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謙虚、堅実をモットーに生きております! 作者:ひよこのケーキ
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 肩に取り憑かれた悪霊の導きにより私が小会議室に移動すると、そこにはサロンにいなかった円城がいた。

「遅かったね」
「まあな」

 今日は円城も一緒なのか。
 鏑木は椅子にも座らず立ったまま、自分のカバンからゴソゴソと一冊の雑誌を取り出した。あ、それは私が前に裏切りの代償に没収したラーメン特集の情報誌。あれからまた買い直したのか…。なにやら付箋がいくつも貼ってあるのが見えるんだけど。

「テスト前に約束したラーメン体験だが、熟慮を重ね比較検討した結果、今日俺はこの3つのうちのどれかに行ってみたいと思っている」

 そう高らかに宣言をした鏑木が付箋の貼ってあるページを開き、私に赤ペンで丸の付いているお店を指し示す。ここと、ここと、ここ。
 私は深々と頭を下げた。

「同行は謹んでご辞退させていただきます」

 額にどーんと不採用を押された鏑木は、早速「なぜだ」と不機嫌になった。

「なぜって。この3店舗ともすべて繁華街のど真ん中ではありませんか。こんなところを制服でウロウロしていたら、確実に誰かに目撃されるに決まっています。私は自身のフィールドワークを瑞鸞生や身内等には極秘にしていると前から言っていますよね」

 しかもどのお店も何十分も並ぶことで有名な大人気店だ。日本屈指の名門校の制服を着た、他を寄せ付けない黒豹のような風格と美貌を持つ男子高生と、ゴージャス縦巻きロールの女性高生がラーメン屋さんの行列に並んでいたら、悪目立ちするにもほどがある。
 鏑木は手にした雑誌に目を落としてむむむと黙り込み、円城は無責任に「がんばれ~」と囃し立てた。それはどっちに対してのがんばれだ。

「でも俺はラーメンが食べたいんだ」

 そりゃあ雑誌を買い直すくらい興味があるんだからねぇ…。
 ひとり椅子に座っている円城は、机に両手で頬づえをついて面白そうに笑いながら、完全に高みの見物をしている。ニヤニヤすんな!
 …面倒くさい。断りたい。心の底から行きたくないけど、あの中間テストの結果から、もう断る口実に勉強は使えない。あれだけ今まで試験勉強を言い訳にしていたのに、蓋を開けて見ればあの体たらくだ。学年トップと、圏外の死人番号。とてもじゃないが恥ずかしくて、二度と勉強が~なんて言えない。
 特等席で見物している円城をチラッとみると、その目が私に“どうするの?”と笑って語ってきた。
 ……。

 はっきりと了承していない一方的な約束だったとはいえ、一応テストが終わったらラーメンを案内する話にはなっていた。そしてたった今、八方塞がりだった芙由子様の心霊相談をバッサバッサと切り捨てて、スピリチュアルにどっぷり嵌まった芙由子様の目を覚まさせてくれた恩もある…。

「…私の知っているラーメン屋さんでしたら、案内しますが?」
「よし、譲歩する!」

 即決した鏑木は雑誌をカバンにしまうと、「さぁ行くぞ!」と指揮を執って小会議室のドアを開け、私と円城がそれに続いた。

「吉祥院さん行きつけのお店かぁ。楽しみだね」

 先を歩く鏑木の背中を見ながら、私と並んで歩いている円城が言った。

「行きつけというわけではないのですけど…。でも珍しいですね、円城様もご一緒するなんて」
「雅哉からいつも話を聞いていて、僕も興味があったんだよね」
「そうだったのですか」

 だったら仲良くふたりで調べて行って来ればいいのに。

「しかし吉祥院さんもずいぶんと変わった所に出入りしているよねぇ。なんだっけ、ファーストフードにファミレスに、スーパーだっけ?で、今回はラーメン。僕達の周りにいる人達の話題には、およそ出ないスポットばかりだよね」

 きた。

「私は常々視野を広く持った人間でありたいと考えております。ただでさえ小学校から瑞鸞という限られた世界で育ってきているので、何かと情報が偏りがちの自覚がございます。それでは将来社会に出た時に困るのは自分ですから。世間知らずとならぬよう、日頃より情報収集に勤しみ努力している次第でございます」

 私のつらつらと淀みない答えに円城がクッと小さく吹き出した。

「なにその丸暗記したかのような答弁口調」

 そりゃあもう、万が一買い食いがバレた時の為に前々から用意しておいた言い訳ですから。

「私のこのフィールドワークは誰にも言っていない秘密事なので、円城様もくれぐれも他言しないでくださいね」
「フィールドワークね…。大丈夫、僕は口は堅いほうだから」
「絶対ですからね。約束ですよ」
「OK。でももし破ったら?」
「祟ります」

 こちらには黒魔術に精通した芙由子様がいるのだ。毎晩夢枕に立って恨み言を一晩中言うぞ。円城は「祟られるのは怖いから、約束は守るよ」と両手を上げた。
 お店に着いたら少しでも目立たないように、制服のジャケットを脱ぐようにと注意する。鏑木に加え円城までいるのだ。変装にどこかで安い紺のスクールセーターでも買おうかしら。

「制服といえば、もうすぐ夏服に衣替えの季節だね」
「そうですね」

 夏服かぁ。夏服…。半袖…。
 駐車場まで来た私達は、誰の車に同乗していくか話し合う。いっそタクシーでいいんじゃない?
 そこへ「円城さん!」と走ってくる人影が──。人の顔を見るとバカの一つ覚えのように「円城さんに近づくな」しか言わない、鳥頭のアホウドリ桂木少年だった。

「あの円城さん、ちょっといいですか」
「なに」
「ちょっと…」

 他の人には聞かれたくないのか、桂木少年が私達の方を窺う。そして私と目が合った。

「あっ!またお前か!」

 私の姿は長身の鏑木と円城の影に隠れて見えていなかったらしい。気づいた瞬間から敵対心むきだしで睨んできた。

「あら鏑木様、この後輩が鏑木様を睨んでおりますよ。これは鏑木様への謀反の疑いありでしょうか」

 アホウドリはギョッと目を見開いた。

「違いますっ!俺が睨んでいたのは鏑木さんじゃなくて…!」
「おお怖い。謀反、謀反」

 アホウドリは両羽をバサバサ揺らし大焦りだ。けけけっ。鏑木が呆れたような目で私を見た。

「お前はまた円城さんに付き纏っているんだな!しかも円城さんだけじゃなく鏑木さんにまで!なんてヤツだ!」
「ごきげんよう、桂木後輩。貴方は先輩に対しての礼儀というものを、何度言わせれば理解できるのかしら?あらごめんなさい。貴方は三歩歩くと忘れる鳥さんなみのオツムだったわね。でもご存じ?中等科までは義務教育でどんなに成績が悪くても進級できたけど、高等科からは留年制度があるということを。あぁ私には見えるわ。瑞鸞の生き字引、永遠の高校1年生として伝説になるヨボヨボのおじいさんの貴方の姿がっ」
「なるかっ」
「では、この間の中間テストの結果はどうだったのかしらぁ?」

 鳥頭が顔を赤くしてグッと唇を噛む。ふっふっふっ、図星か。あんたの成績が中学時代から悲惨なことは知っているのだ。

「吉祥院、それはブーメランだ」

 ぐはっ!特大ブーメランが死人番号の私の脳天に突き刺さった!やっぱり鏑木は順位表圏外だった私を、がり勉してたのに全然成績良くないじゃないかって思ってたんだ!

春希(はるき)、いい加減にしろ。僕に用があるのだろう」

 私達の醜い言い合いに円城が割って入った。

「あ、はい。すいません」

 円城と鳥頭が話をするために私達から少し離れた。

「お前、性格悪いぞ」
「礼儀を知らない後輩への教育的指導です」

 私は携帯を取り出し従妹の璃々奈の友達で情報通のメガネちゃんに、鳥頭のメアドの情報を求めた。返信はすぐに来た。さすがだメガネちゃん。
 そうこうしている間に、ふたりの話は終わったようだ。円城は小さくため息をついてこちらにやってくると、私達に「ごめん、残念だけど用事が入った」と言った。

「そうか」

 それに対して鏑木はそれだけ言うと「行くぞ」と私を促した。円城と桂木後輩は私達とは反対側に歩いて行った。

「いいんですか?」
「あいつにも色々あるんだろ」

 ふうん。
 なにげなく振り返ると、ちょうど同じようにこちらを振り返った鳥頭が最後に思いっ切りジロッと私を睨んできたのでそれをフンッと無視し、歩きながら携帯を操作した。ポチポチポチ…。

“私ドリーさん、今アナタの後ろにいるの”

 遠くでギャーッという男子の叫び声が聞こえた。




 今回私が案内する場所は私が何回か来たことのある、郊外の行列はできていないけどおいしいラーメン屋さんだ。店内に入ると威勢のいい声に出迎えられ、空いているカウンター席に案内される。座ると同時に私は早速メニューをチェックした。さて今日はなにを食べようか。
 私はラーメンは断然味噌派だ。なので今日も当然注文するのは味噌ラーメン。でもこっちの味噌バターラーメンもおいしそうなんだよねぇ。
 ふと円城が私にぽとりと落とした「もうすぐ制服も衣替えの季節」という毒が、ジワッと効いた。

「決めたのか」
「ええ。私はただの味噌ラーメンにします」

 バターは危険。バターは危険。

「鏑木様は?」
「この醤油かとんこつかで迷っている」
「初心者はまずシンプルなお醤油でいいのでは?」
「わかった」

 師匠の適当なアドバイスに弟子は素直に従った。私は店員さんに声を掛け、二人分の注文を頼む。
 注文したラーメンを待つ間、鏑木は表情こそあまり変わらないが、カウンターの向こうの調理風景に興味津々の様子だった。奥にある寸胴鍋の中身を見ようと首を伸ばし、シャッシャッと麺が湯切りされ、ラーメンが出来上がるたびに自分のかと身構え、別のお客さんの元に運ばれると一瞬口が不満げに尖り、勢いよく中華鍋を振る音でまた興味が移る。大変忙しい。
 そんな様子を見ながら、そういえば中間テストが終わった後、鏑木は若葉ちゃんを有名なチョコレート専門店に連れて行って、一緒に限定のチョコレートパフェを食べてきたんだったなということを思い出した。

「……」

 私をテスト前に自分の都合で振り回しておきながら学年トップになった鏑木と、脳天にブーメランが突き刺さり血がピューピュー噴き出す死人番号の私…。

「……」

 熱した中華鍋に溶き卵が投入され、ジャアッと大きな音が店内に響いたのと同じタイミングに、私達の後ろをレジ係の人が通り過ぎた──。

「はい。味噌ラーメンと醤油ラーメンのお客様!お待ちどうさまでした!」

 鏑木がカウンターに置かれた調味料の瓶を1つ1つ確かめている頃に、とうとう私達のラーメンが出来上がってきた。おおっ、おいしそうっ。私達は早速割り箸を割った。
 ここのお店の味噌ラーメンは、もやしが山盛りに入っていて肝心の麺にまで中々到達できないのが特徴だ。まずはこの大量のもやしを片付けねば。麺までの道は険しいぞ!

「うん。なかなか美味い」

 初めての庶民ラーメンに、皇帝もご満悦だ。私の丼鉢を見て「味噌もいいな」などと言いながら、醤油ラーメンの煮卵を食べている。鏑木はトッピングのエースを先に食べる派のようだ。
 そこへ「餃子お待ち!」と私の目の前に餃子の乗ったお皿が置かれた。私はそれを鏑木とは反対側の味噌ラーメンの横に移動し、小皿にお醤油とお酢と辣油を入れた。よし、黄金比だわ。
 すると隣の鏑木が「おい、それはなんだ!」と言ってきた。やあねぇ、餃子も知らないのかしら。

「見ての通り、餃子です」
「そんなことはわかっている!俺のには付いていないぞ!」
「別で注文したんですから、当然です」

 サイドメニューです。

「いつだよ?!」

 ラーメンの注文を終えて鏑木が店内を物珍しげに観察している時に、後ろを通った店員さんに追加で頼んだのだよ。他のお客さんのご迷惑にならないよう小声で言ったので余所見をしていた鏑木は気づかなかったのかもしれないね~。

「…この前のポテトのケチャップもだが、お前の行動からは、そこはかとない悪意を感じる」
「被害妄想ですよ」

 鏑木が胡乱な目で私を見つめた。
 ……若葉ちゃんは高級チョコレート専門店で、私は町のラーメン屋。同じ女の子なのにこの待遇の格差にイラッとして、小さな嫌がらせをしてやったわけでは決してない。

「吉祥院、その餃子を俺にも半分よこせ」
「イヤです」

 断りは、きっぱりはっきり明確に。
 バカめ。餃子は6個しかないんだぞ。半分も渡せるものか。食べたければご自分で注文をどうぞ。あぁ、熱々でおいしいっ。肉汁がジューシー!私は餃子はやっぱり水餃子よりも焼き餃子派だわぁ。横からジーッと恨みがましい視線が私のこめかみを焦がすが気にしない。
 完全無視を決め込んだ私に埒が明かないと諦めたのか、眉間にがっつりと深いシワの入った鏑木が自分も餃子を頼もうと、片手を挙げて厨房で調理する店員さんに声を掛けようとした。が、同時に別のお客さんが掛けた注文の声にもっていかれ、更に次々と他のお客さんの注文も入り、店員さん達が忙しく炒め物やラーメン作る音に鏑木の声は虚しくかき消された…。
 胸元あたりまで上げられていた手を、鏑木はテーブルへと静かに下ろした。

「餃子、頼まないんですか?」
「……」

 どうやら鏑木の第二人格、内弁慶君が現れたようだ。
 背中に哀愁を漂わせ、無言でラーメンをすする鏑木。そこに黒豹のような鋭さを持つ瑞鸞の皇帝の面影はない。やだ切ない…。
 まるで雨の中、毛をペッタリとさせ、とぼとぼと歩く黒猫のような哀れな姿になってしまった鏑木に、これはさすがにやりすぎたかと、私はそっと餃子のお皿を鏑木の方へ寄せた。
 鏑木がハッとした顔でこちらを見る。しょうがない、芙由子様の件では助けてもらったからね。

「1個だけですよ」
「…ケチくさいこと言うな」
「そういうことを言うと、餃子のタレの黄金比率を教えてあげませんよ」

 結局、1個だと言ったのにも関わらず、鏑木がパクパクと3個も立て続けに食べてしまったので、餃子をもう一皿注文する羽目になった。もちろん注文は内弁慶君の代わりに私がした。





 次の日の朝、すれ違った円城に「昨日はどうだった?」と聞かれたので、「格差社会のなんたるかについて、思いを馳せた一日でした」と重々しく答えた。

「は?」

 今は恋愛貧困層の私だけれど、いつかは恋愛富裕層となり、恋愛タワーマンションの最上階の住人になってみせる!

「円城様こそ、ご用事はいかがでした?」

 私が聞き返すと、円城はにっこりと読めない微笑みを浮かべた。
 …どうやら、その微笑が答えの代わりらしい。

「次こそはぜひ、僕も参加させてね」
「まぁ、ほほほ。次があれば…」

 円城からの申し出を愛想笑いでお茶を濁し、私が自分のクラスに入ると芙由子様が私を待っていた。

「ごきげんよう麗華様。昨日はありがとうございました。ご助言通り、昨夜はお部屋の温度と湿度を一定に保ち、床にお布団を敷いて就寝しましたら、ラップ音も金縛りもなくぐっすり眠れましたの。それをご報告したくて」
「まぁ、それは良かったですね!」
「ええ」

 うんうん。これは私も鏑木をラーメン接待した甲斐があるというもの。

「それで麗華様、これをどうぞ」

 芙由子様から手渡されたのは水の入った小さな瓶。

「これは?」
「月の女神アルテミス様のお力の宿った水ですわ」
「…アルテミス?」

 思わず顔を引き攣らせた私に気づく様子もなく、芙由子様はニコニコと頷く。

「満月の夜に銀の盤に水を満たし、そこに月を映してアルテミス様へ祈りを捧げ一晩置いた水には、乙女を魅力的にし、恋を叶える力があると言われているのです」

 この人、全然目を覚ましていなーいっ!
 もしかしてこの水も怪しいスピリチュアル商法に買わされたのではと勘繰ると、芙由子様は「私が先日、自分で作りました」と自信満々に答えた。あぁ、あの例のラップ音がバンバン鳴るという部屋でね…。

「この月の水を飲み、月に向かって呪文を唱えれば、アルテミス様のお力を借りることができるのです」
「え、これ飲むの…?」

 一晩外に放置しておいた水を?!
 私はさりげなく瓶を光にかざして浮遊物を確認した。一応不純物は浮いていないみたいだけど…。そして満月っていつだったっけ。水って数日で腐るよね…。
 そんな私の胸中を察したのか、芙由子様は「大丈夫です」と請け合った。

「月光を浴びた水には自浄作用が」

 ほんとかよ…。

「このアルテミス様のおまじないは一部でとても強力だと評判なのです。ぜひ麗華様に使っていただきたくて」
「はぁ」

 芙由子様は私の手に「こちらがおまじないの呪文です」とカードを握らせた。



 その夜、私は薔薇の咲き乱れるバルコニーに出て、小瓶の水をぐっと飲み干すと、夜空に浮かぶ月を見上げた。

「アルテミス様、アルテミス様、どうか私に恋を叶える力を…」
+注意+
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