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VRMMOの支援職人 ~トッププレイヤーの仕掛人~ 作者:二階堂風都

彼女が「勇者」と呼ばれるまで

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岸上家の食卓

 ようやく平常通りに体が戻り、一階にあるリビングに降りていくとインターホンが鳴る。
 もう未祐が戻って来たのか? と思ったが――ああ、そうだった。
 俺は玄関に向かうと、ドアノブを回してゆっくりとドアを開いていく。
 外開きだから、ぶつかると危ないからな。
 するとそこには、予想通りの人物が待ち侘びるようして立っていた。

「ただいまぁ、兄さん」

 妹の理世りせが、とろける様な笑みを見せつつ中に入ってくる。
 俺の頭一つ分は低い位置にある色素の薄いサイドテールの髪が、動きに合わせてひょこひょこと動く。
 そんなに家に帰って来て嬉しいのか……。
 こいつは必要以上に外に出たがらないから、兄としては少し心配である。

「お帰り、理世。玄関の鍵、開いてただろ? どうして自分で入ってこないんだ?」
「もう。分かってる癖に」
「前に言ってた出迎えがどうのって奴だろ。お前は本当に寂しがり屋なのな」
「うん。私、兄さんが居ないと寂くて……」

 理世が後ろ手で鍵を締める。
 が、未祐が戻ってくるので開けておいた方が良いだろう。
 未祐の家は歩いて五分程度なので、往復するのにそれほど時間は掛からないはずだ。
 俺はドアを指差して理世にこう言った。

「理世、鍵は開けておいてくれよ。未祐が後から戻ってくるから」

 すると、そんな俺の言葉に理世の表情が固まる。
 それから俺の言葉を咀嚼そしゃくするように数秒、視線を彷徨さまよわせた後……。
 理世は上下二つの鍵を閉めた上で、ドアチェーンまで掛けてにっこりと微笑んだ。
 あれぇ!?

「なぜ閉める! 開けておいてくれって言っただろ!?」
「ごめんなさい、間違えましたぁ。それよりも、兄さんは家事の途中なのではありませんか? 開けておきますから、先に行っていて下さい」
「……。分かった」

 仮に理世が嘘をついて開けておかなくても、鍵が掛かっていれば未祐がインターホンを鳴らすだろう。
 一階に居る限りその音に気付かない事はないだろうから、特に問題はないはず。
 玄関に理世を残して俺はキッチンへと向かい、料理の準備を開始した。

 今日のメニューはビーフシチュー。
 知り合いから大量にフランスパンを頂いたので、セットで食べようと思っている。
 日本人なのでご飯でもいけるが、やっぱりシチューと言ったらパンの方が合うだろう。

 幸い、未祐が来る前に下拵したごしらえは済んでいる。
 おおよそ正午過ぎくらいから約五時間、赤ワインに材料が漬け込んである。
 中身は牛すね肉、玉ねぎ、人参、少量のニンニク、ローリエの五種類。
 その中からまずは牛肉を取り出し、表面に塩、胡椒こしょう、小麦粉をまぶしてフライパンで表面に焼き色が付くまで加熱していく。
 香ばしい匂いがキッチンに広がり――おっと、換気扇のスイッチを入れ忘れていた。
 ポチッと。

「手伝いましょうか?」

 掛けられた声に視線を向けると、制服から私服に着替えた理世がそこに立っていた。
 相変わらず、俺のお古の服をおしゃれに着こなしている。
 たまに俺が着ていた物と同じ服とは思えなくなる時があるんだよな……ちゃんと女の子らしく見えるし、経済的だしで非常に助かっている。
 そのまま横に並んでエプロンを着けるので、手伝ってもらうことにする。 

「じゃあ、そっちの鍋の具材を取り出して火にかけてくれ」
「はい。沸騰したらアクを取ればいいんですね?」
「うん。丁寧に頼む」
「はい」

 焼き上がった肉をよけ、理世が取り出した野菜をフライパンで炒める。
 更にトマトペーストを加え、炒めた野菜を肉と共に圧力鍋へ。
 次は、理世がアクを取った赤ワインをここに注ぎたいんだが――

「はい、兄さん」
「ん」

 何も聞かずに理世がシノワ(目の細かいふるいのこと)を圧力鍋の上で構えてくれる。
 俺は鍋をキッチンミトンを装着した両手で掴むと、シノワの上から沸騰したワインを圧力鍋に注いだ。
 使い終わったシノワを理世が水に浸ける。
 うん、いつもながら手が四本あるみたいに楽だ。
 飛び散ってしまったワインもサッと拭いてくれている。
 後は時間短縮の為に圧力鍋を点火して――って、なんか体の側面がぬくいんですが?

「……お、おい。急にどうした?」
「あ、逃げないで下さいよぉ。いいじゃないですか。お料理はこれで一段落でしょう?」

 確かに、圧力鍋を使っている間はそれほどの作業はないけどな……。
 我が家のキッチンは余り広くない。
 クッキングヒーターの前に二人で並ぶと、自然と肩が触れ合う程度の距離になる。
 ……なるのだが、別に密着する必要性は皆無なんだが?

「……あー、まあ……何だ。よしよし……?」
「くすぐったいですよぉ、兄さん。ああ、幸せです……」

 困惑しつつも、髪型が崩れない程度に頭にポンポンと触れてやる。
 すると、それだけのことで理世は猫の様に目を細めて喜んだ。
 甘えられる相手が基本的に俺しか居ないので、多少は仕方ないとは思うが……ちょっとなあ。
 15という年齢を考えると、もう少し兄離れが進んでもいいように思う。

「兄さん、今日は明乃あけのさんは……?」

 理世が上目遣いで俺に聞いてくる。
 明乃というのは俺達の母の事だ。
 岸上きしがみ明乃、職業は看護師。

「母さん、今日は変則勤務だから遅くなるって言ってたぞ。日付が変わる頃まで帰ってこないんじゃないかな? 夕飯は別にして残しておく……っていうか、いい加減に母さんって呼んでやってくれよ。泣くぞ? あの人」

 話しながらも、理世が俺の方に一層、頭を寄せてくる。
 俺と理世は再婚した両親の連れ子同士だ。
 理世は唯一血のつながった父親を亡くしているので、寂しいのか俺にべったりと懐いている。
 代わりにというか、家を空けることが多い母さんとはやや距離がある。
 別に仲は悪くないんだが、母さんは理世の態度に対して少し寂しそうだ。

「いいんです、これは私の……意地のようなものですから。いつか本当の意味で、お義母かあ様と呼べる日が来るまでの」
「ん? 良く分からないんだが……その内、ちゃんと呼ぶってことでいいのか?」
「そうですねぇ……兄さん次第でしょうか……ふふ」
「俺次第? 何で?」

 何で理世の母さんの呼び方に、俺が関わってくるんだ? 本当の意味?
 ――と、その時、背後から不審な物音がした。
 理世の体をそっと離し、振り返って音がした方を確認すると……リビングの窓、か? 
 あまり耳慣れない音だったので、何だか不気味な感じがする。
 ビタンッ、というかベタッ! という感じの。

「ちょっと見てくる。圧力鍋のタイマー頼むな、三十分で」
「あっ、もう終わりですかぁ? そんなの、放っておけばいいのに」
「不審者とかだったらどうするんだ。母さんに留守を任されてるんだから、俺は家を守る義務があるの」
「兄さんのいけず……」

 俺は理世に鍋の管理を任せると、カーテンが閉められている窓へと近付いた。
 鳥でもぶつかったか? それにしては、何かが張り付くような変な音だったけど。
 外を見る為にカーテンを開くと、暗闇の中に居る「何か」と目が合った。
 血走った目が、こちらを凝視し――

「ひぃっ!? ……って、未祐!?」

 何かと思えば、両手と顔を窓にべったりと張り付けた未祐がこちらをじっと見ていた。
 美人が台無しだ!?
 この姿、学校の奴らが見たら卒倒するんじゃないのか……?
 特に後輩の女子が……。
 俺に気付いた未祐が張り付くのを止めたので、すぐさまリビングの窓を開け放つ。

「お前、何やってんだ!?」
「お前こそ、インターホンを押しても出ないなんて酷いじゃないか! それとも、さっきのボディプレスがそんなに頭にきたのか!? 父さんに話したら、地に頭をこすりつけてでも許して貰えって言うから謝りに――」
「土下座はもういいから! じゃなくて、インターホンを押した? いつ!?」
「うん? 五分前くらいから鳴らしていたぞ? 私の16連射でな!」
「押し過ぎだよ馬鹿野郎! いや、それ以前に俺はインターホンの音なんて聞いて――あっ」
「……亘?」

 俺は未祐の言葉に応えず、リビングに戻ると急いでインターホンの電源を確認した。
 あ、やっぱり切れてる!
 理世を出迎えて戻って来た時には間違いなく作動していたので、犯人は一人しかいない。

「理世、お前――居ねえ!?」

 あいつやりやがった!
 理世の姿はそこにはなく、タイマーが設定されて湯気を出す圧力鍋だけが台の上に鎮座していた。
 いくらなんでもこのイタズラは悪質過ぎるだろう!?

「すまん、未祐! 直ぐに開けるから玄関に回ってくれ! 章文おじさんにも事情を説明するから!」
「ん? 良く分からんが、怒ってはいないんだな? 亘は」
「怒ってない。むしろこっちが謝る必要が……はぁ。理世の奴……」

 その後、何故か自分の部屋でなく俺の部屋へと逃げ込んでいた理世の首根っこを掴むと、一緒に章文おじさんに対してひたすら謝った。
 呼びつけておいて家にれないとか、無礼千万としか言いようがない。

「いやあ、多感な年頃だからね。亘君も、そんなに理世ちゃんの事を叱らないでやってよ。おじさん、気にしてないからさ」
「すみません! 本当にすみません!」
「やったー。おじさんだいすきですー」
「理世ぇ! 何だその棒読みはぁ! それが人に謝罪する態度か貴様!?」
「ハハハハハ。亘君も苦労するねぇ」
「章文おじさん……」

 章文おじさんは人の良さそうな笑みで、俺達の失礼を許してくれた。
 一見すると繊細で優しそうな外見をした、黒髪の若作りなおじさんなのだが……

「その調子で未祐の事も頼むよ。君に預けておけば、おじさんも安心だ!」
「章文おじさん!?」
「うむ、父さんの言う通り! 安心だ!」
「「わははははは!」」
「……ソウデスネ」

 シンクロした笑いで察しがつくと思うが、おじさんの性格も未祐に劣らず大雑把だ。
 彼の職業は製薬会社の営業部長。
 製薬会社の営業はMRとも呼ばれる特殊なもので、高い自己管理能力が求められる為か、おじさんは仕事以外の部分がかなりずぼらだ。
 休日であってもゴルフの接待などで留守の事が多く、こうして未祐と一緒に我が家に来る回数はそう多くない。

 そんな親子二人にはリビングで待っていて貰う。
 それから少しの時間を掛けて、俺はビーフシチューを完成させた。
 理世にはその間、付け合わせのポテトとブロッコリーを作っておいて貰った。
 それから軽く焼き直したフランスパンを食卓に並べ、夕食の準備がようやく完成という事になる。
 湯気の立つビーフシチューを前にした未祐が、前のめりで涎を垂らす寸前のような顔をして座っている。
 行儀が悪い。

「おおおおおー! 食べていいか? 食べていいのか!?」
「がっつくなって、作った身としては嬉しいけどさ。今、皿を並べ終わるから」
「……下品ですね」

 理世が小声で呟く。
 が、聞こえるように言ったというのがありありと分かる表情を見せている。
 当然、悪態をつかれた未祐が柳眉りゅうびを逆立てた。

「あ? 何か言ったかちんちくりん」
「は? ちょっとスタイルが良いからって調子に乗らないで下さい。不快です」

 ……この二人が一緒に居ると、大体はこんな感じだ。
 俺もおじさんも、慣れてしまっていて特に反応を返すことはない。
 形だけは注意をするが、どうせ無駄だしな。

「お前らやめないと摘まみ出すぞー。おじさん、ワインもどうぞ。シチューの中にも入っていますが、それはそれということで」
「さっすが、気が利くねえ。おじさん、今日は沢山飲んじゃおうかなー」

 食事が始まった直後、二人の悪口の応酬も止む。
 この時間だけは絶対に喧嘩をしないので、俺にとっての食事時は癒しの時間だ。
 席順は俺の隣に理世、対面に未祐、斜向かいに章文おじさんという配置。
 両手を合わせ、一斉にスプーンをビーフシチューにつける。
 うん、良い出来。

「うーむ、美味しい。適度な酸味、野菜の甘味、そしてこのコクと香り……先週接待で行った洋食店に負けてないよ、亘君」
「ありがとうございます。でも、おじさんが行くような星が付いている高級店と比べられましても……完成まで一週間とか掛かるようなのとは、比較になりませんって。特に煮込み時間が全く足りない」
「ははっ、謙遜けんそん謙遜。一般家庭の調理器具でこのレベルなら――ねえ、未祐」
「むぐ?」
「ああ、いいよ喋らなくて。見なよ、亘君。未祐もこんなに夢中だ。君のような幼馴染が居て、私の娘は本当に幸せ者だよ」
「むぐ!」
「は、はあ。どうも……」

 こいつは何を食べててもこんな感じだと思うけど……まあいいか。
 ビーフシチューは好評で、フランスパン共々、母さんの為に残した分以外は綺麗に無くなったので、作り手としては大満足だ。
 章文おじさんも宣言通りにワイン一本を空けると、未祐と共に気持ち良さそうな足取りで家へと帰って行った。
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