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謙虚、堅実をモットーに生きております! 作者:ひよこのケーキ
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 夏休みが終わり二学期に入り、私は念願の学習塾に通い始めた。
 お兄様が通っていただけあって、私立、国立の進学校の小学生が集まる、かなりレベルの高そうな塾だ。
 私が前世で通っていた、プリントをやるだけの塾とは全然違う…。

 今のところは国語と算数だけで授業内容に関しては全く問題ない。むしろ万能感が凄い。
 まぁ所詮小学1年生だし。わからなかったらそれこそ問題だ。
 それに私が塾に行きたかったのは、将来の事を考えてっていう事ももちろんあるけど、もうひとつ、重大な目的があったのだ。


 それは買い食い。


 いくつか習い事をやっているけど、それはすべて吉祥院家の運転手さんが送り迎えをしてくれている。
 お稽古開始前にお教室まで送ってくれて、終わった頃にまたお教室の前に迎えにきてくれてるのだ。
 そう! 自由な時間がない!
 私がひとりで外を歩く事は、まずない。必ず誰かそばにいる。
 でもそれじゃ困るのだ。
 なぜなら買い食いができないから。

 食い意地が張っていると笑いたければ笑うがいいさ。
 だがしかーし! 毎日毎日、与えられるお菓子は高級菓子店の物のみ、食事だってどこぞの一流レストランで出てくるようなメニューのみ。
 ありがたいですよ? とってもおいしいですよ?
 でも前世の私の安舌が、ジャンクなスナック菓子を食べたいと求めてる。白米に漬物乗せただけの質素な食事が食べたいと求めてる。惣菜パンが食べたいと求めてる!

 そして私は考えた。
 お付の人がいない時間帯のある習い事をすればいいのではないかと。
 学習塾は国・算の2コマ制で、その間には休み時間があるのだ。
 その時に抜け出して、こっそり買いに行けばいいのではないかと。

 出来れば塾のなるべく近くにコンビニがあるといい。
 あまり頻繁に抜け出すと、塾の先生に見咎められて家に報告されるかもしれないので、そこも気を付けないといけない。
 買う物は塾の教材を入れるカバンに入るくらいの小さな物のみ。間違ってもポテトチップス系の大物を狙ってはいけない。あれは小袋タイプでも中に空気が入っているからかさばる。
 最初はチロリアンチョコのような小さな物を買ってみよう。できればタケノコの村が食べたい。本当はラッキーターンも食べたいんだけど、あれはハードルが高すぎる。
 そしていつかは、おにぎりを買うのだ。

 そんな事を妄想していたら止まらなくなった。
 だから何が何でも塾に行きたかったのだ。

 お兄様が通っていた塾のそばには、歩いて2、3分のところにコンビニがあった。
 素晴らしい。
 通い始めて最初の頃は、新入りでしかもあの瑞鸞の生徒という事で、周りから注目されていたので、抜け出すことは出来なかった。

 週に1度の塾通いで、なんとかコンビニに行ける事ができるようになったのは、通い始めてから2か月も経った頃だった──。


 初めて買ったお菓子はチロリアンチョコ2個とキャラメルだった。
 カバンを持って外にでるわけに行かなかったので、ポケットに入る大きさの物に限定されてたのだ。
 休み時間は15分しかないので、急いで戻った。
 二時間目の授業は、全く頭に入ってこなかった。

 家に帰り、自分の部屋でこっそり食べたチロリアンチョコは、懐かしい味がして感動で泣けた。
 残りのチョコと、8個入りのキャラメルも大事に食べた。

 チープ、万歳。




 秋は運動会や瑞鸞発表会などがあり、忙しい。私事ではピアノの発表会まである。めまぐるしすぎる。
 運動会は、同学年では鏑木、円城のツートップが当然の大活躍だった。上級生すら圧倒していた。おかげで上級生含め、ファンが更に増えた。
 残念ながら、私のクラスにはヒーローはいなかった。ほかの分野でがんばれ。

 瑞鸞発表会は文化祭みたいなもので、生徒達の作った作品などを飾るほか、合唱コンクールやバザーなどもある。
 運動会よりもこちらの方が準備が大変で、疲れた体に滋養供給の為に、合間にプティピヴォワーヌのサロンで、お菓子を食べたりしている。
 校内でお菓子が食べられるって、やっぱり特権だと思う。


 最近、サロンでは発表会の合唱の曲目や、クラスごとに作る作品の話などで盛り上がっている。
 クラス作品は、学年が上がるごとに難易度があがるから大変だ。高学年はジオラマを作ったりするらしい。

「麗華さん、今日はピエールエヴァンのマカロンがあるのよ。召し上がる?」
「嬉しい。ぜひ頂きますわ」

 この方は5年生のお姉さまで、水無月愛羅(みなづきあいら)様。
 瑞鸞にはわりと珍しい、ショートカットのちょっとボーイッシュな外見の女の子で、将来はどこぞの歌劇団の男役トップのようになりそうな人だ。
 愛羅様は先日のサマーパーティーで、私とお兄様のワルツを見て以来、仲良くしてくださっている。
 楽しそうに一生懸命踊っている姿が可愛かったそうだ。ありがたい。
「優しいお兄様で羨ましいな」などと言ってもらい、どこからか、私とお兄様が薔薇のアーチのベルを鳴らしている写真を入手して、プレゼントしてくれた。
 愛羅様のお知り合いの方が、あの場にいて写真を撮っていたらしい。
「可愛らしいカップルだったから、写真を撮って後で渡してあげたかった」そうだ。
 カップル決定ですよ、お兄様。
 鏑木雅哉と円城秀介の前で、いらぬ大恥をかいてしまったと思ったけれど、捨てる神あれば拾う神ありだ。

 ──しかしこの愛羅様には、ひとつだけ重大な問題がある。それは……

「優理絵。この限定のマカロンおいしいわよ」

 そう、愛羅様はあの、優理絵様の親友なのだ。

「そうねぇ。じゃあもうひとつだけ食べちゃおうかな。雅哉と秀介はどうする?」

「食べる」
「うーん、僕はいいや」

 優理絵様のそばには大体いつも、優理絵LOVEな鏑木がいる。そして優理絵様と愛羅様は親友で仲良し。そして、そんな愛羅様が最近可愛がっている後輩が私。

 なかなか危険な立ち位置だ。

 皇帝サマは自分の興味がある人間以外には、基本ほぼ無関心だから、私の事は今のところ眼中にない。
 ただ一度、円城秀介が「君、あのサマーパーティーで、ワルツをど真ん中で踊ってた子かぁ」と言った時、「あぁ…あれか」と思い出したようにこちらを見た事があったけど。
 円城秀介、余計な事を!

「雅哉はちゃんとクラス発表手伝ってるの?」
「…まぁ適当に」
「ダメじゃない、そんな事じゃ。ちゃんとやるのよ」
「あー…、うん」
「何よ、その返事。教室まで私、見に行くわよ。わかったわね?」
「わかったよ。ホント優理絵は口うるさいなー」
「なんですって!」
「嘘、ごめんてば。優理絵はすぐ怒るから」

 マカロンをもぐもぐと食べつつ、こっそりチラ見。
 憎まれ口叩くわりには、嬉しそうな顔してるなぁ。そうかい、そうかい、そんなに好きかい。
 皇帝は優理絵様としゃべっている時は、いつもと顔が全然違う。退屈そうな無表情が別人のように豊かになる。
 あーあー、ほっぺがちょっと赤くなってるじゃん。溢れる恋心が抑えきれてないぞ。
 そんな、あまりない面白皇帝の姿を観察していたら、円城と目が合った。
 すみません、もう見ません。でもいちゃらぶの盗み聞きはしちゃいます。


 まぁそんな事もありつつも、忙しくも平穏無事に秋を乗り切った。




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