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レベル0の異世界旅行記 作者:飛鳥
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07.謝罪と和解

 ほとんど眠れなかったとはいえ、一晩まんじりとすると少しは頭が整理される。
 謝りに行こう。気まずくても許されなくても、美晴に今できることはそれだけだ。
 知らなかったんだから仕方がないという言い訳はどうあってもその場に居座ったので、これは徐々に解消していくことにする。自分が納得するまで噛み砕く時間が惜しい。知らなくて言っちゃったものは撤回できないし、それを今更悔やんだって仕方がないので、悪いことをしたという事実は了解しているのだから、何はともあれ謝るべきだ。
 謝罪に赴く息苦しさは頭をかきむしりたくなるほど重荷だが、折角仲良くなれたのに、ティティたちと会えなくなる方がずっと嫌。
 拳を握って決意の顔で朝食を待っていたら、女将は厚切りのトーストに旗を立ててくれた。アルトから事情を聞いているらしいが、正直良い年をした大人としてこれは恥ずかしいので、せめて口で応援して欲しかった。
 赤く腫れたみっともない瞼を冷やし、ファンデーションを濃いめに叩いて気合いを入れた。ティティとお揃いのリボンを不器用なりに四苦八苦しながら結び、昨日渡せなかった催涙スプレーをポケットに突っ込む。
 ティティは家にいるだろうか。染色師だとは聞いたけれど、在宅ワーカーかどうかは聞いていなかった。職場が他にあるんだったら、また帰った頃に出向く必要がある。
 できれば出足を挫かれるのは勘弁願いたいが、そんなのはこちらの我が儘だ。なんせ美晴は自由人で、二人は働いているのだから。
 腕を上げて扉に向かう。睨み付けること三分。カップラーメンが啜れる時間になって、握った拳でノックした。

 「はーい」

 数瞬置いて、ぱたぱたと足音がした。
 緊張に背筋を伸ばす美晴の前でドアが開く。顔を覗かせた少女の目にはうっすらとした隈ができていた。
 背骨が折れるかと思うほどの罪悪感に、口を開く。

 「あれ、ミハル、どうし──」
 「ごめんなさい!」

 90度に腰を折って手は横に。首は伸ばしたまま腹から声を出す。言葉遣い以外は見本のような謝罪は、ティティの疑問をぶち折った。

 「ほんっとうにごめん。私、ここでは誰よりも恵まれた環境にあるのに、見当違いの見得張った。両親のこと嫌いなわけじゃないし、感謝してるし、他の家に生まれたかったなんて今は全然考えてない。本当は大切なのに、ティティたちの前でそれを否定したこと、謝ります。故郷には、この街での滞在が済んだらまた帰るの。そうしたらもっと、憎まれ口聞いてばっかじゃなっくて、ありがとうって伝えたい。ティティにこんなこと言うの自慢みたいに聞こえるかもしれないけど、でも、多分二人は、私が両親を蔑ろにしたことに傷付いたんだと思うから、だからあの、違ったらごめん、あの──」
 「ミハル、私、怒ってないよ」

 きょとんと大きな目を更に開いていた少女が、美晴の背中を緩やかに撫でる。恐る恐る顔を上げると、いつもの穏やかな顔の中で口元が弧を描いていた。

 「傷付いたんじゃなくてずるいって思ったの。私が欲しいものなのに、いらないなんて言うのずるいって。私も、ごめんね。そんなの言うなら頂戴って、思った」
 「ううん……」

 ふるふると首を振る。謝ることじゃない、そんなの当たり前だ。

 「でも、ミハルが大事に思ってるなら私はそれで良いの。思ってなくても言っちゃうことってあるよね」
 「うん……あの、ティティ」
 「なあに?」

 小首を傾げたティティから目を逸らして、戻して、ふらふらとたゆたって。徐々に頬が赤く染まっていくのを自覚する。
 気恥ずかしさを押さえ込んで、真っ赤な顔で絞り出す。

 「私ティティのこと好きなの。その、友達になってくれる?」

 これは──覚悟していた以上に、照れる。
 真っ直ぐに視線を合わせて言ったつもりだが、段々また視線が落ちた。両手で顔を覆って地面を転げ回りたい。アアアお酒でも持ってきて、私たちの友情に乾杯!くらいで済ませておけば良かった。
 言うまでもなく小学校、いや、幼稚園以来のお友達宣言である。本来は友達とか恋人って別に、逐一確認しあうものではない、と、思っている。でもこう、ごめんね、別に良いよ、の流れで疎遠になることってあるだろう。ちょっとした凝りが溝になって断崖になって、フェードアウトする関係。それは嫌だった。
 高校受験の合否発表の瞬間のような心持ちで彼女の返事を待つ。世の中の恋愛告白タイムがこんな緊張感を伴うとしたら、告白する勇気を美晴は心から尊敬する。
 ひたすら返る沈黙に、あんまり焦らさないで欲しいと思いながらそっと顔を上げた。
 ぷくりと膨れた白パンのような頬が二つ、美晴に向けて形成されている。
 ……うん、そんなに膨れてたら喋れないよね。

 「……あ、あの、ティティ?」
 「もう友達のつもりだったのに、ミハルひどい」

 子リスのような丸い目が、半分ほどの大きさで美晴を射抜いた。慌てて手を振って誤解を散らす。

 「え、いや、だって、隈作るくらい酷いこと言っちゃったし、図々しいかなと思って」
 「ミハルに変な態度取っちゃったから、もう会ってくれないかなって思って寝れなかったの!私だってミハルのこと大好きなんだから!お話してて楽しいし、あんまり年上って感じしないんだけど、時々お姉ちゃんみたいに思うこともあるし、あと」
 「ティティ、凄い嬉しいけどちょっとごめん、待って」
 「何それ、ちゃんと聞いて!猫ちゃんみたいな目がくるくるして可愛いし、いつもはちょっとすました顔なのにご飯食べてるときのミハルはニコニコしててそれも可愛いし、私の手料理も美味しそうに一杯食べてくれて嬉しかったし。あ、そうだ、ミハルの髪の毛とっても綺麗だから、私、今、ミハルに合いそうな赤色の染料探してるの!今付けてるリボンよりもっと似合う色!完成したら絶対貰って……ねえ、ミハルちゃんと聞いてる!?」
 「ヒーッ、もう勘弁して!恥ずかしさで死ねる!」
 「友達を褒めるのは恥ずかしくないもん!」

 これが褒め殺しというやつか。下手に悪口で叩かれるより相当居たたまれない気持ちになる。
 壁にへばり付いた美晴の背中を引っ張って、ティティはねえってばー、と更に止めを刺そうとしてくる。万が一この一連がティティなりの報復なのだとしたら将来が怖すぎてならないが、もしかして天然の方が性質は悪いんじゃないかとも思い直した。垂れ流しである。この人誑し。
 翻訳紋すら仕事を放棄するほどのパニック語を発しつつ、まだ雪崩て来ようとする言葉を手のひらで押さえ付けた。不満そうな上目遣いに負けると美晴の精神に大ダメージを負うことになるので、この手は決して離すまい。
 しばらくひたすらに美晴を睨みながら、定期的にぷくりぷくりと頬を膨らませたり凹ませたりしていたが、やがてこちらの居たたまれなさを理解してくれたのか諦めたのか、頬が平常に落ち着いた。カラータイマーの一種だったらしい。
 ほっとしてそろそろと解き放つ。1センチだけ浮かせて、可憐な口の隙間から大賛辞が再び飛び出さないか警戒。沈黙が返るのを確認して、やっと手を下ろす。

 「ところでティティ、お詫びに、私にできることない?」
 「お詫びはいらないけど、お手伝いならしてくれると嬉しい」

 きびすを返したと思ったら、リボンで簡単に括った髪を揺らしながら、二つの籠を手に戻ってきた。先日の籠より簡素な作りで、一回りは小さい。片方を美晴に押し付けるように渡す。

 「一緒に染色の材料取りに行こう!」


*


 見抜かれている気がする。ヒューダに会いに行くのが大変気まずくて、どうしようかと煩悶しているこの胸中を。
 染色の材料とは、今回の場合は近くの森に自生している草花らしい。街の門を出て少し行った川縁に良く見られるという。そんなの生えてたかなと思いながら特徴を聞いていたが、思えばそんな状況ではなかったので足下なんて見ていないんだった。
 門を通るということは、つまり、本日見張り当番であるヒューダに遭遇するということだ。
 願ったり叶ったりの状況である。一人で対面するのは吐きそうに気が重いけれど、その場にティティが付いていてくれるとあれば百人力。
 お仕事中に悪いと思わなくもないものの、スパッと謝ってしまおう。

 「──おい、おまえ!」
 「……またやってる……」

 足取り軽く横に並んでいたティティが顔を俯けて腕に縋るのに、視線だけで喧噪を向く。
 先日と同じような居丈高な悪趣味が二人と、理不尽な誹りを受ける年若い男。それから鎧のすぐ後ろに、軽薄そうな面立ちの男が一人。

 「鎧じゃないのがいる」
 「領主様のご子息なの」

 馬鹿領主の息子。情報を念頭に置いて視線を戻す。
 顔は悪くないがどうにも陰険そうな目付きをしている。ヒューダやアルトより少し年上だろうか、三十歳はいっていないように見えた。服の趣味は親譲りなのか、鎧の私兵の連れらしいけばけばしさである。自分ならあんな格好で人前に出られない。
 ふと目が合った。思わず顔を背けたが、横目でもう一度確認すると、その顔は未だこちらを追っていた。ティティと立ち位置を変えて、小柄な身を粘着質な視線から隠しながら足を早める。
 しばらく無言で進んで、気を取り直したように話に花を咲かせる。
 恐喝現場一回目の遭遇時は深く考えなかったけれど、五日間で二回の遭遇というのはなるほど公害だ。少なくとも三日に一人は被害者が出ていることになるし、周囲の空気を悪くするし、次の被害者にならないかとビクビクする。
 警備兵の皆さんも大変だ、と溜息を吐く。隣から同じタイミングで息を吐く音が聞こえた。他人事としか捉えていない美晴と違い、身内が絡むティティの溜息は切実で、重い。

 「あ、いたいた、おにーちゃーん!」

 曇天がぱっと花咲き切り替わる。ぶんぶんと手を振るティティに、暇そうに立っているヒューダがこちらを向いた。

 「ティティ?……と、ミハルか」
 「ど、どうも、コニチワー」

 なお、どうでも良い情報だがアルトは非番であるとのこと。あの悪しき食事泥棒もムードメーカーとして存在すれば役立ったのにと心底思いながら片手を上げる。逆サイドに立つ兵士に見覚えはない。同僚の可憐な妹に鼻の下を伸ばした彼は、アルトのように口を挟む様子はない。
 よう、と返す彼もどこかぎこちなくて、息苦しい雰囲気に背中を押されるようにして頭を下げた。

 「あの、昨日はごめん。本心じゃないの。照れ隠しみたいなものだったんだけど、言っちゃいけないことだった。その……もう二度と言いません」
 「いや……こっちこそ悪かったな、雰囲気悪くして」

 お怒りは、美晴のどん底っぷりと同じく、一晩経ったら一応解消されていたようだ。居心地悪そうに顔を背けて、どことなく語尾弱く謝罪が返った。

 「う、ううん!大丈夫、ごめん!」
 「良いって」

 ほっとして、色々と用意していた言葉が吹っ飛んだ。ティティに向けたものでさえ台本より穴抜けしていたのに、全部どっか行った。
 ヒューダの表情は未だすっきりしないながらも一応お怒りの色は消えたので、これからは発言に気を付けて生きることを反省の証としようと思う。発言前に一秒考えて舌に乗せるのを心掛ける。それでも逆鱗を踏み抜いちゃったら平謝りするしかないけど。
 良かったね、と飛ばされた目配せに何度も頷く。地雷の砂煙が解消された今、美晴の心は晴れ晴れとしている。
 となれば次に美晴の脳を占めるのは、街の外への好奇心だ。籠の持ち手を握り締めて、いざ森へ!

 「やー、ティティ、ミハル。どしたの、こんなとこで」
 「なんて役に立たないタイミング」
 「えっ、出会い頭に罵るとか、ミハルなりの挨拶?」
 「アルトが食料泥棒の汚名返上をするには、ネガティブ空間の中和をするしかないのに」
 「やだぁ、粘着ぅ、まだそれ引っ張るの」
 「お墓を超えて来世まで持ってくよ」
 「や、やだぁ……粘着……」

 意気揚々と足を踏み出した途端、湧いて飛び出るアルトの姿。鎮静剤を打たれたように急激にテンションが下がった。
 ちなみに一秒考えるのは忘れた。まあ良いよね、アルトだもん。

 「アルトくん、こんにちは」

 気分の降下を起こした美晴とは逆に、普段でさえ浮かれ調子のアルトは、ティティの笑顔を受けて足下1センチくらい浮いたと思う。
 美晴の暴言に垂らした一筋の汗がつるりと引っ込んだ。

 「うん、こんにちは。ティティはミハルと違って礼儀が成ってるなあ」
 「私の部屋に来たら、お茶漬けくらいなら出すけど」
 「お茶漬けでおもてなしって変わった文化だね」
 「その心は?」
 「食べたらすぐ帰れ」

 非番なのに門周辺をうろついているとか、顔と態度に似合わずホリックワーカーなのだろうか。それともティティの匂いを嗅ぎ付けて参上したのか。後者なら光速の勢いでドン引く話である。
 兵士の基本装備らしい防御力の低そうな鎧を脱いだ他は、ほとんど差のない格好だった。剣はいつも通り左腰を陣取っている。動きやすそうなブーツは休日だというのにむしろいつもより頑丈そうだ。
 緊急事態に備えての姿だとしたら少し尊敬しよう。街人の安全を守るため、おはようからお休みまで見守るアルト。少々性格がアレなのが見過ごせない欠点ではあるが、絶体絶命の危機ならば何とか目を瞑れるだろう。
 適当に見えてやることはやる。昼行灯とはこういう人を言うのかと──思うのは癪に障るなあ。

 「それで、どっか行くの?」

 ティティが手にした籠を持ち上げるので、つられて美晴も籠を掲げる。

 「ミハルがお仕事手伝ってくれるって言うから、森に行ってくるね」
 「二人でか?」

 途端に過保護が眉を寄せる。森というのがどれだけ危険かは分からないが、こうも軽い空気でティティが出向く場所なのだから、そんなに警戒すべきとも思えない。
 不思議に思ってアルトを見ると、こちらも珍しく真面目な面もちで思案していた。
 ティティと二人、顔を見合わせる。

 「僕も付いてこうかな。凶暴な獣を見たって声があるんだよ、ここ数日」

 獣、と聞いて盛大に顔を歪めた。獣と言えば背後から忍び寄るあのトラウマである。もう一歩遅ければ、美晴の頭部は強靱な顎の間でおいしく咀嚼されていた可能性が──いや、考えまい。背筋に冷たいものが走る。

 「アルトくんも来てくれるの?やったあ、お荷物お願いね」
 「ティティの分なら喜んで持つよ!」
 「大変だねー、籠二つとか。最終的なところで言うと全部ティティのだから頑張ってね」

 軽口に誤魔化しながらも過去への恐怖に身体を震わせた美晴は、ヒューダの視線に気付いてへらりと笑った。

 「……ちょっと待ってろ」

 言い置いてヒューダが近くの建物に飛び込む。食堂なの、と横から補足が入る。
 中々出発できないものだ。でも、獣がいるかもとなると後込みせざるを得ないので、このまま中止にはならないもんかとこっそり願っていたりもする。ヒューダが妹可愛さに引き留めてくれたりしないだろうか。
 他力本願な思いはどこにも届かなかった。駆け足戻ってきた彼の後ろには、見慣れた熊のような巨体が追随している。すなわち、警備兵長。どこにでも出没するなこの人。
 くわえた爪楊枝をちろちろと動かしながら、チンピラ歩きで寄って来る。

 「よう嬢ちゃん。森に行くって?」
 「そうですねー。でも、危ないなら止めようかな」
 「どうだろうなあ。目撃証言つっても正確かどうか分からんしなあ」
 「いやあ、わざわざ非番のアルトに付いて来て貰うのも悪いし」

 太い腕を組んでまじまじと見下ろされた。凹凸深い顔面構造に紛れた、意外につぶらな瞳が美晴を観察するように瞬く。
 おし、と太い首を動かして、ヒューダの背中を強く押した。

 「半休やるからおめぇも行ってこい。代わりに夜当番な」
 「それ半休ですかね。分かりました」

 数歩たたらを踏んで、おざなりに敬礼を返す。
 ええ、と美晴とティティは反対方向の声を上げた。

 「お兄ちゃんも一緒なの!?」
 「ヒューダも行くのぉ?」

 守りが増えては中止にはなりようがない。団長め、親切ヅラで余計なことをして。

 「文句があるのかよ、ミハル」
 「ない、けど……」

 獣、獣と連呼しているが、定義は全く不明である。あのときの獣と同一ではないだろうが、しかし、もしもアレの襲撃に合ったらと思うと正直若造二人では心もとない。人と同じ背丈の野獣とか、遠くから狙撃するにしたって怖いのに。
 できればどうか、話題に上る獣がミニチュアダックスフンドレベルの小物でありますように。または大きくても良いから気が優しくて肉食じゃなく草食。
 ティティの手伝いなんて言い出さなきゃ良かったという悔恨の表情を浮かべながら、早々に出立する三人の後を追った。門前に立つ兵長の視線を背中に受けながら。
 ……あんなのが街の入り口に立ってたら、獣やならず者は近付かないだろうけど、旅人や商人も入りづらいに違いない。
+注意+
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