より狐らしく、忍者らしく
「キツネお姉さんの登場よー!」
場所は変わり、『マール共和国』の『港町ノトス』にあるホームが集う一画。
その中にある和風ギルド“匠”の工房にお邪魔していると、フサフサの尻尾と耳を装着した金髪……茶髪? 二つの中間のような髪色の美女が現れた。
普通なら驚くところなのだろうが……。
声と背格好、それから本人の名乗りによって台無しだ。
素顔を晒したその人が誰なのか、一目瞭然である。
座ったままの俺たちは緑茶を飲む手を止め、ぼんやりとそれを眺めた。
「……何ですかキツネさん。獣耳っ子ブームですか? 最近も犬耳少女と会ったばかりなんですが」
「あちゃー、二番煎じだったかー! って、他にもっと何かないの? キツネさん、そんなに美人だったんですね――とかとか! ね、本体君!」
言われ、改めてその姿を見た。
以前装備していた面は頭の横に追いやられ、忙しく動くくりっとした目がこちらを見返してくる。
以前目にした巫女服はそのままに、毛量の多い尻尾が優雅に揺れ……耳が器用に左右違う方向に動く。
俺の勘違いでなければ、少し耳と尻尾のデザインが改良されているようだった。
まあ、似合っている上に美人なのは間違いないが。
「しかし、キツネ殿。そうやって素顔を晒してもいいのでござるか? 何かお隠しになる理由があったのでは?」
「おい、トビ。無神経だぞ」
「あはは、大丈夫大丈夫。本体君は相変わらず紳士だなー。顔に怪我してたとか、そういう深刻な理由じゃないから。ちょっと歯の矯正しててさ、それがゲームでも反映されちゃうもんだから。口元だけのマスクでも良かったんだけど――」
「……くぁ……んむ。単に遊び心を求めた結果ですか?」
「ねむ子ちゃん、大正解! 中々にミステリアスだったでしょう?」
あれだけペラペラ喋っておいてミステリアス……それは無理があるだろうと、その場にいるメンバーの心が一つになった。
もしや彼女は有名人なのでは? とか色々と想像したのは確かだが。
「で、どう? どう? 我ながら、中々のキツネ娘に仕上がっていると思うんだけど!」
「……ユキモリさん! ユキモリさーん!」
俺の呼ぶ声に、キツネさんが驚いて立ち上がった。
残念ながら、ユキモリさんは近くにはいないようだったが。
「ちょ、何でユッキー呼ぼうとするのよ!? また迷惑かけんなって引っぱたかれちゃう!」
「だって、キツネさん担当はユキモリさんでしょう? どこにいるんですか?」
「やめてよー、むしろ私のほうが立場は上なんだからね? 双子の姉だもん」
「はい?」
「え?」
「……?」
しれっと飛び出した姉弟発言に、俺たちは一斉に疑問の声を上げた。
しかも双子? え?
「全然似てねえええ! で、ござる! 双子とかマジでござるか!?」
「忍者君、鋭い! 二卵性だからそこまで似てないのよ!」
「鋭いも何も……ねえ、ハインドさん?」
「似ていないのは見れば分かりますって……ああ、でもよく考えたら双子としては微妙ですが、姉弟としてはそこそこ……」
パーツ単位では似ている部分がないこともない。
言われてみれば、見た目の年齢も同じくらいか。
ポル君フォルさんの時も驚いたけど、これはまた……。
そういえば、歴史関係でスイッチ入った時のユキモリさんは普段のキツネさんと似ているな。
そうやって似ている部分を繋ぎ合わせてみると、確かに色々と納得だ。
作業台の上に湯飲みを置いたマサムネさんが、散らかった状況を見て手をパンパンと叩く。
「ほらほら、キツネ。騒ぐのはその辺までにしとけ。そんでおめえさん、何しに来たんだ? 消費アイテムはまだ足りてんだろ?」
「何って、親方。本体君たちが来ているって聞いたから、会いにやってきただけだよ?」
「それだけかよ。だったら茶ぁ飲んで静かにしてろぃ。こっちは忍者坊主の防具の相談してるんだからよ」
「え、何それ何それ? 訊いても大丈夫なら、詳しく教えて? ――うわあ、何茶かと思ったら緑茶じゃんこれ! 凄い! どうやって作ったの!?」
相変わらずよく喋る人だなぁ……フィリアちゃんなんて、さっきから一言も話していないのに。
と、そこでキツネさんがフィリアちゃんの存在に気が付いた。
「あ、よく見たら初めて会う子がいる! キツネです、よろしくね――あ、この子フィリアちゃんじゃない! ウチでは雇ったことないけど、有名だから知ってる! カワイイー!」
「……よろしく」
言葉の量の差が物凄いことになっている……ともあれ、握手を交わして挨拶は完了。
フィリアちゃん側も自己紹介の手間が省けて済んだためか、嫌そうな様子はない。
話は戻って、キツネさんから緑茶と防具に関して質問が二つあったので、一つずつ順番に答える。
この緑茶はキツネさんが驚いたことからも分かるように、俺たちが持ち込んだ手土産の一つ。
お茶の木が品種改良によってようやく耐暑性能を獲得し、品質が安定した茶葉で作製したものだ。
緑茶、ウーロン茶、紅茶の三種類を製造し、和風ギルドへの贈り物ということで緑茶を選択した。
「――緑茶についてはこんな経緯です。他にも和菓子……小豆が手に入ったので、饅頭を作って持ってきました。キツネさんもどうぞ」
「なんと! あー、来てよかった! ありがとう本体君、みんな!」
この二つは後で“凜”のほうにも持っていくつもりだったので、タイミングが変わるだけだが。
本人が幸せそうなので、黙っておくことにしよう。
笹に似た葉っぱにくるんだ饅頭を、キツネさんにも渡す。
「で、トビの防具の話でしたよね?」
「もふぉ? あ、そうそう! 忍者君の防具がどうとかって!」
俺はトビへと視線を送った。
話すかどうかは任せるが、どうする?
トビがやや迷うそぶりを見せたところで、マサムネさんが立ってキツネさんの背を叩く。
「こいつはお喋りだが、他人の秘密をペラペラ喋るようなことはしねえ。安心しろ」
「お? 何、親方? そんなに褒めても何も出ないわよ?」
「馬鹿言ってんじゃねえ。で、どうすんだ忍者坊主? 嫌ならこいつは帰らせるが」
「いやいや、レイド攻略時もそういう気配はござらんかったし。マサムネ殿のお墨付きとあらば、それ以上言うことはござらん。拙者の防具の改良案でござるが……」
トビがインベントリであるポーチを外してテーブルの上に置き、説明を始める。
中から取り出したのは、苦無や焙烙玉といった普段使っている投擲武器だ。
「一々インベントリから取り出すのが面倒な投擲武器を、防具に仕込めるようにするのでござるよ。まさに忍者の如く、全身に!」
その言葉に、キツネさんが「おー!」と感嘆の声を上げた。