エピローグ
秋が終わる頃、銀崎はオーストラリアに留学した。
建前はヨット留学になっているが、本当の理由を鮒木は知っている。
しばらくして絵葉書が届いたからだ。
そこには日焼けした銀崎と、世界一と名高いマインスイーパマニアが握手する姿が写っており、力強い文字で「勝った」と添えられていた。
絵葉書はその後も届き、鮒木も何度か返事を返した。内容はどれも他愛なく、意外にもマインスイーパの話題は少ない。鮒木は長文を送ることもあるが、銀崎は決まって絵葉書と直筆の一言だった。らしいと言えばらしい、かもしれない。
かすみとはあれ以来、話をしていない。
風の噂では、留学前の銀崎と話をしたそうだが、結局、別れ話になったらしい。
鮒木は取り巻きを離れ、同じ授業で彼女を見かける程度だが、すでに取り巻きの中心には別の男が座っているようだった。お互いのためにも、結局これが良かったように思う。
鮒木は──再び、絵を描き始めた。
目標にするべく、イーゼルと新品のキャンバスを買ってきたが、最近は左手で絵を描くのが日課だ。 左を鍛えるためのお遊びのつもりだったが、覚束ない出来映えが初心を思い出させて、やけに楽しい。左手用のキャンバスも買うべきかもしれない。
あの日のような感動はない日々だが、前に歩き続ければ、いつかまた巡り会える──そう考えている。
パソコン前に座る鮒木に、母が絵葉書を持ってきた。
銀崎からの、最新のエアメールだった。
コメントは相変わらず一言。写真は美しい南洋の俯瞰図だ。
エメラルドの海にぽつんと、一艘のヨットが浮かんでいる。
遠景過ぎて銀崎かどうかも怪しいが、鮒木はすぐに気がついた。
網目模様の波間に、白い三角帆。
なるほど、と鮒木は思った。確かにくだらない理由だ。
「『春には帰る』……か」
絵葉書をイーゼルに置き、ペンタブとマウスを握り直す。
意外に早く、その日は来るかもしれない──そう思った。
文章仲間と意見を交わし、
何度も何度も手直ししながら書いた、
思い出の作品です。
読んでいただき、ありがとうございました。