表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/13

プロローグ

 

 

 マウスが動く──ポインタが動く。

 クリック音を追って、パネルが次々と裏返る。

 現れ出る数字は、報酬にして道標。

 指先と神経を研ぎ澄まし、地雷原を駆ける──



「────ッ……」

 鮒木(ふなき)は、二時間ぶりにモニターから顔を上げた。

 肺に溜め込んだ空気を、唇の隙間からゆっくりと吐き出す。

 まるで海面で潮を吹く鯨のようだった。

 事実、鮒木は潜っていたのだ──海ならぬ、ゲームの世界に。

 ゲーム機や漫画の散乱した自室に鎮座するパソコン。

 そこに映し出されているのは、飾り気のない灰色の長方形だ。方眼状の桝目には旗と数字が並んでいる。旗は赤、数字は数によって色が違う。長方形の上段中央にはサングラスをかけた丸顔のアイコンが笑い、左右には赤いデジタルの数字が刻まれている。どれもシンプル極まりないデザインだ。

 マインスイーパ──

 それは、世界でもっとも普及したゲームである。

 同時に、もっとも死蔵率の高いだろうゲームだ。死蔵とは、所有しながら遊ばない、遊んだことのない状態を指す。

 ──何故か?

 前者の理由は単純で、それが世界一のシェアを誇るOS(オペレーションシステム)ソフト付属のフリーソフトだからだ。ソリティア等と並び、パソコンを扱う人間なら、その存在を知らぬという者は少ない。

 では、後者の理由は何故なのか。

 それにはまず、このゲームのルールを理解する必要がある。

 マインスイーパはタイトル通り、隠された地雷マイン処理スイープするゲームだ。

 方眼で区切られた灰色パネルは地雷原だ。そこには決まった数の地雷がランダムに埋まっている。左上の数字は残った地雷の数、右上は経過秒数の表示となる。

 プレイヤーはマウスでポインタを操作し、一枚ずつパネルを開いていく。地雷に当たればゲームオーバー、そうでなければ1から8の数字が現れる。数字は、周囲8マスに幾つの地雷が埋まっているかを示しており、それをヒントに地雷を回避していく。地雷と判断したパネルに目印の旗を立てながら、地雷以外の全てのパネルを開けば、晴れてゲームクリア。タイムが短ければハイスコアとなり、スコアネームを残せる。

 パズルゲームのルールとしては、ごく単純な部類だろう。

 フリーソフトらしい装飾のなさが、市販されているコンピューターゲームに比べ物足りないのは間違いない。だが、同じ境遇のソリティアやフリーセルにはファンが多い。どちらもトランプを使った簡易パズルだ。両者の違いとは、何か──

 それは、マインスイーパの持つ、断崖のような苛烈さだ。

 地雷を踏めば死ぬという、一撃死(サドンデス)のシステム。

 地雷のランダム配置が引き起こす、理不尽感。

 難解、かつ初心者の疑問を突き放すような数字ヒント。

 これらの原因が複合すると、どうなるか。

 ──初プレイで、わけもわからず、死ぬ。

 これではプレイ人口が増えるはずもない。のんびりとクリアを目指すソリティアに比べ、不利なのは自明の理と言える。

 フリーソフトの存在目的が作業中の息抜きだとすれば、マインスイーパは目的を逸脱した失敗作でしかない。


 けれど──ほんの、一握り。

 地雷原(、、、)に魅了された人種が存在する。

 鮒木もまた、そんな一人だった。

 すっかり冷めたコーヒーを一口啜る。時計は七時を指していた。大学から帰り、夕食を待つ間に軽く二時間。日課ではない。空き時間を全てマインスイーパに費やすという習慣だ。

 この半年、鮒木の生活は、マインスイーパを中心に回っていた。

 早朝に起床し、目覚まし代わりにワンプレイ。大学のある日は帰ってから、そうでなければ終日モニター前から動かない。食事はマウス片手に片付け、風呂は反省会、トイレは気分転換を兼ねる。寝床でもイメージトレーニングを続け、眠れば果てなき地雷源を夢に見た。何処に出しても恥ずかしくない立派な中毒者ぶりだった。

 きっかけは語るのも恥ずかしい、くだらないことだ。

 自嘲し、自虐し、それでも捨て切れず、ここまで来た。

 度を越えた「暇つぶし」。

 親にはそう思われているし、それで構わない。

 速く──ただ速く。

 己の全てを研ぎ澄ませ、コンマ一秒を削る。

 周回するレーサーのように。この世の全てを置きざりにするために。

 それでいいと思っていた──そのはずだった。

 だが、今は──

 いつしか鮒木の手は、再びマウスを掴んでいた。

 灰色の地雷原に重なり浮かぶ、今日の出来事を睨み付けた。

 

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ