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謙虚、堅実をモットーに生きております! 作者:ひよこのケーキ
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「どうしたの、雪野君。なにかあったの?」

 私が雪野君の柔らかいふわふわの髪を撫でながら尋ねると、私に抱きついていた雪野君が体を離して顔を上げた。

「なにもないです。ただ麗華お姉さんに会いたいなぁって思って…。あの、迷惑でしたか?」
「まぁっ!私が雪野君を迷惑に思うわけがないじゃない。もしかして、ここで私をずっと待っていてくれたの?」

 雪野君がコクンと頷いた。なんてこと!
 可愛い雪野君が待っていると知っていたら、鏑木なんか打ち捨てて全力疾走してきたのに!

「ごめんなさいね。ずいぶんと待たせてしまったでしょう。連絡をしてくれたら良かったのに…」
「ううん。僕が麗華お姉さんに会いたくて勝手に待っていただけだから」

 なんという健気!いいのに。子供はわがままを言っていいのに!鏑木に雪野君のこの気遣いを見習わせたい。

「ではなにか緊急の用事があったわけではないのですね?」
「はい」

 その返事にひとまずホッとした。小学生がポツンとひとりで待っているなんて、なにか悩みごとか困ったことでもあったのかと思った。

「雪野君のお兄様は今日はどうしたの?一緒ではないのかしら」
「…知らない。どこかの誰かと約束でもあるんじゃないの」

 口を尖らせた雪野君がプイッと横を向いた。あらら。
 これはもしかして、大好きなお兄様である円城が弟の雪野君を放って出かけているから拗ねちゃっているのかな?そうだよねぇ、まだ小学生だもんねぇ。私も雪野君くらいの歳の頃にお兄様が忙しくて帰りが遅かった時はちょっと寂しかったもの。私の場合は精神年齢が大人だったし、帰ってきたお兄様が甘やかしてくれたから拗ねたりはしなかったけど。
 そっかぁ。原因は兄弟ゲンカ(?)かぁ。

「とりあえずお家まで送って行きましょうか?」

 雪野君はキュッと私の制服を掴んだまま、動かない。う~ん、これはヤだってことかなぁ。
 どうしたものか…。幸い今日は塾はないし、家庭教師の先生には謝罪して別の日に振り替えてもらえば時間は作れるけど…。

「どこか行きたいところはある?」
「行きたいところ…」

 う~んと雪野君が考え込む。行きたがっていた水族館はつい最近一緒に行ったばかりだしねぇ。小学生の男の子はカフェでおしゃべりとかショッピングなんか興味ないだろうし。どこかのんびり遊びながらおしゃべりもできるところ…。
 今朝家を出てくる前の自室の状態を思い出す。脱ぎっぱなしの服やダイエットグッズなんかは転がっていなかったはず…。

「よかったら、雪野君のお家のかたが迎えにきてくれるまで、私の家にくる?」
「いいんですか?!」

 円城が出かけていて拗ねちゃっている雪野君は、このまますぐに帰りたくないみたいだし、数時間私の家で遊んで、後で迎えにきてもらえばいいか。

「ただし、雪野君のお家のかたが許可してくださったらね」
「わあっ!」

 雪野君の顔がぱあっと輝いた。ペットもいないし、そんなに期待されるような家でもないんだけど…。念のためにお手伝いさんに私の部屋を軽く掃除をしておいてもらうように連絡をしておこう。

「では円城家のご両親かお兄様に、私の家に遊びに行ってよいか確認してみましょうか」
「はいっ。兄様にメールをしてみます」

 雪野君が携帯を取り出してポチポチと操作した。連絡相手はケンカ中(?)の円城でいいんだ。
 私もお手伝いさんと家庭教師さんに連絡をしておく。

「“これから麗華お姉さんのお家に遊びに行ってきます”と送りました」

 遊びに行っていいかじゃなく、遊びに行ってきますの断定形なんだね。

「麗華お姉さんのお家に行けるなんて楽しみです」
「たいしたおもてなしはできないので、あまり期待しすぎないで?」

 ゲーム類はどこにしまってあったかな…。
 このまま外で話しているのもなんだから、車に乗りましょうかと話していたところに、雪野君の携帯電話が鳴った。

「あ、兄様だ」

 電話に出た雪野君は「うん、うん、そうだよ」としばらく話した後、「兄様が麗華お姉さんに代わって欲しいと言っています」と携帯電話を差し出してきた。円城か…。

「もしもし、お電話を代わりました」
「吉祥院さん?円城です。うちの雪野が今から吉祥院さんのお宅に行くと言っているんだけど」
「ええ、そうなんです。もし円城様のお家の許可が取れたらという話なのですが」
「急に押しかけるなんて吉祥院家は迷惑なんじゃないかな」
「いえ、我が家は平気ですけれど。丁度今日は両親も外出予定で私しかおりませんし」
「本当に?」
「はい。円城様のお家こそ、保護者がいないのに私が勝手に雪野君を寄り道させてしまって大丈夫ですか?円城家のご両親の了承はいただけるのでしょうか」
「そっちは僕が連絡を入れておくから大丈夫。ごめん。なるべく早く迎えに行くから、それまで雪野を預かっていてもらえるかな。弟のわがままで迷惑をかけちゃって申し訳ないんだけど…」

 いえいえ。貴方の親友に比べたら、雪野君の可愛いわがままなんて迷惑のうちに入りませんよ~。
 するとその時、電話口の遠い向こうから「シュウ?」と女性の声が聞こえた。それに対して送話口を手で押さえたのか、円城の「待って」というくぐもった声が聞こえた。

「本当にごめんね。雪野がわがままを言ったら遠慮なく叱ってくれていいから。それからもう一度雪野に代わってもらえるかな」
「雪野君、お兄様がもう一度変わって欲しいんですって」

 携帯を受け取った雪野君は、「わかってるよ。僕きちんとおとなしくしているもん。お迎えはゆっくりでいいよ!」と言って通話を切った。その口調から、どうやらまだつむじは曲がっているらしい。ぷくっと膨れる雪野君も可愛い。

「では雪野君のお兄様の許可ももらえたことですし、行きましょうか」
「はい!」

 一転してニコニコ顔になった雪野君を連れて私は車に乗り込んだ。





 雪野君を伴って吉祥院家に帰宅すると、私は雪野君を自分の部屋へと案内した。

「雪野君、こっちよ」
「はい」

 するとそこへ着飾ったお母様が衣裳部屋から出てきたのと鉢合わせた。まだ出かけていなかったのか。

「あら、麗華さん。おかえりなさい。そちらのお子様は…」
「ただいま帰りました、お母様。こちらは円城様の弟様で円城雪野君です」

 私が紹介すると、雪野君はお辞儀をして

「こんにちは、円城雪野です。今日は突然お伺いして申し訳ありません」

 ニコッと笑顔で挨拶をする雪野君に、お母様は両手で頬を押さえた。

「まああっ!なんて利発で愛らしいお子様なのでしょう!」

 血は争えない。お母様も天使の微笑みに心を奪われたらしい。

「私の家に遊びに来たいとおっしゃったのでお連れしたのです。後で円城家のお家の方が迎えにいらっしゃるそうですわ」
「まぁ、そうなの。ようこそ雪野さん。ゆっくりしていらしてね。ねぇ、麗華さん。お母様も雪野さんと少しお話がしたいわ」

 え~っ。雪野君が気疲れしちゃうよ…。
 でも心優しい雪野君は「はい」とお母様のお茶の誘いを快く受けてしまった。うわ~、ごめんよ。
 居間に移動した私達は、お茶を飲みながら談笑をした。雪野君はお母様からの質問にも持ち前の天真爛漫さを振り撒いて答えてくれるので、可愛いものが大好きなお母様はご機嫌だ。気を使わせて申し訳ない。

「雪野さんは本当に愛らしくて、このようなお子様をお持ちの円城家のご両親が羨ましいわねぇ、麗華さん」
「ええそうね、お母様。私も雪野君みたいな弟がいたら良かったのにと思います」
「そうよねぇ。貴輝さんも子供の時は可愛かったのだけど、すっかり大人びてしまって」

 二十歳を過ぎた男性に子供の可愛さを求められても、お兄様だって困ると思う。
 お母様は上機嫌に雪野君に「お菓子はいかが?」と焼き菓子を勧めている。
 …そうだ。お母様が雪野君の可愛さに浮かれている今だったら、例の計画がもしかしたらいけるかも。

「そういえばお母様。私、気分転換を兼ねて、たまにはへアスタイルを変えようかと思っているのですけど…」

 時代遅れから脱却して今時のおしゃれ女子高生になるには、まずこのザ・お嬢様な巻き髪から卒業しないと。それにはまず最大の壁であるお母様を説得しないといけない。今がそのチャンス!

「えっ、麗華お姉さん、その髪型をやめちゃうんですか?」

 それなのに、お母様より先に隣の雪野君に反応された。

「どうしてですか?とっても似合っているのに」

 つぶらな瞳でコテンと首を傾げる雪野君。

「えっ…、そうね。ずっと同じヘアスタイルというのも飽きるし、たまにはイメージチェンジをしてもいいかなぁと…」
「そうなんですかぁ…」

 なんだか声がちょっぴり残念そう。

「雪野君は、私のこの髪型が好きなのかしら…?」
「はい。まるで絵本のお姫様みたいです」
「えっ、お姫様?!」

 確かに自他ともに認めるロココヘアだけど、雪野君はそんな私をお姫様みたいだと思ってくれていたの?!

「まあまあっ!雪野さんは見る目もあるのねぇっ」

 自分の趣味の賛同者を得たお母様のボルテージは上がりまくった。

「雪野さんも今の髪型は麗華さんに似合っていると思うわよねぇ?」
「はい。麗華お姉さんはお姫様みたいでとっても可愛いと思います」
「雪野君…!」

 雪野君の目にはこの時代遅れ顔の私がお姫様に見えているのか。
 ありがとう雪野君。私は雪野君のお姫様でいるために、一生縦ロールで生きていくと宣言するよ!


 時間になり、お母様が名残惜しげに出かけて行って私達はやっと解放された。

「ごめんなさいね、雪野君。母に付き合わせてしまって」
「いいえ。お菓子もおいしくて、麗華お姉さんのお母様とお話できて楽しかったです」

 いい子だなぁ。なんていい子なんだ。
 あまりにいい子なので、私の部屋を物珍しげにクリクリとした瞳で見る雪野君の頭を撫で繰り回したくなる。
 私達はゲームをしたり、雪野君が宿題があると言うのでそれを一緒にやったりした。…私の頼りない脳みそは初等科の勉強内容をまだ忘れていなかったようで良かった。

「僕そろそろ家に連絡をして迎えにきてもらいます」

 時計の針は6時を過ぎている。小学生なら夕食の時間だろうか。

「せっかくだから夕食も一緒に食べていったらどうかしら。どうせ今日は私ひとりだし」

 さすがにそこまではと遠慮する雪野君を、いいからいいからと説得する。なんだったら夕食の後にうちの車で送っていってもいいしね~。
 結局私の説得に負けた雪野君が、家に連絡をして一緒に夕食を食べた。
 可愛い雪野君を手放したくない私がもういっそ泊まっていっちゃえばという心境になっていた頃、雪野君の迎えが来たとの知らせを受けた。
 帰り支度をした雪野君と一緒に玄関に行くと、そこにはセミフォーマルな私服に身を包んだ円城が立っていた。もしかしたらそれなりのレストランでディナーの予定でもあったのかもしれないな。急ピッチで食べてきたか、途中で抜けてきたか、どちらにせよご苦労様です。

「遅くまで弟が面倒をかけてごめんね」
「面倒なんてかけられていませんから。私こそ遅くまで引き止めてしまって申し訳ありません」
「兄様、麗華お姉さんとゲームもして、宿題も教えてもらったんだよ」

 宿題か…。どうか教えたところが間違っていませんように。
 円城は雪野君に厳しい目を向けると、

「雪野。吉祥院さんにわがままを言って困らせたんだから、きちんとお礼を言いなさい」
「はい。ありがとうございました、麗華お姉さん。今日はとても楽しかったです」
「こちらこそ、楽しかったわ。またぜひ来てね」
「はい!」
「吉祥院さん、今日はありがとう。この借りは今度返すから」

 なんと!雪野君はささくれだった私の心を癒してくれただけではなく、腹黒円城に貸しまで作ってくれるなんて!まさに天使!
 私は車の中から手を振ってくれる雪野君を、見えなくなるまで見送った。
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