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謙虚、堅実をモットーに生きております! 作者:ひよこのケーキ
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 修学旅行の最初の滞在地はロンドンだ。
 全員での市内観光はビッグベンやロンドン塔、トラファルガー広場にバッキンガム宮殿、ウエストミンスター寺院等々を観て回る。ほとんどの生徒にとっては、すでに何度も訪れたことのある場所だったりするので、あまり新鮮味はないはずなんだけど、それでも修学旅行で友達が一緒だと気分も全然違う。私もバッキンガム宮殿での衛兵交代式に、芹香ちゃん達とはしゃぎながら写真を撮った。お馬さ~ん、通り過ぎるの早すぎ!
 このおもちゃの兵隊さんみたいな人達の実力は、実際のところどうなんだろうなと思いつつも、こういうのを見ると、外国に来たなぁって楽しくなっちゃうね!
 ロンドン塔では怖いので、なんとなくずっと親指を隠した。佐富君が日本であんな話をしてきたせいだ…。えっ、ここで写真?!大丈夫かなぁ…。ピースサインはできません。親指隠してるから。

「次は車中からロンドン橋とタワーブリッジを観まーす」

 添乗員さんが生徒達をバスに誘導しながら言った。
 ロンドン橋かぁ。ロンドン橋と聞くと、つい頭の中でロンドン橋落ちる~と歌ってしまうよね。
 同じクラス委員として一緒に生徒を誘導していた佐富君に、「吉祥院さん、頭揺れてるけど、大丈夫?」と指摘された。あら、いやだ。頭の中で歌いながら、無意識にリズムを取っていたみたい。

「ねぇ佐富君。ロンドン橋と聞くと、あの有名なマザーグースの童謡を思い出しません?ほら、ロンドン橋落ち──」
「あぁ、あの人柱の歌ね」

 人柱────。
 ……さーーとーーみーー!
 今からその橋を渡るって時に、なんで人柱なんて怖いことを言うかね、君は?!私は怖がりなんだ!やめろ!また佐富君のせいで親指を隠さないといけなくなった!
 イギリス土産にマザーグースの洋書を買って帰ろうと思っているけど、日本に着くまで読むのはやめよう…。マザーグースって子供のための童謡のはずなのに、なんで残酷な内容ばっかなんだろう。斧でお父さんとお母さん滅多打ちって…。イギリスの子供はそんな話を聞かされて、夜安眠できるのだろうか?
 佐富君のせいで怖くなっちゃったので、同室の菊乃ちゃんがお風呂に入っている間に部屋に持参した清めの塩を撒いた。床がザラザラしたらごめんね?



 自由行動の日は、私達のグループの予定は夜のミュージカルがメインだけれど、その前にショッピングやアフターヌーンティーに朝から繰り出す。買いたい物がいっぱいだ。ロッキンホースバレリーナ、今回こそ買っちゃおうかなぁ。あの靴で外を歩くのは怖いので、家の中だけで履くつもりだけど。どうしよっかなぁ、買っちゃおうかなぁ。でもその前にアロマキャンドルや精油といった雑貨も欲しい!お土産に配る紅茶も買わないと。挿絵がきれいな洋書も欲しい。麻央ちゃんには不思議の国のアリスと鏡の国のアリスを買っていこう。悠理君にはピーターパンかな。雪野君は私と同じで、マザーグースの洋書を欲しがっていたけど、天使な雪野君に猟奇殺人がゴロゴロ出てくる歌を読ませちゃっていいのかなぁ…。英国ブランドを好むお兄様へのお土産も探したい。おっ、可愛いカフス発見!ネクタイも買っちゃう?!あぁ、お買い物って楽しいな。
 一旦荷物をホテルに置いてから再始動。イギリスといったらアフタヌーンティー。たまにお菓子がお皿で出てくるお店もあるけれど、私は絶対にシルバーの三段トレイに載って出てくるタイプがいい!お姫様気分を味わうには三段トレイ。ここは絶対に譲れない!見た目重視。

「このスコーン、おいしいですわね」
「本当。ここのジャムとクロテッドクリームは、とてもおいしいわ」
「本場ですもの」

 イギリスは食べ物がまずいと有名だけど、アフタヌーンティーはその雰囲気もあってか、やけにおいしく感じる。雰囲気って本当に大事だな。スコーンなんて日本ではそんなに食べるほうでもないんだけどね~。でも今日をきっかけに私の中でスコーンブームが来そうな予感。帰国したらおいしいお店に買いに行っちゃおうかなぁ。でも実は高級スコーンよりも、フライドチキンのファーストフード店のビスケットが一番口に合うというのは秘密だ。いつも付属のメープルシロップが足りなくなっちゃうんだよね。
 …しかしこのジャムとクリームの取り合わせは、乙女の腹囲の大敵だな。だが私は敵に後ろを見せるような真似はしない。スコーンめ、勝負だ!

「あ~、楽しい。NYやLAもいいけど、やっぱりヨーロッパですよねぇ…」
「ねぇ~」
「私もヨーロッパが一番好きよ」

 流寧ちゃんの言葉にみんなが賛同した。そうだよねぇ、なんだかんだ言っても、ヨーロッパはお城や古い町並み、ファンタジーに可愛いお菓子など、女の子の夢がいっぱいで楽しいんだよ。

「あぁ、これで鏑木様や円城様がここにいらしたら…」

 芹香ちゃんがほうっとため息をついた。女の子の描く完璧な景色には王子様が必須。芹香ちゃんにとってそれは鏑木達らしい。鏑木も円城も外見だけはいいからね。

「鏑木様と円城様とアフタヌーンティー!」
「まぁ、そしたら私、緊張でなにも喉を通らないわ!」
「私も!きっと最初のサンドウィッチを一口で精いっぱいよ」
「ねぇ、麗華様もそう思いません?」

 ジャムとクリームをたっぷり添えたスコーンとの一騎打ちに挑んでいた私に、突然話が振られた。

「え、まぁ、そうですわね?」

 確かに好きな異性が目の前にいたら、腹八分目で留めるかな。大食いだと思われたくないもん。
 すると菊乃ちゃんに「でも麗華様はピヴォワーヌのサロンでいつもおふたりと、こういった時間を過ごしているのでしょう?」と言われた。

「そうだわ。麗華様にとっては日常なのですもの。羨ましいわぁ。サロンでのおふたりはどんな感じなのですか?」
「麗華様、聞かせてぇ」

 どんな感じって、お茶飲んでお菓子食べてるだけなんだけど。でもみんなが期待しているのは、そんな話じゃないんだろうなぁ。私は友達思いなので、空想のお手伝いをしてあげよう。

「そんなに特別なことはしていないわ。今こうして私達が過ごしているのと、同じような感じかしら。鏑木様は気が向くとピアノを奏でてくださって、私達はその演奏を聴きながらお茶をいただくの」
「まぁっ!」

 芹香ちゃん達のうっとりメーターがグンッと上がった。

「では円城様は?」
「そうですわねぇ。微笑みを湛え静かにお茶を飲んでいることが多いでしょうか。たいていは鏑木様と談笑なさっていますわね。ご存じの通りあのおふたりはとても仲がよろしいから。鏑木様がピアノを奏でると、円城様はその傍らに立って演奏を鑑賞されたりするの。それと、おふたりがお互い背中を預けて思い思いの本を読んでいらした時もあったわ」
「素敵…!」
「誰も入り込めない、ふたりの世界ね…」
「耽美だわぁ…」

 背中合わせで本を読んでいたのは初等科の時だったけど、まぁ嘘は言っていない。
 みんなは宙を見ながらそれぞれの妄想に耽っている。私はその間にスコーンに再度挑む。焦るな、私。この後には城の天辺で待つケーキとの戦いも控えているのだから。

「今頃、おふたりはどこにいらっしゃるのかしら…」
「サッカーを観に行くという話を耳にしましたけど」

 ほぉ、あのふたりもサッカーを観に行くのか。

「サッカーだったら一緒に行くのは男子ばかりでしょうから、安心ね」
「そうね。修学旅行では、ここぞとばかりに鏑木様達に近づこうとする女子が大勢いるでしょうから」
「図々しいわよね!」
「特に外様が純血瑞鸞の鏑木様達に近づくのは許せないわ!」
「そうよねぇ」
「次のパリではどこを回られるのかしら。パリの街を鏑木様達と一緒に歩いてみたいわぁ」
「それは素敵ねぇ」

 ……パリとローマでは、鏑木は若葉ちゃんとスイーツを一緒に食べに行く約束になっているんだけどなぁ~。絶対に取り巻き撒けよ、鏑木!
 私達は上段のケーキまでしっかり食べ切ると、これからの予定について話した。

「お買い物もしたし、この後どうします?ここでのんびりもいいですけど」
「そうねぇ」

 ショッピングでちょっと疲れちゃったけど、でもせっかくだから時間いっぱい遊びまわりたいよね。

「ねぇそれだったら、ミュージカルまで時間があるし、大英博物館にでも行きませんか?」

 そうあやめちゃんが提案した。大英博物館かぁ。大英博物館は若葉ちゃんが修学旅行で一番楽しみにしていたなぁ。猫のミイラはちゃんと観ることができたかな?

「そうね、行ってみましょうか」

 この女の子の夢の詰まったアフタヌーンティーの世界は名残惜しいけど、私達は大英博物館に移動するため、後ろ髪を引かれる思いで席を立った。
 タクシーで大英博物館まで行くと、ちらほらと瑞鸞の生徒らしき見知った顔を見かけた。
 私達は大英博物館まで来たものの、どうしても観たいという展示物があったわけでもないので、おしゃべりをしながら適当に歩いて回った。

「あら?ねぇ、あれって…」

 菊乃ちゃんが示した方向には、若葉ちゃんと同志当て馬と、他男女数人の仲間達がいた。
 若葉ちゃん、同志当て馬達と観に来てたのか。カバンをしっかりたすき掛けにした若葉ちゃんは、楽しみにしていただけあって、熱心に写真を撮ったりメモを取ったりしていた。時々隣の同志当て馬が、展示物を指差しながら若葉ちゃんに話し掛け、若葉ちゃんもそれに頷いたりしている。親密だ。

「高道さんと水崎君はずいぶんと仲良さげですわね…」
「同じ生徒会ですからね…」

 芹香ちゃん達もジーッとふたりを観察していた。ちょっとやめなよ、みんな!私は若葉ちゃん達に気づかれないうちに、みんなを引っ張って移動した。

「あっ、吉祥院さん」

 声を掛けられ振り向くと、ロゼッタストーンの前に委員長と岩室君、美波留ちゃんと野々瀬さんが立っていた。

「まぁ、みなさんもいらしてたのね?」

 修学旅行の自由時間を4人で回っていたのか。くっ、羨ましいっ!

「うん。大英博物館は何度来ても飽きないから」

 ね、と4人は頷き合った。すっかり仲良しさんねぇ。弟子が幸せなのは師匠として喜ばしいことだ。喜ばしいけど…ちょっと悔しい。若葉ちゃんも男女混合グループで来ている。館内をよく見れば男女のグループで行動しているほかの瑞鸞生達も発見。そうだよね、共学だもんね。なのにどうして私は女子校なの!
 聞けば委員長達も、夜はオペラ座の怪人を観に行くらしい。ほぉん。恋する乙女な委員長が好きそうな題材だもんねぇ。

「それと、パリでは4人でセーヌ川の遊覧船に乗ろうと思ってるんだ。ねっ」
「うん」
「そうなんです」
「へぇ…」

 カップルでセーヌ川クルーズ…。なんてロマンチックなんだろう。羨ましすぎる。…別にいいもん。私だってお兄様と乗ったことあるし!いつか私の未来の恋人と絶対に乗りに来るし!
 去っていく委員長達の背中を見送りながら、「セーヌ川、いいなぁ…」とポツリと独り言を呟いたら、それを聞いた芹香ちゃん達が、私が純粋に川下りをしたいと思ったらしく「だったら私達もパリで乗りましょうよ!」と言ってくれた。うん、ありがとう…。


 ミュージカルの上演時間まではまだ時間がある。先に夕食を済ませておこうということになったけど、アフタヌーンティーで結構食べたのでそこまでおなかは空いていない。そうだ!

「ねぇ、みなさん。フィッシュアンドチップスを食べてみません?」

 フィッシュアンドチップスはイギリスのファーストフード的な国民食だ。名前だけは知っていたけど、イギリスに遊びにくる時はいつも家族と一緒だったので、そんな庶民的な食べ物を食べる機会がなかったのだ。でもずっと興味があったんだよね~。どうかな?

「フィッシュアンドチップスですか…?」

 あ、みんなちょっと困惑した表情。

「ええ。本にね、よく出てきて、どのような食べ物なのかしらとずっと思っていたの」
「そうですね。私もよく聞きますけど、食べたことはありませんわ」
「私も」
「ちょっと興味あるかも…」
「ではせっかくですから、食べに行ってみましょうか?」
「そうね!」
「賛成!」

 やった!ロンドンでファーストフード体験!
 誰も食べたことがないので、お店がどこにあるのかわからなかったけど、なんとか調べて行ってみた。私が読んだ本には、新聞紙に包まって公園などで食べたりする物だったけど、私達が選んだお店はお皿に出てくるらしい。お魚もポテトも大好きだ。どんなお料理なのかなぁ。
 とわくわくしながら注文して、出てきた憧れのフィッシュアンドチップスは、フライドポテトドーン!揚げた魚ドーン!といった、まさにその名の通り、魚とイモといった代物だった。

「……」

 …なんというか、もうちょっとフライを一口サイズにするとか、きれいに盛り付けるとか、ひと工夫できないものなのだろうか。そして量が多い…。
 でも味はおいしいのかもしれない!だってこれだけ有名なんだもの!一口食べる。…見た目通りの大味だった。これが国民食とは、噂にたがわぬイギリス食…。日本のB級グルメって偉大だ。なんか、みんなごめんね?
 油でもたれたおなかを抱え、ホテルに戻ってドレスアップ。げ、食べ過ぎで少しおなかが出てる…。寝る前にストレッチしなくちゃ。



 劇場には瑞鸞生が大勢いた。人気作だもんねぇ。しかも明日からは本物のオペラ座のあるパリに行くんだから、絶対観ておかないと!
 そして始まったオペラ座の怪人のミュージカルは素晴らしかった。そんなに広い劇場でもなかったので、舞台が近くて臨場感が凄い。身を乗り出して観賞した。シャンデリアが落下してくる場面では、わかっていたはずなのに「ぅひゃっ!」と声をあげてしまった。
 え~っ、そりゃないんじゃないの?クリスティーヌ!嘆かないでファントム~、私がいるよ~っ!と感情移入。ファントム!貴方こそ、パリ恋愛ぼっち村村長だ!同じ村長として、私は力いっぱい拍手をした。
 劇場から出てきても、ミュージカルの世界に未だ夢見心地だ。みんなも余韻に浸っている。舞台はやっぱりいい!あぁ、歌いたくなってきちゃった!
 帰る途中で、感激に涙ぐむ委員長が、美波留ちゃんに背中を擦られているのを見つけた。



 今日は朝から晩まで動いていたので疲れた~。ホテルに戻り、ツボを押す為に持ってきたゴルフボールを土踏まずの下でゴロゴロ転がす。く~っ!効く!私くらいになるとボールに乗ったまま歩けるんだよ。亀の歩みだけどね。ゴロゴロゴロ。あ~、オペラ座の怪人、良かったなぁ。ラストは切ないけど。
 今日の同室の芹香ちゃんがお風呂に入っている間に、クリスティーヌになりきって、ら~ら~っと小さい声で歌う。そのうち興が乗って適当な振付もつける。ちょっぴり歌声も大きくなる。くるくると縦横無尽に踊りながら歌っていると、いつの間にかバスルームから出てきていた芹香ちゃんとばっちり目が合い、お互いそのまま固まった──。見られたっ!
 しかし無言の芹香ちゃんは一旦目を瞑ると、おもむろに私に向かってスッと手を差し出した。

「クリスティーヌ!」

 ファントム!
 バスタオルのマントを翻し、芹香ファントムが歌姫の私を闇へと誘う。えぇ、ともに参りましょう!ら~ら~っ、らららら~っ!
 こうして私達は、手と手を取り合い歌いながら、オペラ座の奥深くへと旅立っていったのだった。
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