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謙虚、堅実をモットーに生きております! 作者:ひよこのケーキ
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「吉祥院さん、ちょっといいかな」

 休み時間に芹香ちゃん達に囲まれておしゃべりをしていたら、教室に円城が訪ねてきた。
 突然の円城の登場に教室が沸き立ち、芹香ちゃん達は興奮してきゃあきゃあと浮かれまくった。

「なんでしょう」
「うん。ちょっと吉祥院さんに話というか、お願いがあってね」
「…お願い?」

 円城からのお願い。え~、なんか嫌な予感しかしないんだけど…。
 拒否オーラを全面に出している私を無視して、芹香ちゃん達が私を円城の元へとぐいぐい押し出す。

「麗華様、早くお行きになって」
「そうですわ、麗華様。円城様をお待たせしては悪いですよ」
「さぁさぁ、麗華様」
「さぁさぁ」

 やり手の仲人おばさんと化した芹香ちゃんが、ドナドナの花道を歩く私の体をペチペチと無意味に叩いて送り出す。私は力士じゃない。

「ごめんね、なんだか騒がせちゃったみたいで」

 全く申し訳ないと思っていない笑顔の円城に、こちらも全く心のこもっていない「どうぞお気になさらず」を返す。
 ちらりと横目で教室のドアを見ると、そこには隠れる気が全然感じられない芹香ちゃん達が、ドアにへばりついて目を爛々と輝かせながらこちらを覗いている。うわぁ…。
 どんな内容の話かわからないので、皆から見聞きできない柱の影へと円城を促すと、後ろから「あぁ~」という芹香ちゃん達の残念そうな声が聞こえた。まったく…。

「それでお願いとはなんでしょう」

 警戒を解かない私に円城が少し困ったような微笑みで口を開いた。

「実は雪野が吉祥院さんと水族館に行きたいって言っているんだ」
「雪野君がですか?」

 どうせまた鏑木絡みの厄介話だろうと思っていたら、私の心の天使ちゃん雪野君からの素敵なお誘いだった。

「ほらこの前、雅哉と水族館の話をしたでしょ。それを帰ってから雪野に話したら自分も水族館に行きたいって言いだして」
「あぁ、あの時の…」
 鏑木からの、座高が高いという繊細な乙女の心に消えない傷を負わされた恨みは忘れていない。あれから私はどれほどの怒りかをアピールすべく、鏑木からの呼び出しやメールを完全に無視している。まだ数日だけど根が小心の私はいつ逆ギレされるかと内心ではドキドキヒヤヒヤだ。人間関係は綱渡り。

「それでせっかくだから雪野の友達も誘って皆で行きたいって話になってね」
「雪野君のお友達って、プティの子ですか?」
「うん。吉祥院さんも知っている子達だよ」

 そう言って円城が名前をあげたのは、麻央ちゃんと悠理君だった。雪野君と麻央ちゃんと悠理君と一緒に水族館かぁ。それはぜひ行きたい!

「雪野君達からのお誘いでしたら、ぜひともご一緒させていただきたいですわ」
「本当?ありがとう。ごめんね、弟の我が儘に付き合わせて」
「とんでもない」

 可愛い天使ちゃんからのお誘いならいつだって二つ返事で快諾しちゃうよ。

「それで予定はいつなのでしょう?」
「実は急なんだけど、今日の帰りはどうかな」
「えっ、今日ですか?!」
「うんそうなんだ。雪野やその友達の子達との予定が合うのが、一番早くて今日しかなくてね。それ以外の日にちだとずいぶん空いてしまって。本当急な話で申し訳ないんだけど」

 私もそうだったけど、小学生といえども瑞鸞の子供達は放課後は習い事などがびっしり入っているからねぇ。
 う~ん今日かぁ。昨日も芹香ちゃん達と放課後に和風スイーツのお店に行ったばかりなんだよねぇ…。
 ちなみに放課後に友達と寄り道をしてスイーツを食べに行くなんて今までしたことがなかった芙由子様は、とっても楽しそうだった。だからまた皆で別のお店に遊びに行く約束もしたら芙由子様はそれはもう嬉しそうに頷いていたな。

「どう?無理そうかな」
「そうですねぇ…」

 今日は塾もあるし、これでも一応受験生だからなぁ。連日遊びに行くのはさすがにちょっとなぁ…。
 虚空を見上げると、ほわほわと目の前に雪野君の笑顔が浮かぶ。幻の雪野君が私に「麗華お姉さん」と笑いかけた。

「行きましょう」

 雪野君の笑顔には代えられない。勉強は帰ってからすればいいことだ。

「ありがとう。じゃあ放課後にね」
「はい」

 円城は私に軽く手を振ると、自分の教室へと戻って行った。水族館か。楽しみだな。ペンギン、アザラシ、イルカにクラゲ…。
 教室に戻るとニタァと笑った芹香ちゃん達が手ぐすねを引いて待っていた。

「麗華様~」
「放課後ってなんですの~」
「話を聞かせて~」

 ひいいいいいっっっ!
 恐ろしい船幽霊と化した芹香ちゃん達の無数の手に両腕を掴まれ、私はゴシップの海に引き摺りこまれた。





 そしてなぜあんたがここにいる──。
 円城と約束した待ち合わせの駐車場に行くと、円城と雪野君、麻央ちゃん悠理君に交じって、なぜか鏑木の姿もあった。

「帰りに雅哉に捕まっちゃって」
「なぜ俺を誘わない」

 髪をかきあげ苦笑いの円城に、腕組みをし不機嫌な鏑木。

「麗華お姉さん!」
「麗華お姉様!」

 笑顔の雪野君達がわらわらと私の周りを取り囲む。あぁ、なんという至福。

「麗華お姉さん、今日は来てくれてありがとうございます」
「こちらこそ、誘ってくれてどうもありがとう。私も雪野君達と水族館に行けるなんて、とっても嬉しいわ」

 雪野君の琥珀色の柔らかい髪をそっと撫でる。あぁ、なんという極楽。

「さて、じゃあ行こうか」

 円城の先導で私達は車に乗って水族館へと向かう。今から行くのは閉園時間が遅めなので放課後にも余裕をもって立ち寄れる水族館だ。

「この水族館はつい先日行ったばかりだから、案内は俺にまかせろ」

 勝手についてきた鏑木が偉そうに仕切る。その手には今から行く水族館のパンフレット。ん…?先日行ったばかり…?

「あの後ですぐに高道さんを誘って、放課後に二人で水族館に遊びに行ったらしいんだ」

 私の疑問を補足するように、円城が耳元でそっと囁いてきた。
 なんだと!私が天の岩戸に閉じこもっている間に、そんなことをしていたとは!聞いてないわよ!って私が鏑木からのメールも呼び出しも全部無視していたんだな。

「雅哉としては本当は休日に1日がかりで出かけたかったみたいなんだけど、彼女も休みの日は勉強で忙しいみたいで、放課後になったみたいだよ」
「…それは制服のままで?」
「?だろうね」

 なんてことだ。制服デートは前世からの私の憧れで、放課後に好きな人と制服で水族館デートなんていうのは、その私の理想そのもの。なのにそれを、気配り、常識、デリカシーのない鏑木が、さらりと実現しているなんて!
「だからこれから行く水族館も、遅くまでやっているって雅哉が紹介してくれたんだ」という円城の話も聞こえない。キーッ!鏑木のくせにっ。

「麗華お姉さん、どうかしたのですか?」

 黒いオーラが漏れ出していたのか、雪野君が私の袖をちょんと持って心配そうに見上げていた。おっといけない。

「なんでもないのよ」

 慌てて笑顔を作ると、雪野君も安心したように微笑んでくれた。ホッ。あぶないあぶない。純真無垢な雪野君達に私の妬み嫉みの闇を垣間見せてしまうところだったわ。

「ほら、お前等、早くしろ」

 仕切り屋に急かされて、私達は車に乗り込んだ。




 水族館に着くと早速興奮した子供達が「わぁ、魚がいっぱいだ」と小走りで水槽に近づいて行く。

「こら、先に行くな。迷子になるぞ」

 そんな子供達を鏑木が注意する。「はあ~い」と良い返事をする子供達。子供達に魚の生態などを説明しながら誘導している鏑木は、なんだかすっかり引率の先生状態だ。私もその後をのんびりついていく。
 大きな水槽の中では小魚の大群泳が私たちの前を横切っていった。きれ~い。

「アジかしら」
「イワシじゃない?」

 私の呟きを隣に立った円城に訂正された。…そうか、イワシか。

「あ、サメがきたよ」

 水槽のガラスにくっついた雪野君が、奥からやってきたサメを目をキラキラさせて待ち構えている。

「サメは全世界に約400種類いるといわれ、その中で日本近海にいるのは約100種類…」

 俺にまかせろと言うだけあって、鏑木はやたら魚に詳しい。

「いつも思うのだけど、サメを一緒の水槽に入れて魚達は食べられてしまわないのかしら」
「多少は食べられているだろうけど、餌を与えているから平気なんじゃない?」

 なるほど。幼気な子供達の見ている前で水槽が真っ赤に染まったらとんだ猟奇なトラウマだもんね。

「あ、エイもいるよ」
「エイというのは…」

 私達は先頭に立って説明していく鏑木解説員の話を聞きながら、水に棲む生き物達を見て回った。
 幻想的なクラゲやちょっと不気味な深海魚などを順繰りに見て、お土産コーナーでは麻央ちゃんが「弟へのお土産に」と、フカフカの白いあざらしのぬいぐるみをと手に取っていた。麻央ちゃんも弟君が生まれたばかりの時は、今まで独り占めしていた大人達の関心が弟君にいってしまってちょっと落ち込んでいたりもしたけど、すっかりお姉さんなのねぇ。ほろり。

「おい、吉祥院」

 麻央ちゃんの成長を微笑ましく見守っていると、鏑木が隣にやってきた。

「お前また俺からの連絡を無視しただろう」
「え~、そうでしたぁ?!」

 鏑木よ、その鋭い眼光をやめるんだ。私の小心な部分がぷるぷる震えてしまうから。

「高道さんと水族館に行ったそうで」
「そうだ。その話をしようと思っていたのにお前ときたら…」

 鏑木は苦々しげに大きなため息をついた。なんだなんだ、恋バナをしたかったのに聞いてもらえなくて怒っているのか。どこの女子だ。

「楽しかったですか」

 社交辞令として一応聞いてやる。

「ああ。学院の人間に見られないように水族館近くの駅前で待ち合わせをして行ったんだが、無事に会えて良かった」

 なんてことだ。学校帰りに駅で待ち合わせて「ごめん待った?」「俺も今きたとこ」なんて、私の理想の放課後デートを、気配り、常識、デリカシーのない鏑木が、さらりと実現しているなんて!
 はっ!振り返った雪野君が小首を傾げてこちらを見ている!純真無垢な雪野君達に私の妬み嫉みの闇を垣間見せてはいけない。深呼吸、スーハー。
 それからお土産を買った麻央ちゃん達が戻ってくるまで、私は延々鏑木の惚気に付き合わされた。「高道がアザラシに手を振られて喜んでいた」「高道がタカアシガニっておいしいのかなと笑っていた」「高道が熱帯魚きれいだねと笑っていた」「高道とふたりでネオンテトラの数を数えた」…あんたなんてピラニアに噛まれちゃえばいいのに。

「それから高道は深海魚に一番興味を持っていた」
「へー、それはマニアックですね」
「実に奥深い人間といえよう」
「ほー、左様ですか」

 …あんたなんてアンコウに噛まれちゃえばいいのに。
 水族館を堪能した私達は、帰る前に近くのカフェに寄ることにした。長テーブルの向こう側に小学生組が3人並んで座ったので、必然的に私達高校生組もこちらで並んで座ることになる。当然のように鏑木が窓際の上座に座り、その隣に円城が座った。
 え~…、私も雪野君達の隣に座りたいなぁ。

「あれ、吉祥院さん座らないの?」
「…ええ、まあ」

 だって隣に座ると座高の高さに気づかれちゃうんだもん…。身長差約20センチに対し、座高は一緒…。ううっ、呪われた胴長短足の狸の遺伝子が憎いっ。子供達の隣なら身長差でごまかせるんだけどなぁ…。
 すると怪訝そうに私を見ていた円城が「あぁ…」と呟き、にっこりと微笑むと、

「前から思っていたけど、吉祥院さんは首が鶴のようにすらりと長いよね」
「!!」

 今、円城がいいこと言った!
 そうなのだ。私はエステサロンや美容室でもよく言われるんだけど、首が長いのだ。「麗華様はお首が長くていらっしゃるから、デコルテまでのラインがとてもお綺麗ですね~」なんて言われちゃったりしてね。
よくぞ見抜いてくれた、円城よ。私は胴が長いんじゃない。首が長いんだ!聞いたか、鏑木!ってメニューを見てて聞いてない!
 …まぁ、いい。私は理解者の隣に安心して座った。

「ん?ん?兄様、なんの話?」
「うん?女性で首が長いのは美人の条件って話」
「!!!」

 なんと恐ろしい…!高校生の分際で、そんな歯の浮くようなセリフを平気で口にできるとは!やはり伊万里様の後継者候補は円城かもしれない…。
 私は椅子ごと円城から距離を取った。
 注文をし終ると、おのおの水族館の話で盛り上がる。うんうん、ペンギンは可愛かったね。

「麗華お姉様」
「なあに、麻央ちゃん」
「麗華お姉様と水族館に来たのは久しぶりですね」
「そうね。麻央ちゃん達と遊びに来られて、今日はとっても楽しかったわ」
「私もです!」

 私は麻央ちゃんとふたり、目を見合わせてニコーッと微笑み合う。あぁ、ほのぼの。
 するとそこに円城が「前にも一緒に水族館に行ったことがあるの?」と話に入ってきた。

「はい。去年の夏休みに麗華お姉様と璃々奈お姉様と、お姉様のお兄様の貴輝様と行ったんです」
「へぇ、そうなんだ」

 その時のことを思い出して嬉しくなった麻央ちゃんは、楽しかった思い出を円城に語り始めた。

「白イルカやペンギンがとっても可愛かったんですよ。麗華お姉様は白クマがお好きなんですよね?」
「ええ、そうね」
「それから水族館に行った後には、貴輝お兄様のご親友の伊万里様もいらして、皆でお店を見て回ったり海の近くを散歩したりしたんですよ」
「へぇ、伊万里さんも?」

 片眉をあげた円城が、意味ありげな笑みで私に視線を寄こした。あ、まずい…。
 このままではこの前、鏑木からの私がまるでモテないと決めつけたかの言い草に腹が立って披露した水族館デートのエピソードが、すべて見栄っ張りの嘘だったことが円城にバレてしまう…!

「ねぇ麻央ちゃん。最近初等科はどう…」
「伊万里さんは女の子が喜びそうなお店や場所をたくさん知っているから、楽しかったんじゃない?」
「はいとっても。それで伊万里様は今日の記念にって、私と麗華お姉様と璃々奈お姉様にお揃いの素敵な髪飾りをプレゼントしてくれたんです!ね、お姉様」

 ひいぃぃぃっ、麻央ちゃん!それだけは言わないで欲しかったっ。

「…ふぅん、水族館の帰りに髪飾りのプレゼント、ねぇ。どこかで聞いた話だな」

 バレた。バレた。実の兄とその親友を脳内恋人役に仕立てて虚言を吐いたことがバレたー!うひ~っ、恥ずかしいっ。円城の顔が見られないっ。

「どうかしました?お姉様」
「…ううん。なんでもないの」

 無邪気な刀で私に瀕死の重傷を負わせた自覚のない麻央ちゃんの笑顔がつらい…。
 大丈夫。大丈夫。私は一緒に水族館に行った相手が彼氏だとか特別な異性だとかなんて、はっきりと言ったわけではないんだから。あっちが勝手に解釈しただけなんだから。私は相手が誰かを言わなかっただけで嘘はついていないんだから。そうだ、私はなにも悪くない。胸を張るのよ、麗華!
 私は円城からの視線を避けるように、ひたすらメニューを端から端まで読み込んでいった。





 今日も私の朝は恒例となった若葉ちゃんの備品にされた嫌がらせチェックから始まる。
 今朝は靴箱の扉に泥が付いていたのでそれを通販で買った洗剤いらずの魔法の雑巾で一拭きで消し、ロッカーは無事だったので教室の机を調べる。表面上はきれい。でも実は机や椅子の裏側に落書きがされていることもあるから見落とさないようにしないとね。うん、今日の嫌がらせは靴箱の泥だけだったみたい。
 時計を見るとまだまだ時間に余裕があった。せっかくだからワックスをかけておこうかな。
 私は愛用のアメリカ製のワックスを取り出し、キュッキュと机を磨き上げる。さすが通販売れ筋ベストセラー商品。机の表面は鏡の如く光り輝いてツヤツヤのピカピカだ。鏡いらずだ。私の顔もくっきりはっきり…、やだ、上から覗き込むと私の顔がお餅みたいになってる…。おのれ重力。
 一通り机と椅子にワックスをかけ、周りの机との輝きの差を確かめて満足すれば今朝の作業はお終い。あぁ、このやり切った感。清々しい!
 さてお掃除グッズを片付けて退散しようか。
 私は腰をトントン叩き、体をぐーっと伸ばした。
 その時、バンッと音を立てて、教室のドアが勢いよく開かれた──。

「ここでなにをしている!」
「ど…っ!」

 同志当て馬ーーー!!
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