悲しいことではない と

濁流にもまれながら

わずかな明るさを感じ

うずまきながら沈む時

ふと

ほほえんでしまうのだ

そのように

厚く厚く重なった音の隙間から

思いついたように息をつぐ

ベースを拾い

リードギターにすがり

ドラムスに巻きつかれ

もまれ 沈んでゆく


どうなんでしょう。大人ばかりの中で、想像力を頼りに内省的に育ちました。ここまでなんとか生きています。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ