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謙虚、堅実をモットーに生きております! 作者:ひよこのケーキ
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 なんとか芙由子様にネズミ講の危険性を理解してもらい、ひとまず怪しげな巫女修行を止めさせることには成功した。そして芙由子様をひとりにしておくと、すぐに電波な空想世界に飛んで行ってしまうので、休み時間やお昼休みにもなるべく積極的に話しかけて、グループの輪の中に入れるようにしたら、相変わらずおっとりとしていて皆と若干テンポが違いつつも、今までのように輪の端で微笑みながらもただ黙っているだけの状態から、それなりに芹香ちゃん達とも打ち解けて楽しくおしゃべりできるようになってきた。
 そして今日もピヴォワーヌのサロンで私は芙由子様と一緒にお茶を飲んでいる。

「そもそもどうしてああいった方々とお知り合いになったのですか?」

 芙由子様はティーカップを手に小首をかしげ、「そうですわねぇ」と思い出すように空を見上げた。

「確かよく当たるという占い師さんを巡っている時に、偶然お会いしたのが最初でしたわね。私は昔から占いや黒魔術や世界の不思議な話、怖い話などが大好きだったのですが、残念なことに周りに同じ趣味の方がいなかったので、同好の士の方々との交流はとても楽しゅうございました」

 ん?今、サラッと黒魔術って言ったよね。

「あの芙由子様、よもや黒ミサやサバト的な集会に参加したりは…」

 私の心配を芙由子様は「まさか」と一笑してくれたので、とりあえずホッ…。瑞鸞のモンテスパン侯爵夫人になっちゃったかと思ったよ。私は「絶対に参加したらダメですよ」と念押しした。

「大丈夫ですわ。私はそのような話を語るのは好きですけれど、実際に動物の生き血を頭からかぶるような真似は、とてもじゃないですが恐ろしくて出来ませんもの。それにどちらかと言えば、私は降霊術や占星術が好きなので」

 あぁ、私にもしきりに西洋こっくりさんを一緒にやろうと誘ってきたっけ。あれに率先して付き合ってあげる人を身近で見つけるのは、確かに難しいかもしれない。瑞鸞にもオカルト部とかあれば良かったんだけどねぇ。さすがにそんな怪しい部活を学院が承認するはずないか…。

「その頃、プライベートなことで少し悩みごとがございまして。リュレイア様には色々と相談に乗っていただいたのです」
「まぁ悩みが…。芙由子様、なにか悩みごとがあるのでしたら、よければ私に聞かせてくださいな。私でお力になれるかわかりませんが、一緒に解決法を考えましょう?」

 あんまり重すぎる悩みだと対応に困るけど、聞くだけは聞くよ!役に立つ自信はないけどね!
 芙由子様は一重の目を見開くと、ちょっと嬉しそうに「ありがとうございます」と頬を緩めた。

「では麗華様、私の悩みを聞いていただけますか?」
「ええ、もちろん」

 私は力強く頷いた。私達って悩み多きお年頃だものね。なにかしら?家族関係の悩み?友人関係の悩み?学業の悩み?やっぱりお年頃の悩みといったら恋愛の悩みかしら?
 私は芙由子様の悩みを聞き洩らさない為に、隣に移動して芙由子様の方へ耳を寄せるように体を傾け内緒話の姿勢をとった。さあ、芙由子様。悩みをどうぞ!

「実は夜ひとりで部屋にいると、ラップ音がするんです」
「え」

 そっち?!

「ラップ音の悩みですか…」

 ……さすがだ、芙由子様。悩みごとすらオカルトとは…。萩小路芙由子。徹頭徹尾ブレない女──。

「数年前からでしょうか。ベッドに入って眠ろうとすると、部屋の隅から不吉なラップ音が鳴って、金縛りにあうようになったのです…」
「わぁ…」

 芙由子様の背後から、ひゅ~どろどろどろどろ…というBGMが聞こえてきた気がした。

「そして夜中、部屋のあちこちからするバキッ、バシッといった身の毛もよだつようなおぞましいラップ音に目を覚ましますと、必ず金縛りにあい、誰かに上から押さえつけられる様な圧迫感に苦しめられるのです…」
「うわぁ…」

 それは怖い。ラップ音に金縛り。確かに心霊現象かもしれない…。別の意味で悩みが重い。
 芙由子様の背後に、サロンを飛び交う幻の人魂が見えた気がした。ううううっ、背筋がぞわぞわするっ。

「…ええっと、それはきちんとしたお寺や神社でお祓いをしてもらったほうがよろしいのでは?」
「ええ。私もそう思いまして、リュレイア様にご相談いたしましたら、高名な霊能者様を紹介していただきましたの」
「霊能者…」
「ええ。その霊能者様はそれはもう強いお力を持つお方で、一度も来たことも見たこともない私の家の庭に、古い井戸があったことを霊視されましたのよ!」

 その時の興奮を思い出すかのように、芙由子様は熱く語りだした。

「もちろん私は家の庭に井戸があるなどという話もしていませんわ。だって枯れた古井戸があったことすら普段は忘れているくらいですもの」
「それは凄いですね…」
「ええ、凄いです。他にも庭には大きな松の木があるはずだとか、あまりにもピタリピタリと当てられて驚いてしまいましたわ。それでその先生がおっしゃるには、昔その井戸では結婚を控えた若い女性が落ちて亡くなっているそうで…。当時は不幸な事故として処理されたそうなのですけど、実はそれは事故などではなく、その許嫁に…」
「ええっ!」

 殺されたってこと?!やだやだ!怖すぎるよっ!ごめん、芙由子様。私には芙由子様の悩みは荷が勝ちすぎるみたい!

「そして先生の霊視で、その女性が今も成仏しきれず、自分の恨みや悲しみを一番歳の近い私に知ってもらいたいために、ラップ音や金縛りといった霊障を起こしているということがわかったのです…」

 あれ、なんだか急に肩が痛くなってきた…。

「それで先生に除霊はしてもらえたのですが、長年その井戸に強い念を持つ霊がいたことによって霊道が繋がってしまったそうなのです」
「霊道?」
「ほら、京都にもありますでしょう?平安時代に小野篁が地獄へ行き来するのに使ったという井戸が。私の家の古井戸が、あのような状態になってしまったそうなのです」
「大変じゃないですか!」
「ええ。でも先生が井戸を封印するお札をくださったので今の所それほど大事には至ってはいないのですが、やはりラップ音と金縛りには時々悩まされますの」
「……」

 …困った。力になるなんて軽々しく言っちゃったけど、霊障の悩みは私にはどうすることもできない。だいたい私だったら霊がいる部屋なんて、一時だって我慢できない。よく居られるな芙由子様。いや、悩んでいるのか。

「うっ…」

 そして肩が重い。ねぇ、もしかして憑いちゃってるんじゃない?!

「どうかしました?」
「いえ…、なんだかちょっと肩が…」
「まぁなんてこと!お待ちになって」

 芙由子様は制服のポケットからピンク色の勾玉を出すとそれを握り、私の肩を擦りながら「オンキリキリ…」と真言を唱え始めた。

「芙由子様、それは魔除けの勾玉なのですか?」
「いいえ。これは縁結び神社でいただいた良縁勾玉です」

 縁結びのご利益じゃ意味なくない?!
 それでも芙由子様に肩を擦り続けてもらう内に、徐々に肩が軽くなってきた。良かった…。

「でも霊道が通っている限り、芙由子様のお悩みは解消されないのですよねぇ…」
「ええ。でも仕方ないと半ば諦めてはいるのです。定期的に先生に祈祷をしていただいていますし、私もリュレイア様よりヒーラーの力を授けていただいたので、こうして悪い気を自分で浄化することもできますし…」

 そう言って芙由子様は私の肩から背中を丁寧に擦ってくれた。

「お前達は一体なにをやっているんだ」

 突然声をかけられたのに驚いて顔を上げると、不審なものを見るような顔をした鏑木が私達の前に立っていた。
 今の私の格好は、サロンの隅で芙由子様と体を寄せ合いながら、ひたすら肩を擦ってもらっている状態だ。うん、ちょっぴり不審かも。私は背筋を伸ばして座り直した。

「ごきげんよう、鏑木様」

 まずは何事もなかったかのように挨拶と笑顔でごまかす。が、鏑木はますます訝しげな目付きになってしまった。ちっ、流すということを知らないヤツだ。

「…えっと、こちらの芙由子様と大切なお話をしている最中でしたのよ」

 私の言い訳めいた言葉に、芙由子様が「はい。麗華様に私の悩みを聞いていただいておりました」と続けた。あ、それ言っちゃっていいの?

「悩み?」

 鏑木が目を眇めた。

「え…ええ、そうなんです。それでまだそのご相談を受けている途中ですので…」

 邪魔者はあっち行けと言外に匂わせたつもりが、なぜか鏑木は私達の前のソファにどっかと座った。はい?

「よし。話してみろ」
「は?」

 なぜに?

「俺も吉祥院に少し用事があるんでな。先にそっちの問題を片付けよう」

 え、なにを勝手に話を進めてんの。しかも鏑木の用事なんて悪い予感しかしないんですが。

「それはちょっと…」

 鏑木の表情が続きを促しているけど、私は話を渋った。

「だったらその悩みとやらの解決策は見つかりそうなのか」

 それは心霊現象の悩みなんて、全くのお手上げ状態ですけど。

「どうした。俺には話せない内容か」

 う~ん。だってこれ話していいのかな。ヘタしたら萩小路邸に霊に取り憑かれた、いわく付き物件といった悪評が立つ恐れがあるし…。
 横の芙由子様にどうしますか?とアイコンタクトで確かめると、芙由子様が小さく首を縦に振った。どうやら鏑木に話してもいいらしい。仕方なく代表で私が説明することとなった。

「くれぐれも他言無用としていただきたいのですが」
「わかった」

 鏑木がしっかり頷いたのを確認して、私は小声で話し始めた。

「実は芙由子様は前から超常現象に悩まされているそうなのです…」
「超常現象?」

 鏑木は眉を顰めた。

「はい。具体的には夜中に部屋でラップ音が鳴ったり、金縛りに合ったりしているそうなのです。ね、芙由子様」
「はい…」

 芙由子様は困ったように微笑んだ。私はそれが数年に渡っていることや頻繁に起こることなどを更に代弁する。鏑木は芙由子様に視線を向けた。

「家は木造建築か」
「え、はい…」
「それは乾燥や湿気によって建材か、部屋の木製家具などが収縮してきしむ音だな。家鳴りというよくある自然現象だ。気にする必要もないが、ただ建物自体に問題が発生している可能性も無くはないので、まず家に帰ったら部屋の中央にビー玉を置き、一定方向に転がっていったら速やかに建築士に連絡を取ることを勧める」
「自然現象…」
「ビー玉…」

 鏑木はあっけなくラップ音を解決した。そして「シロアリは厄介だぞ」と付け足した。

「ですが金縛りは…」
「睡眠の質が悪いせいだな。金縛りにあうようになった時期に生活に変化は?」
「近くでお葬式がございましたわ」
「それは全く関係ない。枕を変えたとかストレスで眠りが浅いとか」
「枕…?そういえば高等科にあがった時期に和室だった部屋をリフォームして洋間になったのを機に、お布団からベッドにいたしました」

 子供の頃からベッドで寝ることに憧れておりましたのと、恥ずかしそうにはにかむ芙由子様に、鏑木は「それだな」と頷いた。

「リフォームによる新建材の家鳴り現象と、慣れない寝具による睡眠障害から起こる金縛りだ。家鳴りは建材の収縮が落ち着けば減る。金縛りは床に布団を敷いて寝れば治る」
「寝慣れないベッド…」
「床で布団…」

 平安顔の芙由子様に、ベッドは合わなかったらしい…。

「これで終わりか」

 鏑木が腰を上げようとした時、芙由子様が「でも霊能者の先生が…」と漏らしてしまった。

「霊能者…?」

 あー、聞かれちゃった。鏑木は一旦上げた腰をもう一度下ろした。芙由子様、井戸の話をする気?

「霊能者とは、なんのことだ」

 私と芙由子様はチラッと目を見合わせた。

「えっと、私達には見えない物が見える方がいらっしゃるそうで…」
「見えない物が見える?」

 鏑木の目が鋭くなった。

「それは視覚障害が幻視を引き起こすシャルルボネ症候群かもしれない。速やかに病院で精密検査を受けることを勧める」
「視覚障害…」
「シャルルボネ症候群…」

 鏑木は眼科の名医のいる病院の名前を挙げた。

「あの、でもその方は来たことのない芙由子様の家の庭に、枯れた井戸や松の木があることを知っていたそうなんですけど…」

 芙由子様もうんうんと同意する。

「ええ、そうなんです。誰にも言っていない井戸のありかを正確に当てたのです。これはやはり幻視ではなく霊…」
「それは不動産登記簿を調べたか、航空写真でも見たんじゃないか」
「不動産登記簿…」
「航空写真…」
「そうやって事前に調査した内容を、あたかも超能力のように披露するテクニックをホットリーディングという」
「……」
「……」

 なんという現実的な答え。そしてなんという説得力。ラップ音はリフォームした建材のきしみ。金縛りは合わない寝具での睡眠障害。霊視はシャルルボネ症候群に不動産登記簿と航空写真。そしてホットリーディング…。
 私は傍らの芙由子様の様子を窺った。

「だ、そうですよ。芙由子様…」
「え、あ…、はい」

 芙由子様は毒気の抜けた顔をしていた。
 最後に私の「じゃあ先程からのこの肩の重苦しい痛みは…」という不安に対しては、

「吉祥院、それは無理な姿勢による肩こりだ」

 の一言で解決した。

「じゃあこれでもういいな」

 今度こそ鏑木は立ち上がった。そして私の肩にがしっと片手を置いた。

「さて、次は俺の話だな」

 あっ、肩に悪霊の重みが…!
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