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レベル0の異世界旅行記 作者:飛鳥
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03.食事と寝床

 異世界で売って良い金に換わるものと言えば、ベタではあるが香辛料の類である。種類を集めればどれかはそこそこの値で売れる。塩に胡椒は鉄板として、唐辛子や山椒、シナモンなど、使いやすそうなものを取り揃えて持ってきていた。あとは砂糖。甘味料は貧しい村では特に高値で売れやすい。
 舐められるのは癪に障るが、最悪、別に捨て売りの価格でも構わないのだ。それでも自分の世界での仕入れ値よりは余程高く取引できる。
 ポケットに仕舞い込んだ美しい宝石はその成果だ。どこでも換金できる最終手段として、袋に入れて腰に結わえた上で常に身に付けるように心掛けている。が、できれば使わないで済むのが望ましい。だってこれなら自分の世界でも換金できるし。
 案の定、ここは海が遠いらしく、塩が特に高値で売れた。計算中に店内の商品価格をチェックしてある。同一の記号と、桁の異なる文字。試しに話を振って、通貨単位が一律らしいことも確認した。余程大きな買い物ではまた変わる可能性もあるが、多分大丈夫だろう。
 宿代には有り余るほど足りた。泊まりの客は多くないようで、もしかしたら一ヶ月ほど長期宿泊をするかも、と持ち掛けてみたところ、軽い調子で了承された。代金は先払い。逗留が長くなるなら安くするから、長期宿泊したければまた言ってくれ、とのことである。
 一時はどうなることかと思ったが、中々良い調子ではなかろうか。宿の女将さんは「いかにも」というきっぷの良さが魅力であったし、店の客層も悪くなさそうだ。
 部屋は二階で、階段を上がってすぐ。人の足音が響くかもしれないけれど、美晴の眠りは深いので気にならないだろう。他人の気配に敏感ということもない。こざっぱりとした、変に飾り気のない素っ気ない内装が気に入った。
 共有らしいトイレは男女別という素晴らしさ。風呂は毎日入る習慣はない様子だったものの、入りたければ近くに施設があるという。贅沢は言うまい。
 荷物を置いて、夕飯を食べに階下へ降りる。ジャスト食事の時間にぶち当たってしまったらしく先程より客が増えているようで、空いている席がない。
 仕方がないのでまた後で来ようかと迷っていると、端の方から声を掛けられた。

 「おーい、ミハル、こっちこっち!」
 「アルト」

 手を振って自己主張に励む彼は、同席を誘っているのだろう。カウンターを過ぎがてらオススメの定食を注文して席に向かう。
 近付いて初めてアルトの同席者の姿が視界に入った。ヒューダはともかく、微笑む美少女に思わず目を丸くする。

 「こんばんは、ミハル!あなたが私を助けてくれたんだよね、ありがとう」

 癖のない、素直そうな笑顔だった。真っ直ぐにお礼を言われていささか照れる。

 「困ったときはお互い様だよ。体調とか大丈夫なの?」
 「うん、もう平気」
 「目が覚めての第一声が『お腹空いた』だ。嫌んなるぜ」
 「ちょっと止めてよ、こんな人多いとこで。食いしん坊キャラが定着したらどうするの!」
 「手遅れだろ」
 「でも大食いの小動物って可愛いと思うよ」
 「アルトくんそれ嫌みなの?」
 「あれっ、褒めてるんだけど!?」

 見かけによらず食いしん坊らしい。テーブルに山と置かれた食事量の多さはてっきり男二人の分け前だと思っていたのだが、案外そうでもないのだろうか。少女の前に寄せられた皿の多さに息を呑む。
 つぶらな瞳を開いた少女は、人形のようだった眠り姫状態よりずっと可愛らしかった。湛え続ける春の日差しに似た微笑みは、そりゃあアルトもメロメロになるだろう。
 ヒューダとは似ていないと思ったが、目の色は兄弟らしく同じだった。顔は、やっぱり似ていない。身長も似てないし。
 リボンで結わえられた、背中の中程までもある細い髪が羨ましい。美晴の剛毛は太い上に量が多く、極限まで梳かなければ見れたもんじゃないのだ。お陰で年がら年中、一番落ち着く長さである肩に触れるか触れないかという程度を維持し続けている。
 アルトが引いた椅子に腰を下ろす。薦められた総菜に遠慮なくフォークを突き立てた。口に入れるとあっさりとした味が広がる。続いて差し出された煮物を頬張る。適度な甘みが舌を慰撫して、後味爽やかに去っていく。

 「ここどうよ?」
 「すこぶる快適。お部屋も使いやすそうと思ってたけど、ご飯が最高だね。ご飯が美味しいってのは何ものにも変えられない素晴らしいことだよ、アルト」

 うむ、とアルトが偉そうに頷いた。このお宿が素晴らしいことで、おまえに一体何の功績が発生するんだ。
 首を傾げていると、美晴の定食が早くも到着した。目を輝かせて受け取ると、恰幅の良い女将がにんまりと笑った。

 「お嬢ちゃん、嬉しいこと言ってくれるじゃないか。唐揚げはオマケだよ。たんとお食べ」
 「あざーっす!」

 いただきます、と今更ながら宣言して片っ端から口に運ぶ。文句なしに美味しい。異世界というのはどうにも食事事情が侘びしくなりがちだったが、この味が楽しめるなら、それだけでこの世界に来た甲斐があった。
 にこにこと食事を進める美晴に、やはりにこにことアルトが笑っていた。ティティも楽しそうだったが、ヒューダは呆れたような顔をしていた。食事を楽しむことのどこに呆れる要素があるというのだろう。全く嘆かわしきは感性の相違である。
 上手く切断できなかった肉を、そのまま口の中に放り込む。なお、異世界へ旅行するにあたり、この肉どんな動物の肉だとか、絶対に考えないのがポイントだ。例えばホラ、鶏肉美味しいって思ったらカエルだったりすると、折角の食事が精神的に台無しになるし。余計な知識は入れない方が人間幸せなことって多いのだ。
 ううん、咀嚼のたび染み出る肉汁がジューシー。

 「うーん、悪い子じゃなさそう」
 「んむ?」

 満足げにまた頷いて、アルトが美晴が頂いたはずの唐揚げをかっ浚った。口の中の肉を忘れて悲鳴を上げる。実に楽しげに戦利品を咀嚼する男が心底憎い。食べ物の恨みは末代まで祟るから覚えとけよこのウコン色!
 疲れた様子で自分のデザートを寄越してくれたヒューダには良いことがありますように。

 「ここ、僕の実家」
 「まさか。あの感じの良い女将さんから、人の食事を奪い取るような性悪が生まれるはずがない!」

 弾丸の勢いで鉄拳が降ってきた。アルトの脳天に。
 笑顔なのに怖いという器用なオーラを発しながら、大きな拳を固めた女将が去っていった。美晴のプレートにはまたも唐揚げが追加されていて、思わず横に広い背中を拝む。テーブルに伏した頭と同じ色のはずの頭髪が、しかし神々しい金髪に見えた。

 「アルトくん……」
 「ティティ……!」

 そっと白魚の手をアルトに寄せたティティに、素知らぬ顔で食事を続ける兄。怪我を撫でて痛いの飛んでけとかするのは、他称シスコンとしてOKの範囲なのかなと懸念しつつ、今度は取られる前に唐揚げを頬張る。
 念のため腕で囲ってガードしながら横目で彼らを見ると、手加減なしに鼻を上方に摘み上げられたアルトの直視に耐えない顔があって、満杯になった頬袋が破裂するかと思った。

 「ンぐっふッ!」
 「人のご飯を取るとか、最低だと思うの」
 「ごえんあはい」
 「何言ってるのか分かんない。謝罪ははっきり!」
 「ごえんあはい」
 「あー……良く耐えたな、ミハル。頑張った頑張った」

 誠に的確な説教ではあるが、美晴の口が空いているときにやって欲しかったところである。口内から吹っ飛び掛けた食料はどうにか留めたが、鼻やら気管支やらが大ダメージを負った。
 渡された水を呼吸と咳の合間に含んで、ステータス異常状態を脱するよう励む。席を立ってまでさすって貰えた背中は温かいが、余り支援にはなっていそうにないのが心苦しい。あと見当違いの激励は発作を増長させることになりかねないので、即時中止して頂きたい。頑張った何て褒められても全く嬉しくねえや!
 やっとのことで落ち付いたのは、食事の山がなくなりかけた頃だった。人が苦しんでいるというのに、その原因が食べ続けていたという事実が腹立たしい。ティティは許すが、アルト、原因たるおまえは許さん。
 大きく息を吸って、吐いて。温んだ水を飲み干して、冷めた食事の討伐に再度身を乗り出す。同じく、食事を中断していたヒューダもパンを千切った。

 「道具屋には辿り着けたのか」
 「おかげさまですぐ分かったよ。ぼったくりもなくて良心的なお店だった、と、思う」
 「ここは大きな街じゃないし、評判悪くしたらすぐ伝わるからな。少なくともこの通りには特に酷い対応の店はないから安心しとけ」
 「裏通りの道はちょっと怖い人いたりするから、あんまり入らない方が良いと思うの」
 「日が落ちたらあんま外出ないようにね。酔っ払いとか、変なのに絡まれるとめんどくさいしさ」
 「はーい」

 右も左も手探りな状況で、そういう情報は得難い宝だ。余所の、もっと大きな商店街がある街へ移ろうかとも迷っていたが、ここで一月を過ごすのが良いかもしれない。
 旅の目的を思い出してみれば、異文化コミュニケーション。今まで人とあまり交わらぬ観光や買い物を中心に過ごしてばかりいたから思考がそちらに傾いていたが、交流をするなら買い物場所など優先すべきじゃない。むしろそこそこに留まっていた方が目を奪われなくて良い。
 運良く現地人との交流もできたわけだし、宿は空いているし、何よりご飯が美味しいし、そうとなれば。

 「……ヒューダ、もう良いのかい?」
 「ああ、まあ、取りあえず大丈夫だろ。これだしな」
 「まあねー」

 ふと顔を上げると、男共のまじまじとした視線を受けていた。乙女の苦悩顔をガン見するとは失敬な。
 テーブルの食事の山は綺麗に平らげられていて、後は美晴のプレートだけだった。追加しないなら別に待たなくても良いのにと思いつつ、気持ち良くはない二対の目線を睨み返す。

 「なに?」
 「いやあー」
 「何でもない」
 「お兄ちゃんたち感じ悪ーい」

 そうだ言ってやれ妹、と発破を掛けようとしたが、飄々と受け流した兄はともかくアルトが盛大な落ち込みようを見せたので──少し迷ってやはり発破を掛けておいた。人の食事を取る畜生に報いを!
 理を外した罵詈雑言が流れて来た気がするが、何一つ悪いことなどしていない美晴がまさか罵られるはずもない。ラストスパートとばかりに食料を詰め込んだ。
 満腹。素晴らしい言葉である。やはり腹が満ちるというのは良い。気持ちまで満ちた気分になれるからだ。今ならアホみたいに落ち込んだアルトにも優しくしてあげられそうな気がするくらい。気がするだけだからもっと落ち込んでくれて良い。

 「じゃあ、ミハルちゃん、またね!」
 「うん。今は平気そうだけど、あんま無理しないようにね。風邪って後から来たりもするし」
 「大丈夫だろ、こう見えてここ数年無病だしな、こいつ」
 「風邪引いたら僕が看病するから遠慮なく言って!」
 「人の風邪を嬉しそうに迎えるとか、最悪だなアルト」
 「アルトくんひどーい」
 「畜生の所行だわー、アルト」
 「えっ、悪意の曲解じゃないそれ?むしろ僕、今、被害者じゃない?」
 「すっとぼけるとか見損なうわ」
 「ヒューダァァアアアアァァァァァァ」

 支払いを済ませてとっとと退散するヒューダにあわせてアルトの怨嗟がフェードアウトする。バカップルか、と温い目で見送って、置いて行かれたティティを見た。

 「ちょっとしたら戻ってくるから大丈夫」

 肩を竦める姿にはいかにも慣れを感じる。
 酔っ払いガードのためしばらく同席して、軽い友情を築いたところで言葉の通りに迎えが来た。アルトの姿はない。少しばかり息が上がっているところを見るに、結構な距離を走って捲いてきたようである。
 今度こそ別れを告げて、自分の食事の精算を──しようとしたが、ヒューダが先程一緒に払ってくれていたらしい。気付いていれば顔全体で浮かべた笑みをお供に礼を述べたものを。今度会ったら何か奢ろう。
 ついでなので、夜も更け大分落ち着いたらしい女将を呼び止める。

 「さっきの今で悪いんだけど、取りあえず一週間の宿泊に延長お願いできます?」
 「はーい、毎度あり!」

 肉体労働にも励んだことだし、今日は早めに寝よう。この街には街灯が少ないようだったので、日が落ちるまでを活動時間とするなら、早めに起きて動くのが良い。
 荷物の片付けは明日に回すことにして、固いベッドに潜り込む。異世界で眠るのは結構好きだ。様々な光景が浮かぶのは元の世界でだけ。このときばかりは一点、自室が浮かび上がるだけなので、好奇心で目が冴えるようなことがない。
 目を閉じるとすぐに意識が遠退き始めた。思っていたより疲れていたらしい。
 携帯電話のアラームを設定しておいた方が良いかもな。そう考えるまでが、異世界一日目の記憶だった。
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