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謙虚、堅実をモットーに生きております! 作者:ひよこのケーキ
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 ……行きたくない。
 鏑木家と関わりたくないというのももちろんだけど、今なら絶対に断食の話題が出るはずだし。みんなの前で断食行きましたって発表されるって……ないわー。
 一応お茶会の名目は、息子と同世代の子供達と交流したいってことで、ほかにも何人か誘われている人達もいるそうだから、断食さえなければ一対一よりは気が楽だと思えたんだけどなー。
 今までも何回かこの手のお誘いはあったけど、人見知りぶって逃げてきた。でもさすがにこの歳になったら、吉祥院家の娘としてそろそろきちんと社交しないといけないよなぁ。あぁ憂鬱。



 犬バカ君に自分で作った『らぶ♡ベアトリーチェ!』という写真集を無理やり見せられたり、鏑木家訪問に張り切ったお母様に、服だ髪だエステだと連れ回されている内に、お茶会の日がやってきてしまった。
 気楽なお茶会ということなので、手土産はお花とチョコレートだ。しかしこのチョコレートはただのチョコレートとは違う。つい先日、日本に上陸したばかりのフランスの新進気鋭ショコラティエのお店のものなのだ。実は甘党の鏑木なら食いつくかもしれないと思ったので。
 初めて訪れた鏑木家に緊張しながらも笑顔の鏑木夫人に出迎えられ、、庭に面した広間に案内されると、すでにそこには何人かの招待客が来ていた。ほとんどが瑞鸞生でピヴォワーヌメンバーの顔もあったので、とりあえずホッとする。もちろん鏑木と円城もいた。

「麗華さん、初めて会う方もいらっしゃるかしら?ぜひ紹介させてね」

 鏑木夫人は一通り私に顔ぶれを紹介すると、新たな来客を迎えに行った。
 私はとりあえず、顔見知りの人のそばに寄ってみた。同級生であり、ピヴォワーヌのメンバーでもある凌霄讃良(のうぜんさらら)様だ。
 讃良様はピヴォワーヌメンバーでありながら、普段はひとりで静かに本を読んでいることが多く、その一種静謐で気高い雰囲気に一目置かれている女の子だ。くだらない話などには参加せず自分の世界を持っている讃良様には、私もなんとなく俗物と思われているんじゃないかと勝手に気後れしているので、それほど親しくはない。
 ただその落ち着いた物腰に、落ち着きのない私は少し憧れているんだけど。
 そんな讃良様が、鏑木家のお茶会にやってくるとは意外だ。ピヴォワーヌのサロンでも、鏑木と親しそうな素振りを見せていなかったし、鏑木、円城コンビに興味があるようには見えなかったから。
 もしかして私と同じで両親にせっつかれて仕方なく来てるのかな?

「讃良様、ごきげんよう。讃良様が今日いらしているなんて知らなくて。驚いてしまいましたわ」
「ごきげんよう。麗華様こそ珍しいわね、鏑木家に来るなんて」
「ええ。実は今日初めて伺わせていただいたの。讃良様は?」
「私は時々伺わせていただいているのよ。鏑木家の所蔵する本を拝見させていただきにね。鏑木会長は稀覯本の収集家なの」
「まぁそうでしたの?!」

 あの素敵な鏑木パパの趣味が本だったとは!あぁっ、もっと本を読んでおけば良かった!稀覯本の世界なんて全く知らない!
 でもなんだかとっても高尚な趣味!重厚な書斎で皮の装丁の本を読む鏑木パパ。似合いすぎる!
 うちの狸の趣味はなんだ?!老眼鏡集めか?!

「鏑木会長は時間が空けば自ら稀覯本を探し求めてヨーロッパ中を回るのよ。それだけの労力を惜しまないからこその、あの素晴らしい所蔵コレクションなのよ!」
「そうですの」
「そうよ!特にユイスマンスの稀覯本なんて、感動で体が震えたわ!」
「…まぁ」

 普段冷静沈着な讃良様がこんなに熱く語るなんて、初めて見た。確かにいつも本を読んでいる人だったけど、ここまで思い入れがあったとは。なんだか肉球ピアスを自慢してきた人に通じるものがある…。
 讃良様はフランス文学が特にお好きらしい。私の乏しい知識を総動員して、なんとかコクトーとワイルドの名前をひねり出したら、目を輝かせた讃良様に次々と題名を列挙され内容をさらに熱く語られた。
 うん、讃良様、話しながらどんどん迫ってくるのはやめようか。

 そこへ鏑木夫人が、セミロングの毛先を緩く巻いた女の子を伴って戻ってきた。巻きが甘いな。

「こちらは百合宮に通う舞浜恵麻(まいはまえま)さんよ。みなさんよろしくね。さぁ、では全員が揃ったので始めましょうか!」

 こうして鏑木夫人主催のお茶会は始まった。
 鏑木は母親の前だからか、いつにも増して口が重い。隣で必死に話しかけている舞浜さんにも必要最小限の返事しかしていない。そりゃあ高校生にもなって母親と一緒にお茶会って、よく考えたら結構な罰ゲームだよね。しかも今日は優理絵様もいないし。
 今、優理絵様と愛羅様は夏休みを利用して、イギリスにホームステイに行っている。
 きっと鏑木も優理絵様と一緒にホームステイに行きたかったんだろうなー。
 そんな鏑木がテーブルの上のチョコを一粒取って、口にした。そして少し驚いた顔をした。やった!
 今鏑木が食べたチョコは何を隠そう私が持参したものなのだ。どうだ、おいしいでしょう!
 その息子の様子を目敏く見つけた鏑木夫人が、「それは麗華さんが持ってきてくれたのよ」と声をかけた。

「ふーん…。これどこの?」

 私はお店の名前を教えてあげた。すると「日本に出店してたんだ…」と呟いた。詳しいな。

「鏑木様はチョコがお好きなのですね?」
「ショコラは嫌いじゃない」

 あ、ショコラね。そうですか、すみませんね、チョコなんて庶民的に呼んじゃって。

「麗華さんはこの前、お母様と一緒に鏑木グループのホテルにも泊まってくれたのよね。どうだったかしら、うちのホテルは」
「はい。オリジナルアメニティがとっても素敵で使うのがもったいないくらいでした。それと庭園が夜ライトアップされて、幻想的でしたわ」
「まぁありがとう!気に入ってくれて嬉しいわ」
「吉祥院さん、鏑木グループのホテルに泊まったの?」

 そこへ円城が会話に入ってきた。

「えぇまぁ…」
「断食したんだって。ダイエットのために」

 鏑木ーーーー!!
 やっぱりあんたは知っていたか!そしてここでバラすか!
 なんという無神経!なんというデリカシーのなさ!
 乙女心を全くわかっていない!

「断食?」
「うちのホテルのプランのひとつ」
「へぇ、吉祥院さん断食したんだ…」

 円城が笑いを堪えるような顔をした。周りも断食に興味津々だ。これじゃ自分でデブだと認めたようで恥ずかしいっ!

「あら断食と言ってもダイエットだけではなく、内臓を休ませるデトックス目的もあるのよ。麗華さんは痩せているもの、ダイエットなんて必要ないものねぇ」

 鏑木夫人がフォローをしてくれた。でもみんなきっと信じていない。

「麗華さんはお母様の付き添いでいらしたの。ご両親ととっても仲がいいのね。吉祥院会長は毎年麗華さんから、手作りのバレンタインチョコをもらっているそうよ」

 狸!またもや余計なことを!

「やっぱり女の子はいいわねぇ。男の子なんて本当に可愛げがないんだから」

 母親の言葉に鏑木がうんざりとした顔をした。

「雅哉様は手作りチョコは受け取らない主義だって聞いていますけど、私は今お菓子の学校に通っているので、ぜひ一度食べてもらいたいわ!」

 舞浜さんが話に割り込んできた。私を見る目がライバル視?

「いらない。俺は素人が作った中途半端にまずい手作りより、プロが作った完璧な市販品が好きだ」

 舞浜さん、撃沈。

 鏑木は言葉をオブラートに包むという技術を学ぶといいよ。
 その後は、私に断食体験の話を聞いてくる人達に開き直ってしっかり答え、ついでに「最近友人に誘われて、座禅も行きましたわ」と言ったら、ピヴォワーヌの先輩に「えっ、麗華さんてそっちの人?」と言われてしまった。
 円城は背中を向け、声に出さずに大笑いしていた。その背中に警策するぞ。

 私の話を聞いて、自分も一度断食をしてみたいと言う人達も出て、帰りに鏑木夫人からは「麗華さんのおかげで盛り上がったわ。ぜひまたいらしてね!」と声をかけられた。私はずいぶん身を削るはめになりましたが…。
 舞浜さんには思いっ切りフンッとそっぽを向かれた。面白いなぁ。


 精神的にぐったり疲れて家に帰ると、待ち構えていたお母様にお茶会の話を聞かれたので、断食ダイエットをした女として出席者に認知されたと話したら全身でがっかりを表現された。
 いやいや、半分はお母様の責任ですから。、
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