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謙虚、堅実をモットーに生きております! 作者:ひよこのケーキ
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194 高道寛太

 俺には4歳年上の姉ちゃんがいる。
 この姉ちゃんが中3の時、金持ち学校で有名な瑞鸞学院を受験すると言い出したから大変だ。
 担任も両親も、姉ちゃんは公立の進学校に行くと思っていたのに、なんで瑞鸞?!
 先生に「高道の成績なら特待生枠を取れると思うけど、あの学校は特殊だぞ。大丈夫か?」と言われて、お父さんとお母さんも「若葉には合わないんじゃないの?」と心配したけど、姉ちゃんは「特待生になれば学費はタダだし、しかも成績が良ければ返却不要の奨学金ももらえる。カリキュラムもほかの学校と段違いに充実してるから、行ってみたいんだ」と言った。
 それを聞いてお父さんとお母さんは「学費の心配をしているなら全然平気だから、ムリすることないんだ。自分に合った学校に行きなさい」と止めたらしい。学費かぁ。うちは姉弟が多いからな。
 でも姉ちゃんは「学費のことだけじゃなく、知らない世界を見てみたいし、やってみたい」と言い、「それに制服が可愛いんだ」と女の子らしい理由も言ったので、それを聞いたお父さん達は「本人がそこまで言うなら、まぁしょうがないか」と受験させることにしたんだってさ。制服が可愛いから志望校を決めるって、女ってよくわかんねぇなぁ。
 お母さんが言うには、姉ちゃんは小さい頃から好奇心が旺盛だったんだって。
 蝶を追いかけて隣町まで行ってしまい、帰って来られなくなっておまわりさんから連絡がきたり、図鑑片手に虫眼鏡で草や虫を1日中見に行って熱中症で倒れたり。星図鑑片手に一晩中ベランダにいて、高熱で寝込んだこともあったらしい。姉ちゃんは図鑑好きだ。
 だから「また好奇心の虫が出てきちゃったのね」と姉ちゃんの好きにさせることにしたんだって。

 瑞鸞に合格した姉ちゃんは“可愛い制服”ってのを着て何度も鏡を見たり、「似合う?私もお嬢様みたい?」と、俺達が「可愛い、似合う」と言うまで見せびらかしてきたり、「瑞鸞は挨拶が“ごきげんよう”なんだよ。寛太、ごきげんよう」と言ってきたのでちょっとウザかったけど、お母さんが「厳しい受験を頑張ったんだから、大目にみてやりなさい」と言ったので、大目にみてやった。
 そして瑞鸞に張り切って通い始めた姉ちゃんは、しばらくすると「あの学校は、想像していた以上に凄い」と言った。「なにが?」と聞いたら、「う~ん、いろいろ。世の中にはああいう世界もあったんだなぁ」とひとりで納得していた。だからなにがだよ!

「いやぁ、本物の“ごきげんよう”は私とは全然違ったよ。違和感がまるでないの。私なんて自分が“ごきげんよう”って言うたび、内心、私は真顔で何言ってんだって照れるもんね。でもそれが当たり前の世界なんだよねぇ。それにハイソな話題が飛び交ってて、ついていけない。あれは未知の言語だね」
「若葉、あんた大丈夫なの?」
「やっぱり普通の学校に行ったほうが良かったんじゃないか?」

 姉ちゃんの話を聞いて俺達は心配したけど、姉ちゃんは「まぁ、そのうち慣れるよ。慣れたら私も立派なお嬢様だね!」なんて言うので、「お嬢様って顔かよ」と言ってやったらぶん殴られた。痛ぇよ!

「そんなに凄い学校なのか?」
「うん。学食のメニューも聞いたことのないものばっかで、ためしにスープを注文してみたら冷たいの。あ!温め忘れだ!って思ったんだけどさ、ヴィシソワーズって言うんだってさ。冷たいじゃがいものスープ。ヴィシソワーズ。“ビ”じゃないよ“ヴィ”。言ってみな、寛太。“ヴィ”」
「うっせーよ!」
「学食があんなにおいしいと思わなかったなぁ。そのぶんお値段もするけどね。毎日は食べられないけど、お金が入った時にちょっとずつ食べていきたいなぁ」
「お姉ちゃん、私も食べたい!」
「俺も!」

 下の双子が姉ちゃんの話に食いついたので、「今度家でも作ってみるね!」と姉ちゃんが約束した。冷たいスープっておいしいのか?

 それからも姉ちゃんは、瑞鸞で華道を習ったといって持って帰ってきた花を玄関に飾ったり、茶道を習ったと茶碗を回し始めた。

「私が今習ってるのは盛り花っていうんだけどね。剣山に枝を挿す時は、まずこの一番立派な枝を真ん中あたりに挿して~。これが真ね。次に副をこっちに挿して~」
「お茶を飲む時は絵が描いてる部分をこう回して、避けて飲むんだよ」
「お箸を手に取る時は右手で上から持って、左手で下から支えて、また右手に持ちかえるんだよ」

 姉ちゃんが瑞鸞で習ったことを俺達家族に披露すると、お母さん達は、高校の授業でそんなこともやるのか、さすが瑞鸞だと感心した。姉ちゃんは、まぁねと笑った。

「瑞鸞みたいな学校に入って、苦労しているんじゃないかと心配したけど、楽しそうなので良かったわ」
「カルチャーショックの連続で、しきたりもたくさんあって大変なことも多いけど、楽しいし勉強にはなるよ」
「姉ちゃん、そんな学校で友達いるのか?」
「周りはお坊ちゃまとお嬢様ばかりだから、友達は多くはないけどちゃんといるから平気だよ」

 だったらいいけど。
 姉ちゃんは高校に入ってからバイトも始めた。奨学金は将来の時のためにとっておくんだって。「寛太の大学の費用は私が大学を卒業して、就職したら出してあげるからね!」なんて言ってるけど、俺だって高校入ったらバイトするし。
 姉ちゃんは毎日、勉強にバイトに忙しそうだ。でも姉ちゃんは中学時代の地元の友達とは遊ぶけど、瑞鸞の友達とは遊びに行ったりしていなさそうなので、お母さん達が密かに心配しているのを、俺は知っている。



 そんなある時、夏休みに姉ちゃんが車に轢かれた。相手は瑞鸞の同級生だった。
 姉ちゃんの乗っていた自転車は前が潰れちゃったけど、同級生に連れて行かれた病院で検査をしてもらったら、姉ちゃんは打ち身と擦り傷くらいで大きな怪我はしていなかった。
 そしてその同級生は、その日のうちにドデカい花と弁護士を連れて謝りにやってきて、妹が興奮しながら「家の前に霊柩車みたいなのが止まってるよ!」と知らせにきた。

「大切なお嬢さんに怪我をさせてしまい、大変申し訳ありませんでした」

 リビングで深々と頭を下げ続ける同級生の男に、帰ってきた姉ちゃんに車に轢かれたことを聞いて、軽い怪我といっても心配して怒っていたはずのお父さんとお母さんは恐縮した。姉ちゃんは「うわわわわ」と、それ以上にパニック状態になっていた。

「か、鏑木様!頭を上げてください!私はこの通り、ピンピンしていますから!」
「そうですよ。病院にも連れて行っていただいたし、こちらとしても誠意は見せてもらいましたから」
「軽傷ですし、娘の同級生ですから、訴えたりということは考えておりませんので」

 姉ちゃん達の言葉に、同級生の男はやっと顔を上げた。超イケメンだった。
「では慰謝料のご相談を」と弁護士が言ったけど、お父さん達は断った。「それではこちらの気が済まない」と同級生の男が何度も言って、最後はやたらぶ厚いお見舞金というのだけ受け取った。

「それから自転車は弁償させていただくのと、今後の治療費ももちろんすべてお支払いたします」
「ええっ!このお見舞金だけで充分ですから!」
「そうはいきません。それとこれとは別の話です」
「鏑木様。あの、治療費って、今日の病院代はすべて払ってもらっちゃったし、骨も折っていないのでこの先病院に通うこともないと思うんですが…」
「ダメだ。医者が完治したと言うまで通わないと。後遺症が出ないとも限らない」

 同級生の男が姉ちゃんに厳しい顔でそう言った。姉ちゃんは「わかりましたぁ…」と小さくなった。なんか怖そうな男だな。同級生なのになんで敬語?
 その同級生の男が、帰りに店のケーキを全部買うと言った時には、姉ちゃんが「買いにきてくれたほかのお客さんに悪いので、お気持ちだけで~!」と必死に止めた。


「高校生なのにしっかりした子だったわねぇ…」
「そうだねぇ…」

 同級生の男と弁護士が帰ったあと、店に戻ったお父さん以外の家族はリビングに残った。

「お母さん、麦茶なんて出しちゃったけど、失礼だったかしら」
「今さらだよ」
「かっこいいお兄さんだったねー」
「車もかっこよかった!」
「姉ちゃん轢いた車だぞ」
「ううん、私が轢かれたのはあの車じゃない。同じくらい立派な車だったけど。乗り換えてきたみたい」
「そうなのか?!」

 あんな車を何台も持っているのか?!

「自転車がぶつかった時に、車も少し傷ついたからさぁ。むしろ弁償しろって言われたどうしようかと思ったよ」
「相手がまともな人で良かったわね」
「そういや姉ちゃん、なんで同級生なのに敬語だったんだ?それと“様”ってなんだよ」
「お姉ちゃん、あの人友達じゃないの?」
「まさか、まさか!あの人は瑞鸞でも特別な人なんだから!こんなことがなかったら、私なんて卒業するまで話すこともなかったはずだよ!」
「ふぅん、そんなもんなんだ」
「そうだよ。私達の学年では、2人、いや3人かな。特に学院中から一目置かれている人達がいるんだけど、鏑木様はその1人」

 その特別で一目置かれている男は、夏休み中何度も姉ちゃんの病院の送り迎えをするために会いに来た。自転車もイタリア製の高級自転車を弁償してくれて、姉ちゃんはそれをママチャリに改造してもらっていた。もったいない。
 でも瑞鸞の生徒ってのは、やっぱ普通の高校に通う生徒とは雰囲気が違うな~。




 家に帰ったら、リビングになんかすげぇのがいた。
 チョココロネみたいにくるくる巻いた頭にリボンを付けた、マンガやドラマに出てくるお嬢様やお姫様みたいな女。でもなぜか姉ちゃんのTシャツと短パンを着ていた。物凄く似合ってなかった。
 姉ちゃんは帰ってきた俺達に焼きそばを作ってくれた。そしてチョココロネ女にも「おかわりする?」と聞いた。チョココロネは先に食べていたらしい。チョココロネは「いえ、私はもう…。そうですか?ではせっかくですので一口だけ」と一緒に食べた。

「口に青のり付いてっぞ」
「あら、やだ」

 俺の指摘にチョココロネは、おほほと笑って口を拭いた。おほほだって。おほほって笑う人、本当にいるんだな…。おほほのコロネだな。
 それ以来、コロネは家に遊びに来るようになった。来るたびになにか食べている。
 コロネの“ちょっと一口”は量が多い。コロネは「では一口だけいただきますわ」とよく言うけど、結局皿の中身をぺろりと平らげる。姉ちゃんが「おかわりいる?」と聞くと、「いえ、もう充分ですわ。でも、そこまでおっしゃるなら、ちょっと一口だけ…」と、なんだかんだで食べる。

「なぁ、姉ちゃん。なんでコロネは最後は必ずしっかり食べるくせに、一度断るんだ?」
「う~ん、お嬢様の様式美?」

 よくわかんねぇ。
 この前もお餅を出したらよく食べた。あまりによく食べるので、そんなにおなかが空いているのかと、力うどんを作ってやろうか?と俺が言ったら、それは本気で断られた。「また今度いただきますわ」と言って。「うどん雑炊もおいしいですわよねぇ…」っていう呟きは、力うどんに雑炊も付けろってことか?全くコロネはしょうがねぇなぁ。

「なぁ姉ちゃん。コロネは姉ちゃんの友達なんだろ」
「コロネじゃなくて、吉祥院さん!友達かぁ。私はそう思っているけどねぇ。ただあの人も鏑木君と同じくらい凄い人だからねぇ。でも吉祥院さんにはいつも助けてもらってるよ。吉祥院さんが瑞鸞で一番信用できる人かな」
「へぇ。じゃあコロネが来た時は歓待してやるか!」
「偉そうに。それから吉祥院さん!」
「コロちゃんは礼儀正しくていい子だもんねぇ。若葉にコロちゃんみたいなお友達がいて、お母さん安心しちゃった」
「お母さんまで…。うん、心配かけてごめんね。友達もいるし学校も楽しいから」
「それなら良かった。それで?コロちゃんは学校ではどんな子なの?」
「吉祥院さんは純血瑞鸞生で~、瑞鸞女子はこうあるべきっていう、みんなの憧れの的かな?」
「ぶはっ、コロネがぁ?!毎回うちで焼きそば食べたりカレー食べたりお餅食べたりしてるコロネがぁ?!おほほって笑うからか?おほほのコロネ」
「寛太!でも、まぁ私も、あの吉祥院さんがこんなに親しみやすい人だとは思ってもみなかったけどさぁ…。でもこれからも仲良くしてもらえたらいいなって思ってるんだ」
「ふーん、そっか」
「ねぇ、じゃあ鏑木君はどうなの?若葉の彼氏?」
「はあっ?!違うよ!バカなこと言わないでよ!」
「え~っ、でも何度も若葉に会いにきてくれるし、クリスマスにもわざわざプレゼント持って会いにきてくれたじゃない」
「ちょっと、本当に変なこと言わないで!そんなこと万が一瑞鸞の人達に聞かれたら…」
「あら、コロちゃんにも内緒なの?」
「吉祥院さんには話してあるけど…。でも外で余計なこと言わないでね!誰が聞いてるかわからないんだから!みんなもだよ!いいね!」

 姉ちゃんがやけに真剣な顔で迫ってきたので、俺達は渋々返事をした。

「だったら若葉、初詣に一緒に行ったって男の子は?ほら、一緒に撮った写真を見せてくれたじゃない」
「一緒に生徒会をやってる、ただの友達!それにほかに友達も写ってたでしょ!」
「でもあの子もかっこよかったじゃな~い」
「だ~か~ら~、違うってば!この話はもう終わり!終わり!」
「お父さんも心配してたわよ。若葉に彼氏ができたんじゃないかって」
「姉ちゃん、玉の輿?」
「違ーう!!」

 でもなぁ。鏑木さんはぜったいに姉ちゃんのこと好きだろ。だってクリスマスイブだぜぇ。ただの友達に会いにくるかぁ?
 そのプレゼントは高校生なのにクマのぬいぐるみで笑ったけど、あとでコロネから有名な高いぬいぐるみだって聞いて、俺と姉ちゃんはびっくりした。ぬいぐるみが数万円?!意味わかんねぇ。
 クマのぬいぐるみはクリスマスのコートを着て、首にハートのネックレスまでしていた。妹がそのネックレスを見て可愛いと欲しがったので、姉ちゃんは「ぬいぐるみ用だけど、小学生だからいいよね?」と外して妹に付けてあげていた。おもちゃのわりにはすげぇキラキラしていて、妹の大のお気に入りアイテムだ。さすが高いぬいぐるみは、小物もしっかりしているな!
 ぬいぐるみは年末まで店に飾られて、今は姉ちゃんの部屋に飾られている。

 姉ちゃん、今年のバレンタインはチョコを鏑木さんにあげないのかな。きっと待っていると思うんだけど。
 それとバレンタインといえば、コロネのアレンジがヒジョーに心配だ…。大丈夫かな、あいつ。きちんと渡したレシピ通りに作るんだぞ!
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