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謙虚、堅実をモットーに生きております! 作者:ひよこのケーキ
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 夏期講習では私の姿を見つけると、チャラピアス達は近くの席に座るようになった。チャラピアスは梅若(うめわか)といった。しかしチャラピアスで充分だ。

「ねぇねぇ吉祥院さん、瑞鸞てさ“ごきげんよう”って挨拶するんでしょ?俺にも言ってよ、“ごきげんよう”」

 うるさい。
 私は次の日から問題集や参考書を持ち込んで、空き時間に話しかけられる隙を作らないようにした。
 あわよくば成績アップ以外に友達が出来たらいいなと思っていたけど、それはこいつらじゃない。
 ひたすら問題を解く。

「真面目だよねー、吉祥院さん。あ、それ間違ってるよ」

 ちいっ!

 午前の講義が終わると昼休みがある。ほとんどの生徒達はコンビニで買ってくるか外に食べに行く。
 私は吉祥院家の料理人さんの作ってくれたお弁当があるが、チャラピアス達は外に行くようだ。

「吉祥院さんの弁当すげー!料亭みたい!」

 …こいつらが行ってから開ければ良かった。今日のお弁当はバランスよく作られた松花堂弁当だ。

「うまそー!一口ちょうだい?」

 バカめ。誰がやるか。私は食べ物に関してはとっても心が狭いんだ。本当はもう少し量が欲しいのに、ダイエットと人目を気にしての若干小さめのお弁当箱なのだ。誰かにやる余裕なんてあるもんか。

「梅若~。早く行こうよー」

 焦れたようにショートカットの女の子がチャラピアスの名を呼んだ。ほら、呼んでるぞ早く行け。

「お~。じゃあまたあとでね、吉祥院さん」

 行ってこい、行ってこい。そして戻ってくんな。
 私はおいしいけど少しだけ量の足りないお弁当を堪能した。煮魚がおいしい。冷たい玉露とよく合うね。
 そしてその後の残りの休み時間は、問題集を解くことに専念した。
 そんな毎日が続いたある日、重大な事件が起こった。
 私のお弁当の茶巾寿司をひとつ、チャラピアスに横取りされたのだ!

「これすっげーうめー!もしかして吉祥院さんの家って料亭?」

 茶巾寿司。ふたつしかなかった茶巾寿司。主食だった茶巾寿司。あぁ茶巾寿司……。

「あれ?吉祥院さんが固まっちゃってる。もしかしてショック受けてる?じゃあお詫びに俺がおごるから、一緒に飯食いに行かない?」

 私は無言で荷物を片付けて立ち上がると、そのまま教室を出て電話をした。私の大好きな本命の男は忙しいだろうから、キープの男を呼び出す。「今すぐおいしい物を食べさせて!」


 タクシーをすっ飛ばして本社ビルに着くと、キープ狸がいそいそと出迎えた。

「麗華が会社まで来てくれるなんて嬉しいねぇ。まぁ座りなさい」
「お父様、休み時間が1時間半しかないの。早くお店に行きましょう!」
「おぉそうか」

 私はお父様の腕を引っ張って急がせた。
 秘書の方の先導で廊下に出ると、私の大本命のお兄様にばったり出くわした。

「あれ麗華。なんで会社にいるの?」
「麗華は私とお昼を一緒に摂りたいらしくてね。わざわざ来てくれたんだよ」

“私と”の部分を強調して、お父様はドヤ顔をした。
 しかし残念ですがお父様、貴方は私にとって都合のいい男ポジションです。
 笑顔のお兄様に見送られ会社を出るまで、「娘に一緒に食事がしたいとねだられたので、少し出てくるよ」と社員達へのファザコンアピールに付き合わされ、ちょっとした晒し者になった。キープ狸のくせに。

 お父様に連れられてきたのは、会社の近くの中華料理店。高層階にあって景色もよく、個室なので人目も気にならない。
 よくこの短時間で予約が取れたな。さすがお父様の有能秘書さん。

「さぁさぁ好きなだけ食べなさい」

 私は一番大好きなエビチリとふかひれのスープ、海鮮おこげを注文した。お父様はふかひれの姿煮と上海蟹の炒飯を注文していた。昼から豪勢だなお父様。ほかにも点心なども頼み、ランチにしてはボリュームのありすぎる内容になってしまった。
 しかし今日は特別なのだ。だって明日からお母様と断食に行くのだから。気分はすでに最後の晩餐だ。

「麗華、塾はどうだい?」
「頑張っていますわ」

 早く食べないと次の授業に間に合わない。
 そういえばお父様って電話1本で簡単にすぐ捕まえられたけど、仕事してないのかな。大丈夫かなあの会社。すれ違った社員の人達はみんな、ザ・エリート!って感じの人達ばかりだったけど。

「お父様こそちゃんと仕事なさっていますか?」
「なにを言うんだ麗華。私はきちんと働いているぞ、なぁ笹嶋」

 テーブルには秘書の笹嶋さんも一緒に座っている。最初は父娘水入らずでと固辞されたんだけど、量もあるし私は食べたらすぐにお店を出るつもりなので、頼んで同席してもらったのだ。

「はい、会長は毎日多忙を極めております」

 そりゃあお父様の秘書ならそう言うよね。でも多忙を極めているとは言っても、働いているとは言っていないな。

「兄は学生時代から笹嶋さんに付いて、仕事を教わっていたんですよね?」
「はい。貴輝さんは本当に優秀で、今は営業部の仕事にも携わっておられます」

 そうなんだ。さっき会ったお兄様は忙しそうだったもんね。お兄様はちゃんとお昼食べる時間があるのかな。
 それからしばらくお兄様の話題ばかりしていたら、お父様がちょっと拗ねた。大人げないぞお父様。


 私は食べるだけ食べると、スケジュール調整をしてくれた笹嶋さんにお礼を言って席を立った。お父様が引き止めてきたけど、のんびりしていると次の講義に間に合わなくなる。お父様こそ早く食べて会社に戻ったほうがいいのでは?
 さらばだ、お父様!杏仁豆腐で誘惑してきてもきくもんか!

 ぎりぎりで戻った教室はすでにほとんど席が埋まっていたので、はじっこの席に座った。チャラピアス達とも席が離れたので心も穏やかだ。おなかは苦しいけど。
 カバンとストールでおなかを周囲の目から隠す。特に横からのアングルはとても危険なので。



 次の日はお母様と一緒に断食プランだ。
 私が最初に想像していたのは、どこか山奥の道場での修行のような断食だったんだけど、連れてこられたのは超一流ホテル。
 ここでジャグジーに入ったり、エステを受けたり、ホテル自慢の庭園をウォーキングしたりして2日間を優雅に過ごすのだそうだ。
 今回一緒に断食プランを受けるのは、ほとんどがお母様の知り合いの上流階級のマダム達だ。どうやらお母様はお付き合いで断れなかったので、私も一緒に連れてきたらしい。そうだよね、お母様痩せてるし。本来断食なんて必要ないもの。
 社交で断食までしないといけないなんて、大変だな。
 個別で簡単なメディカルチェックを受けた後は、ホテルの一室でスタッフによるプランの説明。基本はホテル側が用意したドリンクとお粥のみで、飲み物は水かお茶。食事以外は自由に過ごしていいそうで、プールやジムもあるそうだ。
 マダム達はさっそくエステの予約をしている。私もお母様の付き人として一緒に予約させられた。
 参加メンバーの中でも特にふくよかなマダムが、これまたふくよかなお嬢様を連れてきていた。お嬢様は成冨耀美(なるとみあきみ)さんといって、現在20歳だそうだ。若い娘は私達ふたりだけだった。成冨夫人からはぜひ娘と仲良くしてあげてくれと言われたので、笑顔で挨拶をしておいた。耀美さんはうつむきがちに母親の後ろから会釈をしてきた。年上だけど、なんとなく気が弱そうな人だ。私、苛めたりしないよ~。
 その時、颯爽と鏑木夫人が部屋に入ってきた。鏑木夫人の登場で、部屋は一瞬で華やかになった。
 そう、実はこのホテルは鏑木グループ系列なのだ。私達が断食プランに参加すると聞いて、わざわざ挨拶にきてくれたらしい。
 よりによって鏑木のホテルとは…。この話を聞いたとき、まず最初に思ったのがそれだった。
 ただ泊まるだけならまだしも断食プランって、私必死でダイエットしています!って宣言しているようで恥ずかしいじゃないか…。
 鏑木には知られたくない。そしてあのダンディな鏑木パパにはもっと知られたくない。これが繊細な乙女心というものだ。
 鏑木夫人は挨拶を済ますと、こっそり隠れていた私を見つけ笑顔で近づいてきた。

「麗華さん、よくいらしてくれたわね!2日間、大変でしょうけどぜひ頑張ってね!私、応援していてよ」
「はい、ありがとうございます…」

 恥ずかしい。デブだと認めているようで恥ずかしい。でもさっき測ったBMIでは痩せ型分類だったし!
 鏑木夫人に応援されてしまったことで、マダム達にも変に注目されてしまった。愛想笑いでその場をごまかす。
 そして鏑木夫人は参加者のマダム達に笑顔を振り撒き、そのまま風のように去って行った。


 さてと、それではまず私達が宿泊する部屋に移動しましょうかね。
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