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謙虚、堅実をモットーに生きております! 作者:ひよこのケーキ
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 初等科時代からバレンタインの手作りチョコも、調理実習で作ったお菓子や料理のプレゼントも一切受け取らないし食べない鏑木が、学園祭の模擬店で出された手作りクッキーを食べた。しかもわざわざ作り手を呼んで「美味かった」などと声を掛け、女子には滅多に見せない笑顔まで見せた。
 この一件は、夏休み明けの始業式にふたりが一緒に登校した事件を上回る大きさで瑞鸞を揺るがした。
 今まで手作り物を嫌う皇帝が唯一食べる例外は、優理絵様の作った物だけだった。もしや皇帝宗旨替えか?!と、ほかの模擬店をやっている女子達が自分達の作った食べ物を持って皇帝の元に殺到したが、皇帝はいつものように「手作りは食べない」と一刀両断した。ではあのクッキーはどういうことなの?!と噂は駆け巡り、本人に聞けないので占いに頼る子が続出した。
 おかげで若葉ちゃんはまたいらぬ注目を浴び、女子達の敵意の的になってしまった。みな口には出さないが、まさか皇帝は…という私と似たような憶測を抱き、鏑木ファンは危機感を覚えた。
 若葉ちゃんのカフェにはあの皇帝が食べたクッキーとはどれほどのものかと女子達が詰めかけ、「たいしておいしくもない」「この程度のクッキーを褒められたからっていい気にならないで」と若葉ちゃんに嫌味を言って帰って行ったらしい。私はおいしかったと思うけどな。まぁ、あの子達にはそもそも味なんて関係ないのか。
 その皇帝若葉ちゃんクッキー事件とは別に、学園祭ではもうひとつの小さな話題があった。私が円城にラテアートを作ってもらった一件だ。

「整理券を持っていなければ作ってもらえないラテアートを、円城様が麗華様だけに特別に出されたそうよ!」
「まぁっ、やっぱり円城様は麗華様のことを?!」

 などとあちこちから聞こえてきた。いい迷惑だ。
 一緒にカフェに行った流寧ちゃん達も、興奮したように「麗華様だけの特別サービスなんて、羨ましいわ!」「しかも可愛らしいうさぎの絵でしたわ」と騒いでいた。

「ただの円城様の気まぐれだと思いますわよ」
「そんなことありませんわよ。円城様の優しさですわ」

 なにが優しさなもんか。あれは鏑木の思いもよらぬ行動で、ふたりに一身に集まってしまった注目を逸らすために、円城が私を利用したのだと思っている。
 そしてうさぎのラテアートは、鏑木から干支シリーズの話でも聞いて、面白がって描いたのだろう。きっとそうだ。あいつはそういうヤツだ。あの笑顔はそういう笑顔だった。
 素人が作ったくせにやけに上手なうさぎのラテアート。悔しいからみんなが止めるのも聞かず、スプーンでかき回してやった。干支コンプリートなんて間抜け極まりない野望なんて、私は断じて持ってはいない!
 まったく…。楽しいはずの学園祭が、あいつらのせいで初日から大波乱だ。





 学園祭2日目はチケット制での一般公開だ。
 去年も梅若君からは学園祭に行きたいと言われたけれど、羊の耳を付けていたし、愛犬に似ているという話を無邪気に瑞鸞でされたら困るので、丁重にお断りした。でも今年はベアたんぬいぐるみで協力してもらったし、ずいぶん楽しみにしているようだったので、チケットを渡すことにしたのだ。決して瑞鸞で私が愛犬に似ていると言わないようにと言い含めて。
 梅若君達には入場チケットのほかに、中で使えるクーポン券も渡した。瑞鸞の学園祭では現金のやり取りをしないために、あらかじめ模擬貨幣として使うクーポン券を購入してそれを使う。そしてピヴォワーヌでは学園祭への寄付の意味で、毎年大量のクーポン券を一括購入してそれがメンバーに配られるが、それがひとりで使うには多すぎる量なので、私はいつもほとんど使わず余らせているのだ。今回は梅若君達がせっかく遊びに来てくれるので、それを5人に平等に渡した。
 梅若君達はクーポン券に大喜びしてくれつつも、私の分はちゃんとあるのかと心配してくれたが、全然大丈夫。ピヴォワーヌからの配布分以外に、保護者からの寄付という形でのクーポン購入分も相当額あるので、私はクーポン長者なのだ。足りなくなったらいつでも取りに来てくれていいよ?
 せっかく来てくれるんだから、楽しんで行ってくれたまえ。



 一般客が大勢来るので、学園祭は2日目のほうが圧倒的に忙しい。中国茶カフェ“徐福”にも、歩き疲れたお客さんが憩いを求めて続々と来店してくれていた。繁盛、繁盛。
 そこへ麻央ちゃんが、市之倉さんと悠理君を連れて遊びに来てくれた。

「麗華お姉様!」
「いらっしゃい、麻央ちゃん。悠理君と市之倉さんも」

 おめかししてやってきた麻央ちゃんの頭には、夏に伊万里様に買ってもらったガラスの髪飾りがキラキラ揺れていた。ほかの男性からプレゼントされたアクセサリーを付けて彼氏とデートとは、麻央ちゃんたら悪女!

「麗華お姉様、そのお衣装とっても可愛いわ。ね、悠理、晴斗叔父様」
「うん」
「そうだね、麻央。麗華さん、似合っていますよ」
「まぁ、ありがとうございます」

 麻央ちゃん、やっぱりまだ市之倉さんを叔父様と呼んでいるか。麻央ちゃんの中では叔父様呼びがすっかり定着してしまったのか?
 麻央ちゃんと悠理君は、杏仁豆腐と黒ゴマプリンを仲良く分け合って食べていた。微笑ましい。

「市之倉さんに以前台湾に連れて行っていただいたおかげで、今回の中国茶カフェに私でも少しは役に立てることができました。ありがとうございます」
「あぁ、台湾か。懐かしいね。あの時の小龍包はおいしかったよね。最近は麻央も麗華さんも一緒に食事に行ってくれないから僕は寂しいよ」
「だって晴斗叔父様にはエリカさんがいるじゃない」

 それを聞いた麻央ちゃんが、ツンとそっぽを向いた。困ったように苦笑いする市之倉さん。

「まぁまぁ、麻央ちゃん。その叔父様呼びはもう許してあげたら?市之倉さんは麻央ちゃんに叔父様と呼ばれたことに、ずいぶんとショックを受けていたわよ?」
「だって…」

 麻央ちゃんがぷくーっと頬を膨らませたので、その可愛さに思わず笑ってしまった。

「麻~央~ちゃん」
「……」
「麻央ちゃんだって本当は“晴斗兄様”が大好きなんでしょ?」
「……いいわ、許してあげる。麗華お姉様が言うから特別よ、晴斗兄様!」

 なんて可愛いんだ、麻央ちゃん!悠理君が褒めるように麻央ちゃんの頭を撫で、市之倉さんは溺愛する姪にまた兄様と呼んでもらえて感激していた。

「ありがとう、麗華さん。今日来て本当に良かったよ」
「そうですか。あぁ、麻央ちゃん、よかったらまた私の家に遊びに来てね。お兄様も麻央ちゃんに会いたいと言っていたから」
「わぁっ!私も貴輝兄様にお会いしたいです!晴斗兄様、前にも話したでしょ?貴輝兄様はとっても素敵なのよ!」
「へぇ、そうなんだ…」

 市之倉さんの笑顔が少し引き攣っていた。うけけ。あ、悠理君の顔まで歪んでいる。これはしまった。ごめんね、悠理君。
 麻央ちゃん達はこれから璃々奈のクラスの出し物を見に行くそうだ。璃々奈のことだ、麻央ちゃんを自分の妹分だと触れ回るに違いない。




 次に遊びに来てくれたのは、桜ちゃんと秋澤君だった。
 桜ちゃんはこの前、学園祭では陸上部のライバルの偵察と、相手に自分の存在を知らしめるため、1年の出し物を重点的に回ってやると言っていたけれど、内心でそんな物騒なことを考えているとはおくびにも出さず、桜ちゃんは今日も清楚な和風美少女を完璧に演じ切っていた。

「麗華さん、ごきげんよう」
「いらっしゃいませ。桜ちゃん、秋澤君」

 秋澤君を知っている生徒達は、他校の女の子を連れた秋澤君を興味津々で見ていた。そんな視線に気づいているくせに、桜ちゃんは「どれがいいかしら、匠」などと秋澤君に可愛く聞いている。さすがだ。

「麗華さんのお薦めはどのお茶?」
「そうですわね。せっかくですから珍しい工芸茶などはどうでしょう」
「工芸茶?」
「ええ。お湯の中で花が開くお茶で…」
「桜子さんっ!」

 私と桜ちゃんの会話に、突如闖入者が現れた。西方から来た楽人、ディーテだ。

「桜子さん!まさかこんなところで会えるなんて!もしや僕のバイオリンを聞きに?!」

 ディーテがアフロを揺らして桜ちゃんに迫った。椅子に座っている桜ちゃんはディーテから逃げるように秋澤君のほうに体を避けた。

「えっ、桜ちゃん、ディーテと知り合いなの?」
「…バイオリンの発表会などで何度か会ったことがあるのよ」

 私が小声で桜ちゃんに聞くと、桜ちゃんも小声で苦々しげに答えた。そういえば桜ちゃんも小さい頃からバイオリンを習っていたっけ。まさかそんな繋がりがあったとは。しかもディーテのこの様子だと…。
 お茶が運ばれてきても、ディーテは桜ちゃんのそばから離れず、ずっと話しかけていた。楽人は舞台に戻れと言っても聞く耳を持たない。う~ん、これは誰が見てもそういうことだろうなぁ…。
 最初は普通の顔をしてお茶を飲んでいた秋澤君が、徐々に不機嫌になってきた。あれ?温厚な秋澤君にしては珍しく眉間にシワまで寄ってきたぞ。その様子に桜ちゃんも気が付いたようだ。

「桜子、そろそろ行こうか」
「匠?」

 秋澤君はお茶を一気に飲み干すと勢いよく席を立ち、桜ちゃんの手を引いた。

「あっ!まだ僕と桜子さんの話が」
「吉祥院さん、ごちそうさま。行くよ、桜子」
「え、ええ。じゃあ、またね、麗華さん」

 桜ちゃんは秋澤君に引っ張られながらお店を出て行った。あれれ?もしやこれは、嫉妬というヤツでは?
 出て行く桜ちゃんの顔が、一瞬悪い笑顔になっていたし。

「吉祥院君、桜子さんとあの秋澤君というのはいったいどういう関係だね!」

 ディーテが私に詰め寄った。幼馴染以上恋人未満の関係だそうですよ、今日までは。それもディーテのおかげでなにかが変わるかもしれませんが。
 完全に当て馬だな、ディーテ。もしかしてディーテは恋愛ぼっち村の村民候補か?
 イヤだな、毎朝毎晩バイオリンをかき鳴らす、キリギリスのような村民は…。

 舞台に戻ったディーテは、思いの丈をバイオリンにぶつけていた。
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