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謙虚、堅実をモットーに生きております! 作者:ひよこのケーキ
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 私は手作りお弁当屋さんでお弁当を買ってきた。それを2日間暖かい部屋に置いた。
 蓋を開けて箸で煮物を取ってみる。にんじんが糸をひいた。…これは、いける。
 意を決して口に入れると、にちゃっとした。…つらい。触感が気持ち悪いのでほとんど噛まずに飲み込む。
 いったい私は、なんでこんなことをやってるんだろう…。まずい。まずくて吐きそうだ。ここまでする必要があるのだろうか…。それでも腐った野菜を食べ続ける。五目炒飯も糸ひきまくりだ。これはなかなか恐ろしい代物だ。臭いがすでにおかしい。しかし女は度胸!私は糸ひき炒飯を頬張った!

「!!!!!」

 体中の細胞が拒絶反応を起こした!敵機来襲!敵機来襲!総員配置につけー!!
 口中に広がる薬品のような臭いと苦い味。慌てて吐き出したけどこみあげてくる嘔吐反射が止まらない。
 腐った煮物とは破壊力がまるで違う。毒物劇物クラスだ。口の中がビリビリする。あまりの苦しみに涙が出た。そこへまた、嘔吐反射の大波が襲ってきた。
 私はトイレに駆け込んで吐いた。便器に赤いものが吐き出された。

 血だ!血を吐いてしまった!!吐血だ!私、死んでしまう!
 神様、神様、ごめんなさい。もう二度と腐った物を食べるなんてバカなことはしません。おとなしく花見にも行きます。だからどうか助けてください。この襲いくる吐き気から私を救ってください。あぁ誰か助けて。私、血を吐いてしまった…。
 まさかこんな大事になるなんて。生まれて初めて血を吐いた。私、死んじゃったらどうしよう…!
 涙で滲む視界でもう一度吐いた血を確かめる。恐ろしさで体が震える。
 赤い血の塊は、よく見ると赤ピーマンの欠片だった──。

「…………」

 私はおなかを押さえ嘔吐反射と戦いながら、口に残る劇毒物を排除すべく、一心不乱に口を漱いだ。
 良かった、吐血じゃなくて…。まだ胃がむかむかして気持ち悪いけど。
 私がふらふらとした足取りでトイレから出てきたので、お手伝いさんが心配してくれた。「胃薬と白湯をお願いします…」
 私の部屋には放置された食べかけの腐り物があるので、誰も入らないようにお願いする。どんなに具合が悪くても、あれだけは処分しておかなければ。
 胃薬を飲んで部屋に戻り、お弁当をゴミ袋に入れて隠す。明日こっそり捨てに行こう。
 ゴミ袋の腐った炒飯を見て改めて確信する。腐った肉はシャレにならない…。


 それからしばらく、私の体調は戻らなかった。主治医の先生まで呼ばれたけど、本当のことは絶対に言えないので、「最近体調が悪くて、とうとう吐いてしまった」と適当なことを言ったら、胃腸風邪かもしれないと診断された。ううん、自業自得で食中毒っただけです。
 胃薬と睡眠のおかげで、真夜中に目が覚めた時には少し調子が良くなっていた。くらくらするので、何か食べたほうがいいのかもしれない。
 部屋を出てキッチンに行こうとしたら、お兄様が部屋から出てきた。

「どうしたの麗華。具合はどう?」
「お兄様。もう平気です。何か食べたほうがいいかもしれないと思って、今からキッチンに行くところですわ」
「食べ物か。病人食はあったかな」
「大丈夫ですわ。なければ自分で作ります」
「…僕が作るよ」

 こんな夜中にお兄様の手を煩わせるわけにはいかないと遠慮したのに、お兄様は自分が作ると言い張った。麗華は病人だからと。
 優しいなぁ、お兄様は。自ら腐らせた物を食べるような、バカな妹でごめんなさい。私は言われた通り、自分のベッドに戻ってお兄様を待った。
 ところで、お兄様って料理なんて出来るの?

 お兄様が作ってくれたのは、シンプルな塩粥だった。梅干し付き。
 一口食べてみると、おいしい!!この絶妙な塩加減!あぁ優しい栄養が、五臓六腑にしみわたる…。

「ネギを入れようかとも思ったんだけど、まだ胃腸の調子が戻っていないだろうから、塩と梅干しだけにしたよ」
「とてもおいしいですわ、お兄様」

 お兄様が料理をしている姿なんて見たことがなかったけど、さすがです。私より上手だと思う。明日は自分でもお粥を作ってみよう。ごはんに水を入れて煮込めばいいのかな?あとは塩をパッパと振りかける、と。

「みんな心配したんだよ。回復しているようで本当に良かった」
「……はい」

 猛省しています…。それでもおなかは空くので、お粥をおかわりした。塩だけのお粥なのに、なぜこんなにおいしい。
 結局小さな土鍋のお粥は、ぺろりと完食した。大変おいしゅうございました。ごちそうさま。
 お兄様がそのまま土鍋を片付けてくれると言うので、申し訳ないけどそのまま寝かせてもらうことにした。
 はー、満足満足。



 あわよくば観桜会に出なくてもいいと言われないかな~と期待していたんだけど、すっかり体調が戻ってしまったのがばれていたので、病欠は出来なかった。それに神様に誓ってしまったし。しょうがない。ただ病み上がりということで、振袖は免除された。リボンの付いたシャンパンゴールドのフレアワンピースだ。お母様は桜色のドレスがいいと言ったけど、たぶん桜色の服を着てくる人は結構いるはずだ。かぶりたくない。一応桜色のネイルと桜モチーフの髪留めだけは付けた。
 観桜会は夏に断食プランを体験した鏑木グループのホテルで行われた。確かにここの庭園は素晴らしかったものね。
 今日はお兄様は仕事が忙しくて欠席だ。いいなぁ、私も仕事があればいいのに。
 会場はライトアップされた桜が一番美しく見えるホールだった。樹齢50年を超えるしだれ桜が見事だ。見事すぎて怖い。
 それ以外にも満開のソメイヨシノが何本も植えられていて、さすが鏑木家の観桜会だ。
 大人達は桜を鑑賞しながらワインなどを飲んでいる。甘酒もあるらしい。いいな、甘酒。
 私は未成年なので、桜のノンアルコールカクテルをいただいた。薄ピンクの炭酸の液体に、桜の花びらが浮かんでいる。きれい。飲んでみると不思議な味がした。
 花の食べ物って結構微妙な物が多いと思う。薔薇ジャムとかラベンダーのアイスとか。薔薇ジャムは初めて食べた時はびっくりしたなぁ。ロココな私にふさわしい食べ物と取り寄せてみたけれど、なかなかパンチのある味だった。スミレの砂糖漬けもそうだけど、花のお菓子はおしゃれな自分に酔うための食べ物なのかもしれないな。
 磨き抜かれた猫かぶり笑顔で両親とほかの招待客に挨拶をしながら、会場で見知った顔を探す。讃良様来ていないかな~。
 鏑木と円城の周りには、若い招待客達が集まっていた。ピヴォワーヌメンバーもいる。
 私は桜を見に行くと言って両親から離れた。やはりまだ食中毒から完全に体力が戻っていないらしい。人ごみに酔ってしまった。少し休憩したい。
 桜の見える椅子に腰かけて、新しい飲み物をもらう。緊張しているせいか食欲があまりない。水分でおなかがたぷたぷだ。

「あら、麗華さんじゃない」

 私の前に桜色のドレスを着た舞浜さんが立った。ふっ、底が浅い。会場には桜色のドレスがひしめいているぞ。

「ごきげんよう舞浜さん」
「こんなところでひとり寂しく座っているなんて、麗華さんったらどうしたの?」

 全く心配していない顔で、舞浜さんが笑った。この子、なぜか私をライバル認定してるよな~。

「少し休憩していただけですわ」
「ふ~ん」

 舞浜さんが意地の悪い顔をした。なにか私への嫌味を考えているな。さてどうしたものか。
 ちょうど取り巻きの輪から鏑木がひとり、こちらに歩いてくるのが見えた。

「舞浜さん、鏑木様ですわよ」
「えっ!まぁ、雅哉様!」

 舞浜さんは鏑木に駆け寄った。鏑木は舞浜さんをチラッと見て興味なさげに「あぁ」と物凄く適当な挨拶をした。
 ほほぉ…。

「雅哉様、今日はお招きくださってありがとうございます。私、雅哉様に誘ってもらえてとっても嬉しいわ!」
「礼なら両親に言ってくれ。俺が招待したわけじゃないから」

 鏑木のそっけない態度にも、舞浜さんはめげる様子がない。鏑木の腕に手を添えた。

「雅哉様、また今度お家にご招待してくださいね。私、雅哉様のお母様にもいつでも遊びに来てと言われてますし」
「母親に会いたければ、勝手にするといい。俺には関係ない」

 鏑木は腕をずらして舞浜さんの手を避けた。舞浜さんはそれでも手を伸ばそうとしている。凄い。

「吉祥院、お前も来ていたのか」

 鏑木が舞浜さんの陰になっていた私を見つけた。気づかなくていいのに…。でもやっぱりここは礼儀として挨拶はしておくべきだろうな。私はどっこいしょ、と席を立った。

「本日はご招待していただき、ありがとうございます」
「ああ」

 鏑木が私に話しかけたことで、舞浜さんがムッとした。

「雅哉様、麗華さんたらせっかくの鏑木家の観桜会なのに、こんなところに座って全然楽しんでいないみたいなの」

 鏑木の眉があがった。それを見て舞浜さんが私に向かってニヤッと笑った。底意地の悪い小物感が隠せていないぞ。
 別に鏑木を取り合う気は毛頭ないけど、この場で私が退屈しているなんて吹聴されたら、私の立場が悪くなる。しょうがない。

「そういえば舞浜さん、ホワイトデーにはどなたかから素敵なプレゼントをいただいたとか」
「えっ…」

 舞浜さんが私の言葉に怯んだ。やはり桜ちゃん情報は正しいようだ。

「百合宮では舞浜さんのホワイトデーの相手の噂で持ちきりだとか。羨ましいわぁ。いったい誰からのプレゼントですの?ぜひお相手を教えていただきたいわ」
「それは…」

 舞浜さんが目を泳がせた。さぁどうする?私はもうひとつ情報を握っているぞ。鏑木の前でそれを暴露してあげようか?
 私達が目で駆け引きをしていると、鏑木がふいに言葉を発した。

「ホワイトデーといえば、あの桃のギモーヴはおいしかった。あれは限定だったんだな」
「は?ギモーヴ?」

 げ。こいつ余計なことを。
 舞浜さんは怪訝な顔をして、「雅哉様、ギモーヴってなんのことですか?」と聞いている。さらに余計なことを聞くな。

「ホワイトデーに吉祥院から桃のギモーヴをもらったんだ」
「麗華さんから?!」

 舞浜さんがギッと睨んできた。まるで抜け駆けだと言わんばかりだが、あれはただの魔除けの桃だ。

「ホワイトデーのお返しがもらえないからって、自分からギモーヴを渡すって、それってどうなの?催促みたいじゃない」

 うん、舞浜さんは鏑木にお返しがもらえなかったんだね。

「催促もなにも、私は鏑木様にバレンタインのショコラは渡していませんわよ。ギモーヴはただのお裾分けです」
「嘘よ!雅哉様にチョコを渡していないなんて!」
「本当ですわ。そうですわよね?鏑木様」

 私は鏑木に同意を求めた。鏑木は「誰からもらったかなんて覚えていないし興味もない」と無自覚に舞浜さんの傷を抉った。

「でも吉祥院には詩集をやったから、そのお礼と考えればいいのか…」

 鏑木が無自覚爆弾を投下した。

「詩集をあげた?!」

 舞浜さんの顔が嫉妬と驚きで凄いことになっている。睨むな、睨むな。
 鏑木は円城の姿を見つけたので、「じゃあな」と言ってそのまま歩いて行った。
 残された私達の間の険悪な空気。その空気は舞浜さんが一方的に出しているのだけど。

「どういうことよ」
「なにがですの?」
「雅哉様から詩集をもらったってことよ!」
「さぁ?鏑木様の気まぐれではないかしら?」

 舞浜さんがギリギリと睨んでくる。

「そんなに気になるなら、瑞鸞に転入してきたらいかが?ただし転入試験に受かれば、の話ですけど」
「なんですって!」

 讃良様が遠くにいるのが見えた。

「私、瑞鸞のお友達を見つけたので失礼しますわ。あぁそれから、百合宮での噂、あれ面白いですわね。本当の話ならば」
「…っ!」

 私は舞浜さんを置いて、讃良様の元に向かった。
 バッグには扇子が入っていたけど、所詮相手は小物。使うまでもない。
 あぁでも、そんなに鏑木からもらった詩集が羨ましいなら、もってきてあげれば良かった。食中毒ですっかり忘れていたよ。
 私は振り向いて、もう一度舞浜さんのところに戻った。

「それほど欲しかったら、あげましょうか?鏑木様からいただいた詩集」

 舞浜さんの顔が真っ赤になった。あらら若いのに高血圧かしら。お気をつけあそばせ。

「いらないわよ!」

 舞浜さんは私を睨みつけると、ドシドシ音を立てるように歩いて行った。
 やあねぇ、ひとの善意を素直に受け取れない人って。ほほほ。
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