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謙虚、堅実をモットーに生きております! 作者:ひよこのケーキ
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 会長達が「ごきげんよう、円城様、麗華様」と、私達の元にやってきた。

「見事な蛍ですわね。本当に日常を忘れてしまいそう」

 会長はうっとりと庭を舞う蛍を見やった。

「もう少し近くを飛んでくれたらもっと素晴らしいのでしょうけど…」

 蛍に嫌われてしまった私はつい、自虐的になった。隣で「ふっ…」と円城が笑い声を洩らした。だから蛍が逃げちゃったのは、あんたが犯人かもしれないでしょうが!

「そうね。でも蛍を一番美しく観賞するには、これくらいの距離がベストなのかもしれなくてよ」

 さすが会長、いいこと言う!

「吉祥院さん、そんなに蛍を近くでみたかったら、一匹獲ってきてあげようか?」
「……お気持ちだけで充分ですわ、円城様」

 目が思いっ切り笑ってるぞ、円城。こいつ笑い上戸だったのか。舞浜さん達がいる場所から華やかな笑い声が響いた。そこでは鏑木とその隣を陣取る舞浜さんの周りを蛍がふわふわと回っていた。

「雅哉様、ほら見て!私達の周りを蛍が!」

 舞浜さんが得意気に、まるで蛍がふたりの仲を祝福しているかのように周囲にアピールした。あんなに騒いでいるのに、なぜ蛍が寄って行くんだ?あの人、なにか虫を呼び寄せる香でも使っているんじゃなかろうか。
 はしゃぐ舞浜さんとは逆に、無表情な鏑木が若干鬱陶しそうに舞浜さんをあしらっていた。モテるのも大変だね。

「鏑木様とご一緒にいるかた…。確か、舞浜さんでしたかしら、百合宮の…」

 会長の目が鋭くなった。

「ええ、瑤子様。何度か瑞鸞にも押しかけてきましたわ」
「百合宮では一部の生徒の間で、百合宮の女王などと呼ばれているとか」

 百合宮の女王?!私はピヴォワーヌメンバーの言葉に驚いた。舞浜さんって小物だと思ってたのに百合宮では女王として君臨してたの?!

「まぁ…」

 艶然と微笑む会長の目は全く笑っていない。この場に円城がいるのでみんな滅多な発言はしないが、不穏な空気に私は退路を探しはじめた。
 すると舞浜さんを纏わりつかせた鏑木が、親友の姿を見つけてやってきた。

「秀介、ここにいたのか」
「あれ、探してた?」
「鏑木様、本日はお招きいただきましてありがとうございます」

 会長が代表してお礼の挨拶をして、私達がそれに続いた。鏑木は二言三言私達と言葉を交わしたあと、円城に話したいことがあると誘った。それ完全に舞浜さんから逃げる口実だろう。

「なら中で話そうか」

 円城がそれに応えてふたりはその場を離れようとしたが、舞浜さんは諦めずふたりに付いていこうとした。が、やんわりと円城に断られていた。

「少しふたりだけで話したいから、今は遠慮してもらえるかな」
「せっかくの蛍だ。楽しんで行ってくれ」

 円城と鏑木は舞浜さんを置いて室内に戻って行った。鏑木、上手く逃げおおせたな。
 取り繕う相手がいなくなったことで、私達の空気が一気に殺伐とした。さっそく舞浜さんが私に攻撃を仕掛けてきた。

「あら麗華さん。さきほどの様子見ていたわよ。蛍にも相手にされないなんてお可哀想ー。玉鬘になれなくて残念でした」

 やっぱりあの時の鏑木夫人達の会話を聞いていたか…。凄い顔して私を睨んでいたもんなぁ。

「まぁ!虫にしか相手にされないどなたかと麗華様は違いましてよ。貴女はさながら玉鬘というより虫愛づる姫君といったところかしら?ご立派な眉毛ですこと」

 私が言い返そうとする前に、会長が参戦してきた。会長の言葉に周りの子達もほほほと笑う。

「虫愛ずる姫君?!ずいぶんと失礼なことを言うのね」

 舞浜さんが会長を睨んだ。会長はその目に怯むことなく笑顔で受けた。

「そうね。虫愛ずる姫君というより、鏑木様という光に吸い寄せられる虫そのものかしら。貴女を見ていると誘蛾灯を思い出しますの。あら、今日のドレスも大水青のようでとてもお似合いよ」
「なっ…!ふんっ!私が虫なら貴女は私を食らおうとする食虫植物かしら。あぁ、怖い!雅哉様に守っていただかなきゃ!」
「ほほほ、鏑木様にまるで相手にされていないくせに」
「それ自分達のことを言ってるの?何年も同じ学校に通っているのに、いつまで経ってもその他大勢の扱いをされているみなさん?」

 舞浜さん、会長相手に凄い度胸…。会話の内容が聞こえていない周囲からは、一見、若い令嬢達が楽しげに談笑しているように見えているだろうが、内実は真剣での切り合いだ。

「生憎だけど、こちらの麗華様は鏑木様からピアノの演奏を贈られるほどお親しいのよ。あの時のショパンは素晴らしかったですわよね、麗華様」
「えっ!はいっ!」

 うわっ、私も戦場に引っ張り出す?!でも今日の私は着物に合わせてまとめ髪にしてしまっているから、戦闘力が普段の20%減なのよ。持ってる刀はスポチャンのソフト剣です。

「麗華様のために鏑木様が弾いて差し上げた幻想即興曲や子犬のワルツ、あぁモーツァルトのトルコ行進曲もありましたわね。素敵でしたわぁ」

 あ!会長さりげなく麻央ちゃん達のために弾いた曲も盛った!

「へぇ…そう。だったら私も今度、雅哉様にピアノをお願いしてみようかしら」
「そうしたらいかが?ただし鏑木様が弾いてくださればの話ですけど」

 こ、怖い…。退路!退路はどこだ!
 切り合っているのは主に会長と舞浜さんなのに、なにも言っていない私を舞浜さんが憎々しげに睨むのはなぜ!
 舞浜さんがこの場を離れるまで、舌戦はしばらくの間続いた。

「あのかた、百合宮では相当派手になさっているそうよ。女王気取りで、気に入らない人間を取り巻きに指示して孤立させたり」

 舞浜さんの後ろ姿を見つめながら、会長がそうこぼした。

「集団でひとりを孤立させるなんて、あのかたの性格がわかるというものですわ」
「百合宮の方々も大変。あんなかたに学校を牛耳られていては」

 え…、貴女達がそれを言う?
 人の振り見て我が振り直せ。昔の人はいいこと言うなぁ、
 私は庭を舞う蛍を見つめ、心を遠くに飛ばした。蛍、もっと近くで見たいなぁ。
 なんだか腕が痒いので見ると蚊に刺されていた。蛍は寄ってこないのに、蚊は寄ってくるとはどういうことだ。痒いけど掻けないので、赤く腫れた部分を私は気休めに爪でバッテンを付けた。痒いっ!明日、皮膚科に行って来なくちゃ。

「ピヴォワーヌのメンバーを守るのが会長たる私の務め。麗華様、舞浜さんとなにかあったら私にすぐにおっしゃってね。私、いつでも力になりますわ」
「ありがとうございます…」

 なにかあっても絶対に言いません。瑞鸞と百合宮の全面戦争なんて、考えただけで恐ろしい。
 うふふ、ほほほと蛍の庭に私達の笑い声が響いた。


 次の日、私宛てに円城から虫籠に入った一匹の蛍が届けられた。昼間の蛍はただの黒い虫だった。
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