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レベル0の異世界旅行記 作者:飛鳥
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12/22

12.兵士と歓迎

 起きたら昼だった。いつになくきちんと布団を被って、綺麗な姿勢で目を覚ました。
 布団に潜り込んだ記憶すらないのにとしばし考えて、ヒューダがまたお兄ちゃん根性を発揮したのだろうと思い当たる。しばらく頭を抱えて転がった。
 つまりあれだ、ベッドに適当に乗り上げた美晴の下から掛け布を取り上げ、美晴の体勢を整えて、掛けて。まさかテーブルクロスを素早く引くように抜いたんじゃああるまい。となると、抱えられたりした可能性が高いわけで。
 部屋から出ようとすると鍵はしっかり掛けられていた。不思議に思いながら食事に降りると、すぐに疑問は氷解した。女将の顔一面彩るニヤニヤとした笑みと共に。

 「ミハル、やるじゃあないかい、あの堅物ヒューダを連れ込むだなんて!しっかしいけないねえ寝ちまうなんて。ま、起こさずにすごすご帰っちまった悪たれも問題あるがね。ああ、鍵はヒューダに頼まれてこっちで締めといたから安心しな」

 考える人のポーズで静かに食事の到着を待った。一応の反論はしたが、多分女将には届いていないだろう。ムキになっちゃって、という止めを刺されたので、なおも開こうとする口を塞ぐ苦肉の姿勢である。
 虚ろな目でテーブルを見詰める美晴にちょっかいを掛けようとする猛者はおらず、一人優雅なブランチを送ることができた。荷物に頭痛薬ってあったかな。
 部屋に引っ込む前に、女将にまた声を掛けられた。すわ追撃かと身構えたが、単純に宿の主人としての言葉だった。

 「そういえば昨日は聞き忘れちまったんだがね、宿泊の更新はどうするんだい?」

 色々あって忘れていた。それどころじゃなかったし、帰ってきたらいつの間にか落ちていたし。
 開いた口は、昨日の決意とはてんで異なる回答を紡ぐ。

 「また、一週間で」
 「はいよー、毎度あり」

 実のところ、まだ美晴の中のコンプレックスがすっかり解消されたとは言い難い。力を持っていて良かったと、一概には。
 これを口にすれば、またヒューダはあの険しい表情で言い含めて来るのだろうか。
 ティティを助けられた。それはこの能力があることで起こった良いことだった。勿論素晴らしいことだ。おかげでヒューダやアルトの心も救われたという。凄いことだ。ティティは街の色々な人に愛されているから、その人たちにも悲しい思いをさせないように、間接的には良いことをできたのだろう。
 偶々、偶然に起こった一回。友人となれる人を助けられた、この上ない一回。この一回は、美晴の人生を購える一回足り得るのだろうとは思う。
 異世界に転移できる能力があった。美晴の好奇心は異世界に向いて、元の世界の人たちとの関わりがどうにも希薄になっていた。根無し草とまではいかないものの、家族を除き、取り立てて特別枠の知人がいない。異世界に逃げ込んでは、また異世界からも逃げて。そういう美晴の弱さが、本当に、奇跡のような偶然から、ティティの命を助けられたのだから。
 でも例えば、ヒューダは結果を見ろと言ったが、同じように美晴のこの力のせいで危害を被る人間が、偶々、偶然に、預かり知らぬところで出現していることもあるんじゃないのだろうか──じゃあ、もしかしてその被害者が、美晴自身である可能性はないか?
 つまりは今後、異世界への転移という、普通の人からすればファンタジー極まりないこの能力を、使うべきか否かという話である。
 俗な言い方をすれば、宝くじは当たった時点で止めるべきではないかと悩んでいるのに近い。
 また当たるかもと夢を見て稼いだ徳を使い切るより、ああ良かったと満悦して、以降はぬるま湯の中で生きるべきではないだろうか。折り良く半年後には社会人になる。これを期に、自分の世界に足を付けて生きるのが、多分、堅実だ。
 異世界旅行に出る当初の目的とは大分変わったな、と苦笑する。そもそもは別荘を持ちたい一心だったはずだった。
 良い思い出はできた。何だかんだと拗れたけれど、ティティという良い友人と、友人だか何だかはいまいち定義できないものの、そこそこ打ち解けて……もいないが、何だ、得難い知人?もできた。
 あれは何ていう関係に当たるんだろう。言葉に当てはめようとしてもしっくりいく言葉が見付つからない。
 アルトとは軽口を言い合う仲だ。だった。恐らく次に顔を合わせるときにはそれなりに普通に話せると思うので、過去形を撤回できると良い。後に余分が付いたものの、一方的ないわゆる恋バナもしたことだし、友人と呼んでも図々しくないだろうか。
 ヒューダはどうだろう。軽口を言い合うということもあまりない。彼はいかにも「友人の兄」というポジションでしか動いていないように思う。そうじゃなければ常に美晴を警戒して行動を取っていたわけで。凹む。
 いや、でも、そうだ。友人の兄とかいうクッションを置いた立ち位置の人間に抱き締められることはないからきっと他の定義が──とまで行き着いて考えるのを止めた。あれは緊急事態においての特殊行動だ。ティティを抱き締めてから転移してたから倣ったんだろう。そうに違いない。
 気付くと、肩に置かれた温もりを反芻している自分がいる。部屋のベッドで、温度を上げた顔をシーツに埋めて身悶える。至近距離の精悍な顔と、真摯な双眸。

 「リセットボタン……リセットボタン……!」

 下りた瞼の裏に浮かぶ自室の光景がまた、昨日のパニックオブパニックを思い起こさせた。逃避が許されないとは酷い拷問である。やっぱり部屋の電気点いてるし。消しに行きたい。でも確実にここに帰還できる保証はないし、できれば転移は自重するのが望ましい。でも二週間は電気代が痛い。消したい。
 ごろごろしている内に、いつの間にか寝ていた。前も同じような反省をした覚えがあるが、貴重な一日を部屋で消費したのは悔やまれるので、翌日はさすがに外出した。

 「よう嬢ちゃん!」
 「げえ、兵長ッ!」

 ジャーンジャーンと銅鑼が鳴るような圧倒的存在感と共に早速出会ったのは、森の熊さんのようなものだった。腹芸ができる珍種である。

 「ひっ」

 わっし、と両脇を掴まれて青褪める。

 「おいおい嬢ちゃんご挨拶な一声だなあ。俺はこんなにフレンドリーだというのに」
 「い、いやあー!往来のど真ん中で高い高いメリーゴーランドとか何たる屈辱この恨み晴らさでおくべきかッ!」
 「お、威勢良いな!よしよし、元気そうで何よりだ」

 ひとしきりぐるぐるとスイングされて、着地した頃には目眩及び吐き気と戦う羽目になった。

 「何だ、やっぱり体調悪いのか?」
 「もう兵長には敬語使わない」
 「うんうん、親密になればこそだな」
 「イエティ。ウェンディゴ。全身の毛という毛が抜けろ」
 「スキンヘッドもワイルドで似合うだろうなあ、俺は」
 「つるつる美肌が羨ましい腕脚になれ!」

 足下が覚束ない美晴を見て、言うに事欠いてこれだ。これで社会人が勤まるんだから自分だって問題なく働けると未来に希望が持てる。しかしこういうのが同僚にいたりしたら最悪だ。ブラックだ。
 げっそりと顔を上げて、やけに彼が上機嫌なことに気が付いた。

 「ん?俺のイケメンっぷりに見惚れてんのか」
 「……本日はお日柄も良く、兵長のご機嫌も麗しいようで」

 分かるか!と目を輝かせる。
 なるほど、こういう無邪気な顔を見ると、今まで彼がいかに美晴に腹の奥を見せなかったかが良く理解できる。目が笑っていない笑顔というのはああいうものを指すのだ。
 大人って怖い。職務のためと思えば汚いとまでは言わないが、前言を早くも撤回しよう。猫被りが下手くそな自覚がある美晴は、ちゃんと社会人としてやっていけるだろうか。
 顎髭だかモミアゲだか不明な毛を撫でながら、反対側の手で美晴の頭をわしわしと掻き混ぜる。やめろや。

 「いやあ、報告聞いたぜ嬢ちゃん。悪かったなあ。それから、ありがとうよ」
 「は?」
 「ちょっと兵長ぉー。何してんですか、見回り中に──」

 人間らしからぬ唐突な話題変換に付いて行けず、不審を露わに見上げる。何のことかと尋ねる前に、軽い調子で抗議を述べながら駆け寄る人があった。

 「っと、ミハル。えーっと、久しぶり」
 「あ、うん。久しぶり、アルト」
 「おまえら他人行儀だなあ。俺の方がフレンドリーじゃねえか、なあ」
 「誤解だよ」
 「……ミハル、どうして兵長とそんな仲良しな感じなのさ」
 「誤解だって」

 酷い勘違いを受けたが、おかげで沈黙を繋ぐような事態にならずに済んだ。絶対に口には出すまいが、心の中でそっと感謝をする。……ニヤニヤとした笑みに、心を読むなと念話で告げておいたので、今後はきっとプライバシーを侵害するようなことにはならないはずである。
 何が配慮とかできない人だ。ティティも騙されてる。できないんじゃなくてしないんだこの毛だるま。空気読めるけど読まない系だ。
 乙女のようにもじもじと両手を摺り合わせていたアルトが、少し顔を強ばらせて、ごめん、と言った。

 「僕はミハルがそこまで傷付くって考えてなかったんだ。仕方ないで済む話だと思い込んでた。怒ってても、きっとその内納得して飲み込んでくれるって。でも、ミハルの様子見て、もっと……ヒューダが前に怒ったみたいに、ミハルの柔らかいところの傷を抉ったんだって、後から気付いた。本当にごめん」

 深く頭を下げたアルトは、往来の視線を一身に集めていた。潔いのは良いことだけれど、もうちょっと場所を考えて欲しかったと思わなくもない。

 「……ヒューダにも謝って貰ったけど、思い出すとまだちょっとイラっとする」
 「いやー、すまんすまん」
 「でもこの筋肉ダルマの誠意のなさを聞くと、アルトくらいまあいっかって気分にもなる」

 太いウエストを平手で叩いたが、固くてむしろ美晴の手が痛い。何この鋼鉄の肉体。
 忌々しい思いを抱きながら睨み、呆れた視線を上司へと送っていたアルトに向かう。
 ぐっと唇を引き締めた彼に、不格好な笑顔を見せた。

 「……それ許さないと、私、ティティやヒューダに許して貰えないことになるや」
 「そんなことないと思うけど……」
 「良いの。私はそう思ってるから、仕方がないから許してあげる」
 「ミハル」

 感動の面持ちでこちらを見るアルトに、慈愛の笑みを捧げた。

 「お詫びにご飯奢って」

 ──というわけで、アルトの実家食堂にて、食べ放題パーティの開催である。

 「いつもミハルそんな食べないよね!明らかに今日多いよね!?」
 「食べ放題で胃袋に空洞を残しておっては武士の名が廃るけんのぉ!」
 「それ僕の血と汗と涙の結晶が生んでるわけで、食べ放題と違うんだよ!」
 「わはは、アルトぉ、みみっちい男だなあ!おう女将ー、酒もう一杯ッ!」
 「兵長何でいるんですか」
 「食べ放題とあっちゃあご相伴に預かる他あるめえ」
 「アルト、ごちー」
 「ごち!」
 「うるさいよその他大勢!僕が奢るのはミハルだけだって勿論分かってますよね!?」
 「ワタシミハル!コンゴトモヨロシク!」
 「何そのカタコト。私そんなキャラじゃないよ」

 気付けば周囲は警備兵に溢れていた。
 あちこちから自己紹介が飛んできたが、自慢じゃないけど小学校から高校まで、クラス全員の名前と顔の一致に困惑が滲むのが美晴である。四方から同時に名乗られたって一人も覚えられるはずがない。用事があれば後でアルトにカンニングしよう。
 景気良く美晴の背中に紅葉を張りながら言うことには──張った奴は鼻フックの刑に処した──誤解してごめん&お手柄歓迎会とのことだ。

 「誤解だったって話は数日前に聞いてたんだよ。んでまあこっちも多少後ろめたいじゃねえか。そこに、一昨日遅くにヒューダが詰め所に転がり込んで来てな、嬢ちゃんが殊の外落ち込んでると聞いて、こりゃ謝らにゃいかんと嬢ちゃんを捜してたってわけだ」
 「謝る前に致命的な失礼をぶっこかれたんだけど」
 「場を和ませるワンクッションってやつだな」
 「美尻になれッ!」
 「止めてミハル!兵長の尻が美しくなったところを想像したくない!」

 ベルトに手を掛けたイエティをアルトと二人で必死に止めて、やんやと囃し立てる兵士を片っ端から叩いて回る。食事の場で、何が悲しくて男の汚い尻を見せられねばならんのだ。
 なお、アルトは意外にも警備兵ではツッコミポジションにいるらしい。遠い目をするアルトというのはこれはこれで清々しい見せ物である。
 ところで、お手柄歓迎会とはなんぞや。

 「何言ってんだ。ティティちゃんを二回も助けてくれたらしいじゃねえか。身内の家族を助けたからには俺の家族を助けたも同然。しかも二回だ。これはもう俺を助けたも同然だろ」
 「あ、その理屈は分かんない」

 特殊能力が漏れているということだろうか。複雑に顔を歪めた美晴に、アルトがこっそりと耳打ちする。

 「兵長は知ってるけど、他には知らせてないよ。とにかく誤解だったってことだけ周知してる。ヒューダが適当に辻褄併せて言って回ったんだ」

 ちょっとほっとした。実際に転移するところを見せれば事実は認めて貰えるだろうけれど、珍獣扱いされる可能性がないとは言えない。
 それに、やはり広まるのは得策ではないような気がした。例えば領主とかに知られたら、良いように使われるとしか思えない。悪用しようと思えばいくらでも悪用の利く力であることは自覚している。
 僅かに詰めていた息を吐いて、そういえば、と首を傾げた。

 「ヒューダは仕事?」

 途端、アルトは困ったような、それでいて笑いを堪えるような、曖昧な顔をした。

 「うーん……まあ、いや……」

 言葉を濁して視線を泳がせる。濁すということは仕事ではないんだろうか。まあ、ヒューダにだって色々用事はあるだろうけれど。
 具体的な返答を求めていたわけじゃなかったが、そういう顔をされると気になるのが人間である。
 視線を兵長へと移すと満面の笑みが返された。太陽のようなと称するには、意地の悪さを含んだものだった。

 「仕事だな!」
 「そうなの?」

 いまいち信用が置けずに、アルトに再度確認を取る。捻るような角度で微妙な頷きを見せた。

 「兵長が、見張り良いからそっちやれって程度には、仕事……かな?」
 「ふーん。無茶無理難題突き付けられてそう」
 「いやあ、そうでもねーよ。鬼教師が付いてはいるけどな」

 何はともあれ!と団長が杯を掲げる。釣られて上げた美晴のグラスに、四方八方からグラスがぶつかった。
 あんまりな勢いに頭からアルコールを被ることになって憤慨し掛けた、そのタイミングで。

 「ようこそミハル、我らが街へ!歓迎するぜぇッ!」

 そんなことを言うものだから、怒号が腹に収まってしまう。開けた口から出るべき言葉を見失って、金魚のようにパクパクと空気を食んで、結局出たのは、どうも、という素っ気ないフレーズだった。
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