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謙虚、堅実をモットーに生きております! 作者:ひよこのケーキ
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 鏑木のリクエストした庶民派スーパーで、できるだけ瑞鸞から遠い場所にある、知り合いのいないであろう店舗に私達はやってきた。
 自動ドアの脇にある買い物かごを持って店内に入ると、鏑木は他のお客さんと私を見比べて、「あれは使わないのか?」とカートを指差した。

「大きくてかさばる物も、量も買わないので必要ありません」
「ふぅん…」

 顔は無表情ながら、声がどことなく不満気だ。カートを使いたかったか。子供め。カートを押すお客を横目で追うな。

「ではまず、食品コーナーへ行きましょう」

 私はスーパーのメインスポットへと案内した。

「ほら、見てください。飲み物もコンビニで買うよりもお安いでしょう?お菓子などもスーパーのほうが断然お得なんですよ」
「ふぅん」

 商品の値札を指差して説明するも、鏑木はピンときていない様子。…さてはこいつ、値札を気にして買い物をしたことがないな。

「新発売の野菜ジュースで~す。一口いかがですか~」

 ぬっと横から小さなプラスティックのコップが、鏑木の目の前に差し出された。鏑木は突然現れて声を掛けてきたお姉さんに対し、なんだこいつはといった表情で眉間にシワを寄せた。まずい…。
 私は鏑木を肘でぐいっと押しのけると、「わぁ、おいしそ~」と試飲コップを受け取ってジュースを飲んだ。そしてサクラよろしく「飲みやすくて、おいしかったですぅ。全然苦味がな~い」と言って、その野菜ジュースを1本かごに入れ、鏑木を引っ張りながら笑顔でその場を立ち去った。

「…今のはなんだったんだ?」
「商品の実演販売ですわ。ああやって試飲や試食をしてもらって、商品を買ってもらうお仕事なんです。だからいきなり声を掛けられたからって、不愉快そうな態度を取らないこと!」
「ふぅん」

 わかってんのか、ほんとに。おかげで欲しくもない野菜ジュースを買う羽目になったというのに。
 おや、なんかソースの焼けるいい匂いがする。本当は今日の夜食にお惣菜も買って帰りたいけど、鏑木が一緒だから買えないなぁ。あ~、焼きそばおいしそうだな。部屋に自分用の電子レンジ買っちゃおうかな。でもお嬢様の部屋に電子レンジって、おかしいよねぇ。って、鏑木!
 鏑木は物珍しげにあっちへふらふら、こっちへふらふらするから目が離せん!
 慌てて後を追いかけると、鏑木はハムステーキの実演販売に捕まっていた。この辺の下町じゃお目にかかれないような凛々しい美貌の男子高校生に、販売員のおばちゃんは「お兄さん、食べて食べて!」と焼き上がったハムをすべてくれそうな勢いだ。

「このハムステーキは特製のタレで下味がついているから、こうやって焼いても、そのままでも食べられるの」
「ふぅん」

 あ、食べちゃった…。

「どう、お兄さん?おいしいでしょ~」
「…まぁまぁだな」

 ううっ、試食しておきながら買わずに立ち去ることはできないっ。おばちゃんの口車に乗せられ、まんまと食べちゃった鏑木の代わりに、私は真空パックの焙りハムステーキをかごに入れた。せめて私もひとつ試食を…。
 それからも鏑木は季節限定ジャムの販売に呼び止められ、腸まで届く新商品ヨーグルトに呼び止められ、焼き立てのガーリックパンに呼び止められ、その度に私の買い物かごに余計な商品がどんどん増えていった。

「実演販売か。こんなのもあるんだな」

 鏑木がガーリックパンを咀嚼しながら、感心したように洩らした。

「実演販売なんて別にスーパーだけではなく、デパ地下でもやっているではありませんか」

 特に珍しいものでもあるまいとポロッと言った一言に、鏑木は「デパ地下…」と引っかかった。あ、しまった…。

「よし。では今度はそのデパ地下に…」
「ほら!あちらがお菓子コーナーですわよ~。鏑木様のお好きなチョコもありますよ~」

 私は鏑木の腕をぐいぐい引っ張って、言葉を遮った。冗談じゃない。皆まで言わすもんか!
 せっかくだからお菓子買って帰ろうかなぁ。あっ、ラッキーターンが特売してる!私は本日限りの特売お菓子に飛びついた。かごに二袋入れる。

「ふたつも買うのか?」
「この値段は私の知る限り、底値に近いです。買い溜めしておかなくては」

 もう一袋買っちゃう?おっと、揚げせんべいも安いじゃないか。これも買いだな。クリームサンドクッキー、おいしいよねぇ。ココアのほろ苦いクッキーが牛乳に合う!よし、買い!

「…手慣れているな。よく来ているのか」
「ええ。市場調査の勉強の為に。私は現場主義ですの」

 私が他のお菓子もあれこれ物色していると、鏑木が無言でスッと私の持つ買い物かごを取り上げた。

「え…?」
「持つよ」

 皇帝が人の荷物を持つことを覚えた!
 あの気配りを知らない鏑木が、か弱い女の子(私だ)を平気でパシリに使う鏑木が、私が重いかごを持っていることに気がつき、代わりに持つ日が来ようとは!人間って成長する生き物なのね~。でも本来なら、お店に入った時に持つべきだったんだけどね~。
 不肖の弟子の成長に感慨にふける私を置いて、買い物かごを持った鏑木はどんどん先に歩いて行く。
 わぁっ!鏑木が目についた品物をポイポイとかごに放り込んでいる!魚の形のキッチンスポンジなんて、あんた皿洗いしないでしょうが!麻婆豆腐の素なんて買ってどうする気だ!今入れたもの、全部元の棚に戻してこいっ!だからカートは、いらん!
 私は鏑木から買い物かごを奪い返した。

「あれは?」

 カップ麺のコーナーか。
 私は値札を見て、そこを素通りする。カップ麺の底値はここじゃない。
 続いて人が集まる生鮮食品コーナーに鏑木が引き寄せられて行くと、そこではメロンの試食をやっていた。試食メロンに群がる主婦達の後ろに立つ美青年を目敏く見つけたおばちゃん販売員が、「イケメンのお兄さん、おひとつどうぞ~」と、鏑木に楊枝に刺さったメロンを手渡した。またか…。私はすでに諦めの境地だ。

「見たことのないメロンだ」

 鏑木は山と積まれたメロンを確認しながら呟いた。

「それは、“作って安心、売って安心、買って安心、安心ですメロン”の、アンデスメロンです」
「ほぉ」

 私の説明に頷きながら、キング・オブ・カモ鏑木は、庶民の味方の低価格メロンを口に入れた。
 私はため息をつきながら、またもや食べちゃった鏑木の代わりに、一口サイズに切られたメロンを1パック買い物かごに入れた。あぁ、生ものは今日中に食べないと…。
 店内を一通り見回り、鏑木が満足したところでお会計に行く。予想以上に買っちゃったなぁ…。
 レジの順番待ちの間に私がお財布からポイントカードを出すと、鏑木が「それは?」と聞いてきた。

「このスーパーのポイントカードです。100円で1ポイントつくんですよ。たまにポイント5倍デーなどもあるんです」
「ふぅん」

 私達の番になり、私がお金を出そうとすると、横から鏑木が「いい」と言った。

「俺が出す」
「そうですか?では後で清算しましょう」
「いらない」
「えっ、でも…」
「今日はここまで付き合ってもらったからな」

 鏑木がフッと笑った。それを見たレジのお姉さん、ポッ。
 引く気はなさそうだったので、それでは今回はありがたくおごってもらうことにする。

「だから、これくれ」

 それは私のラッキーターン!そういうことは先に言って!
 商品の入ったかごをカウンターに運び、私はレジ袋に詰めていく。

「自分で袋に入れるのか?」
「そうですよ。レジの回転率を上げるため、こういったスーパーでは袋詰めはセルフなんです」
「ふぅん」

 しばらく私の作業を見ていた鏑木が、「俺がやる」と言い出した。幼稚園のお店屋さんごっこ気分か?
 鏑木は私が適当にレジ袋に入れた商品をすべて出すと、意外にも几帳面に重い物は下に、柔らかい物は上にときれいに詰めていった。

「丁寧ですね~」
「お前が雑すぎるんだ。見ろ、パンが少し潰れている」
「……」

 鏑木は私が自分用にと選んだスナック菓子の大半を自分の物とした。ちょっと!だったら野菜ジュースも持って帰りなよ!「俺は作りたてのフレッシュジュースしか飲まない」ってうるさいよ!
 実演販売に引っかかって買ったヨーグルトは、無理矢理鏑木の袋に入れてあげる。手芸部で施したサードアイの効き目がそろそろ胃腸に出る頃だろうから。
 そしてスーパーを出たところで、私の嗅覚が異常を察知した。スーパーの横の駐車場に、もくもくと煙をたてた焼き鳥の屋台が出ている!
 ダメだ。今は鏑木が一緒にいるんだ。買っちゃダメだ。買っちゃダメだ…!

「おじさ~ん。ねぎまくださいな!」
「はいよっ!何本だい?」

 私は屋台に走っていき、ニッコニコの笑顔で注文した。私は焼き鳥はねぎま派だ。もちろん塩とタレの両方を買う。1本ずつじゃ悪いよね~。だったらここは

「おじさん、塩とタレ、5本ずつくださいな!」
「はい、塩とタレ5本ずつで計10本ね。まいどありっ!」

 うふふぅ、おいしそう。おじさんは紙袋に焼き鳥を詰めていく。

「お嬢ちゃん、とっても美人さんだから、おじさん1本ずつおまけしてあげるね」
「ええ~っ!嬉しいっ!おじさん、ありがとう!大好きっ!」

 私はおまけしてもらった焼き鳥の袋を受け取ると、「ありがとうね、おじさん!」と満面の笑みで手を振って戻った。
 いやぁ、得した。得した。これが下町の人情ってやつかしら。早く食べたい。

「おい…」

 げっ!鏑木。焼き鳥の魔力に、一瞬その存在を忘れてた!

「…なんだ今のは」
「…なにがですか」
「お前、人格変わってたぞ。おじさん大好き!って、なんだあれは」
「こうしたお店の人との臨機応変なやり取りも、フィールドワークの一環ですわよ、鏑木様」

 屋台で普段とは別人のような振る舞いをした私を、鏑木は怪しげなものを見るような目をして見てくる。おいしい焼き鳥を食べるためなら、いくらでも愛想を振りまくんだよ、私は。

「…鏑木様、焼き鳥食べます?」
「食べる」

 私達は隅に設置されたベンチに座り、焼き鳥を食べた。

「なかなか美味いな」
「でしょう。タレもどうぞ」
「おう。しかし喉が渇くな」
「野菜ジュース飲みます?」
「…いらない。そこの自販機でお茶を買ってくる。お前はなにがいい?」
「では私もお茶で」

 私の愛想でゲットしたおまけのおかげで、6本ずつ平和的に焼き鳥を分けて食べ、本日の皇帝接待は終了した。



 その夜、鏑木からは“今日のスーパー視察は実に有意義だった。チープな安菓子も今まで食べたことのない味で、面白い。今度は別のスーパーにも行ってみたい”という上機嫌なメールが届いた。
 私はそれを部屋で野菜ジュースを飲みながら、パンとハムとメロンをもそもそと完食しながら読んだ。おばちゃんの言う通り、焙りハムは温めなくてもおいしかった。

 真夜中、私はゴロゴロと鳴るおなかの不調に目が覚めた。ああっ、まさかの呪い返し…っ!
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