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謙虚、堅実をモットーに生きております! 作者:ひよこのケーキ
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 そうして部活に来たものの、最近羊毛フェルト熱が少し治まり、これといって作りたいものがなかった私は、暇つぶしがてら部長として部員達の様子を見て回ることにした。私達3年生が修学旅行でいない間も特に部活で問題はなかったようで、今日も部員達はのんびり手芸を楽しんでいる。結構、結構。
 部室の一角で新1年生のグループのひとつが、楽しそうにおしゃべりをしながら手芸をしていたので、私はそこに近づいて行った。

「ごきげんよう、みなさん。なにか困ったことなどはないかしら。あったらいつでも部長の私に相談なさってね?」
「は、はいっ!」

 出来るだけにこやかに、気さくに声を掛けたつもりだったけれど、新1年生達は一斉に作業を止めて、若干怯えた様子で身を寄せ合った。なんだかいたいけな子羊を追い立てる牧羊犬の気分だ…。

「まぁ、そんなに畏まらないで?私達は同じ手芸仲間なのですもの。気楽になさって?」
「はい…っ」

 入部して約1ヶ月。残念なことに、まだまだ新入部員達は私に対して距離を縮めてはくれない。ほかの先輩にあたる部員達とは打ち解けていっているみたいなのにな。親しみやすい部長を目指しているのに、これじゃいけない。私は牧羊犬じゃないよ~、長毛種だけど同じ仲間の子羊ちゃんだよ~。
 私が近くの椅子に座って長居をする意思を見せると、彼女達はあからさまにギョッとした顔をした。うん、居座るよ。
 笑顔を振りまきながら新入部員達の手元を覗きこみ、「みなさん、どのような物を作っているのかしら?」と水を向けると、彼女達は恐る恐るといった感じで、自分達の作品を見せてくれた。

「まぁ、これはキルトね。何に使うものかは決めていらっしゃるの?」
「はい、クッションカバーを作りたいと思っています…」
「それは素敵ね!図案はこれ?とっても可愛いわ。出来上がりが楽しみね。ぜひ頑張ってね。そちらのおふたりは刺繍?」
「はい…。あの、ブックカバーにクロスステッチをしています…」
「私もです…」
「手作りのブックカバーにステッチするのね。素敵ね!仲良くお揃いにするのかしら?」
「いえ、私はこちらの図案を…」
「私はこっちを参考にしています…」

 と言ってそれぞれが型紙を見せてくれた。おおっ、可愛い。クロスステッチなら比較的簡単だから、私でも出来るかなぁ。

「私もやってみようかしら」
「えっ、麗華先輩がですか?」
「ええ。おふたりの作品を見ていたら、私もクロスステッチで何か作りたくなりましたわ」
「そうなんですか…。麗華先輩は確か普段は、羊毛フェルトがご専門ですよね?」
「ご専門って程でもないのだけれど…」

 暇つぶしとストレス解消に、フェルトにグサグサ針を刺しているだけだからね。

「羊毛フェルトも楽しいのですけど、最近は違うものにも挑戦したいと思っていますのよ。なにかお薦めはあるかしら?」
「お薦めですか…」

 1年生達は互いに顔を見合わせた。するとキルトをしていた子が、「ではタティングレースはどうですか?」と提案してくれた。

「こちらの名取さんはレース編みが得意で、今はタティングレースをしているんです。ねっ、名取さん!」
「えっ?!」
「まぁ、そうなの?」

 グループの中でも小柄で一番おとなしそうな女の子は、突然名指しされおろおろと狼狽えた。なるほど。手にはタティングレースに使う舟形のシャトルを持っている。

「名取さんはレース編みがお得意なの?」
「えっ、いえ、まだ全然得意では…、でもはい…、レース編みは、好きです。あの、祖母に教えてもらって…、今まではずっとかぎ針だったんですけど、南先輩に、レース編みが好きなら、かぎ針だけじゃなく他の編み方にも挑戦してみたらって言われて、タティングレースの編み方を教えてもらったんです」
「まぁ!南君に」

 2年生で唯一の男子部員、南君は刺繍だけではなくレース編みにも精通しているとは!後輩の面倒もよく見てあげているようだし、手芸の腕も抜群。これは来期の手芸部部長に南君は最有力候補かも!あとで副部長に相談してみよう。

「ではせっかくですから教えていただこうかしら」
「そんな!私が麗華先輩にお教えすることなんて…!」

 名取さんは完全に恐縮してしまっているけど、構わず余ったシャトルと糸をスタンバイ。部長として、新入部員達との交流は大事だからね。

「名取さんは何を編んでいらっしゃるの?」
「私は今、ビーズレースで飼い犬の髪飾りを作っています…」
「まぁ、髪飾り?!」

 名取さんが見せてくれたのは、ビーズをレース糸で編み込んだ小さな五弁の花。その花をたくさん合わせて髪飾りに仕上げるらしい。

「可愛いわねぇ。ぜひ私もこのお花作りに協力したいわ!」
「ええっ?!」

 レース編みというと、あのおかんアートの代表格ともいえる、使い道に困る白い敷物が思い浮かぶけど、図案に載っているビーズを編み込んで作るアクセサリーはとても可愛い。手作りの犬の髪飾りかぁ。梅若君に話したら自分もやると言い出しかねないな。
 動揺する名取さんをなだめすかし、私はタティングレースの編み方を教わった。要は編む道具がかぎ針かシャトルかの違いでしょ。かぎ針編みは編みぐるみでやったことがあるし、なんとかなるさ。余裕、余裕。
 ──なんて甘い考えで始めたら、めちゃくちゃ難しかった……。レース編みは糸が細いから失敗した時にほどくのも一苦労。これは大変だ。でも名取さんが一生懸命教えてくれるから、途中で投げ出すわけにはいかない。おっと編み目飛ばした、やり直し!
 私は必死にレース糸と格闘しながら、「もう高等科は慣れました?」とみんなに聞いた。

「手芸以外でも、学院で困ったことなどがあったら、気軽に相談なさってね?」

 むしろ手芸以外でお願いしたい。
 すると先程タティングレースを紹介してくれた子が、「ねぇ、名取さん。せっかくだから麗華先輩に相談してみたら…?」と言った。

「あら名取さん、なにか悩みごとがあるのかしら?私にできることなら力になりますけど」
「いえ…、あの…」

 名取さんが困ったように目線を下げ、言おうか言うまいか悩む仕草をしていると、隣にいた子が代わりに「実は、名取さんはクラスに馴染めなくて悩んでいるんです」と私に言ってきた。

「馴染めないって、まさかいじめられているの?!」

 だとするならば由々しき事態だ。部長として大切な部員がいじめられているのを黙って見過ごすわけにはいかない。この私が教室に乗り込んで、ガツンとやってやろうじゃないの!まずは私の可愛い後輩をいじめた、首謀者の首を討ち取ってやるわ!
 私が鼻息荒く心の中で出陣のほら貝を吹いていると、不穏な気配を察知したのか、名取さんや他の子達が「違います!いじめられてはいません!」と慌てて否定してきた。あら、そう?なんだったら闇討ちという手もあるけど?
 そうして説明された話によると。名取さんは高等科からの外部生なのに、運悪く入学早々季節遅れのインフルエンザに罹ってしまい、外部生が親睦を深める遠足やその余興の練習も欠席するはめになってしまったそうだ。そしてやっと登校できた時には、クラスでは遠足をきっかけに仲良くなった新しいグループが出来上がっていて、輪に入りづらくなってしまったらしい。
 せめて同じ手芸部員の子がクラスにいてくれれば良かったんだけど、今年は手芸部に新入部員が多く入ってくれたにも関わらず、名取さんのクラスからの入部者は彼女ひとりだけだったというのも、これまた運が悪い。

「お昼は手芸部のお友達と一緒に食べているから平気なんですけど、休み時間にひとりで席に座っているのがつらくて…」
「それは確かにつらいわねぇ」
「それに…、ひとりでいると、周りからどう思われているのか、気になるといいますか…」
「あぁ~」

 教室でひとりポツンとしていると、あの子友達がいないんじゃないか、嫌われているんじゃないか、いじめられているんじゃないかって周りに思われているかもって、気になるのよねぇ。

「わかりますわ」

 私が腕を組んでうんうんと頷くと、名取さん達はびっくりした顔をした。私とは縁のない話だと思った?
 でも私だってこれでも毎年クラス替えの度にドキドキしているのだ。初等科から瑞鸞に通っているおかげで、仲のいい子が大勢いる分、友達と同じクラスになれる確率は高いけど、それでも万が一誰もいなかったらどうしよう、同じクラスに友達が誰もいなくて、しかも蔓花グループが固まっているクラスだったりしたらどうしようって、毎回不安に駆られているもん。みんなそんなものだよ。
 名取さんの隣の子が、慰めるように彼女の背中を擦りながら「麗華先輩、どうしたらいいと思いますか?」と聞いてきた。

「そうねぇ…」

 一番の解決法は、自分から積極的に話しかけていければいいんだけど、それが出来ないから悩んでいるんだもんね。そうだなぁ、まずは休み時間の過ごし方か…。
 私は前世でクラスの子に無視されていた時の記憶を思い出した。

「そういう時は本を読むといいんじゃないかしら」
「本、ですか?」
「ええ。本を読んでいれば、自分は友達がいなくて孤立しているのではなく、本を読んでいるから輪に敢えて入らないのだという演出ができるじゃない。時間潰しにもなるし。携帯もいいのですけど、休み時間に毎回ひとりでずっと携帯をいじっていると、依存症だと思われてしまう可能性があるから、ここはやはり本で」
「はあ…」

 私の時は、なぜか妹が持っていた日本全国の心霊スポットの本を持っていったんだっけ。なんであの時の私は数ある本の中でそれをチョイスしたんだかわからないけど。でもこれが思いのほか面白くて、休み時間になると熱心に読みふけっていたら、そのタイトルに興味を持った子達が面白そう、一緒に見せてと近づいてきてくれるようになったんだよね。あれでなんとなく私の無視も終わったんだよなぁ。心霊スポット様様だ。あ、それとも私が物騒な本を読んでいたから、怖くなって無視をやめたんだったりしてね?

「出来ればクラスの子と親しくなりたいのよね?でしたらベストセラー小説をカバーをせずに読んでいたら、それに興味を持った子が話しかけてくるかもしれないわ」

 さすがに心霊スポット本は勧められないから、それ以外で興味を引ける本を紹介する。

「わかりました。明日から本を持ってくることにします」

 素直な名取さんに気を良くした私は、次々に提案を出した。

「それと小物に凝るのもいいわよ。可愛いデザインのペンやポーチとか。私はこういった物が好きな子ですよっていう自己紹介になるから、同じ趣味の子が釣れるかもしれないわ。あとはそうねぇ、手芸をしていてもいいわね。手芸部員ですってアピールになるし、手芸が好きな子や、興味を持った子が“なに作っているの?”って話しかけやすいもの」

 上手くすれば手芸部に新たな入部希望者が増える可能性もあるかもしれないし?!

「わかりました。それも明日から頑張ってやってみます!」

 名取さんはシャトルを持った手をグッと握りしめた。うんうん、頑張って!

「でもまさか麗華先輩から、こんな細かい具体的なアドバイスが出るとは思いませんでした」
「ねぇ」
「ふふっ、参考になれば嬉しいわ」

 自分から話しかけられないのなら、相手が食いつく餌をたくさん仕込まないとねぇ。名付けて食虫植物戦法。
 ほかにもみんなが興味のある話題を提供できるのもポイント高いよね。そう思った私は「1年生のみなさんが興味を持っている話題ってなにかしら」と聞いた。

「興味ですか?そうですねぇ。やはり今は入学したばかりなので、学院内の情報交換が多いですね」
「まだわからないことがいっぱいなので」
「そうそう。特にピヴォ…あっ!」

 ん?なになに。慌てて口を噤んだけど、ピヴォって聞こえたよね。

「もしかしてピヴォワーヌ?」
「あ…っ、はいっ。すみませんっ」
「別に謝らなくてもよろしくてよ。みなさんピヴォワーヌに興味がおありなのかしら」
「…はい」

 全員が小さく頷いた。なるほど。一般の生徒からしたら謎の組織だもんな。だったらこれは友達作りの餌としてはかなり使えるんじゃないか?

「実は私もこう見えて一応そのピヴォワーヌのメンバーですのよ!」
「…もちろん知っています」
「…誰よりも有名です」
「…むしろ知らない人はいません」

 あら、そう?
 気を取り直し、

「ピヴォワーヌのどんなことをお知りになりたいのかしら。メンバーの個人情報はお教えできませんけど、それ以外で問題のない範囲でしたらお話しましてよ」

 そう言うと、1年生達はわあっと歓声をあげて喜んでくれた。
 手芸をしながらサロンの様子や当たり障りのないピヴォワーヌ情報を話すと、みんなは目を輝かせて聞いてくれた。これで名取さんに撒き餌がまたひとつ増えたかな?
 そうして話す中でも、やっぱりみんなの一番の興味の中心は鏑木と円城。

「あまりに大人っぽくてキラキラしてて、世の中にはあんな人達もいるんだなぁって、びっくりしてしまいました」
「雲の上の存在って、ああいった方々を言うのでしょうねぇ」
「鏑木様はまさに瑞鸞の皇帝の名にふさわしい風格を備えた方ですし」

 1年生達は宙を見つめながらうっとりとする。
 そうだね、皇帝は遠くから見ているぶんにはクール&クレバーキャラだものね。憧れちゃうよね。でも実際の中身は、気配り、常識、デリカシーの欠けた残念坊ちゃんなんだけどね。そしてそのあだ名の由来は初等科時代の騎馬戦だけどね。
 でも夢を壊すのも可哀想なので、皇帝は乗馬がご趣味よと言っておく。

「そうだわ。先程ピヴォワーヌのサロンから焼き菓子をもらってきましたの。みなさんで一緒に食べましょうよ!」

 ピヴォワーヌのお菓子を食べたっていうのも、話題作りにならないかしら?
 お菓子を取り出そうとカバンを開けると、底のほうで何かが小さく動いている気配がした。携帯か。
 どうやらさっき背中に憑いたモノをカバンで自己祓いした時に、携帯が奥に入り込んでしまっていたらしい。おかげで全然気づかなかったな。
 取り出して着信を見る。ずらりと並ぶ送信者の名前は、鏑木雅哉。

“話があるから、いつもの小会議室に来い”
“まだ来ないのか?”
“遅い。何をしている”
“今すぐ連絡をしろ”
“どこにいる”
“部室に迎えに行く”
“もうすぐ着く”

 いやぁぁぁぁっ!メリーさん!!
 私が呪いの携帯を机に放り投げて立ち上がると同時に、部室のドアがバンッ!と音を立てて開いた。

「吉祥院!いつまで待たせる気だ!」

 平和な子羊ちゃんの群れに、獰猛な黒い肉食獣が現れたーーっ!!
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