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文化祭当日・その3

「わっちわーっす」

「……は? 何だそれ」

「わっちとちわーっすを組み合わせた造語。一文字しか縮んでいないのがポイント!」

「……そうか、なるほど。お前が鬱陶しいやつだということは非常によく分かった」


 元からだけど、今日は輪をかけて酷いな。

 祭りだからか?


「おい、アホ。亘の邪魔をしてないで、さっさと注文しろアホ」

「わっちも健治もヤダなぁ、忙しいからってピリピリしちゃって。聞いたよ、大盛況だったんでしょ?」

「今は忙しくないけどな……」

「そういう時間を狙って来たからね! ドンピシャ!」

「喫茶店の時も思ったけど、お前のその見極めはもはや一種の才能だよ」


 秀平が来たのは、席が空き始めた午後二時頃。

 こいつはそういうタイミングを計るのが上手く、ほとんど客がいない時間にこうして店にやってきた。

 今は料理部の部員も、交代で遅めの昼食を摂り始めたところだ。

 故に、健治と二人で秀平の相手をする余裕もある。

 客は秀平の他には、女子生徒のグループが一つだけだ。


「で、何にするんだ?」

「屋台でお好み焼きとホットドッグを食べてきたから、シューアイスにする! シューアイスってバニラだけなの?」

「バニラとチョコ、それからストロベリーがある」

「じゃあストロベリーだ。ラテ・アートは是非とも手裏剣にしてくれい!」

「出たよ、忍者バカ」

「銃器マニアの健治に言われたくないね! わっち、はよはよ!」

「少し待ってろ。手裏剣くらいシンプルだと、作るのが楽でいいなぁ」


 秀平にしては面倒のない良い注文である。

 シューアイスも冷凍庫から持ってくるだけだし、さっと終わらせてしまおう。


「――あ、わっち! わっち! 待った!」

「何だ?」

「あれ見て、あれ!」


 秀平が示した方向には、扉の窓からこちらの様子を窺う眼鏡の女性の姿が。

 俺や秀平の姿に気付いていないのか、凄く不安そうな表情で右往左往している。

 この場所で合ってます、合ってるんで遠慮なく入ってください……! という念を送ってみるが、彼女は扉の前でウロウロしたままだ。


「……健治、秀平のラテは任せていいか?」

「構わないが、お前らの知り合いか?」

「ああ。ちょっと行ってくる」


 俺は扉へと一直線に近付き、ガラリとそれを開いた。

 彼女は一瞬驚いたように肩を竦めたが、やがて安心したようにほっと一息。


和紗かずささん、こんにちは。お待ちしていましたよ」

「亘君……こ、こんにちは」

「お友達と一緒って言っていませんでしたっけ? 確か、偶然ここのOGの方が大学にいるからって」


 事前の連絡では、その女友達の案内で学校まで来るという話だったのだが。

 見たところその女性の姿はなく、和紗さんは一人である。


「そうなんだけど、昔の担任の先生がまだこの学校にいらっしゃったみたいでね。偶然会って、話し込み始めちゃって……少しの間、別行動になったの」

「あー、居心地悪いですよねそういうの……っと、中へどうぞ。秀平もいるんで、近くでどうです?」

「あ、そうなんだ、よかった。一人だと浮いちゃうかなって思っていたところだから、話し相手がいるのは助かるよ」


 秀平は一人で乗り込んできて、浮きまくっているからな……途中まではクラスの男子連中と一緒に屋台などを回っていたらしい。

 調理台でもある大きなテーブルを囲んで座るという形式上、彼女の懸念通り一人で入るには向いていない。

 混んでくると、多人数グループの傍に一人で座らないといけなかったりするからな。

 なるべくそうならないように配慮はしていたが、席数からして限界はある。

 一人で入るなら、健治が気にしていた茶道部の出し物のほうがスペースが区切られていて良さそうだった。

 俺は和紗さんをそのまま秀平が使っているテーブルのほうに案内し、注文を聞いてから調理スペースへ。


「和紗さん、こんちはー。こっちではお久しぶりー」

「こんにちは、秀平君。やっぱり、ござる口調じゃないと違和感が……」

「いやいや、こっちが普通であっちが異常――間違えた、演技でござ――のおおうっ!? 和紗さんが変なことを言うから、混乱してきたぜっ!」

「ご、ごめんね? あっちで会う時間のほうが長いから、どうしてもね」


 そんな会話を聞きながら、蒸しケーキを用意してからデザインカプチーノを……あー、絵柄はどうするかな。

 俺と入れ替わるように、秀平の注文品を持っていく健治を見送りながら考える。

 お任せされると結構悩むよな……今は時間もあるし、折角遠くから来てくれたんだ。

 少し手間がかかるが、あれで行くか。

 ミルクを耐熱容器に入れ、50℃前後に温めて泡立てる。

 そのミルクを半分ほどエスプレッソの入ったカップに注ぎ、残りを一分ほど放置。

 すると固目のミルクフォームが出来上がるので、それをカップの上に……盛る!


「おっ、亘。何だそれは、新技か?」

「別に俺が考えた技じゃないけどな。3Dラテアートとか呼ばれてるやつだよ」

「ほう……3Dか、確かに立体的だ。ところで亘、あの大学生くらいの女性は誰なんだ? 見かけない顔だが」

「それ、私も気になるかも」

「――うわっ!?」


 健治と話しながら作業していると、横から頭がにゅっと生えてくる。

 その正体は誰あろう、井山先輩そのもので……。


「亘ちゃんの知り合いの女の子にしては地味だとか、他の子たちは言っていたけれど……」

「何ですかそれ、失礼な。ってか、微妙に俺の扱いもおかしくないですかね?」

「私の目は誤魔化せないわ! 野暮ったい眼鏡とファッションで隠しても無駄無駄! 素材力だけで言えば、彼女のそれは未祐ちゃんにも匹敵して――」

「部長、暴走が過ぎますよ。俺たちだけに聞こえるように小声で叫ぶなんて、中々の高等技術だとは思いますが」


 健治が間に割って入り、井山先輩を制してくれる。

 本当に出来た友人だよ、お前は……秀平も見習え。


「深く詮索する気はないんだが、亘。彼女はお前とどういう関係なんだ? それだけ聞けば、部長もみんなも満足すると思うぞ」

「「「そうそう」」」

「いつの間に増えたよ……もうみんな、昼食は終わったのか?」

「「「終わった終わった」」」


 井山先輩の横に並ぶ頭が増えていた。

 調理の連携はもう一つなのに、我らが料理部はこんなところばかり息がぴったりだ。


「それで、どうなの? 亘ちゃん」

「ああ、まあ……彼女は俺の友人です、とだけ」


 俺がそれを告げると、調理スペースの周りに集まっていた料理部メンバーの反応は半々に分かれた。

 すなわち、頭を抱えるか喜ぶかのどちらかである。

 ……あっ、こいつら俺と和紗さんがどういう関係かで賭けてやがったな!?


「そりゃそうですよねー。副部長には、あれだけ仲の良い幼馴染がいますもんねー」

「年上趣味かと踏んだんだけど、違ったかー! 彼女じゃないのね!」

「もう怒る気力も湧かねえよ……ところで、みんなは何を賭けていたんだ?」

「「「余ったシューアイスを食べる権利!!」」」

「……このペースでいくと、余らないんじゃねえかなぁ」


 昼食後のタイミングで、料理部メンバーはこの食欲である。恐れ入るな。

 シューアイスだって、事前の試作で散々食べたのに。

 料理部は料理好きの集まりというだけでなく、食いしん坊の集まりという側面も持ち合わせている。


「はいはい、そろそろまた混み出すからみんなよろしくねー。持ち場についてね。亘ちゃんも、そういう凝ったのは程々にね。凄いなー、立体? もこもこと、二段重ねのお餅みたい」

「混んでる時はやりませんよ。チョコレートソースで顔を描いて……完成、と」

「亘、それ季節外れじゃないか? 大丈夫なのか?」

「大丈夫大丈夫。じゃあ、出してくるな」


 そうして俺は、蒸しケーキと共に和紗さんにラテを持って行ったのだが。

 そこには、意外な人物が追加で登場していて……。


「あら、亘。何それ、雪だるま? 可愛いけど、ちょっと季節外れなんじゃない?」

「もしかして、雪だるまでなくスノーゴーレムということですか? 兄さん」

「二人とも、いつ来たんだよ……」


 和紗さんを挟み込むように、秀平の対面に母さんと理世が三人で座っていた。

 俺は秀平の側からテーブルに近付き、注文品を配膳していく。


「わっちが引っ込んで少し経ったくらいかな? たった今、和紗さんと明乃おばさんが互いに自己紹介したところ。そして傍観者に徹する俺氏……というか、下手に手を出すと火傷しそう」

「確かに変な空気ではあるが」


 ひそひそと秀平と小声で会話を交わしての状況確認だ。

 緊張で和紗さんの顔がおかしなことになってる……。

 一方、隣に座る母さんのほうはいつにも増して機嫌が良さそうな笑顔である。


「和紗さんってとっても良い子ね、亘。母さんのことを見て、亘君のお姉さんですか? だって。ねえ、聞いてる? お姉さんよ、お姉さん」

「あー、聞いてる聞いてる……すみません和紗さん。この人、ウチの母です……」

「え、あ、うん。想像していたよりもずっと若くてお綺麗でいらっしゃるから、とっても驚いたよ」


 追撃の賛辞により、母さんの機嫌の良さは更に加速した。

 満面の笑みで、和紗さんの手を両手でがっちりホールド。


「――我が家に招待決定! 亘、今夜はご馳走にしましょう! 和紗ちゃん、是非!」

「あ、あの、大変嬉しいのですけれど、今日は大学の友人と一緒でですね……」

「やりますね、かずちゃん。明乃さんの好感度を一瞬でここまで稼ぐとは」

「え? り、理世ちゃん? そんなつもりで言った訳じゃ……うぅ……」


 助けを求めるようにこちらを見る和紗さんに、俺はそっとラテを差し出した。

 カップから飛び出すように立体化した雪だるまが、つぶらな瞳で和紗さんを見上げる。


「わ、わあ……スノーゴーレム、可愛いなぁ……」


 母さんに対する緊張でパンク気味の和紗さんが、現実逃避するようにスプーンでつついてそう呟く。

 最初はそんな感じでぎこちなかったが、しばらくすると和紗さんは母さんと打ち解けたように話していた。

 最終的にはいい思い出の範疇に収まりそうで、一安心である。


 そして俺の方はというと、その後は料理部の材料がなくなるまでフル稼働……。

 最も体力を消耗したのは、ヘルシャ――じゃない、マリーと司が乗り込んで来た時か。

 当初は文化祭だしコスプレか何かだと思われていたのだろうが、執事服だろうと日本人の司はともかく、マリーは歴とした外国人である。

 帰った後の周囲からの質問攻めとからかいにより、俺の精神力は底を尽いた。

 その後の料理部・クラス両方の片付けも忙しく、家に帰ると入浴以外の何もできずにベッドに沈み込む羽目に。

 こんな様相で、俺にとっての文化祭は非常にハードな一日だった。

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