挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
謙虚、堅実をモットーに生きております! 作者:ひよこのケーキ
84/273

84

 クリームチーズに蜂蜜をかけると、とてもおいしい。
 このままで食べるのも大好きだけど、私はこれをスコーンの上に乗せて食べる。これまたおいしい。
 蜂蜜専門店で売られている希少で高価な蜂蜜も、吉祥院家では平気で贅沢使いできるのだ。なんて素晴らしい。
 今日はどの蜂蜜にしようかなぁ。ラベンダーの蜂蜜にしよっと。
 小さな瓶に入ったそれを、遠慮なくクリームチーズにかける。スコーンと共にがぶり。あぁ至福、至福。
 なかなかボリュームがあるので、ひとつでおなかいっぱい。調子の良い時にはふたつでもぺろりなんだけどね。
 しかしこの甘美な食べ物は、三日も続けて食べれば恐ろしい結果をもたらす。主に重量的なところに。
 あぁ、なんという悪魔の食べ物!



 そんな悪魔の誘惑に今日も負けていた時、葵ちゃんから電話があった。「お兄ちゃんの様子がどんどんおかしくなってきている」と。

「ギターにはまってしまった筋肉のお兄さんね。まだ毎日弾いてるの?」
「弾いてるし歌ってる…」
「あら~」

 葵ちゃんの声は暗い。

「実はね、お兄ちゃんがギターを始めたのは、好きな人が出来たかららしいの。で、その人に自作のラブソングで告白するんだって…。毎日ね、血を分けた身内が、自分で作った気持ちの悪い愛の歌を歌っているの。つらいよ?家族全員でやめるように言ってるんだけど聞かないの。それにね、これがまた酷い歌詞でね。君に会ったら胸がドッキドキ、僕の心はふっわふわ、みたいなどうしようもない歌詞なの。もう本当にどうしようもなく恥ずかしい歌詞なの。お母さんはお兄ちゃんが歌いだすと耳をふさいでる。私妹として本当、情けないよ…」

 自作のラブソングか…。メロディがあるぶん、その羞恥心への攻撃力はポエムの比じゃないな。
 たまにテレビで好きな女の子に歌で告白なんて企画をやってるけど、あれって贈られた女の子は、本当に嬉しいのかな。私なら恥ずかしくて居たたまれないけど。
 でもポエムやラブソングのプレゼントって、やらかしちゃうのはほとんど男の人だよね。あまり女の子で好きな人にポエムをプレゼントしたって話は聞かないし。あぁ女の子は手作り系かな。
 自作ラブポエムやラブソングはもしかしたら、男の人にしか感染しない恐ろしい病なのかもしれない。怖い…。お兄様が感染しなくて良かった。
 でもお兄様が時々弾く、シューベルトのセレナーデはとっても素敵!
 うん、やっぱり素人が迂闊に作っちゃいけないんだな。

「突然歌で告白なんてされたら、驚いて逃げられてしまうんじゃないかしら。それに相手の女性が、そういったことが苦手な場合もあるし…」
「そうだよね。でもその相手が音楽好きなんだって。ミュージシャンタイプが好きって」
「ほぉ~」
「同じ大学の同級生で、一生懸命アピールしたけど難しくて、最後の手段でラブソングに手を出しちゃったみたい…」
「あら~」

 大学の同級生か。筋肉お兄さんは大学生だったんだな。

「マリ~マリ~、愛しのマリ~僕は君の虜さ~って、もうバカみたいっ」

 確かにまるで作詞の才能がなさそうだな。これならまだ委員長のポエムのほうがマシかもしれない。委員長も病が悪化するとそのうち歌いだすのかな。委員長、そこだけは踏み止まってくれ。
 しかし、マリーか。

「ちなみにその大学はどこか、聞いてもいいのかしら?」

 葵ちゃんがあげた国立大学の名前は、真凛先生の通う大学と同じだった。しかも同い年。
 え、もしかして…。

「私の家庭教師をしてくれている先生も、その大学でお兄さんと同い年よ。しかも好きなタイプはビジュアル系」
「ええっ!」
「名前もマリーに近いかな。でも私が勝手に個人情報を漏らすのは問題なので、名前は教えられないわ」
「そっかぁ。もしかしたらその人なのかもね。でもビジュアル系か。お兄ちゃんの歌はギターかき鳴らすフォークソングみたいなのだよ。全然違うね」
「その人が本人と決まったわけではないですけどね」

 葵ちゃんは「そうだね。でもお兄ちゃんにちょっと話してみようかな」と言って電話を切った。葵ちゃんもなんだかんだ言って、実の兄の恋を心配しているようだ。
 でも葵ちゃんのお兄さんと、真凛先生かぁ。世間は狭いなぁ。



 次の日の放課後サロンに行くと、鏑木がピアノでリストの“愛の夢”を奏でていた。

 えーっ!!なにこれ?!かっこいいっ!!

 窓の外からこぼれる木漏れ日の中、情感たっぷりに弾く鏑木のピアノに、不覚にも胸がときめいてしまった。いかんっ、目を覚ませ!
 しかし、騎馬戦馬鹿の脳筋系かと思っていたら、まさかのピアノ。これがギャップ萌えというやつか。その破壊力、なんて恐ろしいっ。
 でもこのピアノはきっと、優理絵様を想って奏でているのだろうなぁ。切ないねぇ…。
 お兄様のセレナーデも素敵だけど、鏑木のリストもいいな。乙女心ど真ん中だ。
 私以外のピヴォワーヌの女子生徒達もうっとりと聴き入っている。これぞメンバーのみの特典といったところだね。
 鏑木、リクエストは受けつけてくれないのかなー?


 鏑木のピアノを聴いて改めて思った。自作はダメだ。
 私は葵ちゃんに「既存の曲にするべし。自作はハイリスクノーリターン」とメールを送った。しかし葵ちゃんからは「お兄ちゃんの情熱は止められない。麗華ちゃんから聞いた話をしたら、同一人物だって確信したみたい。相手の人、凄いお嬢様の家庭教師をしてるんだって。フォークからビジュアル系に宗旨替えして、歌に変なシャウトが入るようになった。つらい」と返ってきた。
 ……筋肉お兄さーん。


 私は葵ちゃんのために一肌脱ぐことにした。真凛先生に葵ちゃんのお兄さんを売り込むのだ。ふたりがくっついて、真凛先生がギターをやんわり止めてくれたら、葵ちゃんの家も平和になるに違いない。
 さっそく真凛先生が来る家庭教師の日に実行した。

「真凛先生、前に同級生から猛アタックされてるって話をしていましたよね、ちょっと暑苦しいっていう…」
「えぇ、ありましたね。それがなにか?」
「今もその人からはアプローチされているんですか?」
「やだぁ、麗華様ったらどうしたんですか突然。…まぁそうですね?」

 やっぱり!

「あの、その方のことなんですけど、好きなビジュアル系じゃないし、暑苦しいかもしれないけど、きっといい人だと思うので、一度よく話してみたらどうでしょう?もしかしたら好きになる可能性もあるかもしれませんよ?」
「えっ、あぁそうですね」
「でしょう!いきなり歌のプレゼントをされても引かないでくださいね!」
「歌のプレゼント?いったいなんのことでしょう。彼は音楽にはほとんど興味がありませんよ」
「前はなくとも、今はあるのですわ!真凛先生のためにギターの練習をしているんです。告白するために!」

 あ、言っちゃった。

「告白…」
「あのっ、本当はサプライズにするはずなんです。だから…」
「告白もなにも、私は今、彼と付き合ってるんですけど」

 ………え?

「付き合ってる?」
「ええ。あまりにも一生懸命なのでつい絆されちゃって」

 見せてくれた写メには真凛先生と一緒に、研究者タイプの真面目そうな男性が写っていた。
 痩せていて、全然筋肉じゃない。

「え、暑苦しいタイプって…。ビジュアル系と真逆だって…」
「あぁ私への好き好きアピールがね、ちょっと暑苦しいなって。それに真面目な彼とビジュアル系って性格真逆でしょ?」
「あぁ…そうですか…。あ!あのっ!ほかに真凛先生にアタックしている男性はいらっしゃらないですか?こう、筋肉タイプの」
「いませんよ」
「本当に?」
「ええ、いません」

 間違えたーーーー!!

 そうだ。そんな都合のいい話があちこちに転がっているはずがない!
 どうしよう。早く葵ちゃんに知らせなれば、あぁなんてこった。
 彼の話をのろけている真凛先生に、友達へのメールを送る許可をもらった。すると先に葵ちゃんからのメールが届いていた。

「どうしよう!お兄ちゃんがデスメタルみたいになっちゃった!お母さんの化粧品を勝手に使って、今めちゃくちゃ怒られてる!怖いよ!私今日眠れないっ!」

 どうしようっ!!



 なんてことをしてしまったんだ。もう葵ちゃんのご家族に顔向けできない。
 震える手でどうにか人違いだというメールを送って、筋肉お兄さんが早まった行動を取っていないことを必死で祈った。

 ……筋肉お兄さん、恋愛ぼっち村、入村決定?
 ああっ!ごめんなさいっ!!
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ