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謙虚、堅実をモットーに生きております! 作者:ひよこのケーキ
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 目当ての講義の教室に行くと、知った顔を見つけた。
 夏休み前よりも微妙に髪の色が明るくなっている佐富君だ。

「あっ、吉祥院さん」
「佐富君」

 友達の男子生徒達と挨拶を交わしていた佐富君が、私に気づいてやってきた。

「どうして吉祥院さんがって、そういえば前に瑞鸞の補講を受けにくるって言っていたね」
「ええ。興味のある教科の時は、なるべく来るようにしているの。佐富君こそ、補講に出るなんて言っていなかったわよね」
「そうなんだけど、今日の講義のプリントが欲しかったからね。友達から結構重要なことが書いてあるって聞いてさ」

 佐富君はそう言いながら、教室を見回した。

「しかし補講は毎年、時間があって気が向いたら時々受けたことがあったけど、今年は受験があるからか、いつもよりも人が多いね」
「そうなの?」
「うん」

 やっぱり内部受験組でも上を目指している生徒には、補講は受験に有益な情報があるから受けた方がいいと判断されているみたいだね。現に例年は受けていない私も来ているし。

「ごきげんよう。委員長、美波留さん、真帆さん、岩室君」

 ノートを開きながら固まっておしゃべりをする4人組に声を掛けると、それぞれが「おはよう」「ごきげんよう」と笑顔で挨拶を返してくれた。
 私はそのまま、空いている委員長の隣の席にカバンを置く。どうやらあらかじめ今日の講義を受けることを伝えていたので、委員長達は私の席を取っておいてくれたようだ。嬉しい。笑顔でお礼を言っておく。
 たとえ空いていなくても、私が来ると先に座っていた生徒が譲ってくれたりするんだけどね…。

「えっ?!吉祥院さん。一番前に座るの?」
「そうよ。佐富君もどうかしら。まだこちらの席が空いているみたいよ」

 私は委員長とは反対側の自分の隣の席を指差す。

「最前列のど真ん中はさすがに…。俺は後ろの席でいいよ」
「そうね。佐富君は先生の目の前だと色々と不都合があるでしょうからね。ねぇ佐富君、髪の色が普段よりさらに明るくなっているんじゃない?」
「いやぁ、毎日プールに行っていたら、塩素で茶色くなっちゃって」
「嘘つき」
「ははは」

 佐富君は「立っていると疲れるでしょ。吉祥院さんは座りなよ」と言うと、自分は隣の空席の机に行儀悪く軽く腰掛けた。机に座るなら、きちんと椅子に座ればいいのに。

「今日の補講は、いつもの仲間達は一緒に受けないの?」
「仲間って芹香さん達のこと?いいえ。芹香さん達にそのつもりはないみたい」

 誘ったら私に付き合って参加してくれるかもしれないけど、これまで夏休みの補講が話題になったこともないから、芹香ちゃん達はまったく興味はなさそう。興味がないのに、暑い中私のために登校させるのは悪いものね。

「ふ~ん。今日は五人囃子はいないのか…」
「ちょっと待って。五人囃子ってなに」

 今、聞き捨てならない言葉が聞こえたんだけど?!

「あ、聞こえちゃった?」
「聞こえたわよ」

 あちゃ~とおどけたように笑う佐富君にイラッとする。

「なんでもないよ。空耳、空耳」
「空耳のわけがないでしょ。五人囃子って聞こえたわよ。なによ、五人囃子って」
「なんでもない、なんでもない」

 埒が明かない。
 私は岩室君達と話している隣の委員長を指先でトントンと叩き、

「お話中ごめんなさいね。委員長、五人囃子って知っている?」
「五人囃子って雛祭りの話?」

 私の問いに委員長はきょとんと首を傾げ、他の3人も同じ反応を示した。どうやら委員長達は知らないらしい。
 その間にそっと腰を浮かせて逃げようとした佐富君のシャツを掴み、半眼で「佐富君」と睨んだ。

「たいしたことじゃないって」
「いいからさっさと説明しなさい」

 私が扇子代わりに定規を佐富君の顎下に突き付けて脅かすと、佐富君は両手をあげて降参した。

「う~ん。吉祥院さんの率いる軍団って構成員は多いけど、常に傍にいる側近は風見芹香、今村菊乃、大宮あやめ、白鷺流寧の4人が固定だったでしょ」
「軍団って言わないで。それに構成員って表現やめてよ。まるで反社会的組織みたいじゃないの。人聞きの悪い!」
「反社会的組織…」

 私の怒りもどこ吹く風で、ひゃっひゃと笑う佐富君に猛烈にイラつく。

「…今すぐにその笑いを収めないと、女子に回状を回して追い込むわよ」
「吉祥院さん、その発言は完全に反社会的組織そのものだから」

 いけない。私達は平和を愛する人畜無害で真面目な女の子達のグループなのに、あらぬ誤解をされてしまうわ。

「それで、佐富君。五人囃子の説明は」
「あ、忘れてくれなかったか」

 当然よ。

「じゃあ話の続きだけど、今までは吉祥院さんと常に行動を共にする固定メンバーはさっき言った4人だったけど、最近もうひとり増えたでしょ。ほら、ピヴォワーヌの人」

 芙由子様のことか。

「よくご存じね」
「吉祥院さん達は目立つからねー。それで吉祥院さんを囲む側近が5人になったから、一部では人呼んで“吉祥院麗華と五人囃子”と言われているとか、いないとか」
「なによそれ!」

 激昂する私を佐富君が「まあまあ」と宥めた。

「親しみを持たれている証拠だから」
「親しみを通り越して、バカにされているとしか思えないわ!」

 しかも“吉祥院麗華と五人囃子”なんて、大昔のムード歌謡のグループ名じゃあるまいし!なんなの?!私の顔が昔のぬりえ顔だから、それに合わせたとでも言いたいの?!

「吉祥院さん、落ち着いて。あくまでも一部のバカな連中だけだから」
「一部でも問題だわ!」

 佐富君は鼻息荒く目を吊り上げる私に困った顔で笑うと、

「う~ん。吉祥院さんってさ、怒りそうで本気で怒らないでしょ」
「今現在、私が本気で怒っているのが佐富君にはまったく伝わっていませんか?」
「それは伝わってます。そうじゃなくて、吉祥院さんってあのピヴォワーヌの中心人物で、学院内に多大な影響力を持つ畏怖の存在だったりするんだよね」
「……」

 認めたくないけど、その自覚はある…。

「だけど個人的に話してみると、案外普通というかさ。失礼なことをしても全然怒らないというか、怒ったとしても普通だから」
「普通…」
「うん。後ろに控える五人囃子と全女子構成員からの報復は怖いけど、今のところ、吉祥院さんの逆鱗に触れて瑞鸞にいられなくなった生徒もいないし、だったらどこまでなら大丈夫か、探っている感じもあるんだと思うんだよね。なんていうかほら、チキンレース的な?」
「人を勝手に度胸試しの障害物扱いにしないで欲しいわ」

 なんなのよ。どうしてそこで普通に話しかけずにチキンレースを始めちゃうのよ。

「…それで、“吉祥院麗華と五人囃子”なんて、ふざけたことを誰が言い始めたの」
「それは言えないよ。俺は友達は売れない」
「今ここで、芹香さん達に電話をして佐富君が首謀者だと言ってもいいのよ」
「某サッカー部部長です」

 あいつか!蹴鞠大納言!

「…全力で蹴り飛ばす!」
「終わったな、安曇…」

 友達を売った張本人が他人事のように合掌した。
 どうしてくれようか…。まずは蹴鞠大納言の靴箱とロッカーの中に雛人形を入れておこう。扉を開けたら雛人形。これは警告だ。そして五人囃子の名にふさわしく、笛や太鼓を奏でながら全員で輪になって囲んでやろう。それから徐々に、徐々にその輪を縮めて、音が止んだ時がお前の最期だ──。
 踏まれた虎の尾をビシビシと床に打ち付けていると、教室に入ってきた男子生徒が絶望の声を洩らした。
 多垣君だ。

「あら、多垣君も夏期講習を休んでこちらに来たの」

 多垣君まで来るなんて、本当に今日の補講は重要視している生徒が多いみたいだ。受けにきて良かった。
 よろめいた多垣君から「なぜここに…」という呟きが聞こえた気がしたが、たぶん気のせいだろう。

「多垣君、ここの席空いているわよ?」

 いつも塾でも前の席に座っている多垣君に、私は親切心で隣の空席を教えてあげた。

「えっ?!えっ、僕は…」

 目を泳がせて青ざめる多垣君の肩を、佐富君が叩いて言った。

「大丈夫だ、多垣。今日は五人囃子はいないみたいだぞ」

 多垣君の顔色が青から土色に変化した。
 今のは確実にわざとだな。矛先を自分以外に逸らすために、蹴鞠大納言に続き多垣君も売ったか、佐富行成。なんてヤツだ。
 でもこれは使える。

「そう。多垣君もそのふざけたあだ名を知っていたの…」
「ぼ、僕は小耳にはさんだことがあるだけで!」
「そうなの?多垣君も裏では五人囃子などと言って私達を茶化していたのではなくて?」
「違います!本当に僕は偶然小耳にはさんだだけで、茶化すなんて、決してそんな命知らずなことはしていませんっ!信じて下さい!」

 私はにっこりと慈愛の笑みで応えた。

「もちろんよ。多垣君はそんなことをする人ではないわよね?」
「はいっ」
「偶然、小耳にはさんでしまっただけよね?」
「はいっ」

 多垣君はコクコクと頭を上下に振った。
 そして「どうかこのことは、風見さん達には言わないでください!」と必死の形相で頼んできた。
 そうか多垣君が怖がっているのは、私だけじゃなく芹香ちゃん達もなのか。確かに気の強い女子の集団って怖いよね。気持ちはわかる。
 でもクラスも一緒で塾も一緒なのに、いつまでも怯えて露骨に避けられるのも、いい加減面倒なのよね。だから…

「多垣君は性能の良い小耳を持っているのね。私は世俗の話に疎いので、ぜひその小耳に入った話を、これからは私にも教えてもらいたいわ」

 仲良くしましょう?多垣君。

「え…」
「私達、これでお友達ね」
「ヨカッタナー、多垣」

 まずは隣にお座りなさいな。じっくり話を聞かせて頂戴。



 そしてお昼に約束通り璃々奈とランチを食べていると、食堂の隅に可愛らしい女の子とふたりで楽しげに食事をする佐富君を発見した!誰だ!

「あの子、私の同級生だわ」
「なんですって?!」

 璃々奈に相手の女の子の名前を聞いたら、佐富君とは苗字が違った。妹ではないようだ。まさか、彼女か?!
 あっ!頭を撫でた!いちゃついている!
 これは事と次第によっては、校則違反のカラーリングの件を学院に進言せねばなるまい。

「小耳!今すぐ調べなさい!」
「はいいっっ!」

 今日この日、ここに私の子飼いの密偵、“小耳の多垣”が誕生した。
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