挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
謙虚、堅実をモットーに生きております! 作者:ひよこのケーキ
216/289

216

 私がマンガを読んで胸をときめかせていた『君は僕のdolce』の鏑木雅哉は、あんな頓珍漢な残念皇帝じゃなかった…。
 眉目秀麗、頭脳明晰で瑞鸞の皇帝と呼ばれ、クールで近寄りがたい外見とは裏腹に、中身は熱く強引で、好きになった女の子には一途だけど恋愛にはちょっと不器用。おかげで言葉が足りなくて時々すれ違っちゃう時もあったけど、そのギャップに読者は母性本能をくすぐられた。ごめんねの代わりに手を差し出し、夜光虫が輝く夜の海を無言で手を繋いで歩くシーンとか、胸がキュンキュンしたわ~!
 とにかく女の子の理想が詰まった、乙女のハートを惹きつけてやまない魅力あふれる皇帝だったのだ。
 それなのに…。
 現実の鏑木雅哉は、確かに眉目秀麗、頭脳明晰で瑞鸞の皇帝と呼ばれている。そしてクールで近寄りがたい外見でもある。しかし!中身は小学生なみの精神構造でストーカー気質で空気が読めず、片思いの女の子に手作りのアクセサリー(ふたりのイニシャル入り)を贈っちゃうような残念っぷり。これはあんまりだ。前世の私の胸キュン返せ。
 そもそも君ドルでの“皇帝”という異名は、その圧倒的なカリスマ性から付けられたもので、決して騎馬戦由来などではなかったはずだ。君ドルの皇帝にお笑い要素は皆無だった。ギャップが行き過ぎだろう。
 しかし鏑木は上手いことその残念な中身を隠せている。ほとんどの人が鏑木をまるで君ドルの皇帝のような人間だと思っているんじゃないか?若葉ちゃんだってこの前鏑木を大人っぽいなんて言ってたし。本当の中身はアレなのに…。顔がいいって得だね!
 私の知らないところで鏑木が恋愛黒歴史を勝手に積み重ねているぶんには、私の心が痛むこともないんだけどなぁ。でもその不憫っぷりを知っちゃうとさぁ、こっちが泣けてくるんだよ。なんで見せてもらっちゃったかなぁ、お手製ネックレス…。知らなきゃ良かった。
 そんな私の気も知らず、鏑木は次のプレゼント作戦を考えている。

「女の欲しい物が思いつかない。なにがいいと思う?」

 ピヴォワーヌのサロンの定位置に座る私に、鏑木が相談を持ちかけてきた。
 私の元に真剣な顔の鏑木が話し掛けに来ると、周りは気を使って距離を保ってくれるので、小声なら話を聞かれる心配もない。

「消え物が一番ですわね」

 私は即答した。
 受け取る側に負担にならない生花や食べ物がお薦めだね。特に食べ物はいいね。食べればなくなっちゃうから。

「消え物?!イヤだ。俺は形に残る物にしたい。いつも身に付けられる物だったり、常に近くにある物だったり」

 さすがストーカー気質。発想が重い。
 しかしこのまま放置しておけば、またとんでもないプレゼントをするに違いない。軌道修正しなければ。

「プレゼントはあまり高価な物はやめておいたほうがいいと思いますわよ」
「なんでだ」
「彼女の性格上、親からもらったお金で高価な物をプレゼントされるのは、嬉しいよりも心苦しさが先に立つと思いますから。それだったらたとえば、自分でアルバイトをして買った安いプレゼントのほうがよっぽど喜ぶのではないでしょうか」

 私が親に買ってもらった制服を、正確な値段も知らずに気軽にあげた時の反応からして、それは絶対だと思う。若葉ちゃんは親思いの上にお金を稼ぐことの大変さを知っているからね。

「自分で稼いでプレゼントしろということか」
「まぁ、そういうことですわね」

 自分のために汗水流して働いてプレゼントを買ってくれるなんて、泣かせるじゃないか。確実に心に響く。ただ若干重いけど…。付き合ってもいない相手からだったら更に重いけど…。

「自分で稼いだ金も多少はあるぞ」
「えっ、そうなんですか?!どうやって?」

 びっくり。瑞鸞は基本的にバイト禁止なのに。

「主に投資だな」
「投資…、というと株とかですか。う~ん、投資で稼いだお金か…。それなら一応自分で稼いだということになるのか…。でも株…。はっ!株?!鏑木様!株を買い占めて私の家を乗っ取るつもりでは?!約束が違いますよ!」
「はぁっ?!そんなことするか!」

 鏑木が大声を出したので、サロンにいたメンバーが一瞬こちらに注目したが、今の私はそれどころじゃない。株!乗っ取り!一家離散!
 私はカバンからかつて書かせた念書を取り出した。

「この約束を覚えているのでしょうね!」
「うわっ、お前それ、わざわざフィルム加工したのかよ!怖ぇよ」

 当然だ。鏑木に書かせた念書は、汚れたりしないようにしっかりフィルムパウチして保存してある。これで水で滲んだり破けたりといった心配もなしだ。
 しかし鏑木が株をやっている以上、これだけでは心もとない。

「鏑木様、今後お手伝いするにあたり、もう一筆書いてもらいましょうか。今度こそ血判で!」

 やはり拇印くらいじゃ信用ならない。その誓いを体に痛みとして刻み込んでおかねば。

「また血判かよ!お前の家、絶対になんかやってるだろ!」
「声が大きいですわ。誰かに聞かれたらどうします」
「粉飾か?!黒い交際か?!勘弁してくれよ…」

 なにを言っている。吉祥院家の会社は後ろ暗いところなどなにひとつない、優良企業です。

「株をやっているといっても、会社を乗っ取れるほど稼いでないから平気だって…」
「本当ですか?」
「本当だよ。学業の合間にやってる投資なんて、たかが知れてるって。お前の家の会社の株を買い占めるのに、どれだけの資金が必要だと思ってるんだよ」
「どれだけの資金があれば買い占めることができるか、知っているのですね?!」

 私が身を乗り出して問い詰めると、鏑木は後ろにのけぞった。

「知っててもやらないし、できない!」

 本当でしょうね。私の人生がかかっているんだ。嘘は許さない。ジーッと鏑木を見据えると、「どんだけやばい会社なんだよ…」と嫌そうに顔を背けられた。失礼な。優良企業です!
 でも、そこまで言うなら一応信じてみるか。しかし要注意事項だな。目を光らせておこう。帰ったらお兄様に株の買い占めが行われていないか聞いてみたほうがいいな。

「わかりました。信じましょう。それでは先ほどの話に戻りますか」
「あぁ」

 私が引くと鏑木はホッとしたような顔をした。信じているからね、鏑木!

「ではプレゼントの話ですが、消え物は相手側の心の負担も少ないので気軽に受け取ってもらいやすいんです。それにきれいなお花や可愛いお菓子などをもらうと、女の子は嬉しいものですよ。だいたい毎回高いプレゼントでは、なんだか物で釣っているような気がしませんか?」
「それは確かに…」

 鏑木はなるほどといったように頷いた。

「高価なプレゼントは、ここぞという時にだけですわ」
「ここぞというクリスマスに渡した、俺のハンドメイドネックレスはどうなったんだろう……」

 わ!やめて。思い出さないで!“M&W”ブランドのネックレスは若葉ちゃんの妹の手に渡りました。

「…まぁ、それはいいではないですか。あ、そうだわ。テディベアは良かったと思いますわよ。それにカナダのお土産のメープルシロップも!」

 あのメープルシロップのお土産は、若葉ちゃんはかなり喜んでいた。私ももらったけど、おいしかったもんね~。日本で売っていないかしら?

「そうか。ん?俺がメープルシロップをやったことを、なんでお前が知っている?」

 えっ?!言わなかったっけ?!まずい!

「あら?鏑木様から聞きませんでした?前に聞いた覚えがあるのですけど…?」

 目を合わせたらダメだ。目は口ほどに物を言う。ティーカップの中身を見ているフリをする。私は今、紅茶占いをしているんです。動揺なんてしていません。

「話した覚えはないが…」

 無駄に記憶力がいいな、鏑木。自分の話したことをすべて覚えているのか。鏑木が記憶を辿りはじめたので、慌てて「あのメープルシロップはおいしかったですわねぇ!いかがでした?反応は」と邪魔をした。

「…あぁ。あれは高道にもおいしかったとお礼を言われた」

 鏑木はその時を思い出したのか、ちょっと嬉しそうな顔をした。

「でしょう!素晴らしいセレクトでしたわ」

 私はここぞとばかりにヨイショした。

「まぁな。本当はメープルシロップなどではなく、もっといい物を買って贈るつもりだったんだが、秀介に止められた。クリスマスプレゼントも贈ったんだし、お土産にはこれくらいが丁度いいなんて言われて」
「まぁ!」

 円城、ナイスアシスト!

「円城様からもアドバイスをいただいているんですね?」
「たまにな」

 そうだったのか。

「でしたら私などに相談するよりも、円城様に相談すればよろしいのに」

 そうだ。ヤツは恋愛謳歌村の村民だ。さぞや実体験に元づいた、いいアドバイスをくれるだろうよ。

「その秀介が言ったんだよ。恋の相談なら、女性の意見を取り入れるべきだってな」
「なんですって?!」

 円城ーー!!今のこの私の心労はすべてお前のせいかっ!
 あいつめ!私にはしれっと、雅哉の参謀になったんだって~なんて言っておきながら、お前こそが元凶じゃないか!あの、腹黒っ!
 どこに行った、あの腹黒炎上は!帰ったのか!きーっ!

「女性の意見っていっても誰に聞けばいいか困ってたところに、岩室達からお前の話を聞いたんだ」

 あぁ、岩室君、委員長…。いや、彼らは悪くない。悪いのは円城だ。

「女性の意見が欲しいのなら、優理絵様か愛羅様にご相談されればよろしいのでは?」
「優理絵達は進路のことで忙しいんだよ…」

 私も受験で忙しいのですが?
 あれ?なにちょっと不貞腐れた顔してんのよ。もしかして優理絵様にかまってもらえないから拗ねてるの?若葉ちゃん、コレのどこが“普段は大人っぽい”のですか?

「…ったく。岩室達は吉祥院を恋愛成就の髪様なんて言ってたけど、俺には全然ご利益ないぞ」
「信心が足りないのです」

 祈りなさい。
 私は右手を挙げ左手を垂らし、施無畏与願印のポーズをとった。

「神様からの助言を与えましょう。自分の趣味を押し付けるのではなく、相手の趣味や好みに合わせなさい。さすれば少しずつ道は拓かれます」
「胡散臭い…」

 胡散臭いだと?!そんな態度だからご利益がないのです!鏑木には私のなけなしの恋愛運は絶対に分けてやんない!

「では理解力、想像力に乏しい鏑木様に、具体的な助言を与えましょう。高道さんがもらって一番喜ぶ物。それは参考書に問題集でしょう」
「はぁ?!」

 特待生で受験生でもある若葉ちゃんにとって、参考書はなくてはならない物だ。参考書も問題集も高いからね。

「なんて夢のないプレゼントだ…。やはり相談相手を間違えたか…」

 鏑木はがっくりと肩を落とした。



 そんなことを言っておきながら、唯一の長所が素直という鏑木は、さっそく参考書と問題集をプレゼントして、若葉ちゃんに大喜びでお礼を言われた。しかもその流れで、また図書館で一緒に勉強しようという約束まで取り付けて。

「やるな、吉祥院」

 私は鏑木の信頼を勝ち得たようだ。いらな~い!
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ