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星降り人形の夢
作:木立久美子


 きらきらと 
 きらきらと
 街の光を反射して
 宝石たちが踊り出す。



 一軒の店があった。
 街角にひっそりと建つ小さな店。
 ショーウィンドウの棚には、可愛らしい人形や置物、オルゴールなどの小物が、たくさん飾られている。
「おう、おう、今日も良い天気だ。少し寒いが、空気が澄んでおる」
 店主は初老の男だった。
 たっぷりとした白い口髭、めがねの奥の知的な瞳。少し腰は曲がっていたが、毎朝早くから店の掃除をする姿はまだまだ元気そうである。
 にこにこと微笑む表情はやわらかで、昼を過ぎると、彼はいつも店の奥で安楽椅子に腰掛けながら本を読んでいた。
 時折やってくるお客たちに愛想良く「いらっしゃい」と声をかける以外は、とても静かで、優しげな老人だった。


 ふうわり ふわり 春が来て

 さらさら さらり 夏を越え

 ひいらり ひらひら 秋も過ぎ

 さぁ さぁ 皆さん 祝いましょう

 ひんやり くるくる この季節

 美しき冬を 祝いましょう



 秋の終わり、冬の初め。
 冷たく乾いた風が吹く、昼下がりのことだった。
 一人の少年がパタパタと朱い煉瓦道を走り、えんじのマフラーを風になびかせながら、店の前にたどりついた。
 少し息を切らした少年は、休む間もなくショーウィンドウに飛びついて、硝子の向こう側の商品にじっと目をこらす。
 おや、と店主は思った。
 珍しいお客が来たな、とも感じた。
「親のお使いというわけでもなさそうだし…、」
 店主は興味深げに、店の外に立つ少年の顔をじっと眺めた。
 幼い横顔。
 たぶん、10歳くらいだろう。
 深くかぶったニット帽の下からは、明るい金色の髪がのぞいている。瞳はまるで、春空の青。とても可愛らしい少年だ。
 店主は、ふむ、と考え込みながら自分の口髭を撫でる。
 そして暫くしたあと彼はゆっくり立ち上がり、のんびりと店の出口へ向かって行ったのだった。

 カランコロン…と、店の扉に付いている鈴が鳴った。
「ぼうや、それが欲しいのかい」
 優しげな褐色の目を細めながら、店主が少年に問いかける。
 声をかけられた少年はビックリしたように顔を上げて、まじまじと店主を見つめ返してきた。
「その人形は、わしも気に入っているんだよ。とても綺麗だろう?」
 言いながら、店主は少年の隣に並んで硝子に顔を近づけた。
 少年が見ていたのは、ひとつの小さな人形だった。
 道化師の格好をしたそれは、右目にサファイア、左目にルビーと、2種類の宝石を輝かせながら座っている。
 身につけた衣装もかなり凝ったもので、道化師特有のカボチャパンツの上に、金糸で刺繍された紅い上着を羽織っていた。
 古くさい中に漂う、高貴な香り。頭のてっぺんから指の先までほどこされた、細かな細工。ひとめ見ただけで、結構な値が張る代物だとわかる。
「お目が高いな、ぼうや」
 店主の言葉に、なぜか少年はびくりと肩を振るわせた。
 その反応をいぶかしんだ店主が、どうしたんだい、と優しく尋ねる。
 店に来てからずっと無言だった少年が、このとき初めて口を開いた。
「…おじさん、僕…、僕は、星降り人形を探しているの…」
「ほう! それはそれは…」
 店主は目をぱちくりと瞬いた後、髭に埋まった唇をにっこりと綻ばせた。
「星降り人形のことを誰から聞いたんだい、ぼうや?」
「お隣のおばあさんが教えてくれた。星降り人形にお祈りすると、その夜にきれいな流れ星が見られるんだよ、って。…星が降り止まないうちに願い事を3回繰り返したら、どんなことでも叶うんでしょう?」
「そうさなぁ…間違ってはおらんな」
 店主は自分の髭をこするように撫でながら、暫し考え込んだ。
 不安になった少年が再び口を開こうとしたとき、店主はその手を止めてにっこりと笑う。
「とりあえず、ぼうや。中にお入り。寒いだろう?」
 指先と頬を赤く染めていた少年は、ためらいながらも頷いた。

「残念だがなぁ、ぼうや。あれは星降り人形じゃないんだよ」
「えっ」
「星降り人形は…わしも小さい頃、よく探したもんだ」
「おじさんも?」
「そうさ。…わしも、どうしても叶えたい願いがあった。でも結局、見つけることは出来なかったんだ」
「どうして、見つけられなかったの」
「さあな。そりゃあ、わしだって訊きたいことさ。…どうして見つけられなかったのか、そんなことは、星降り人形にしか解らんことだろうなあ」
 加湿器代わりのヤカンが、ストーブの上でしゅうしゅうと音を立てている。吹き出す水蒸気は、硝子窓を暖かく曇らせた。
 店主に出されたココアにちびちびと口を付けながら、少年はしょんぼりと俯く。
「僕のママは、病気なの」
「そうかい」
「星降り人形が、治してくれるかもしれないと思ったんだ」
「…そうかい」
「おじさんの店、いろんな物があるんだね。…だから僕、もしかしたら星降り人形も置いてあるかもしれないと思って、お小遣い、ぜんぶ持ってきたんだよ」
 少年がごそごそとポケットを探り、取り出したお金は、銅貨と銀貨がそれぞれ1枚ずつだけだった。星降り人形はおろか、先ほどの道化師人形ですら買えない金額である。
 店主は哀しそうに微笑んで、すまんなぁ、と少年の頭を撫でた。
「なんとかしてやりたいが、わしも、それほど裕福じゃない。星降り人形を探そうにも、このとおり腰が弱っている。ぼうやの助けにはなれん」

 星降り人形。
 星降り人形。
 どこに在るのか。
 ほんとに在るのか。
 願いを叶えてくれるのか。

「でもなぁ、ぼうや。君のママの病気は、きっと良くなるよ」
「どうして、そんなことがわかるの?」
「わかるさ。わかるとも。…こんな可愛いぼうやを置いて、ママがいなくなったりするもんか」
「…でも、お医者さんが」
「お医者さんの言うことよりも、ママを信じなさい。信じてやらんでどうする」
 店主は、少年の頭の上にそっと手を置いた。
「大丈夫。そうすりゃ何もかも上手くいく」
 気休めのような言葉でも、店主がつむげば魔法の言葉。
 人柄のなせる技なのか、それとも、この店の雰囲気がそうなのか。
 その暖かな響きに、少年は目を細め、うん、と素直に頷いた。



 星が降る

 星が降る

 流れる光の その先に

 いったい 何が あるのだろう?



「ぼうや。人はみんな願いを持っているんだよ」
「みんな?」
「そう。だが、全員が全員その願いを叶えられるわけじゃない」
「どうすれば叶うの?」
「それは神様が決めることさ」
 空になったカップを、少年は「ごちそうさまでした」と言ってテーブルに置いた。
 カランコロンと鈴が鳴る。
 吹き抜ける北風に肩をすくませる少年。
 振り返ると、戸口に立った店主がおだやかに微笑んでいた。

「神様は、ちゃんと君を見ているよ」



 ふうわり ふわり 春が来て

 さらさら さらり 夏を越え

 ひいらり ひらひら 秋も過ぎ

 さぁ さぁ 皆さん 祝いましょう

 ひんやり くるくる この季節

 美しき冬を 祝いましょう

 星降る夜に 祈りを捧げ

 たとえ叶わぬ願いでも

 きらきら光って消えるなら

 誰かの心に 残るから



 『星降り人形』の伝説は、今ではあまり知られていない。
 年寄りたちが集まって昔話をする際に、時折、その名が聞こえてくるだけだ。
 星降り人形。
 星降り人形。
 繰り返される希望の響き。
 それはまるで、願いそのもののように、きらきらと。

「またおいで、ぼうや」
 元気よく頷いた少年は、店主にお辞儀して、駆けだした。
 優しい母親の待つ家に向かって。
 街の片隅の小さな店に、可愛らしい常連客が増えた瞬間だった。

 星降り人形の夢。
 誰もが見る夢。
 暖かな、やわらかな。
 砂糖菓子のように甘い夢。
 消えてなくなる儚い夢。
 でも、それでも。

「夢見ることは、自由さね」

 店主は今日も店の奥に腰掛けている。
 たまに立ち上がって、ハタキを片手に棚の掃除をしたりもする。
 お客が来れば、「いらっしゃい」と笑いかけて。ショーウィンドウ越しに光る、小さな宝石たちを愛でながら。
「ゆっくりしておいで。さあ、お茶でも淹れて、一緒に飲もうとするか」
 客たちは、そんな優しい店主が大好きになっていく。
 星降り人形の昔話に、ときおり花を咲かせつつ。

 小さな小さなその店は、夢の世界のように暖かく、きらきらと。














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