リートゥス洞窟
洞窟に到着した俺たちは、浸水していない場所を選んで船を近づけた。
まずはトビが上陸して船が遠ざからないように手で抑え付ける。
続いて俺が岸に渡って女性陣へと手を伸ばす。
まずはリィズ、シエスタちゃんの手を掴んで岸に引き寄せた。
「全員渡ったでござるかー?」
最後にフィリアちゃんを――って、フィリアちゃんの運動能力なら自力で行けるんじゃ……まぁいいか。
本人も俺のほうに向かってくる様子だし。
軽やかに跳ぶフィリアちゃんを、抱きとめるようにしてから岸に降ろす。
「ああ、もういいぞ」
「ではハインド殿。小舟の回収を」
「……いいけど。帰りに出す時はお前、俺の近くでカバーしろよ? 二度も押し潰されるのは御免だからな」
「ハハッ、承知したでござるよ」
パッと見てとても入るとは思えない小舟だが、ポーチ型のインベントリの口を向けると吸い込まれるように収納される。
さてと、いよいよダンジョンだな。
壁の松明を頼りに進めば、迷うことはないとキツネさんが言っていた。
松明のない横道の先には、主に宝箱が置いてあるらしい。
そう考えると、ここは迷い難く設計してある親切なダンジョンと言える。
現実での時間も時間だし、早速進むことにしよう。
「みんな、教えてもらったモンスターの情報は覚えているよな?」
「ヒトデ型とカニ型の二種類でしたね――噂をすれば。カニが一体です」
「では、早速拙者の……って、フィリア殿ぉ!」
「?」
『アイアンシザース』というカニの魔物が出現した直後、鉄の鋏を躱してからフィリアちゃんが大斧で叩き潰した。
トビは投擲アイテムを試したかったようだが、まだ一階層の魔物だから低耐久なのは仕方ないな。
「あー、気にしなくていいよフィリアちゃん。その調子でどんどん行こう」
「うん……」
「ハインド殿、拙者の見せ場……」
「大事なところでケチる必要はないけど、こんな序盤でアイテムを消費してどうする。そういうのは、せめて10階層を越えた辺りからにしようぜ。その辺から敵も強くなり始めるし」
「トビさんのは無属性ですけど、フィリアさんの武器はダンジョンに合わせた土属性の武器ですしね。頼りにしています」
「……任せて」
リィズの発言からも分かるように、フィリアちゃんの大斧は土属性……つまりこのダンジョンにいる水属性モンスターの弱点を突けるものとなっている。
魔物の素材を練り込みながらセレーネさんと二人で作った新機軸の作品なので、品質は上質止まり。
それでも、攻撃力上は不満が出ないレベルに達しているはずだ。
ダンジョンの造りは左右に松明、所々に膝下までの水たまりが点在しているといった状況。
シエスタちゃんが時折ふらつきつつ、横を歩く俺と自分の杖を支えに転ばないように歩く。
「ちょっと暗くて視界が悪いですね……完全に水没している道がないのは良いんですけど」
「そういう場所があると、泳げない人がクリアできなくなるからね。入口までは俺たちみたいに、船を使えばいい訳だし」
TBには低年齢層にあたる、小学生のプレイヤーなんかもいる訳だからな。
体力的な問題でトップ層にいるのは低くても中学生くらいからだが、そういった小学生の子たちがクリアできないダンジョンというのは構造上問題がある。
「なるなる。しかし、戦闘よりも移動が面倒とは……先輩――」
「背負わない」
「えー」
この子は俺を乗り物か何かと勘違いしているんじゃあるまいな。
ダルそうに歩くシエスタちゃんに、リィズが刺々しい視線を向ける。
「あまり運動量が少なすぎると太りますよ。今はゲーム内ですから、激しく動いたところで意味はありませんけど……かといってシエスタさんが現実でキビキビ動いているとも思えませんし」
「うーん、そのご指摘は正しい上にごもっともなんですけどねー。今のところウェストにはお肉が付いていないので、問題ないかと。胸とかお尻には行くんですが」
「……ハインドさん。この人そこの水たまりに沈めてきてもいいですか?」
「やめなさい」
そんな会話にフィリアちゃんは無反応、後ろのトビは飛び火を恐れてか口笛なんぞを吹き始める。
現在の隊列は前にフィリアちゃん、後ろにトビで間に後衛メンバーという形。
稀に後ろから奇襲されるので、最後尾を防御の弱いプレイヤーにしておくのはリスクが高い。
まぁ、まだ浅い階層なのでそうそう危ないことはないのだが。
「それにしても、先程からカニのモンスターしか――のわっ!?」
「トビ!? どうした!」
「ひ、ヒトデ! ヒトデが回転しながら――よっ! ほっ! せいっ! しかも数が多い! うわっ、アクアボール撃ってきたでござる!」
「小さくて数が多いから、対処が難しいとは聞いていたけど……っと、こっちにも来た! リィズ!」
「はいっ!」
リィズの魔導書が起動し、薄暗い洞窟の中で怪しく光を放つ。
発動した『ダークネスボール』が『スピンスターフィッシュ』を吸い込み、大きく数を減らす。
「情報通りHPは大したことない! 後は各個撃破で!」
「りょーかーい」
シエスタちゃんの杖から光が奔り、『ヘブンズレイ』の魔法が直線上のモンスターを焼き尽くす。
俺の『シャイニング』でも……あ、倒せた。
問題はこの数だけだな。
「ハインドさん、キリがないです。途中から更に数が増えていますし」
「うーん……」
一時は数体まで減らしたヒトデの群れだが、どこから嗅ぎつけてくるのか……。
通路の奥からひゅんひゅんと飛来してくる。
パーティメンバーの範囲スキルが軒並みWTに入ったところで、俺は頭を振って杖を降ろした。
「――よし、逃げよう」
「逃げるのでござるか!?」
「面倒だし、その割に実入りが少ないしな。逃げながら魔法を詠唱して、後ろに撃ちながら階段を探そう。前から出てきたら前衛が適当に突破で」
「ハインド殿、後方に焙烙玉も投げても?」
話しながらも、既にパーティは速足で移動を始めている。
回転音に加えてペシャペシャという独特の移動音が後ろから大量に付いてくるのが怖い。
「焙烙玉か。在庫は?」
「ちゃんとサーラのホームを出る時に99個詰めてきたでござるよ」
洞窟で爆発物を使っても大丈夫ってのは、ゲームならではだなぁ。
破壊力抜群の魔法だのスキルだのを散々使っているのだから、崩落に気を使うのも今更な話だが。
「それだけあるなら文句はねえよ。とりあえず10階層の休憩所まで、この速度で行くことにしよう」
「えー。先輩、私このペースは地味にきついんですけど……」
「……本当にきつくて限界になったら背負うから、それまでは頑張れ。ちゃんと階層毎に休憩も挟むし、最大でも早歩きくらいのペースだから。もしできそうなら、上手くスキルで数を減らしてみてよ。場合によってはそこから殲滅に移れるし」
「……妹さん、グラビトンウェーブで協力をお願いしても?」
「構いませんけど……どの道、倒し切ってもまた現れるでしょうから――」
「少し経てば、元の木阿弥ですかー。スキルのWTもあるしなー……フィールドと同じで、しっかり敵のリポップもするみたいだし。先輩、前言撤回します。このダンジョン、戦闘も移動も面倒だー!」
洞窟内に、珍しく声を張ったシエスタちゃんの叫びが「だー」と木霊した。
その間にも『スピンスターフィッシュ』がわらわらと集まってくる。
「シエスタ……止まると危ない……」
「はいはい、歩きますよー……はぁ、はぁ……全くもう……」
そうして、俺たちは休憩所を目指してペースを速めた。