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謙虚、堅実をモットーに生きております! 作者:ひよこのケーキ
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 早寝早起きをした私は翌朝から1時間も早く登校し、若葉ちゃんが受けている机等への物理的な攻撃をどうにかすることから始めた。陰口等の心理攻撃に対しては効果的な解決策がまだ思い浮かばないのでとりあえず後回しにする。人の悪口を言わないようにしましょうなんて、標語めいたことを言っても簡単になくなるわけがないのはわかりきっているし。こっちの攻撃は相手の若葉ちゃんへの心証が変わらない限り、本当になくすことは難しいだろうなぁ…。
 私は人気のない靴箱からチェックをした。よし、今日は靴箱の被害はないようだ。次はロッカーと教室だな。
 3年生の廊下にも誰の姿もない。若葉ちゃんのロッカーも無事だった。今日は嫌がらせはないのかな。それならそれでいいんだけど。
 しかし人の気配を探りながら若葉ちゃんの教室をそっと覗くと、それはすぐに見つかった。

「あ~、やられてる…」

 誰もいない教室に入ると、若葉ちゃんの席はすぐにわかった。若葉ちゃんの机の上だけうっすら白く汚れていたからだ。これは黒板消しで叩かれたな…。
 私はカバンから持参した掃除グッズを取り出すと、汚れた机にスプレー洗剤を吹き付けて雑巾で素早く拭いた。

「これでよし」

 きれいになった机を見ながらふとピンとくるものがあって椅子を引いてみると、案の定座面部分にもチョークの粉が付いていた。若葉ちゃんが気づかずに座っていたら、制服が汚れるところだったな…。こちらも洗剤で拭き取る。ちなみにこの洗剤は頑固な汚れも簡単に落とせ、かつ除菌もできるというドイツ製の万能洗剤だ。夜中に見たテレビショッピングで買った。これ以外にも油性マジックの汚れすら、塗ればたちどころに落とせるアメリカ製のチューブ洗剤もある。今ならもう1本つけてお値段据え置きと言うので、即注文した。水に溶かして黄ばんだ服をつけ置きすればあっという間に真っ白にすることもできるというスーパー洗剤だ。全米シェアNO1らしい。
 せっかくなので脚の部分などもきれいに拭いておいてあげよう。このドイツ製洗剤はアルコール成分が速乾するので水気が残らず拭きあがりがとてもきれいなのだ。あのやたらオーバーリアクションのドイツ人の言っていた言葉に偽りはなかった。終わってみれば、この教室内の誰よりも若葉ちゃんの机が輝いているではないか。

「ふうっ…」

 この清々しいやりきった感。さすがドイツ製、いい仕事をする。今度は前から気になっている、洗剤不要で水だけで汚れが落ちる魔法の雑巾を注文してみようか。洗剤いらずだから赤ちゃんやペットのいるご家庭でも安心して使えるらしいぞ。
 私は掃除グッズをカバンに仕舞うと、もう一度教室に誰も隠れていないことを確かめてから、そっと教室を出た。
 今回の私のミッションは、若葉ちゃんに物理攻撃を仕掛けている犯人を捜し出すことと、若葉ちゃんの備品にされている嫌がらせを若葉ちゃんやそのクラスメート達に見つかる前に隠滅することだ。いじめはいじめを呼ぶからね。これで若葉ちゃんも朝から嫌な気分にならなくて済んで、一日を気持ちよく過ごせるだろう。
 今日は犯人らしき人物に当たらなかったけど、私よりももっと早く来ているのか、放課後に残って仕掛けているのか。犯人を現行犯で押さえることが出来れば一番いいんだけどなー。
 ただ唯一の心配事としては、今回敵と対峙するのが私ひとりだけだっていうこと。実は物凄く心配だったりする。
 ほら私って、数の暴力に訴えるタイプだから。ひとりだと戦闘能力が格段に落ちるのよね。所詮周りのにぎやかしに助けられたハリボテの風格だからさ。
 大丈夫かなぁ。芹香ちゃん達が一緒にいたらいくらでも強気でいけるんだけど、ひとりだともし刃向われたりしたら、弱気な素が出てアワアワ動揺しちゃう自信がある。犯人が蔓花さん達だったらどうしようかなぁ…。ひとりじゃ絶対にびびって負ける。派手なギャル系女子怖い…。





 早朝の犯人捜しを始めて数日経ったが、犯人はまだ見つかっていない。放課後にやっているのかと、ピヴォワーヌの帰りに若葉ちゃんの教室を覗いたりもしたけれど、その時は汚されてはいないんだよなぁ。でも朝見るとやられているから、やっぱり朝の犯行だと思うんだけど。う~ん…。今度からあと30分早く来てみるか。…起きられるかなぁ。これ以上早く起きたら、髪をセットする時間が…。
 若葉ちゃんへの嫌がらせはチョークの粉以外にも、クレヨン状のものだったり、土だったり、マジックだったりがあったけれど、今私のロッカーには、洗剤どころかハンディ掃除機まで完備されている。どんな汚れだろうとピカピカにしてみせるわ!今度、机と椅子にワックスをかけてみようかな。使い方が簡単なお手軽ワックスを、筋肉ムキムキアメリカ人が紹介してたんだ。新品よりも光沢が出るんだって!気になるなぁ~。
 そして私が通販掃除グッズを試しまくっている間も、鏑木から恐竜展デートの報告はなかった。どうやら失敗した自覚はあるらしい。あの単純バカのことだから、もしも満足のいくデート結果であれば、翌日には私の迷惑を顧みずに呼び出してきて、その詳細を語り尽くしてきたことだろう。いや、その日のうちに恐怖のメール攻撃がきたであろう。しかし今回はそれがない。なんてわかりやすい。ぷくくくく。

 ──呼ぶより謗れ。

「げっ」

 そんなことを考えていたら、鏑木から呼び出しメールが入った。なにこれ怖い。野生の勘?
 断る断らせないのやり取りがもう面倒なので、おとなしく応じることにする。どうせ皇帝が我を通して私が折れる結果になることは、今までの経験でわかっているから。
 それでも言いなりになるのが少し悔しいので、ささやかな反抗で、先にサロンに寄って時間を潰してから行く。
 馥郁たるお茶の香りを楽しみながら、芙由子様と壮大な宇宙について語り合う。芙由子様は宇宙に興味があるらしい。ピヴォワーヌにふさわしい、知性と教養に溢れる会話だわぁ。

「麗華様はバシャールについてどう思います?」
「バシャールとはなんでしょう?」
「惑星エササニに住む地球外知的生命体です」

 宇宙ではなく宇宙人の話だった。

「…あー、宇宙人はどうでしょう~。広い宇宙のどこかにはいるかもしれませんが~。あっ、でも私も微生物のような地球外生命体はいると思っていますよ?」
「バシャールは存在しますわ、麗華様。だってバシャールとは何人もの地球人がチャネリングしておりますもの」

 知性と教養に溢れる会話のはずが、一気に胡散臭さ満点の会話になった。

「バシャールは我々地球人に、愛のメッセージを送ってくれているのです」
「はあ、愛のメッセージ…。えっと、そのバシャールさんという、う、宇宙人が…?」
「麗華様、バシャールは個人名ではなく、エササニ星人の精神の集合体です」
「エササニ星人…」

 …笑っちゃいけない。芙由子様は至って真面目だ。でもなんだよ、エササニ星人って。星人って…。
 あれだけ鏑木にバッサバッサと切り捨てられて、目が覚めたと思ったのになぁ。根深いなぁ、根強いなぁ。芙由子様のスピリチュアル大好き魂は。

「私もいつかバシャールと交信し、人生の指針となるメッセージをいただきたいと思っているのです」
「芙由子様。遠くの宇宙人よりもまず近くの地球人と交流しましょうよ」

 とりあえず新しく出来た評判の和カフェに、芹香ちゃん達を誘って行ってみませんか。きっとエササニ星人とよりも楽しい会話ができると思いますよ。
 放課後に寄り道をして出かける経験があまりなかった芙由子様は、私の提案に目を輝かせてくれた。その和カフェでは宇治の抹茶を使った抹茶パフェが特においしいらしいですよ。
 そしてさきほどからずっと、ポケットに入れた携帯がブルブルと振動しっぱなしでうるさい。けれど私は芙由子様とのおしゃべりに忙しくて全然気がつかないわぁ。あぁ、今日もお茶がおいしいこと。イライラしながら待つがいい小次郎よ。
 しかしそろそろ鏑木の我慢の限界がきている気がする。無機物であるはずの携帯から、怒りの波動が伝わってくる。
 これ以上は危険なので、芙由子様に別れを告げ、私は鏑木の待ついつもの場所へと向かった。
 完全に鏑木が私物化している小会議室に着き、ノックをしてドアを開けようとしたら鍵が掛かっていた。あれ?待ちくたびれて帰っちゃった?だったら私も帰るけど。

「──誰だ」

 いた。

「吉祥院です」

 ガチャリと鍵が開いた。

「遅い」

 開かれたドアの向こうには、これ以上ないくらい不機嫌な顔の鏑木が立っていた。

「申し訳ございません。私もなにかと忙しい身なものですから」

 鏑木は不機嫌な顔のまま、ドスッと音を立てて椅子に座った。

「お前が来るのが遅いから、関係のないヤツが入ってきたんだぞ!」
「関係のないヤツ?どなたですか?」
「知らん。誰もいないと思って開けてしまったらしい。そこに俺がいてかなり驚いていた。俺だって急に開けられて驚いた」
「あら~」
「あら~じゃない!そいつには俺がここにいることは固く口止めしておいたが、この先同じことが起こらないとは限らない」
「そうですね。その可能性はあるでしょう」
「あまり他の人間に俺達がここを使っているのを知られるのは面倒くさい」
「そうですね。では集まるのをやめましょうか」
「鍵を掛ける」

 これからは最初に来た人間が鍵をかけ、後から来た人が相手を確かめてから鍵を開けるシステムにするらしい。無理に集まらなくてもいいのにぃ~。

「そこでだ。合言葉を決めようと思う」
「合言葉?」
「そうだ」

 鏑木は鍵を開けるための合言葉を決めると言った。あれか。山、川ってやつか。
 腕を組み鏑木は目を瞑った。そして目を開けると、おもむろに「見つけた」と言った。は?
 鏑木は無反応な私に苛立ったように指で机を叩きながら、「見つけた」を繰り返す。

「見つけた」
「なにが」
「永遠が」

 鏑木は満足そうに頷いた。

「合言葉はこれにする」

 …ランボーでした。相変わらず詩集が好きだなー。

「でも声を出したら、中に人がいることがわかってしまうのでは?」
「…着いたら合言葉をメールで送る」
「でしたら“着きました”でいいのでは?」
「合言葉をテンプレ登録しておけ」

 無視された。あくまで合言葉を使いたいらしい。子供か!

「そういえば、恐竜展に行くとかいうお話はどうなりました?」
「……」
「もしかして、まだ行っていませんでした?」

 わかっていて聞いてやる。鏑木が無言で目を逸らした。

「…行った。有意義な一日だった」
「まぁ、それはそれは」

 意地の悪さが堪えきれず、にやぁっとしてしまった私の笑顔を不愉快そうに睨みながら、鏑木は「…当初の予定とは違った形ではあったが」と呟いた。でしょうねぇ。
 そして鏑木は私の予想通り、家に招待券が送られていたのでそれを使って来館したら、主催者に熱烈な歓待をされて、若葉ちゃんは楽しそうだったけれど計画していたふたりだけのデートとはまるで様子の違ったものになってしまったことをカミングアウトした。

「だが、お揃いのお土産を買ってきた」
「まぁっ、それは良かったじゃないですか。それで、なにを買ったのです?」
「恐竜の懐中電灯キーホルダーだ」
「うっ…!」

 そのおそろいのお土産を、若葉ちゃんは私にくれようとしてましたけどーーっ?!
 やめて鏑木。「今度お揃いのキーホルダーを見せてやろうか」なんて自慢しないで…。
 全くむくわれていない男、鏑木雅哉17歳。負けるな、鏑木。頑張れ、鏑木。あっ、涙が…。
 ただ若葉ちゃんの名誉のために言っておくが、聞けばキーホルダーは若葉ちゃんが気に入って買おうとしているのを見て、鏑木が真似して買った一方的なお揃いだったようだ。なので当然ながらお揃いをするのによくある「これお揃いで買おうか」「いいよ。今日の記念だね」の、お揃いラブラブトークなんてものも一切ない。しかも若葉ちゃんのぶんのお土産代も支払うと言った鏑木の申し出を断って、若葉ちゃんが自分で買ったものだから、誰にあげようと若葉ちゃんの勝手だったのだ。若葉ちゃんからしたら、お揃いの意識もなかったのだろう。…うん、頑張れ。
 どうせなら恐竜展を見終った後に、どこか別の場所で記念になるお揃いの小物を買ってプレゼントすれば良かったのにと言ったら、学芸員さんの説明があまりにも丁寧すぎて、博物館を出た時にはすでに帰る時刻になっていたらしい。…心の底から頑張れ!

「俺は過去は振り返らない男だ。次の作戦を考えるぞ!」

 そうだね。前向きなのはいいことだね。振り返りたくない過去もあるよね。
 その時、小会議室のドアノブがガチャガチャと回された。
 私達はピタリと押し黙り、顔を見合わせた。

「誰だ」
「僕」

 あ、この声は…。

「鏑木様、これは僕僕詐欺です。開けてはなりません」

 詐欺られちゃいますよ。
 それなのに私の警告を無視して鏑木はさっさと鍵を開けてしまった。あ~あ。
 ほらご覧なさい。ドアの前には詐欺師のような笑顔の男が立っている。
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