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ユーミルとハインド

 意識を取り戻して理解したのは、自分がエントランスのような場所に居るのだということ。

 そのままぼんやりしていると突然、空中に画面が出現して個人情報を入力する様に求められる。

 最初に出て来たのはログイン画面のようだった。

 さっき作ったIDとパスワードをキーボードで入力し、次へと進める。


『身体情報のスキャンを開始します』


 どこからともなく電子音声が流れ、暫くその場で待つように指示された。

 ――不意に、現実感が無くふわふわしていた感覚が鮮明になっていく。

 夢の中に居る様な状態から、現実に限りなく近い状態へ――。

 ……おお……これは何とも、言葉にならない感動がある。

 ガイドに従って腕や足を動かし、設問に順番に答えていく。

 実際に体を動かしているのと変わらない感覚だ。

 最終確認にイエスと答えると、僅かに長い処理が入る。


『アジャスト完了しました。続けてアバターの設定を行います』


 再び目の前に画面が表示される。

 見ると、次はアバターのエディット画面の様だ。

 毎日、鏡で見ている自分自身と寸分違わぬ姿がその中に映し出されている。

 中肉中背、黒髪で前髪が少し目にかかる半端な長さの髪型。

 画面内の折り畳んである枠をクリックして開封。

 すると、変更可能な項目が並んでいく。

 といっても、変えられるのは本人の姿をベースに肌の色・髪の色・タトゥーの有無の三つだけだった。


「項目すくねぇ……いや、楽でいいけどさ」


 現実のものと感覚を一致させる仕様上、体格や骨格はいじれないのだそうだ。

 自分とかけ離れた体格をVR内で動かした後は、感覚に差があり過ぎて現実で上手く歩けなくなったという例もあるとか。

 他にも実験中、VR内で人間に不可能な動きをさせた被験者の腕の筋線維が、実験終了後にパーン! と破裂したらしいし……怖い怖い。

 製品版にはそれらに厳重なリミッターが付いているそうだけど。

 つまりプレイするならアバターは現実の容姿とほぼ一緒、運動能力も現実で可能な範囲内である。

 ……昔だったら身バレがどうとかで大変だったろうな。

 髪色やらで多少は印象を変えられるにしても。

 

 今はネット関連の法案が整備され、警察による犯罪の摘発率も大きく上昇した。

 ネットを経由した犯罪は却って足が付き易い、などと言われるほどである。

 匿名掲示板などは現在も活発だが、犯罪予告やら名誉棄損に近い暴言などは大分少なくなったように思える。

 SNS等で自ら顔を晒すものも増えた為か、それに抵抗の無い者も随分と増えた。

 未祐によると「それでもどうしても!」という人用に顔を隠せる初期装備があるのも、昨今のVRゲームのお約束だとか。


「うーん……」


 色々と弄れるならマッチョなオッサンにしてみても良かったのだが、そういうのはVR以外のゲームでないと不可能だ。

 それと、別に髪色や肌の色を変えたいと思った事はないな……。

 タトゥーも似合わないだろうし、特に弄らずにそのまま進むことにする。

 姿を隠す全身ローブ、顔を隠すマスク等々……一応、貰えるものは貰っておこうか。

 全て使用にチェック、と。

 最後に名前入力だけど……あー……これでいいか。


『以上で初期設定は終了です。トレイルブレイザーへようこそ!』


 その電子音声を最後に、再び目の前が光に包まれた。




 ――と思った瞬間、長閑のどかな農村の景色が目に飛び込んでくる。

 周囲を見回すと、俺と同じ様な境遇らしきプレイヤー達がぎこちない動きで状況を確認している。

 サービス開始初日だけあってか、農村に似合わない量の人、人、人……。

 邪魔なローブやマスクを脱ぎ捨て、全てアイテムを収納できるインベントリに放り込む。

 腰に着けるポーチ型で、ローブもマスクも光になって吸い込まれていく。

 さて、未祐は何処かな?


「きゃっ! もう、どうしてこんなに沢山――」


 人混みから弾かれるようにして、栗色の髪の女性が倒れ込んでいる。

 どうして誰も助けないんだ?

 皆、それを目では追うものの素通りしていく。


「大丈夫ですか?」

「あ、ありがとうございます……貴方は、他の来訪者の人とは違うんですね」

「来訪者?」


 その言葉にピンと来るものがあった。

 女性の頭の上を見ると、白色の文字でクラリスと表示されている。

 他のプレイヤーはというと、青色の文字で名前があった。

 やっぱり……この人、NPCだ。

 しかし、そうと分かっても助け起こす際にしっかりと体温を感じるのが、不思議といえば不思議だ。


「門から現れた人を、私達はそう呼んでいるんです。伝承にも記述がありますからね」

「はあ……質問ばかりすみませんが、伝承というのは?」

「――南の空が朱に染まりし時、異界の門が開かれる。その者達、閉塞せし世界に大いなる変革を与えん――そんな伝承が、この国にはあるんです。まさかこんな辺鄙へんぴな村に、門が現れるとは思いませんでしたけど」

「へえ……」


 どうやらプレイヤーは異世界からやって来たという扱いのようだ。

 背後を見ると、空中に不思議な朱い輝きを放つ門が浮かんでいる。

 ここから出てきたのか……そういう設定なら、確かに予想外だろうな。

 この大人数だもの。

 クラリスさんは門を見物に来て、人混みから脱出できなくなったという所だろうか?

 その後、一言二言の言葉を交わしてからクラリスさんと別れる。

 この村は『アルトロワの村』というらしく、彼女は村内で道具屋を経営しているらしい。

 お礼にサービスするから後で店に寄って欲しいと、彼女はしっかり宣伝と営業スマイルを残して去って行った。

 それにしても、普通に人と話しているみたいだったな……すげえな、最近のAI。


「おーい!」


 ボーっとしていると、見慣れない銀髪褐色の女性が手を振って近付いて来る。

 誰だ、呼ばれているのは。

 ちらっと見ただけだが、美人っぽい雰囲気だし相手が男だったら羨ましいことで。


「おい、亘! どうして無視するんだ!」


 手を伸ばして腕を掴まれた相手は――俺か!?

 覚えのない相手に、顔をまじまじと見返す。

 お? この顔、そしてこの声は――!


「って、お前未祐か!? 何だその髪と肌の色! 遠目だと誰か分からなかったぞ!」

「うむ。折角だから、色を反転させてみた! どうだ、似合うか!?」

「似合うっていうか……」


 元の未祐は色白、黒髪ロングで日本人にしてはくっきりとした目鼻立ちと体型をした美少女だった。

 色を反転させたという今の姿は……そう、アレだ。

 ファンタジー作品に出てくる、とある種族。


「何か、ダークエルフっぽい」

「私もそう思った。装飾品でエルフのような長い付け耳があったら、装備してみようと思っている」

「ああ……そうだね……」


 純日本人的な顔立ちだったら似合わないだろうに……美人は得だぁね。

 俺なんて、初期装備の洋風の軽装が余り合っていないのに。

 凄く農民っぽくて弱そうだ。


「で、未祐――」

「待った。それは駄目だ」

「うん?」

「ゲーム内では本名呼びは厳禁だ! 大事な没入感が減ってしまう!」


 さっきお前も俺の名前を呼んでたじゃないか……居場所を探す為とはいえ。

 まあでも、それがマナーなんだろうな、きっと。


「そーかい。なら、キャラクターネームは何にしたんだ?」

「ユーミルだ!」

「名前をひっくり返して、伸ばして、わりが悪いからルを付けただけか……」

「何故分かった!?」


 だって単純なんだもんよ……思考が。

 北欧神話の巨人と名前が被っているのは、こいつの事だから別に狙ってないんだろうな……。

 綺麗な響きなので、おかしくはないと思う。


「俺はハインドにした」

「はいんど? ロシアの戦闘――」

「ヘリじゃねえよ。何でそんなの知ってんだ、お互いに。単純に後ろのって意味のハインド」

「おい、まさか」

「俺、お前の後ろでチマチマやるから」

「おーい!」


 不満そうだな。

 しかしリネームは不可とのことで未――ユーミルは、渋々だが納得した。

 門の近くは人が多過ぎるので、俺達はそのまま移動を開始することにした。

 ユーミルはその途中で気を取り直すと、村の出口らしい場所へ俺を引っ張って行こうとする。


「こっちだ、ハインド!」

「待て待て。何処に行くんだ?」

「何処って……とにかく外に出よう! 魔物と戦ってみたい!」

「そういうもんなのか……? それでいいのか……?」


 何の準備もしていないのだが。




 数分後。

 ドンデリーの森という場所で、何も分からない俺達は速攻で力尽きた。

 相手はこういったゲームにありがちなデカい蜂のモンスターだった。

 仲良く死んで最初の村へとリスポーンさせられる。

 ひでえ……。


「だから素手じゃ無理だって言ったろ!」

「そ、そうだな。普通は武器を持つよな……」


 分かってるならどうして突っ込んだよ。

 ……あ、なんか目の前に表示が出た。

 初心者期間の為、デスペナルティはありません――ああ、良かった。

 でも、後々は何かあると……まあ、何もないと緊張感が無くなっちゃうからな。


 比較的、人の少ない村の広場で腰を落ち着けて情報を整理する。

 色々と確認した所、まずはステータス画面を開くとチュートリアルが始まる仕様らしかった。

 普通はそうするってことだよな……いきなり外に出る馬鹿は俺達くらいのもんだろう。

 それによると最初は職業が設定されておらず、いずれかを選択することでインベントリに職業に合わせた初期武器がプレゼントされるそうだ。

 レベル10までは自由に職を変える事が可能で、10になった時点で最終決定を行うという方式を採用していると説明が流れる。

 チュートリアルが終了し、ずらっと並んだ職業を見ながら二人で唸る。


「……よし、私は騎士にする!」

「なになに、えーと……攻守両面にバランスが良く、成長すると魔法剣・カウンターを行使することが出来ます。あー、昔のゲームで言う勇者とか魔法剣士か。オフゲのRPGを思い出すな」

「かっこいいだろ!」

「ま、いいんじゃねーの?」


 ダークエルフだと、闇の力の方がそれらしいけど。

 派手で見栄えがするものが大好きだからな、こいつは。

 その辺の趣味は俺とは合わん。

 予想通りっちゃそうなんだが……そうなると、自然と俺の役割も決まってくる。


「じゃ、俺は後衛やるから。神官? これな」

「何だと!? 私と肩を並べて戦ってくれないのか!? それでも男か!」

「いや、どういう理屈だよ……男は後衛やっちゃいかんのか? それに言ったろ、ハインドだって」

「そうではなく――私は合体剣技! とか協力技! とか撃ってみたかったのだ、お前と二人で!」

「俺がそういうタイプじゃないの知ってるでしょーが。諦めろ」

「ぐぬぬ……」


 ぐぬっても変えない。

 俺は自慢じゃないが、余り運動神経がよろしくないのだ。

 VRゲームの性質を考えるに、前衛は反射神経が良くないと満足に働けないんじゃないかと俺は睨んでいる。

 現に、さっきも未祐より先に俺は蜂にブスブスと刺されて力尽きた。

 ステータスに差が無くとも、回避や防御に大きく差が出た形である。

 なので前に出るユーミルをサポートできる後衛の神官で決定、と。


「ほらほら、さっさと武器を装備してもう一回行ってみようぜ。装備と一緒にアイテムも配られたみたいだし」

「む、本当だ。ことごとく初心者用という冠詞が付きまくっているがな……」

「これも全部レベル10までか……それまでにゲームの基本を覚えろって感じだな」


 それと1日限定で経験値アップか。

 適用済みでインベントリ内に入っている辺り、これは完全にスタートダッシュに使ってくれという運営の計らいだな。

 インベントリから初心者用の木の杖を取り出して装備する。

 ……うわ、だっせえ!?

 これ、杖じゃなくてその辺に落ちてる普通の木の枝じゃないのか?

 はっきり言ってかなり見た目がショボい。

 枝分かれした先に葉っぱが付いているし……。

 この見た目で超性能だとしたら、それは世界樹の枝くらいのものだろう。


「ハインドー……」

「何だ? って、お前も木の棒か……」

「こんなの騎士じゃない……ただのチャンバラ小僧だよ……」


 ユーミルの方は剣と同じくらいの長さと太さがある木の棒だが、それでもやっぱり見た目がみずぼらしい。

 ……これで耐久力無限だって言うんだから、この木は木の見た目をした謎の物質で出来ているらしい。

 攻撃力は杖が5、剣が10。

 ただし杖は魔力も5上がる。

 確認したらレベル1の素手が攻撃力1なので、こんなのでも無いよりはずっとマシだろう。

 早く進めてまともな装備を取れ、と運営に急かされている気分だ。

 まあ、最初から豪華な装備を持たされるよりはずっとやる気が湧いてくるので結構な事だが。


「ま、まあいい。準備は済んだな? ではハインド、行くぞ!」

「野良パーティとか組まねえの?」

「知らん! 二人でゴーだ!」

「あ、ちょっと待てってば!」


 ユーミルが全速力で駆けていく。

 持久力だけは自信があるが、速いので追いかけるのも大変だ……!

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