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謙虚、堅実をモットーに生きております! 作者:ひよこのケーキ
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 私を見つめて円城はにっこりと微笑んだ。

「こんにちは、吉祥院さん。詐欺師です」

 ぎゃっ!なんという地獄耳。瑞鸞って贅を尽くした金持ち学校のはずなのに、実は壁が薄いのか?

「ごきげんよう円城様。円城様だとは気づかずほんの冗談のつもりで言ってしまいました。申し訳ございません」
「うん、僕も冗談だから気にしなくていいよ」

 お互い目を見合わせてほほほ、ふふふと笑い合う。
 本当に冗談だってば。詐欺師のように胡散臭いなんて思ってないってば。だから円城、その本心の読めないアルカイックスマイルはやめて!次にどんな攻撃が仕掛けられるかと思うと、背筋がゾクゾクするの!
 微笑だけでひとしきり私を威圧した円城は、「ところで鍵が閉まっていたけどどうかしたの?」と聞いてきた。

「ああ、それはさっき部外者が突然部屋に入ってきたから、鍵を閉めることにしたんだ」

 そうだった。

「鏑木様、さきほど合言葉を言わない相手にはドアは開けないとご自分が決めたのに、合言葉どころか名前を名乗りもしない相手に、簡単にドアを開けるのはいかがなものでしょうか」

 防犯意識が低すぎやしないか?詐欺られた人達はみんな言うよ。自分だけは大丈夫だと思ってたって。

「合言葉?」

 円城が首を傾げたので、私は鏑木が自分達以外の入室を制限するために、合言葉制度を導入したことを教えた。ついでに私まで合言葉なんて子供じみたことを率先してやりたがっていると思われたくないので、私としては合言葉など使わなくてもメールでドアの前に着いたことを知らせるだけでいいのでは、という異論を述べたこともしっかり付け加えておく。
 そう、ドアの向こうの人間に、メールで着いたことを知らせればいいだけなのだ。

“私ドリーさん、今アナタの部屋の前にいるの”

 それだけで良い。

「なるほどね。雅哉は昔からそういうのが好きだからね」

 円城が納得したように微笑み頷いた。

「そういうのとはなんですか?」
「ん?合言葉とか暗号解読とか。子供の頃から好きなんだ」

 それは鏑木が、子供の頃から成長していないということですね?わかります。

「それで?合言葉は何にしたの?」
「“見つけた”“なにが”“永遠が”だそうです」
「あぁ、地獄の季節」

 すぐに察した円城は、「雅哉は詩も好きだからねぇ」と続けた。皇帝陛下の詩集好き。それは私も嫌というほど知っています。優理絵様に失恋した時にはハイネの詩集を読んで共感し浸ったあげく、私にまでそれを読めと無理やり押し付けてきてくださいましたから。ええ。
 あの鏑木の負の念のこもった詩集が手元にあったせいで、私の恋愛運が著しく低下したと言っても過言ではないはず。全く迷惑な話だ。今回はランボーということで、どうやらあの時の失恋を乗り越えハイネからは卒業したみたいですけど。
 あ、そういえばランボーといえば…。

「円城様も詩はお好きなのですか?」
「僕?特別好きって程ではないけど、読むこともあるよ。秋の夜長にはふと古典詩集を読みたくなる時があるよね」
「まぁそうなのですか!さすがは円城様、高尚なご趣味でいらっしゃる。ちなみに秋といえばヴェルレーヌの詩が有名ですが、円城様はヴェルレーヌの詩はお好きですか?」

 期待に口角がにゅうっと上がってしまう。心なしか円城が警戒したように目を細める。

「嫌いじゃないけど…」
「まぁっそうですか、そうですか。円城様はヴェルレーヌがお好きと。そうですか」

 ふっふっふっ。言質は取った。ランボーが好きな鏑木と、ヴェルレーヌが好きな円城。これは不謹慎な女生徒達が、あらぬ裏を邪推して色々と妄想してしまう良いネタゲット!あぁっ、背徳だわ!退廃だわ!耽美だわ!芹香ちゃん達だけにこっそり教えてあげよう。きっと大喜びで盛り上がるに違いない。別になにかをはっきりと言うわけではない。ただデカダンスな関係に耽っていた詩人ふたりを、彼らが好きだという情報を教えてあげるだけ。そこからなにを汲み取るかは皆様次第。
 鏑木様と円城様は太陽と月に背いちゃっているみたいなの…。
 巨大組織を率いる長は、人心掌握の為にも定期的に配下に娯楽を提供しなくてはいけないのだ。

「吉祥院さん、またろくでもないことを考えているよね」

 怖い笑顔で円城が私の肩に手を置いた。うっ、重いっ。肩に無言の圧力がっ!

「とんでもございません。ただ秋の日にためいきをつきながらヴェルレーヌを読む円城様は、さぞや絵になることでしょうと思っただけですよ」
「そう?僕の気のせいなら別にいいんだけどね」
「気のせい。そうですとも。鏑木様はランボーがお好き。円城様はヴェルレーヌがお好き。おふたりはとても仲良し。ただその事実確認をしただけで、他意はございませんとも。ええ全く」

 ほほほと笑う私に、ふふふと笑う円城。肩の重みがどんどん強くなる。

「くれぐれも変な噂を流さないようにね。でないと君のご両親に“弁護士ですがおたくの娘さんが名誉棄損で訴えられたので、示談金を今すぐ振り込んでください”っていう電話が本当にかかってきちゃうかもよ。怖いよねぇ、まるで僕僕詐欺のようだよねぇ」

 ひいっ!微笑む詐欺師の目に本気の光を見た!言いません、言いません。誰にも言いませんとも!

「おい、お前達。遊んでいないでいい加減座れ。本題に入るぞ!」

 先に席に座って待っていた鏑木が、しびれを切らして文句を言ってきた。
「はいはい」と、その言葉に従って円城が鏑木の真向かいに座ったので、私はコの字型の真ん中の部分に座る。…肩痛い。

「それで?本題ってなに」
「それはもちろん、俺達の次のデート計画についてだ」

 鏑木は例の付箋のついた情報雑誌を取り出した。

「まずはこのお好み焼きを食べに行くことから始める」

 あー、この前からラーメンとともにお好み焼きにも興味津々だったもんねぇ。

「俺はこの写真の店に行ってみたい。ただどうやら今の時間帯は休憩時間のようだから、ディナータイムで店が再開するまで、ここで次のデートコースの作戦などを練ってから行こう」
「え、まさか今から行く気ですか?」
「当然だ」

 ありえない。

「お好み焼きは匂いが髪や服につくので、制服で行くなんてもってのほかです。両親にばれたらどうしてくれるんですか」

 鏑木はむうっと口を尖らせた。そんな顔してもダメなものはダメ!

「あぁ、吉祥院さんはご家族には食べ歩きの趣味は秘密にしているんだっけねぇ」

 円城がニヤリと意味深に笑う。ぐっ、人の弱みをチクリと刺してくる陰湿なヤツめ。

「ええ、まあ…。世間体もありますし、過保護な家族なものですから…。ばれるのは都合が悪いんです。ですからおふたりもこの件に関しましては、くれぐれも秘密厳守でお願いしますね」

 お願いしますねにギンッと目力を込めて、ふたりに再度釘を刺す。円城と鏑木はわかったと了承した。

「それからひとつ訂正させていただきますが、私は別に食べ歩きを趣味としているわけではなく、あくまでも社会勉強の一環、フィールドワークの一環としてそれらの食文化も探訪しているだけですから、お間違えのないように。私の趣味は食べ歩きなどでは決してありません」

 うら若き乙女の趣味が食べ歩きだなんて、そんなことは絶対に認められない。たとえそれが真実であろうとも。
 オフィシャルコメントでは、ワタクシの趣味は手芸とお菓子作りでございます。

「そうだよねぇ。吉祥院さんは勉強熱心なだけだよねぇ」

 円城の全く心のこもっていない嫌味ったらしい賛同は無視する。鏑木がまだ未練がましくお好み焼きのページを見ているので、「そんなに今日行きたいのなら、私抜きで行ってくればいいのでは?」と言うと、「…行ける日を教えろ」と返された。やはりアテンドがいないと不安かね、内弁慶君。
 私は机の上の他の雑誌をめくる。この前よりも雑誌が増えている。あ、こっちの雑誌は最新号だ。おお、水族館特集。

「次のデートは水族館はどうでしょう?博物館が好きなら水族館の珍しい魚達にも興味を持つかもしれませんよ」
「水族館か…」

 鏑木が私の提案に関心を示す。

「ここの水族館は私も行ったことがありますがとても良かったですよ。魚の種類も豊富で規模も大きいので1日いても飽きませんが、少し遠いですね。逆にこちらの水族館は近場で行きやすいですが規模は小さいですね。もちろん小さいなりに趣向を凝らしているので充分楽しめますし、周りにカフェなどもたくさんありますから、水族館を出た後のお茶やランチにも便利ですよ」
「ほぉ」
「詳しいね。吉祥院さんも水族館が好きなの?」
「ええ。わりとよく行きます。水族館はデートコースとしても人気ですよね」
「ふぅん。お前はひとりで行っているのか?」
「は?!違いますけど!」

 私は鏑木の失礼発言を瞬息で否定した。
 どうして「水族館はデートコースとして人気」の流れから「お前はひとりで行っている」になるんだよ!こいつ、絶対に私を恋愛ぼっち村の村民だと決めつけてる!悔しいっ!村民どころか村長だけど!
 いけない。ここで怒ったら、図星を指されて癇癪を起したと思われてしまうわ。落ち着くのよ、私!
 私はさも気にしていませんよという態度で、笑顔を作りながら雑誌を読む。そしてあるひとつの水族館を指差し、「あら懐かしい」と呟いた。

「この水族館もお薦めですよ。私達が行った時には夏休みシーズンだったから混んでいたのですけど、白クマが水浴びをする姿がとっても可愛いかったんです。あぁそういえば、ここは近くに素敵なアクセサリーショップがあるんですよ。私もその時にプレゼントしていただいた可愛い髪飾りが今もお気に入りなんですけどね。機会があったらぜひ行ってみてくださいな」

 話の中に“私達”のワードを入れ、ひとりで行っていないことをさりげなく知らしめる。さらに“プレゼントしていただいた”でそれが男性であることまでチラつかせる高等技術も披露する。どうだ!
 ありがとう、伊万里様。あの髪飾りはいろんな意味で私の役に立ってくれていますよ!

「白クマがいるのはいいな」

 …食いつくのはそこかよ。
 水族館デートに心惹かれたのか、鏑木が一緒に雑誌を見るために椅子を私の横に移動してきた。そしてどれどれと肩を寄せて雑誌を覗きこむ。…ちょっと近くないですか。
 鏑木は雑誌の中の生き物達にあーでもないこーでもないと言っている。ジンベイザメが見たいんですか、そうですか。エイとマンタの違い、さぁ知りません。それよりも私達の距離がなんか体温が感じられるくらい近いほうが気になるのですが…。
 不本意ながら私は日頃から瑞鸞にはないはずの女子高等科に在籍状態で、男女七歳にして席を同じゅうせずを体現させられているので、この距離感は一度気になりだすと止まらない。
 異性との適切なパーソナルスペースを確保すべく、私が椅子をズリズリとずらしていると、そうした私の挙動不審な様子に鏑木が雑誌から顔を上げ、どうしたという目でこちらを見た。いやいや、距離が近いんですよ。
 すると顔を上げた鏑木がおや?となにかに気づいたような表情になり、私を真顔でじーっと見つめてきた。…え、え、なに?
 黒曜石のような瞳に凝視された私は、緊張に体が固まった。私が内心で泡を食って動揺していることも知らない鏑木は、「んー?」となにかを確認するように、ひたすら私を見入る。近いっ、近いっ、近いっ!さっきサロンで大好きなアーモンドヌガーを何個も食べちゃったせいで、顔の皮脂が気になるっ!あんたは無駄に肌がきれいで羨ましいな!

「吉祥院」

 鏑木が目を外さないまま、私の名を呼んだ。

「…な、なんですか?」

 私は鏑木の目線の強さに気圧される。うっ、なんだか心臓がバクバクとっ…。一体、なにを言う気なの、鏑木!

「吉祥院、お前、座高高くないか」
「……は?」

 …座高?
 座高?!なに、座高?!

「はあああっっ?!」

 言うに事欠いて私の座高が高いだと?!

「なんですか、それは!」
「いや、お前と俺とでは身長差が20センチはあるのに、座ると目線の位置が一緒だなと思って」

 なにそれ!私が胴長短足だと言いたいのか!あぁ、言いたいんだろうね。親指と人差し指で私の上半身の長さを目測するな!
 座高が高い…。座高が高い…。知っていたよ。気づいていたよ。ズボンを穿くとそれが微妙にわかるんだよ。あれ?私、他の子達よりお尻の位置がちょっと低くない?って。だからなるべくスカートしか穿かないようにしているんだよ。ズボンを穿く時にはバレないようにトップス丈でそれを隠すようにしているんだよ。それなのに、よくも、よくも私の密かなコンプレックスを…!
 癇癪玉、大爆発!
 私は椅子を蹴倒して立ち上がった。そして鏑木をビシッと指差す。

「気配り!常識!デリカシー!」
「は?」
「鏑木様に足りない三拍子ですよ!気配り、常識、デリカシー!さぁ今すぐ復唱なさい!貴方に欠けているこの3つ、その無神経な心に深く刻みこめ!リピートアフターミー!気配り、常識、デリカシー!」

 私の剣幕に鏑木は唖然とした表情でこちらを見上げていた。

「今のは雅哉が悪いね。ごめんね、吉祥院さん。ほら雅哉も謝る」

 円城が笑顔で取り成すがフォローが遅い!「さすがに測っちゃダメだよ」って、それ以前の問題だ!鏑木は復唱はどうした!気配り、常識、デリカシー!ったく、どいつもこいつも!

「……伊万里様に弟子入りして来い」

 地の底から響く低い声で洩れた私の独り言を、鏑木の耳が捉えた。

「伊万里様?伊万里様って、桃園家の伊万里さんか?」

 ちっ、聞かれたか。怒りのあまり言葉使いに素が出てしまったのに。

「…ええ、ああそうですね。ピヴォワーヌOBの桃園伊万里様です。伊万里様は女心を熟知されていらっしゃいますから、伊万里様から女性の扱い方を学んで来たらどうですかね!」

 鏑木はふむと顎をさすり、「丁度伊万里さんとは近々うちのパーティーで顔を合わせる機会があるな…」と考える仕草をした。

「う~ん、伊万里さんから学ぶのはどうだろうなぁ…」

 円城は困ったように微笑みながら親友を案じる発言をしたが、あの伊万里様に師事すれば、この気配り、常識、デリカシーのない鏑木だって、きっと少しは女心のわかるジェントルマンになるんじゃないの!鏑木よ、カサノヴァ村に体験入村して来い!





 ──後日、「ムリだ…。あんな真似、俺には絶対にムリだ…!」と頭を抱え、懊悩する鏑木の姿があった。
 一体、なにがあったよ、鏑木。そしてなにをしたんですか、伊万里様…。
+注意+
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